276 人を隠すなら人の中、では宝を隠すなら?
Another side
MAOcorporationには様々な施設がある。
メイン設備のダンジョン。
ダンジョンテスターが住むための寮。
武器や防具、食料品に日常雑貨、はたまた飲食や大人なサービスを提供する店がある地下施設。
武器や魔法を使っても問題ない訓練室。
もちろん、表向きの会社の業務を進めるオフィスや本来の目的を行うための業務オフィス。
あるいは、銃刀法違反に真っ向から勝負を挑むような倉庫。
外見からは想像できないほどに収納された空間を保有する建物の中に多種多様の設備が備わっている。
そしてその中には、一般職員やダンジョンテスターが入れない設備ももちろん存在する。
その一つの例として挙げられるのが研究棟。
そこではダンジョン内で配備される魔物や罠、あるいは設備といったものが日夜研究され、実戦投入される日を待っている。
多種多様の種族から編成される優秀なスタッフは、ダンジョンテスターから報告された内容の可否と可能ならどれくらいの予算で実現されるかを算出する。
ここの存在情報は社内でも極秘事項に当たり、関係者以外だと一定の許可を持たぬ存在は入ることも許されない。
「報告には聞いていたが、やはり経過は芳しくはないか」
「は、なにぶん手探りな部分が多く試行錯誤を繰り返している段階でして、成果を出すにはいましばらくの猶予をいただきたく」
「わかっている。我らとは異なる神の系譜の遺物だ。それ相応の時間は必要だろう。それと際限なくとはいかないが、それなりの予算は回す。魔王様には私の方から報告しておこう。その分の成果は期待するぞ」
「は、よろしくお願いいたします」
その研究棟の中でも最奥と言ってもいい部屋には十数人の研究者と、その中央に一つのシリンダーが鎮座している。
ここにいる存在たちは、魔王軍の中でも優秀という言葉からさらに選抜されたエリート集団。
意欲、知識、忠誠心そのどれをとっても最上という言葉にふさわしい集団だ。
そこでシリンダーの前に立つ一人、白衣を着た老齢のダークエルフはこの集団のトップ。
そんな経歴能力共にトップクラスの人物が頭を下げる存在は数少ない。
その数少ない人物である彼は頭を下げ、隣に立つエヴィアに静々と彼女がここに来た理由に対して対応していた。
一方、報告を聞いているエヴィアと言えば話の内容は聞いているものの視線は正面からずらさない。
その視線の先にあるシリンダーはとても大きい。
人一人どころか、十人は優に入れる。
床から天井まで伸びていることも相まって、その巨大さに目が行く。
周囲の設備もさることながら、どれだけこのシリンダーが重要なのかわかるように金がかかっていることが手に取るようにわかる。
その中身にあるものがただ高価であるのならここまでの設備は用意はしない。
様々な意味で問題でもあるのだからここにあるともいえる。
「やはり、動かぬか」
素人から見れば過度と言っても過言ではないような設備であったが、用意した当人たちからすればこれでも足りないと言える設備。
そんなたいそうな代物に囲まれた存在とは何か。
一見すれば大きめの鍵と言えばいいだろうか、すすけた黄金色のその鍵らしきものは翡翠色の液体の中にその姿を浮かべ、ただただ漂う。
その見た目は良く言えば骨董品、悪く言えばただのガラクタ。
この場にある時点でガラクタということはないだろう。
それがなんなのかを理解しているエヴィアは残念そうに一つ溜息を吐いた後、踵を返す。
このエリアはエヴィアのダンジョンの中であっても転移を封じる処置が施されている。
持ち主である彼女ならそれを解除することもできるが、ここの機密性ゆえその処置を解除することはない。
だからこそ自らの足で帰る。
「回りに回ってきた好機と、素直に受け取れん自分の性格が恨めしいな」
エヴィアはその鍵らしき代物を手に入れた経緯を素直に喜べない自分の疑り深い性格に苦笑をこぼす。
