278 重要性に気づくのは失敗してからだ
必要だと思っていても、重要性というのはなかなか感じづらい。
いや、正確には判断基準が設けにくいと言うべきか?
重要な出来事の尺度というのは、各々個人の常識的な感覚に頼ってしまい、共通認識での明確な基準というのはなかなか設けられない。
してはダメ、やっていい、と二択では済まず、ここまでならいい、ここまではダメという水準を重要性には求められる。
例を挙げるのなら機密情報がわかりやすいだろうか。
機密情報というのは取り扱いが難しく、重要な事項が多い。
そのため、それを知る存在はだれとならその情報を共有していいかという判断を求められる。
左右という横繋がりもそうだが、場合によっては上下関係も含まれる。
ここまでなら役職上の都合で、可否の判断が簡単ではあるが、そこに情というのが絡んでくる。
自分がその機密情報で四苦八苦し助けを求めている時、関係者が全員多忙で手が離せない時、目の前に情報は知らないが事情を説明すれば解決手段を持っている相手がいるとしよう。
規則上は助けを求めてはダメだが、業務の進行上必要な助力。
情報の漏洩を取るか業務の遅延を取るか取捨選択が求められ、ここで重要性という言葉で水準が求められる。
この程度ならいいかと判断し助けを求めるか、絶対に情報を漏洩してはいけないと後の始末も含め黙秘を貫くか。
個人の感覚で重要性というのは変化する。
さて、長々と重要性という言葉に関して語ったが、俺が何を言いたいかというと。
「あれ? もしかして私、歓迎されていなかったりします?」
「わかってるなら、次にとるべき行動もわかっているよな? 顔見知りだからって、できることとできないことの区別くらいは社会人のお前ならできると思うぞ?」
勝を責めるわけではないが、今回、事前相談無くして彼女を連れてきたのはパーティー的にも個人的にもNGだ。
安易に共有のパーソナルスペースに個人の知り合いだからと連れてくる行為は、その共同体の重要性を薄く考えた結果だろうと思わざるを得ないからだ。
悪く言う形になるが、勝の行動はたぶん大丈夫だろうというなんの根拠もない安易な発想での行動の結果であることはわかる。
だから彼女をここに連れてきたのだろう。
流れ的にあの場で、俺が一言でもいいと言えば彼女は俺たちのいる場に立っていた。
そうなれば背後の不穏な空気は険悪な空気に様変わりしていたことだろう。
玄関から聞こえてきた川崎の声で一気にパーティールームの雰囲気は悪い方に傾いたのは言うに及ばず。
その空気が悪くなった原因である南は表情から感情が抜け落ち、北宮は目じりがわずかに上がっていた。
両者ともに臨戦態勢に移ったのが見てわかる。
そして当の連れてきた勝は、自分の行いがあまり良いことではないことにやってから気づいたようだ。
まだ高校生である彼の行動は、ありきたりの失敗だと言える。
それに関して言うのなら彼の行動には悪気はなく、善意で助力を申し出たのだろう。
好きだった女性から助力を求められればそれは確かに助けたくなる。
心情的には理解もし、同意もするが、それはあくまで一男としての感情だ。
社会人としての判断なら、そこに情状酌量の余地はない。
集団で行動するときに判断基準となるのは集団の意思、そして個人の感情というのは集団意識に対して向けられればわがままだと受け取れられるケースが多い。
だからこそ社会では報連相が重要だとよく言われる。
そして、さっき勝に伝えたとおりうちのパーティーは少々特殊な立場にある。
他のパーティーを押しのけ、特別な研修や指導を施される立場をもぎ取っている。
