285 花見を経験したことはありますかね?(転)
まとまらなかったので、前回と前々回のタイトルを修正いたしました。
さて、会社の同僚や上司が集まる花見は社会人的に見れば、接待の場だと思われる。
実際その意見は概ね間違いではない。
桜を見るための会場の確保は部下の仕事で、始まったら上司に酒を注いだり料理を用意したり、話を聞いたりと仕事の延長線上のような行為が多い。
そしてそんな場所が交流を深める場であることは確かで、友人たちと飲みに行くような感覚は皆無である。
人によっては休みの日なのにと思われるケースもある。
そんな場を苦痛だと思う人も少なからずいるだろう。
ただ、そういったことを気にしない人間であればこういった場を楽しめる。
俺はどっちかとは言えないが時と場所、そして参加者次第では楽しめる口だ。
あけすけに言えば、嫌いな上司さえいなければ楽しめるタイプだ。
仲のいい仲間と飲むのは楽しいし、後輩がセッティングしてくれたのなら感謝する。
嫌な上司がいる場合? そんなもん仮面かぶっておべっか言って、当たり障りない対応しながら心の中で中指を立ててるよ。
「まぁ、世界中探してもこんな花見はないと思うがな」
「? 次郎さん、何か言いましたか?」
「いや、すごい光景だと思ってな。俺の知っている花見なはずなのに全然違う光景に見えるよ」
「ええ、確かにそうかもしれませんね」
桜が舞い散り、ずいぶんと賑やかになった会場。
俺の知っている花見は、陽気なオヤジが酒を片手に騒ぎ、子供連れの家族が楽しそうに弁当を摘まみ、仲のいいカップルが桜の花を見上げ楽しいんでいるものだ。
しかし、目の前の光景はそれとは一線を画している。
桜の木の下に集まった鬼たちが酒を呷り、不死者が笑い、闇の樹人が料理に舌鼓を打ち、人が楽しむ。
言葉だけなら百鬼夜行かとも思えるような光景だが、字面に反してこの場の雰囲気はとても明るい。
そんな光景はアニメや漫画といった世界の話かと昨年までの俺なら思っただろう。
くいっと座敷に座りながら手に持ったコップを傾けるも口の中に酒は流れてこず、空だというのを知らせてくる。
「どうぞ、次郎さん」
「ありがとうスエラ」
そんな空になったコップに酒を注いでくれるのはダークエルフであるスエラ。
彼女の持っている瓶を見ればメモリアの店で用意した日本酒だった。
それなりの値段がしたが、今回の宴をするにあたって出資者がいたおかげで酒代に関してはそこまで負担になっていない。
現に同じ銘柄の日本酒をラッパ飲みしている鬼の首領が向こう側にいる。
おかげでこうやってうまい酒を飲めることに感謝する。
「旨い」
美人で婚約者が注いでくれた酒だからだろうか、はたまた場の雰囲気も相まってか、前に飲んだときよりもうまく感じる。
「こちらもどうぞ、おいしいですよ」
「お、旨そうだなメモリア」
ほんのりとした温かく心地よい酔いに身をゆだねているとそっとメモリアから皿が差し出される。
その皿に乗った食べ物は見たことのない食べ物だった。
一見、ジャーキーのような見た目だが、白い粉が気になる。
彼女が差し出すものだからまずくはないだろうし変なものではないだろうと思い、皿から一つつまんで口に放り込んでみると。
「少し酸っぱいが砂糖のおかげでちょうど良くて旨いな。ドライフルーツか?」
しょっぱい味を想像していたが、それに反して口の中に広がったのは酸味と甘味だ。
「はい、ラルヒの実という果物を干して砂糖をまぶしたものです。子供のころよく親に強請って作ってもらってました」
その味に少し驚いた後に旨いと感想を述べると嬉しそうにメモリアも笑いこの食べ物の正体を明かしてくれた。
つまりはメモリアの懐かしの味ってことか。
そう思うともう一つ食べたくなるのが男の性。