この鍵らしき物体が今後の魔王軍の行方を左右するかもしれないというのは理解しているが、それが良い方向に転がるかそれとも悪い方向に転がるか。
最後にわずかに振り返りそのシリンダーがある部屋を視界に納めると扉が閉まるのを待つことなく、転移可能エリアまで歩みを進める。
進む先は普段仕事をしている人事部でも社長室でもなく、先ほどの研究棟と同程度のセキュリティを保持するエリア。
「状況を報告しろ」
入るや否や、入口で待機していた悪魔の男に現状確認をする。
「は、現状エクレール王国及び神権国家トライスの連合はハンジバル帝国と交戦中。一度大規模な戦が行われたのちは小康状態になっております」
「帝国が用意したゴーレムはどうなっている?」
「そちらの方は一度投入され王国の砦を破壊、その場にいた軍は壊滅。能力的にはかなりのものだと聞いております。そちらの方の報告書もお持ちします」
「うむ」
ここは魔王軍の調査情報部。
所謂、密偵やスパイと呼ばれる者たちが所属する部署だ。
国内、異世界問わず活動し、現在の魔王軍において一番忙しい部署ともいえる。
国内では反乱がおきてしまったので、消火作業と不穏分子の洗い出し。
日本では日本の政治関係、及び裏に潜む神秘関係の組織との接触及び調査。
イスアルでは王国と神権国家の連合が帝国相手に戦。
北へ南へと縦横無尽どころの話ではない。
情報を扱うことから信用のおける存在でしか構成できないので人員補充もままならない。
おかげでここはデスマーチが敢行されている。
「南方は? あそこの商人どもが黙っているとは思えんが」
常に敵国に関しては情報を集めているが、風は魔王軍側に来ている。
このまま疲弊し、将来的に有利になってくれれば魔王軍的には助かる。
そこで重要になってくる要素のうちの一つが、連合、多種族連合ハーメル。
商人と亜人族の複合国家。
獣人、エルフ、ドワーフといった亜人が住まう国で、珍しい武具や薬、魔獣の素材などを扱うことから商人たちの出入りも多いのが特徴だ。
保有戦力は他国三国にも引けを取らない。
議会制を取り入れ、各種族の代表がこの国のかじ取りをしている。
唯一の欠点として挙げられるのは、寄り合い所帯のため戦力はよその国より多いが一枚岩ではなく連携がとりにくいと言ったところ。
「現場からは静観の兆しが強いとのことです。各国の代表から支援要請及び同盟の打診はあるようですが、戦争に巻き込まれるのを嫌っているようで首脳陣の反応は芳しくないようです。連合と帝国もこのまま戦い続けて疲弊しハーメルだけを勝たせるのを嫌い戦争を自粛したといった流れだそうです。ただ一部から戦争への参加の兆しもあるとの報告も」
「なるほど、血気盛んな獣人たちをどこまで抑え込めるかが鍵になるか………わかった、引き続き監視と調査を怠るな。それと現場への物資を途切れさせるなと資材部に通達しておけ」
「はっ!」
次から次へと向こうの世界では情勢が変わる。
その流れを見逃さないように指示を出してから、この部署での自分の席にエヴィアは座る。
ある意味でここも彼女が管轄する場所だ。
もちろんここを統括する存在もいるが、その存在も先ほど指示を出してしまったためここにはいない。
だからと言って彼女が委縮するというのはあり得ず。
堂々と席に座り下から上がってきた情報に目を通す。
その情報を自らの目で精査し、魔王に報告するのも彼女の役目であるからだ。
「日本への対応も考えねばな」
その情報の中には日本の情報もある。
新人のダンジョンテスターの中に日本の鬼がいることは当然彼女も把握していた。
加えて言えば、その彼女が入社することを許可したのは何を隠そうエヴィア自身。
先方からすれば彼女を送り付けこちらの出方を様子見する狙いがあるのだろうと思い、監視を付けつつそれ以外は自由にさせている。
部下を使い、秘密裏に日本国内に存在する裏組織にアプローチし情報の交換、及び物資などのやり取りをしている。
