277 新しい関係が増えると何かが起きる。
皆様のご愛読もあり無事、ブックマーク件数が一万人を突破いたしました!
誠にありがとうございます。
本当にありがとうございます!
感謝の念が堪えません。
これからも本作をよろしくお願いいたします。
活動報告の方に、一万人突破記念に関しまして告知を行いたいと思いますのでそちらの方もよろしくお願いいたします。
最近平和だと思うのは、日常が慌ただしいからだろうか?
むしろ平和という単語が出てくる時点で俺もだいぶこの会社に染められたのだろうとは思うも、ふと思いついたのがその単語であったのだから仕方がない。
前職がブラックすぎて仕事がなく暇だと口にする機会がなかった俺であったが、この会社に来てまさか暇よりも先に平和という単語が出てくることがお笑い草だ。
「先輩、現実逃避してないでこっちを見るっすよ。このままじゃパーティーの存続のピンチっす、もしくは物理的な修羅場五秒前っす」
のんびりと窓際でコーヒーを立って飲んでいると現実に呼び起こす声が背後からかかる。
「あと、そこで不機嫌な猫みたいにむしゃくしゃしてる南ちゃんどうにかしてほしいっす。さっきからこっちをというか、先輩の方を睨んでいるっすよ? 正直怖いっす」
そして、隠し事がバレた時の気まずさはいくつになっても変わらない。
さてそろそろ現実逃避も難しくなったかと、覚悟を決めて扉の向こう側を見るのであった。
こんなことになったのは遡ること数分前。
事前説明会から幾日か、本格的に入社を希望する人数が決定しほっとしたのもつかの間。
その安心した隙を狙って嵐はやってくる。
今日も今日とて平和なパーティールームで俺と海堂がのんびりと世間話をしながら他の面々を待っていたわけだが。
その場に南たち女性陣がやってきてその穏やかな雰囲気の流れが変わった。
あからさまに私不機嫌ですと言わんばかりに怒気をたれ流し、ズンズンと力強い足踏みと共に南がパーティールームに入ってきた。
その後ろを少し不機嫌そうな北宮が続き、最後にオロオロとしたアメリアが続く。
その瞬間に何かあったなと、察せないのはよほど空気の読めない鈍感な奴くらいだろう。
瞬時に南がここまで怒る理由を考え、いくつか候補を頭の中で選択する。
「りぃいだぁああ、わ・た・し・が怒っている理由に心当たりあるよね?」
まっすぐ俺のところに向かってきた南。
地獄の底から這い出てくるような声とはこのことを言うのだろうか?
眼が完全に怒りを表し、いつものござる口調も抜け、なのに表情は笑っている。
誰から見てもプッツンと切れている。
怒髪天。
魔力が溢れ、髪が揺らめく様も彼女の怒り具合を表現してくれていた。
おまけに疑問形なのに断定口調。
これはたぶん、あれがバレたんだよなぁ。
「はぁ、会ったのか川崎に」
「会ったのか? ですってぇ!?」
当たりだと、出来れば当たってほしくはなかったと思いつつ溜息一つこぼしてこの後の展開に備える。
普段はギャグキャラ的な存在であるはずなのに、目の前にいるキャラはどこかの少年漫画に出てきそうなほど怒りに囚われている。
今なら魔法の威力が三倍とかになっていそうなほど、南の迫力が半端ない。
「落ち着きなさい南、まずは話を聞くって言ってたじゃない」
「そうだよ南ちゃん、ジロウさんだって何か事情があるかもデス」
その南を落ち着けようと北宮とアメリアが肩を掴み冷静になるように説く。
ただ、その言葉で冷静になれるかどうかと言えば。
「今の私は、たとえ課金用のプリペイドカードを十万円渡されても怒りを抑えられないよ!」
「なんでそこでゲーム用語を出してくるのよあんたは………はぁ、いいからあんたはしばらく黙ってて私が説明するから」
なるわけがなく、どんな的を射ている説明をしても南が納得するようには思えない。
なのでどうするかと言葉を選んでいると、北宮が代わりに説明してくれる。
「まず最初に聞いておくけど、次郎さんは悪意を持って彼女、川崎翠に関して黙ってたわけじゃないわよね?」
「それに関しては間違いない。なんならエヴィアさんに同じ質問されても大丈夫だ」
「なら、その言葉信じるわよ。南がこうなったのはその川崎さんがうちに入社するって話を勝君から聞いたからよ、おまけに嬉しそうに、ね」
「ああ、そういうことか」
本人に直接ではなく、よりにもよって勝経由でか………そりゃ、南が怒るに決まっている。
意中の相手が嬉しそうに他の女性のことを語れば不機嫌にはなる。
「どうして落選させなかったの!? リーダーの権力、いや、エヴィアさんの権力があればできたでしょう!?」
「できるかボケ、そんなこと頼んでみろ俺が死ぬ」
「あいつの戦力くらい私が埋めるよ! 今の私なら魔王でも勇者でも屠れる。何なら今から覚醒してもいいよ!だから今からでも遅くはない、エヴィアさんにスライディング土下座をしてきて」
「おいコラ仮にも先輩だぞ。何先輩にそんなこと要求してるんだコラ。さすがにそこまで言われる筋合いはないぞ、何が悲しくて他人の恋愛事情に首突っ込んで上司に土下座をしないといけないんだよ」
「でないと、内なる私の怒りは収まらない」
「収めろ」
何が悲しくて、順風満帆とはいかなくとも立場を確立しつつあるこの会社で、そんなエキセントリックなことをしないといけないのだろうか。
確かに川崎のことを黙っていたのは俺が悪いと思うがそこまで罪なことを俺がしたか?
