289 新しいことに挑むことは時に楽しく時間を忘れさせる
竜という大型種と戦うときの注意点は過去に習い、教えられ、学んだ。
だが。
「カハハハハハ!!」
教官たちからはこうも言われた。
考えてから行動しているようじゃ二流と。
その意味は俺は何度も体験しているから理解もし納得し、体はそれを実践している。
今もそうだ、鼻先十数センチ先に迫る攻撃を俺は考えるよりも先に避けてそして反撃に移っていた。
それは目で見て考えて行動を選択しているようじゃ対処が間に合わないからだ。
よく漫画とかでどうするかと悩むような描写があるが、実際問題そんなことを考えている暇などない。
アドレナリンが大量分泌しているせいか、普段よりも明瞭な視界で竜の攻撃を受ける俺にはその教えは体が勝手に実行してくれている。
考える必要などない。
今まで蓄積していた経験が反射的に対応してくれている。
巨大な質量を相手する方法や、硬い鱗の切り方や、爪の鋭さ、牙の硬さ、力の強さ、竜としての特性。
様々な情報を頭ではなく脊髄で反応させて対処している。
でなければ。
「死ぬなこれ!? 間違いなく、一歩でも判断間違えれば死ぬぞ!!」
ダンジョンの浅い場所で出会うやつらじゃないと心のなかでも笑いながらも全身をばねのようにしならせ鉱樹を振るう。
小さい獲物相手だというのに縄張りに入り込んだ敵を排除しようとしている竜からの攻撃は苛烈を極め、そのすべての攻撃が致命傷になると本能が訴える。
一発でも貰えば即致命傷、耐える間もなく俺はヤられると警鐘が鳴りやまない。
かといってこっちの攻撃がどうなのかと言えば、全力以外の攻撃はかすり傷程度だ。
そんな傷、竜にとってはないと同じ。
だからといって全部全力攻撃できるかと言えば大振りを避けねば相手の攻撃を避けられない場面が多々存在し、決定的な一撃を入れられる場面は少ない。
人と竜の生態性能の差を見せつけられる。
だが。
「カハ」
口元が笑っているのがわかる。
眼が見開き興奮しているのがわかる。
耳が痛くなるほど竜の咆哮を浴びているというのに心臓が高鳴っている音が聞こえる。
ああ、俺は確かにあの存在たちの弟子だった。
「まさか竜三体と戦う日が来るとはな!! 楽しくて笑いが止まらねぇよ!!」
相手が成竜で三体も揃っていても、恐怖はなく今この瞬間が楽しくて仕方ない。
降り下ろされた尻尾を避け飛び乗りそのまま切り裂こうとしたが翡翠色の鱗がひらめいたのが見え、跳び下がる。
数秒先までいた空間を鋭い爪が裂いていた光景が目に映るがそんなもの今更だ。
ひやりと汗が垂れるが、そんなことお構いなしに降ってくる脅威はまだある。
「ああ! いいね!! いいね!!」
その脅威に対して何も縛られることもなく、ただ鉱樹を振るう。
鋭い疾風の爪の後にやってきたのは、重圧溢れる鋼の塊かと見間違うかのような硬き前足。
空気を圧殺し、その迫りくる前足を迎え撃つ。
「キェアアアアアアアア!!」
猿叫も重ねその前足と鉱樹がぶつかり合う。
体格差や武器の大きさ、物理的に考えればこちらが負けるのは必須。
だが、それを捻じ曲げることはできる。
たとえ物理的に負けていても魔力循環で強化した肉体によって重力が加算された力に抗うことができる。
ガキン! と金属同士がぶつかり合うような音が響き、火花が散り、両手からしびれるような感覚を味わいつつ降り下ろしてきた鋼竜を吹き飛ばすことに成功する。
ほんの数秒の停滞、わずかな休息期間を利用して不足していた酸素を一気に取り込む。
あの紅き竜、炎竜との会敵から数分後に空を飛ぶ風竜が姿を現し、そのまた数分後に地面を掘り進め姿を現した鋼竜。
「重いなぁ!! ほんとに、手がしびれちまうよ!!」
たたらを踏みドスンドスンと重い地響きを響かせ距離を空けた相手は姿勢を整える。
こちらをごつごつとした岩のような鋼で覆われた顔に埋もれても鋭い瞳が俺を射抜き、唸り声をあげて威嚇してくる。
そんな動く小山のような竜の陰から風が吹き込む。
炎竜よりは小柄だが、身軽で風を操り速度はこの竜の中で誰よりも速い存在。
風竜だ。
狭い空間でもお構いなしに変幻自在に飛び回り。
翡翠色に輝く鱗は明かりに照らされ、また凶刃を生み出し俺に襲い掛かってくる。
「はははははは! 人間一人相手に竜が三体。大盤振る舞いとはこのことだな!!」