ひょいっと皿から一つ摘まみ口の中に放り込めば、また口の中に酸味が広がりそして溶けた砂糖の甘さがその酸味を和らげてくれる。
そこに日本酒で流し込んでやるとこれが思ったよりも合ってしまう。
「かぁ、旨い」
「それは良かったです」
そうなれば自然と酒は進み、再びスエラに酌をしてもらう。
「主よ、こっちも食べてみてくれ」
「お、餃子かうまそうだな」
「うむ! 鬼に強奪されそうになったが、蹴とばしたぞ!」
「どの鬼だ?」
「先ほど地面に沈められた鬼だが」
「ならよし」
宴が始まり、流れが勝手に作り出され、あとは野となれ山となれといった環境で下手に統一を図るのは愚の骨頂。
ならばと、好きにさせ料理や酒を配れば自然とグループが作り出される。
俺は最後に合流したせいか、スエラたちと一緒に桜を見ていた。
だが、俺たちの場所は酒はあるが食料が足りなかったためヒミクが少し席を立ち、案の定キッチンがあった向こうの豪華な席で料理を作りこうやって持ってきてくれた。
湯気の立つ餃子の皿は見るからに旨そうで、その匂いに誘われ鬼がちょっかいをだしたらしいが教官クラスの戦闘能力を持つ彼女に一蹴されてしまったらしい。
その際に少々武力行使をしてしまったようだが、酒の場だ、多少は目を瞑ってくれるだろう。
このままいけばあの鬼たちが大人しく酒を飲んでいるなんてありえない。
もしかしたら女性陣が鎮圧してくれる可能性もあるが、彼女たちも鬼だ、淡い期待は抱かないでおく。
ならばと今のうちに腹を満たしておこうと熱々の餃子に箸を伸ばし口に運べば。
「くあぁ、旨い。また腕を上げたかヒミク」
「ええ、本当においしいですね。少しまろやかなのはチーズですかね?」
「ああ、いろいろな味を用意したから食べてみてくれ」
「私は、この少し辛い奴が好きです」
「主はどうだ? どの餃子が好きだ?」
「工夫された奴も旨いが、なんだかんだ言ってオーソドックスなやつに落ち着くなぁ。食べ慣れてるってのもあるがな」
「そうか! たくさん作ったからたくさん食べてくれ」
口の中に広がる肉の油と野菜の味がまた酒に合う。
これなら日本酒よりもビールがいいかとも思うが、十分にうまい。
俺がうまそうに餃子を食べる姿をニコニコと嬉しそうに頷き、ヒミクは他の料理を差し出してくれる。
「ヒミクの腕もだいぶ上がったな。最初は卵を割るのも失敗してたのに、今じゃうちらの中で一番料理上手だ」
「う、私は力加減が下手なのだ。料理もしたこともなかった。仕方ないだろう」
いくつか皿を並べた彼女は俺達と一緒に酒を片手に料理を摘まむ。
スエラだけは酒ではないが彼女はお腹に負担をかけないようにゆっくりと食事をする。
「ですが、私としても非常に助かってますよ。ヒミクがお弁当を作ってくれるおかげで食費も浮きますし」
「私もです。あなたが家事をしてくれるおかげで仕事の方に専念できます」
「む、そう改めて言われると照れるな」
「そうだなぁ、いつも世話になってばかりじゃ申し訳ないし、いい機会だ。何かしてほしいことはあるか? 日頃の礼ってわけじゃないが」
「それなら主との子が欲しいぞ」
「いや、それは普段からヤッてるだろ。さすがに俺もそこはどうにもできないが」
「………なら」
お酒が入っているためか、または場の雰囲気がそうさせているのか、ヒミクにも多少遠慮が無くなっている。
なんでもいいぞと言う俺に少し真剣に考えた後、ゆっくりと近づいてきた彼女はそっとその頭を俺の膝に乗せた。
「その、しばらくこうやっていていいか?」
いわゆる、膝枕というやつだ。
男の膝でいいかはわからないが、彼女は少し恥ずかしそうにしながら見上げていた。
「ああ、良いぞ」
桜の木の下で堕天使に膝枕をする。
どんな風景だと思いながら。
「「………」」
「二人はヒミクの後でな」
「はい!」
「お願いします」