フシャーと猫かと突っ込みたくなるような南の形相を脇目に、北宮に説明を求めるも。
「さっき言った通りよ、勝君から川崎さんが入社してくるって嬉しそうに語られて私たち招集、そして今に至るわ」
顔を横に振り、それ以上説明を求めないでと俺の視線を彼女は拒否する。
「それに、私も南ほどではないけど怒ってるのよ。どうしてそんな大事なことを黙っていたのかしら?」
「言ったらこうなるだろってのもあるが、まぁ、会社の方針としてダンジョンテスターは一人でも多く抱え込まないといけないんだよ。なら入社を防げないなら先に俺が接触して彼女の真意を探ろうとしただけだよ。それ以外に深い意味はねぇよ」
「その結果がこれじゃ、意味ないと思うけどね」
「後悔ってのは先に立たないんだよ、まぁ、俺もこの南を見たら判断を間違ったとは思うがな」
結果論にはなるが確かに北宮の言う通りだった。
言おう言おうと思ってはいたが、結果的に踏ん切りがつかずこんな結果になってしまいその点は反省しないといけない。
「まぁ、気休めに聞こえるかもしれんが、俺の中では川崎はうちのパーティーには入れないつもりでいるとだけは先に言っておくぞ」
「あら? そうなの?」
「というよりはうちに迎え入れられる状態ではないというのが正確か?ある程度成果を出して動きが確立しつつあるうちに新人をいきなり入れてパーティーが稼働するとは思えん。当然、仕事を増やさないために個々で手助けするのも当面禁止にするつもりだ」
「それって大丈夫なの? 全体効率を考えたら悪くなるだろうし、エヴィアさんから何か言われたりしないかしら?」
「事前に相談はして了承はもらっている。将来的には誰かしら入れるか、他所のパーティーの支援に駆り出されるかもしれんが、現状一番稼働率のいいうちのパーティーを機能不全にするのは会社としても避けたい方針らしい。他のパーティーはどこも戦力不足だから入れるだろうが、うちは戦力が整っているからな。無理に入れる必要はない。なにか言われても、実力が離れすぎていて業務に支障が出かねないということにして回避できるよう会社の方で手回ししてくれる」
「そう、それなら安心ね」
「ああ、とりあえず教育関連の仕事は当分は無しだ」
本来であれば榛名の面倒を見ないといけないかとも思っていたが、あからさまな依怙贔屓は避けるようにと逆にエヴィアさんに釘を刺されている。
彼女の立場も微妙な部分がある。
下手に俺が彼女をサポートすると今後の彼女の活動に支障が出かねないとのこと。
一応、彼女の立場を考えて会社の方でもサポートはしてくれるらしいのでその言葉に甘える形になる。
「勝にも言っておくが、お前らも安易な依頼は受けるなよ? 特に海堂、お前は人一倍気をつけろよ」
「なんで俺だけ名指しっすか?」
「お前、美人に言い寄られたらコロッと安請け合いしそうだからな」
「おお! 確かにそうっすね!」
「納得したんなら気をつけろよ」
「了解っす!」
それに、俺たちは今後トップパーティーとして注目が集まるようになる。
そのせいで下手な恨みを買わないように気を配らねばならない。
「話は終わった?」
「南、フシオ教官のダンジョンにでも就職するつもりか?」
ぬるりと俺の肩に手が伸び、ワシッと肩を掴み、グワッと目を血走らせたまま見開く南に俺は溜息をもって迎え撃つ。
理解はしていても納得はできていないという彼女の心情が怨念となって俺に降り注ぐ。
だが、伊達に俺も戦い続けていない。
その程度の脅しにひるむわけもなく、隠す気もない気配に俺が気づかないわけがなく、南の行動に驚くこともない。
ただただ素直に今の南の形相が本当に和風ホラーみたいな感じに仕上がっているのでそのまま感想を述べたまで。
女性の恋路を邪魔するとこうなるのかと、心の中で感想をこぼし。
「ほら、そろそろ正気に戻れ」
「まだ終わらない、私が納得するまで、諦めない」
「諦めなさいよ、次郎さんでもどうにかできないなら私たちが女を磨くまでよ」
変な方向に暴走しているなと、南の説得を北宮に任せ俺は俺で冷めたコーヒーを飲む。
昔は俺も恋愛に憧れを持ってはいたが、あそこまで執念を見せることはしなかった。
対抗意識が高すぎると思いつつ。
変なところで常識をわきまえているので、犯罪行為には走らないだろうと思いつつ外の風景を見やる。