その凶刃を鉱樹で逸らし、その勢いを利用し跳び下がり渓谷の足場を使い崖を駆けあがり上空に逃げ切る前に追い越し上からたたき切るように鉱樹を走らすも。
「浅いか!!」
空では圧倒的に分が悪い。
最初のワイバーンなど霞んで見えるほど軽快にその身をひるがえし、俺の一刀を躱してみせたが、すべてを回避できたわけではなく、一閃の筋が彼の竜の背に入りそこから血が噴き出て風竜が悲鳴をあげる。
「風を纏ってる分刃が通りにくいかって、次から次へと!! 考える暇すらないか!!」
そして風竜が纏う風の鎧に文句を垂れ、それでも攻撃が通った成果を喜んでいる暇などない。
下からくる野生の殺意から逃れるために風魔法を撃ちだすことで自分の体を渓谷の方に押し出す。
「っ!?」
同時に下から炎が噴き出してきた。
岩壁に着地し炎の出所を見れば紅い巨体が見えたが、それ以上観察している暇はない。
宙にいた俺が回避したことでその炎は俺を追いかけるように倒れてきたからだ。
その炎に触れた通り道にあった岩は赤く染まり、時間経過次第では溶けている箇所もあった。
立ち止まれば俺がああなるのは明白。
その炎から逃げるために俺は重力を無視するように壁を地面かのように駆け出した。
そして、駆けながら地面に立ち炎を吐き出す炎竜を見てタイミングを計る。
「と言っても、そう簡単にはいかないか………」
警戒すべきは炎竜だけではない。
今は炎にさらされているから襲ってはこない他の二体。
ちらりと空を見上げれば羽をはばたかせいつでも襲い掛かれると待機している風竜と尻尾を地面に打ち鳴らしいつでも来いと待ち受ける鋼竜。
なんともバランスの取れた編成だ。
だが、だからと言ってこのまま手をこまねいていては意味はない。
強くなる。
具体的に俺はどんな形に持っていけばいいか。
『竜王のダンジョンなら、何かつかめるかもしれんな』
エヴィアさんの言葉が真実か無駄か決めるのは俺の行動次第だ。
そんな逃げ回る俺にじれったくなったのかさらに炎の勢いが強くなる。
「接続」
そろそろ出し渋っているわけにもいかないかと、鉱樹の根を伸ばし腕に巻き付ける。
鉱樹との接続は威力が上がる分一時だが魔力の総量が減る。
そして循環させ随時鉱樹に魔力を送っている分質は上がるが回復が追い付かず目減りしてしまう。
今までの状態が魔力を潤沢に使える平常戦闘状態だとすれば、この状態は決戦戦闘状態。
「装衣魔法、纏い、激流の滝」
鉱樹との接続を完了し、体内の循環路に鉱樹への道筋ができ、わずかな脱力感を感じつつそれも純度が上がり体が張り始めるのを感じる。
そして、純度の上がった魔力を使用し水の上級魔法を構築する。
無詠唱によって魔力がさらに喰うが、それでも今この場では早い行動が求められる。
「激流の法衣」
そして完成する水の鎧。
荒ぶる水流が俺を守り、触れたものをその激流をもってして削る攻防一体の鎧。
その鎧をもってして。
「 推して、参る!!」
強行突破を掛ける。
逃げ回っていた足を一転、突撃の力に変える。
足場であった岩壁に蜘蛛の巣のような罅を入れて跳んだ先には、待っていたと言わんばかりに最大出力となった炎竜のブレスが待っていた。
炎は俺を瞬く間に包み、視界が炎一色に染まる。
水の鎧によって熱くはあるが耐えられているが、それも長時間は無理だ。
じわりじわりと鎧が剥がされ、刻一刻と俺の命を削り取りに来ている。
加えてブレスの勢いによってとんだ勢いも殺され徐々に停滞し始める。
だが、これでいい。
「その首、獲った!!!!」
ブレスが俺に向けて一直線に来ているのなら、そこはすなわち喉まで〝一直線〟ということなのだから。
空中で右肩を引き柄を胸元まで引く、構える型は突きの型。
魔力によって構成した足場を利用し、左足右足と踏み込み、引き付けた鉱樹の切っ先を前方に向けて突き出す。
「海神尖!!」
装衣魔法の開放はその瞬間。
タイミングが少しでもずれれば俺は丸焦げ。
鉱樹を突き出した瞬間、剣圧によってわずかにブレスが停滞し、生まれた空白区間を螺旋に回転した水流が一直線に伸びる。
見た目はただの放水。
だが侮ることなかれ。
見た目に反して、放水速度は速く、そしてその細く一本に伸ばされた大量の水が圧縮された一線は螺旋に回転した勢いでブレスを切り裂き、そのまま炎竜の脳天までも貫いた。
