290 経験の成果と言うのはふとした拍子で出てくるものだ
死の宣告。
それを受けて動揺しないのは幸いだ。
対話は無意味だと、咄嗟に悟った俺は静かに魔力を滾らせ、その存在を睨みつける。
「ケケケ、良い目をしてるなぁ、コワイコワイ」
良い目だと評価しているのにもかかわらず、ふざけたように怖がるその存在はこのダンジョンの主である竜王。
左目に傷があるが失明していないようで両眼がしっかりと開いている。
筋骨隆々とまではいかないが、全身は引き絞られ無駄なく鍛え上げられた肉体をさらけ出すように上半身には何もつけていない。
それもそのはず、この存在には鎧などというものは無用の長物。
己が肉体に絶対の自信があるのだ。
そのさらけ出した肌に備わった灰色の鱗が何よりの証拠。
目の前の男が人でもなく、竜人でもなく、竜が変化した存在であると証明している。
「………」
そんな相手が好戦的な笑みを浮かべ俺のことを見ている段階で、逃げるという選択肢が潰されている。
そんな今、俺ができることを模索する。
この後、戦うのは必須。
やるかやらないかの選択肢など存在しない。
勝機はどれくらいあるかなどと無駄なことを考える余裕などない。
いかに相手に有効打、もっと言うのなら確実に倒せるないし殺せる一撃を叩きつけられるか、その手段を模索する。
それが。
「オイオイオイ、俺が声をかけてやってんだぜ? ちったぁ反応してくれんと寂しいじゃねぇか」
俺の生き残れる唯一の可能性。
街角でヤンキーに絡まれている方が何十倍もマシだと思うような口調だが、ここで下手に時間稼ぎをしようとするとつまらん存在だと思われる。
そんな予感がした。
幸か不幸か、さっきまで戦っていたおかげで体の暖気は済んでいる。
臨戦態勢を崩そうとしたが、その熱が冷める前に竜王が現れたのは幸いだった。
だから俺は。
「………はぁ、ふぅ」
「お?」
一回ゆっくりと深呼吸し、本当なら致命的になるはずの行為である瞼を閉じる。
そして心の中で三秒をゆっくりと数え。
再度、カチリとスイッチを入れる。
「往きます」
ルーチンワーク。
スイッチという形をイメージして思考の種類を切り替える。
「ケケケケ、まぁ、お前がそっちの方が好みってんなら、仕方ねぇな!」
眼を開いた、瞬間対峙した相手は俺の雰囲気の変化に笑みを浮かべる。
それにたいして俺はゆったりとされどしっかりと戦意を高める。
目の前にいるのは竜王であり、俺の敵だ。
加減も容赦もいらない、全力で叩き潰すべき敵だ。
俺は自己暗示のように意識を好戦的なものに変換し、それと同時に魔力の全力稼働を始めた。
エヴィアさんと戦った時以来の全力稼働、先ほどの竜たちとの戦闘でも、多少は余力を残していたのでまだ十分に戦える。
順調に体は戦闘状態に移行し、魔力の循環速度も、鼓動の高鳴りも、冷えた思考もすべてが準備万端だと告げている。
だというのに、本能が叫ぶ。
逃げろと。
だが、理性が言う。
逃げられないと。
そんな本能と理性の葛藤から導き出される答えなど限られている。
その限られた選択肢の中で諦めるなんてことは選ばず、スッと体の力を必要最低限まで脱力し、なら活路を開くしかないと覚悟を決める。
恐怖してもいいと教官たちは言った。
だが、絶望はするなと言われた。
恐怖は相手の攻撃を教えてくれるセンサーとなり、絶望は俺を縛る鎖となると。
その言葉を胸に、恐怖を従え絶望の鎖を振り千切り、今無謀な戦いに身を窶す。
俺は地を蹴り嬉しそうに笑う竜へと挑む。
彼の存在が笑顔だったのが俺の選択が間違いでなかったことを信じて。
「正面からか! ふざけてんなぁ」
「キエェエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」
実力差がある相手に小細工は時と場所を選ばねば効果がない。
そうなれば求められるのは地力だ。
猿叫、鉱樹との接続、そして魔法。
俺の持つすべての術を駆使して、この竜を打倒する。
死なない、それが保証されているダンジョン内だというのにこの竜は確実に俺を殺しに来る。
それがわかる。
俺は確実に殺されると理解できる。
だからこそ、俺は迷わず正面から飛び込んだ。
諦めないために。
何よりも。
「お~、よく切れんなそれ」
勝ちたいと願う自分の心を信じて。