そして冒頭に戻るわけだが。
「はぁ、平和だねぇ」
「いや先輩、先輩の後ろで南ちゃんが真っ赤に燃えているっすよ。さすがの俺でもこの光景は平和だと思えないっす」
「女が恋に燃えてるだけだ、気にするな」
「物理的に燃えていそうな雰囲気の南ちゃんをスルーするにはさすがに無理があるっすよ」
今年も今年で波乱万丈なことが起きそうな雰囲気なのだ。
少しくらい現実逃避をさせてもらってもいいじゃないか。
と海堂の声を流そうとするも。
「もういっそ、凍らせて鎮火したほうがいいかしら?」
「止めてやれ」
面倒になった北宮が実力行使に移ろうとしたのでさすがに止めに入る。
そんな折に、パーティールームの玄関の扉が開く。
そして足音が聞こえ、この部屋へと続く扉が開けば。
「あ、僕が最後でしたか」
勝が姿を現す。
「おう、勝。良いところに来た」
今日はこれからパーティーメンバーでダンジョンに挑む日。
なので全員が揃うのは当たり前なのだが、タイミング的にとても良かった。
本当にと、思いつつ首を傾げ疑問符を頭に浮かべていそうな勝に気づかれないようにすっと視線を南に向ければ、乙女として見せてはいけないもの必死に隠そうと努力している彼女の後姿が見えた。
先ほど色々と言われたが、原因は俺にあるため武士の情けで少しだけ時間稼ぎに付き合うことにした。
「いやな、さっきまで新しいダンジョンテスターたちに対して俺たちパーティーとしての行動指針を話し合っててな」
「はい」
業務的な話なれば勝は真面目に視線をそらさず話を聞く。
当たり前のことかもしれないが、勝は集中力を切らさずそのまま聞く態勢となった。
「周囲からも色々と言われる可能性を考慮して俺たち月下の止まり木は新人の加入を見送ることにした。それに合わせて、個人的な新人の手助けも当分の間自重することにした」
「え? なんでですか?」
「実力差がありすぎる。加えて言えば、今の業務、ダンジョンテストも順調とは言い難い。そんな中で一番稼働率のいいうちが新人の教育で稼働率を下げることを上はあまり良く思っていないんだよ。色々と手間をかけてもらっている分そういった意向は無視できない」
勝はなぜという感情の色を全面的に出し、俺へ不満をぶつけてきた。
これは何かあるなと思いつつ、正論をもってして勝の説得にかかる。
「事情は分かりましたが、どうにかなりませんか? 僕が手が空いている時だけでも手伝うとか」
「悪いが、業務的内容だけの話ではないんだ。仮に勝がパーティーとして仕事のない日に新人の手伝いをしていたとしてもそれは仕事扱いになる。そして、もし仮にほかの新人にその光景を見られたら、その手伝いを他の新人にも施さなければならない。例外って言ってもいいがそうしたらその新人は同期の中で良い言い方で言えば特殊、悪い方で言えば贔屓されていると見られる。今の俺たちの立場は会社からの指示という大義名分でもない限り新人たちの手助けができない状況なんだ」
縁故入社というのはあまりいい話を聞かない。
それは評価が正当ではないと思われるケースが多いからだ。
優秀な社長の息子は必ずしも優秀だとは限らない。
相応の努力をしている息子からしたら、親の七光りの息子と比べられるのは腹立たしいかもしれないが、そういった現実もあるのは事実。
今の会社の現状では、忙しい業務の最中、善意だとしても俺たちが手を差し伸べることはそういった意識を周囲に植え付けてしまう。
「わかるな?」
会社の方針として業務に集中しろと言われている状況で大義名分は得られない。
なら今は我慢しろと勝に言い聞かせるほかない。
「わかりました」
大人びているとは言えど、まだ精神的に未熟な彼はそっと肩を落とすのであったが、様子がおかしい。
何かを隠すように、いや、この場合は言いあぐねているのか?
何かを言うか言わないか迷っている勝にどうしたと聞く前に玄関の方から声がかかった。
「あのー、入っていいですか?」
そして厄介ごとというのは外からやってくるのであった。
今日の一言
人間関係というのは利益のほかにトラブルもセットになっている。
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