ウォーターカッターの何十倍もの高圧にした一撃は竜の肉体を内側から破り。
「まだだぁ!!」
さらに構成した足場を利用し、その長く伸びた水の刃を振り回し、油断していた風竜の翼を風の鎧ごと叩き切る。
いきなり伸びた剣閃。
それに対応できなかった風竜が地面に落ちてくる。
「二体目!!」
一番鈍重な鋼竜など眼中に置かず、その瞬間だけ全力で前へと突き進むことだけを考える。
空中で姿勢を整え、三度目の足場構成。
前傾姿勢になり、鉱樹を後ろに回し後は横に振り切る姿勢になり俺は跳ぶ。
ボンと風の壁を突き破り、瞬く間に落ちてきた風竜に肉薄する。
勝敗の天秤は傾いた。
だが、油断はしない。
「その状態で飛ぶか!」
なぜなら相手は竜だから。
風竜はその名の通り風を操る。
疑似的な風の翼を得た風竜は、切り飛ばされた翼の恨みを晴らすために、翼をはためかせ落下していた姿勢を無理やり整えその長い首を俺に向け牙を剥く。
大きく開かれた咢に飛び込む形になった。
それでも俺は。
「だが、遅い!!」
口元で笑い、目で威嚇し、剣が届く前の間合いでその刃を振るった。
相手の視界から映らぬように体で隠していた。
残っていた海神の刃をもってして、腰だめから反対側に振り上げるように振り払った水の刃は最後の役目を果たし消え去り、それと同時に風竜の咢を切り払った。
頭を失った風竜は今度こそ地面に落ちた。
そして、重力に従い俺も地面に着地するが、地面が揺れる。
否。
「なかなかの迫力だな!!」
地面を揺らすほどの地響きを鳴らしながら最後に残った鋼の竜は、その重量からどこにそんな速度を出す力があるのだと思わせるくらい速く突進してきた。
総重量が何トンになるかなんて想像もつかないし、あれを受け止めるようなことはさすがにできない。
岩壁まで十数メートル。
このまま岩壁に押し込まれてしまえば圧死は確実どころか、ミンチになってしまうだろう。
このタイミングで装衣魔法は間に合わない。
すなわち、避けるか迎え撃つかの選択で言えば、避けるのが利口だ。
だが。
「逃げるわけねぇよな!!」
その利口な選択を俺は捨てた。
大半の人間はこの選択を馬鹿だと笑うだろう。
だが、それでいい。
バカな選択を、正解にしなければこの先やっていけない。
そんなことを本能で俺は理解していた。
ここで逃げていては何もつかめないと。
過程を馬鹿にされても、結果で俺が笑う。
その覚悟を見せつけるように、スッと腰は降り、四肢に程よい力が入り、柔軟にしなった弓が矢を放つように前に跳びだす。
一瞬での交差であるはずなのに、俺の視界はゆっくりと迫る鋼竜を見据えていた。
あれを斬れねば、俺の負け。
なんともシンプルな戦いだろうと思いつつ、斬ることそれ以外の雑念を捨てる。
心臓は熱く、頭は冷たく。
自分の最高の状態に持っていくと自然と心は落ち着く。
そして、その領域に踏み込んだ俺は上段から鉱樹を振り下ろし目の前の存在とすれ違った。
「………」
いや、すれ違ってなどいない。
俺は、竜の間を通ってきた。
着地し地面を滑る感触を足から感じながら、ほとんどの無抵抗だった斬った感触の残滓を感じつつ後ろを振り返れば。
「さすが竜、簡単には倒れんか」
縦に斬られたというのにその巨体は倒れず、肉体は支えあい魔素へと還っていった。
そこに残った鉱物らしき金属の塊を残して。
その姿に敬意を感じ、一礼しそっとボーリング球ほどの大きさのその塊を手に取り、新たな竜が来ないかその場で待つ。
「ケケケケケ、なんだ、鋼竜を切り飛ばすとはなかなかやるじゃねぇか人間」
だが、そんな声が聞こえた瞬間に鉱樹を構え周囲を見渡す。
「こっちだこっち、鬼王も不死王もなんで人間なんか鍛えるのかと思ったが、なるほど面白いおもちゃじゃねぇか」
その声の主は、悠然と胡坐をかき尾を揺らしあざけり笑いながら渓谷の上から見下ろしていた。
「竜王様」
「おう、俺がこのダンジョンの主、竜王だ。さて人間、とりあえずお前死んでみろ」
「………」
そして投げかけられた死の宣告に俺は無言で鉱樹を構えることによって応えるのであった。
今日の一言
夢中になれば時間などあっという間に過ぎ去る。
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。