体験すれば後悔するかもしれないような内容ではあったが、おかげで戦闘能力、武装、ダンジョンの攻略スピード、はたまた会社内での幹部とのコネクション。
そのどれをとっても他のパーティーに追随を許していない。
数は少ないが同期の中で俺たちはトップに立っている。それもかなりの差を開いて。
そんな存在である俺たちを新人から見ればなんと思うかは想像するにはたやすい。
羨望か嫉妬か概ねこの二択に絞られ、そしてどちらの感情にも下心が大なり小なり付随する。
なにせ俺たちの仲間になるということはこの社内での地位を爆上げするためのカンフル剤となる一種のブランド名みたいな存在になりつつあるからだ。
しかしそのブランド名、あるいは努力の結晶と言うべきか。
それは、あくまで俺たちが努力で積み重ねて築き上げてきた価値だ。
その価値をおいそれと他者に付与する行為は心情的にも社会的にも当然許容しがたい。
しかしその価値に気づいた輩が放っておくわけがないのも事実。
あの手この手で接近し、少しでも利益を得ようとしてくるのはわかっていた。
それは当然だ、目の前にエレベーターがあるのに好んで階段を使って上るようなことはしないだろう。
順番で並ぶか他者を押しのけてその扉の前に立つかは各々勝手であるが、その扉の前を確保しようと動く輩は絶対にいる。
そして、そんな奴がさっそく現れたわけで。
奴は、オズオズなどと遠慮しながら顔をのぞかせるようなことはせず、すっと扉を開き堂々と現れた。
その豪胆さは評価するが、面接なら速攻で落とされるようなことをしている神経の図太さはいただけない。
咥えたばこで出迎えた俺にひるまず、瞬時に空気を察せる脳の回転。
優秀ではあるだろうが、部下にはほしくないと俺は思った。
さっきのやり取りだけでも、目の前の女が非凡であるのがわかる。
川崎は下で支えるタイプではなく、下を動かすタイプの人間だ。
上にいればカリスマを発揮し、先頭に立ち皆を引っ張るタイプだがその反面、行動が突飛すぎて下は理解が及ばず川崎なら大丈夫と盲目に付き従わせられる。
成果を結果的には出すから、過程には目を瞑るうちの会社には正しく優秀な人材だろうよ。
「久しぶりなのに相変わらずずけずけ言いますねぇ田中さん」
「昔なじみだからこそだ。こうやって上っ面じゃなくて正直に忠告してくれる奴は貴重だって覚えておけ川崎」
「はい、しっかりと拝聴させていただきますよ」
ただ、その優秀さは諸刃の刃だ。
その優秀さは自分だけではなく周囲にも被害を出す。
「………」
「……」
ニコニコと笑顔を崩さず、俺の言葉を待つ川崎に、自然とこの場に居座るのが目的だというのが透けて見える。
後ろの気配から、うちのパーティーメンバー全員が扉越しに魔紋で強化された五感を無駄に活用しこの会話に集中しているのもわかる。
そいつらと接触させたらウヤムヤのうちに流れを持っていかれる。
「………問答無用で帰れと言ったつもりだったが、相変わらず神経が太いな」
「田中さんくらいですよ。私のことそう評価するのは、他の人はそんなこと言いませんし」
「なら、そいつらの目が節穴だったってことだ」
それがわかっている俺は、引かず態度を変えない。
ピリピリとした空気とは違い、粘り付き纏わりつくような雰囲気。
「一応、勝君に頼んでアポイントはとってもらっていたはずですけど?」
「ついさっき来て今会話大丈夫かと聞くのはアポイントって言わねぇよ。第一、高校生にアポイントを取らせる方がどうかと思うがな。おまけに事前に連絡もなし、ましてやアポイントに関して返答を待つことなく来社することも常識を疑うぞ」
「喫煙しながら応対することも常識的ではないですよ?」
強気にきているが、こいつのこの自信はなんだ?