現状、組織同士での繋がりだけで済ませ、政府との接触には細心の注意を払っている。
いずれは日本以外の組織とも接触する可能性も考慮すれば、ここでの動きは慎重にならざるを得ない。
海外組のダンジョンテスターを招いた際には、この国の神道系の組織に力を借り国へバレないように手を回した。
その際にこちらからは支援金として物資を回したが、いつまでもそのままの関係ではいられない。
ついさっき視察してきたあの鍵も日本で保管していたものを譲り受けた代物だ。
徐々に関係が深まっているのはエヴィアとて理解しているが文化が違う国との接触はなかなか骨が折れるようで、部下からの報告も現状維持や交渉が難航しているとの内容が目立つ。
部下の能力は把握しているエヴィアは叱責はしないがそのもどかしさを不快に思いつつも仕方ないと飲み込む。
「これは新人の報告書か」
調査情報部の報告書の中に新入社員の報告書があるのはおかしな話かもしれないが、先日ダンジョンテスターを利用され少なくない被害を出したのは記憶に新しい。
そのため、ダンジョンテスターの扱いも昨年とは違いだいぶ慎重になっている。
そのため素行に関しても調査をしている。
普段の立ち居振る舞い、言動、勤務態度。
やっていることは簡易的ではあるが、その中から問題児を探すと考えて行われている。
「幾人か気に留めておく必要がある、か」
報告書から素行だけではなく、金銭感覚、あるいは思想的な問題で注意をする人間が何人かいるというのがわかる。
取り扱っている人間が勇者たり得る素質を秘めた者たちだからこそ、我が強いのだろうと彼女は溜息一つこぼす。
魔法で宙に浮かせ、思考強化と視界強化で同時に書類を処理していればいくつもあった書類の山は瞬く間に処理されていく。
「この後は………」
今朝は人事部、昼に研究棟、そして調査情報部と部を転々として仕事を処理しているエヴィアは次の予定を思い出し、動こうとしたがその際に彼女が持つスマホに着信が入る。
バイブレーションで二回。
その設定は彼女のプライベートアドレスからの着信であることがわかり。
タイミングが良かったことから少し休憩を入れようと、立ち上がろうとしたのを取りやめ代わりにコーヒーを取り寄せる。
「……ふ、あいつは」
ついでに一緒にメールの処理も行おうとパソコンを開きその際に個人用のメールフォルダを開けば差出人は婚約者候補まで上り詰めた一人の男からのメールだった。
内容としてはごくありふれたもの、彼女が取り扱う情報の中で言えばくだらないと処理することのできる輩もいるだろうと言えるような内容だった。
『お疲れ様です。先日、エヴィアさんが飲みたいと言っていたワインが手に入りましたので良ければ今晩夕食でも一緒にいかがでしょうか? 仕事中だと思いますので、お時間が空きましたらご連絡をお願いします。 田中次郎』
時間に自由が利くダンジョンテスターである次郎と比べ彼女は分単位のスケジュールが組まれている。
そんな彼女にこんなメールを送ってくる輩が今までいたかと彼女は思い出すが、冷徹冷血氷の女王など様々な呼び名があったなと思い出す中でこんな形でアプローチしてくる男はいなかった。
だからだろう。
他の業務処理をしないといけないはずなのに、つい、忙しなく動かしている両手の片方を動かしこんなメールを送っていた。
『二人きりなら、考えてやろう。 エヴィア』
たった十八文字のメールを即座に返した。
過去の彼女なら考えられない行動。
周囲は彼女がそんなことをしているとは露にも思わず。
自身で気づきながらも、さっきまでもやもやしていた感情がすっきりしたことを感じていた彼女は、苦笑ではなくわずかに口元を緩め、そして頭の中で組んでいたスケジュールを組みなおし今日は少し仕事を早めに終わらせようと動き出すのであった。
今日の一言
気づかれないように、こっそりと
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。
 