そんな気概で打ち込んだ第一刀はこのダンジョンに大きな傷をつけたが、当然、竜王に欠片もダメージは通してない。
真正面からの攻撃など避けられるのはわかっていた。
警戒心でも植え付けられれば儲けもの程度の考えで崖を駆けあがり振り下ろした最初の一刀は案の定避けられ、さっきまで竜王がいた場所に大きな亀裂を生み出す。
「………」
「そんなんで切られたら、俺死んじまうかもなぁ」
その亀裂を見てただただ楽しそうに笑う竜王。
腰に手を当てただ立っているだけという一見隙だらけに見えても、目の前の存在から感じる威圧感にどこに打ち込めばいいか迷ってしまう。
その迷いを断ち切るように、俺は再び上段に鉱樹を構える。
「装衣」
静かに冷静に、目をそらさず目の前の敵を打倒する方法を模索する。
「雷槍御殿」
相手はまだ俺を侮ってくれている。
だからこんな上級魔法の展開ものんびりと待ち構えてくれている。
この魔法は解放すれば百を超える雷の槍が降り注ぐ対軍魔法。
その一本一本が中級以上の火力を誇る。
火力としては上位の部類に入る。
正直長期戦で勝てるような相手ではない。
魔力の温存よりも、火力を少しでも上げることを考える。
そんな中で選んだ魔法を纏う。
俺の体が帯電し始める。
装衣魔法の特徴である、纏った魔法の効果で反射神経を向上させ、俺に触れることによって発生する雷撃によるアクティブアーマーも発動させる。
「次は魔法か、いろいろ持ってんなぁ」
そんな状態でもへらへらと目の前の竜は嗤う。
俺など雑魚でしかない。
そんな感情がありありと見える。
そこに腹を立てるなんて馬鹿な真似はしない。
粛々と。
「!」
相手を仕留めにかかる。
「お、さっきよりも速くなってんなぁ」
雷の力を借り、さっきよりも早く間合いを詰めて上段から鉱樹を振り下ろした。
俺が駆けた間合いは約十メートル。
その軌跡には放電された雷が道跡を残していた。
常人から見れば消えたように見えたかもしれない攻撃もこの竜からすれば、少し速くなった程度の差でしかなかった。
「重ね着」
これでも届かないのなら、さらに速くするまで。
一回の攻撃で攻撃が通らないのがわかった。
なら、そのまま攻撃を続けるのは愚の骨頂。
燕返しの要領で振り下ろしから振り上げる動作に移す間に、再び魔法を準備する。
「雷の蹄」
用意したのは攻撃魔法ではなく補助魔法。
この魔法は身体能力を向上してくれるタイプの魔法だが、この魔法の真骨頂は攻撃を底上げしてくれると言うよりは。
「あ?」
「届いたぞ」
「ああ、ピカピカとうざってぇなぁ」
視界の阻害。
相手が戦いにくい環境を作り上げるのに一役買ってくれる。
常時放電する光景は非常に目立つ。
それこそ目の前に雷が常駐しているかのように、断続的に発光し続ける。
その光は俺には影響を及ぼさず、かつ反応の速さも上げてくれる。
その成果は早速出た。
さっきまでギリギリで避けて遊んでいた竜王の顔色が変わった。
頬に走った一本の赤い線。
ピクリと目が反応したかと思うと陽気な声が一転、不機嫌を隠そうともしない声を出した。
そして差し込んできた一筋の光明。
「押し込む」
「お前、調子に乗ってんな? だれに物言ってんだよ?」
遊んでいた相手が牙を剥いたことに腹を立てたのか、さっきよりも眼力に力が入る。
そんなものに怯んでいる暇はない。
今のチャンスを生かすために畳み掛ける。
この間合いは鉱樹の間合い。
一足一刀。
相手は素手だが、間合いでないなんて安易な発想など欠片も思いつかない。
むしろ台風の真っただ中にいるような感すらある。
それでも退くわけにはいかない。
ここが俺が一番攻撃力を出せる間合いなのだから。
立体的に動けば、わずかに滞空した瞬間を狙われる。
なので動きは自然と二次元、地面に足をつけた状態での戦いになる。
再度ステップを高速で繰り返し、差し足でフェイントを挟む。
一瞬発光を止め、瞬時に最大光力を叩きつけ相手の視力を焼く。
触覚はこの場に散りばった雷の因子が互いに刺激し高出力の電気を浴びてまともに感じ取れない。
聴覚は、その際に発生した雷音で拾うのは困難。
嗅覚はどうかと言えば、ここら一帯は雷が焼き払いその焼き焦げた匂いでまともな匂いの判別など不可能のはず。
頼りになる視覚はこの発光で焼きにかかっている。
対教官用で考えた相手の五感を潰し、剣術で勝負を決める作戦。