その様子を羨ましそうにする二人に苦笑一つこぼしながら、俺はそっとヒミクの頭を撫でる。
それを嬉しそうに受け止める彼女を見て、それだけでこの花見をした甲斐がある。
そして、そこで終わればきれいに収まるのだが、そうは問屋が卸さないのが我が社だ。
あの後ヒミクの後にメモリア、そしてスエラと膝枕をしたはいいがそのころには会場全体に程よく酒が回り始めるわけで。
「さぁ! かかってくるでござるよ海堂先輩!! 拙者の虎徹は血に飢えているでござる!! 見よ!! 魔法を使った四刀流でござる!!」
「なんの! こっちは普段から二刀流を使っているんすよ!! そんな付け焼刃な奴に負けるはずがないっすよ!!」
「がんばって勇者様!!」
「ええ! 頑張って!!」
「忠、奮闘期待」
「あいつら何やっているのかしら」
「ええと? バドミントンカナ?」
「何やっているんだあいつ」
「あら、アミーの同僚さんは面白い人がいるわねぇ、ねぇアミー」
「マミー!? それ桜だヨ!!」
場の空気に酔い普段のテンションを上回ったテンションで魔法を使い両手プラス二本でバドミントンのラケットを構え羽を打ち出す南。
それを迎撃するのは、双子の天使と機王にしこたま飲まされたが、教官たちによって鍛えられた肝臓でまだ意識は明確にあるが明らかに酔っている海堂が二刀流で構えたラケットで迎撃している。
双方引かず、他所から見ればすごいことになっている。
それを摘まみにゲラゲラと笑う教官たち。
「なんだおもしろそうなことしてるじゃねぇか!! おい不死王! あとで俺たちもやるか?」
『ふむ、それも一考じゃな、久しぶりに体を動かすのも悪くはないのぉ』
おそらく遊びのために持ってきたものだろうが、あとで海堂のポジションがキオ教官になり、南のポジションがフシオ教官になりあれ以上の光景が見れるのか。
ただし周囲はやばいことになりそうだがと、トイレから戻った俺はその話を聞かなかったことにして、そういえば鬼兄妹たちはどうしたかと思えば。
「おらぁ!! ゴウドウ、ガドウ、イナ! 飲めや!! まだまだいけるだろ!!」
「ユカ、お兄ちゃんはもう」
「あ、姉貴、これ以上は」
「あかん、うち、もう、だめや」
なにやら騒がしい方向を見れば兄妹に仲良く酒盛りをしていたがそこには鬼を酒で潰す鬼がいた。
その光景を見て、もしかしたらキオ教官に一番近いのは彼女ではと思う。
そして、スエラたちはどうしているかと思えば。
『ほう、良き魂の赤子ね』
「ほんとうだねぇ!! ねぇねぇ、男の子? 女の子?」
「いえ、まだわかっていなんですよ」
「そうでしょうね、それにしてもダークエルフに吸血鬼に堕天使、こんな別嬪さんたちを養うなんて旦那の見る目は確かってことかしら」
スエラの周囲を教官たちの奥様方が囲んでいて、なにやら子供に関して話をしていた。
「本当は私たちも欲しいんですが」
「なかなかできなくてな」
『焦らないこと、私と違ってあなたたちには可能性があるのです。気負わないことが一番の薬ですよ』
「そうねぇ、私もできにくい体だったから焦ってたけど、旦那が『ンなこと気にすんな!! お前が孕むまで俺が責任取ってやるよ!!』って励ましてくれたわ」
「私も私も~それに~旦那さまって、ああ見えて意外と子煩悩だったりするんだよ~ガドウ君が生まれるときなんて、すっごい落ち着きがなくてエンカちゃんに何度も叩かれてたよ」
「そうなんですか、鬼王様が」
その内容的に男が入れるような雰囲気ではなく。
さてどうするかと悩んで、教官たちの輪に入れてもらおうかと思っていたタイミングで。
「おーい! 婿殿!! 遅れてすまぬ!!」
聞き覚えのある声で呼ばれた。
声のした方向を見れば、五人の人影が見えた。
元気よく手を振るスエラのおじいさんのムイルさんに、大人しめに会釈する義父のマイットさん、義母のスミラスタさん。