態度からして俺が好印象を抱いているとは思っていないはず、なのにここで引かないのはなぜか。
まさか、なんとかなるとは思っていないはずだが。
灰が落ちそうになっている煙草を持ってきた携帯灰皿に押し付け、火を消し再度新しい煙草に火をつける。
その仕草に川崎は嫌悪感を見せるどころか、相も変わらずニコニコと俺の方を見る。
「………大方予想がつくが、お前の本題は俺たちのパーティーに入れろって話か?」
見えない感情相手に妥協と言うわけではないが、ここで堂々巡りに常識の話をし続けても時間の無駄なのも事実。
なので、俺の方から話題を振ってやれば、水を得た魚かのように川崎はこの話に飛びついてきた。
「ええ、そうです。この会社に入社した際の検査で判明した私の魔力適性は七、今のところは戦力として見込めないかもしれませんが将来的には非常に役立ってみせますよ?」
運動神経や頭にも自信がありますと付け加える川崎のやり方は営業が営業先に商品を売り込んでいるように見えた。
少しでもいい部分を強調し、悪い部分を最小限の印象で済ます。
リスクとリターンの会話。
「あいにくとうちのパーティーは戦力が揃っててな。人員は足りてるんだわ。ついでに言えば入れる人員も魔力適性で判断してもいない。それとだ、事前説明会で注意されていたはずだ。過度のアピールをすればペナルティがかかると」
「ええ、社内でのこのパーティーの評判は承知してますよ? 確かに今現在は補充は不要でしょう。ですが、その勢いが果たしていつまで続くかは未知数ですよね? 後進の育成は常に組織で求められる課題。早めに行動を起こしておくのは決して損にはなりませんよ。それと、今の私の行いが果たして過度のアピールと捉えられるかは、いささか決定打に欠ける発言かと」
ああ言えばこう言う。
暖簾に手を突っ込んでいるかのように、柳に風が吹くように、スルリスルリと会話が流れる。
イライラはしないがもどかしいのも事実。
俺と川崎は前の会社で面識がある。
勝と南は親戚だ。
この会話、後の説明の仕方によっては川崎には一切ペナルティが発生しない。
「そうかい、なら、話はここまでだ。お前の用件がパーティーへの加入要請というのならこのパーティーの責任者として断る。将来的にどうなるかという可能性の話を言うのならその根拠をもってきてから話せ」
「なら! その根拠!?」
「………その行動力は買うが、失敗したら意味ねぇどころか評価を下げるぜ? 不意を打つっていうのはな、ある程度実力差がない状態でないと通用しないんだよ。いくらお前が才能にあふれていたとしても、こっちはこっちで修羅場をくぐってる。こんな気が抜けてるような顔でも隙を晒すようなアホなことはしないんだよ」
会話の運び方はうまく、おそらくだが一矢報いて揚げ足を取ろうとでもしたのだろうが、そうは問屋は卸さない。
すっとポケットから抜き放たれたボールペンなど、どこかの漫画で見せたかのように人差し指と中指で挟んで止めてみせ、驚く川崎に忠告する。
「勝たちに近づくな、なんてことは言わねぇがあくまでプライベートだけの関係にしておけ。公私をあえて分けないお前が俺たちに近づいても利益にはなんねぇよ」
「っ、ご忠告ありがとうございます」
その際にほんの少しだが本気の殺気を川崎に叩きつけた。
ボールペンを押さえ込まれ、動きが止まった彼女にそれを受け流す術はない。
半眼になった俺の瞳から射殺すような殺気と、わずかに漏らした魔力の本流。
それは俺が戦闘時に用いる力の一角。
教官たちが仕込み、そしてこの会社で磨かれたその業はつい先日まで一般人と変わりのない川崎が受ければただでは済まない。
笑顔が引きつり、首元に冷や汗が流れ、俺のあまり調子に乗りすぎてるとどうなるかわかっているなという脅しを理解したようだ。
「今日、お前は来なかったそれでいいな?」
「ええ、そうですね。私はここには来ませんでした」
互いに面と向かって会っているのに、そしてその状況に聞き耳を立てている存在がいるというのにお笑い草な会話。
だが、互いにこの日は何もなかったと確認しあい。
俺はそっとボールペンから指を離す。
それだけで川崎は何かから解放されたかのように一歩後ずさり、わずかに視線を部屋の向こうに向けたが何も言わず立ち去っていった。
「はぁ、面倒だった」
玄関が閉まり、そのまま立ち去ったことを気配で感じ取りほっと一息。
腹の探り合いはあまり好きではない。
煙草を吸い煙を吐き出し、どうにか終わった対話に疲れを感じる。
少々強引だったがあの場で確約の言葉やへたにパーティーメンバーと関わり合いを持たれる方が面倒だったので仕方ないと思うことにする。
「これが今後続くなら、対策考えねぇとなぁ」
ゆるりと首を回し凝った体をほぐすように振り返り、部屋に戻ると。
「ハハハハハハハハ! 追い返されてるでござる!!」
どこぞの魔王かと両手を左右に広げ高笑いをしている南と機嫌が直っている北宮が紅茶を飲んでいた。
「僕、何か悪いことしましたか?」
「いや、タイミングが悪かっただけっすよね? だから、そこまで落ち込まなくても大丈夫っすよ」
「そうだよ! そうだ! 甘い物食べるヨ!」
そして川崎を追い返したことに自分がなんか悪いことをしたのではと落ち込む勝を海堂とアメリアが励ましていた。
一難去ってまた一難。
本当にこの会社に入ってから暇だと思うことはないな。
今日の一言
失敗から学ぶこともある。
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。