竜王は苛立ち、今回初めて攻撃を繰り出してきた。
「っふ!」
「っち!」
乱暴に横に振るう拳だった。
型など何もない。
喧嘩殺法の攻撃は一撃で空気を軋ませ、辺り一帯の空気を吹き飛ばしたが俺はそれを察知し躱すことに成功し、手ごたえのない竜王は舌打ち一つ。
「キィエエエエエエエエエィヤアアアアアアアアアアアアアア!!」
その苛つく姿にめがけて猿叫の衝撃で体勢を崩し、鉱樹を振るう。
「うざってぇんだよ!! チマチマと!!」
「っつ!?」
慎重に慎重を重ね、振るった一撃だったが、その工程もたった一回の攻撃で白紙に戻った。
俺が見えたのはほんの一瞬だけだ。
鉱樹を振るい、あと一瞬、それこそ瞬く間でもあればその刃は竜の体に食い込むはずだった。
なのにいま俺は吹き飛ばされた。
目を焼いたはずなのに、一回瞼を閉じたと思ったら黄金の爬虫類のような瞳が姿を現し一瞬で肥大化した右腕が辺り一帯を薙ぎ払った。
その際に発生した衝撃で間合いを外されてしまった。
「ああ! イライラする。イライラする!」
そして砂塵が周囲の視界を奪い、数秒後治まったその先には右手を異形、いや竜へと変貌させた竜王が苛立ちを隠しもせず俺を睨みつけていた。
「おめぇ、俺を舐めてんのか!! そんなチマチマとした攻撃で俺が討てると思ってんのか!? ああ!?」
その感情は怒り。
俺の攻略手段を竜王を舐めた故の行動だと思われたようだ。
「その殺気は飾りか!? もっとできんだろ!? もっと俺を楽しませろよ!!」
心外だ。
と言わんばかりに俺に向けて怒気をぶつけてくる。
その怒りは正しく圧となり、俺に重くのしかかる。
「腑抜けてる、フヌケテル、フヌケテヤガル!?」
その怒りは肥大し、人間姿だった竜王の姿は段々と人の形を保てなくなってきた。
「タタカイヲナンダトオモッテイル!!」
翼が生え、全身に鱗が現れ、四肢は何倍も膨れ上がり、牙が生え口は広がり。
そして現れたのは天をも覆いつくす巨大な翼をもつ竜だ。
さっきまで戦っていた竜が可愛く見えるほど強大で凶悪で禍々しい魔力をもつ灰色の竜。
「こりゃ、ヤバいな」
そんな存在を前にして絶望はしないでも、さっきまでは見えていた気がした光明などろうそくの炎を吹き消すようにあっさりと消され、シンプルな感想しか言えなかった。
キオ教官とは違った戦闘狂。
俺はどうやら竜王の逆鱗に触れてしまったようだ。
最初の遊び感覚など消え去り、油断や慢心など夢の彼方。
ここから先は間違いなく、竜の蹂躙が始まる。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!』
その巨大な竜の咆哮は俺の体など容易に吹き飛ばし、その咆哮を浴びたほかの竜たちはわれ先にと逃げ出した。
「カハ」
遠くから見るとなおのことその強大さが目に見えてわかる。
なのにもかかわらず。
「ああ、良かった。まだ笑えたわ」
俺の口元は〝まだ笑う〟
勝ち目など欠片もないのにもかかわらず、俺はまだ笑えている。
それすなわち。
「まだ、勝つ気はあるってことだよな!!」
ゴンと俺は腹に力を入れてその竜の魔力に対抗する。
目の前の竜王と比べれば矮小な魔力かもしれないが、浴びていた重圧は消え去った。
なら、まだ勝ち目はある。
奇跡に奇跡を重ね、さらに奇跡を被せないといけないような勝ち筋かもしれないが、それでも残っている。
『………』
そんな俺をさっきまで怒り狂っていた竜は静かに見下ろしていた。
魔力を滾らせ戦う意思を示した。
ただそれだけにもかかわらず。
『アア、オマエハ、敵ダ』
この竜は俺をそこらにいる数多の雑魚ではなく、〝敵〟だと認識した。
本当なら恐怖しなければならないような状況であったが、俺の口元は自然と開く。
「ああ、敵だよ」
そんな言葉を竜に投げかけ、吹き飛ばされた距離をゆっくりと歩む。
「田中次郎、お前を倒す敵だよ」
そして睨みつけ竜に向けて言い放つ。
その啖呵に竜はニヤリと笑い。
『ナラトッテミロ、〝バスカル・ヅータ・バハムート〟ノ首ヲ』
「応!」
さぁ、仕切り直しだ。
この無茶無理無謀の三拍子が揃った戦いを!!
今日の一言
まだ生き残っていられる!!
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。