その隣には身長差のある夫婦であり、メモリアの両親であるグレイさんとミルルさんもいた。
「皆さん、お久しぶりです」
「うむ! 婿殿も壮健そうじゃな」
「やぁ、久しぶりだね。スエラは元気にしてるかな?」
「あらあら、便りがないのは元気な証拠ってこっちの世界の言葉があるけど、もう少し便りが欲しいわ」
「はは、スエラに伝えておきます。グレイさん、ミルルさんもお久しぶりです」
「うむ、久しいなジロウ殿」
「やっほーお婿さん! メモリアちゃんとは仲良くやってるかなぁ?」
「ええ、彼女にはいつもよくしてもらってますよ」
「よろしい!!」
時間はもうじき夕方、そろそろ定時になるころだ。
なら、そろそろケイリィさんたちも来るころかと思いつつ、彼女たちも席に案内すると。
教官やその奥さん、そして子供がいることに最初は戸惑っていたが、戸惑うのも最初だけ。
「いやぁ!! 長生きはしてみるもんですな!! まさか鬼王様と不死王様と酒を飲みかわす日が来るとは! このムイル! あの世のばあさんに良い土産ができましたわ!!」
「と、父さんそんないきなり、申し訳ありません鬼王さま不死王様」
「ガハハハ!! 気にすんな、良い飲みっぷりじゃねぇかじいさん、なら、土産は多い方がいいだろ!! こっちの酒も飲めや!!」
『ふむ、そっちの吸血鬼はこっちの酒の方が良いかのう?』
「は、ありがたく」
父親勢はあっさりと教官たちとの輪に入り。
「やっぱり、子供って育てるのは大変ですよねぇ。今は落ち着いてますけど昔はスエラもやんちゃでして」
「うちの子供たちと比べればかわいいものだよ、なんでも旦那様の真似をしたがるから手がかかってかかって」
「でも、逆にメモリアちゃんは大人しかったから、そうやって元気なのは羨ましいですよ」
「そうかな~? かわいらしい子もそれはそれで良さがあると、私は思うし?」
『私から見れば、あなたたちの悩みは贅沢だと言えますね』
「シュリーさんもあきらめてはいけませんよ!! 私、この会社に入っていろいろ見ていろいろと考えが追い付かなくなりましたけど!! なんかよくわからない力でどうにかなりますよ!!」
「マミー! ストップ!! お水飲もう!? ネ!?」
母親勢は母親勢でまとまりつつある。
その話の内容を将来の参考になるだろうと真剣に聞くスエラたち。
そして、またどこに入るか悩むのであったが、ここは一つ海堂たちのところに混ざるかと思い至った。
「次郎く~んおまたせ~」
「あ、ケイリィさん、お疲れ様です」
「お招きいただきありがとうございます。次郎様」
「タッテさんもわざわざ来ていただきありがとうございます」
「盛り上がっているようだな次郎」
「ええ、だいぶ出来上がっていますよ」
だが、これまたタイミングよくエヴィアさんたちも到着したようだ。
皆は盛り上がり対応できる状態ではないので俺が対応する。
「先に謝罪させてもらうぞ、すまん。撒けなかった」
ケイリィさんタッテさんそしてエヴィアさんのもとに駆けていき、出迎えたがその三人とも表情がすぐれない。
いや? 若干疲れている?
さらにエヴィアさんからの謝罪にいったいなんのことかと思っている。
「いやぁ、ひどいじゃないか。こんな楽しそうな催しに私を招待しないなんて!」
その声は大きくはないがよく通る。
びくりと会場にいた面々が反応し、一斉に視線がその声の持ち主に集まる。
「やぁ次郎君また会ったね! 面白そうだから来てしまったよ!」
そんな俺の疑問に答えるようにエヴィアさんの背後からゆっくりとビニール袋片手に姿を現したのは。
「社長!?」
だった。
今日の一言
サプライズはほどほどに
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。