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269 特別だと思うのは勝手だが、最強ではないのに気付いてほしい

 自身が特別だという気持ちは、願望であれ自覚であれよくあることだ。

 子供のころなら、夢と希望を抱きなおのことそう思う機会は多いだろうし、大人になってからも何か大きなことを成し遂げた時にそう思う機会はあるのではないだろうか。

 ただそこでその思いに一つ注意してほしいものがある。

 その時はあくまで〝特別〟であって、決してそれは〝頂〟ではないことにだ。

 考えてほしい。

 たった一つの要因で極められるようなことがこの世にあるだろうか?

 少なくとも、俺は知らない。

 例を挙げて話すのなら、野球がうまい、それこそ少年野球や高校野球の中でずば抜けてうまい人がいたとしよう。

 その才能は確かに少年野球時代や高校野球ではトップクラスであるのには間違いない。

 始めたばかりで誰よりも物覚えが良かったり、他人よりも優れている部分が目立つ。

 人はそれを天才と言ったり、特別スペシャルと言ったりと区別する。

 確かにその言い方は間違っていない。

 俺から見ても、正しいと言える。

 だが、だからと言ってそんな才能がある選手でも、最初から機械のようなコントロールを持ったピッチングができるというわけではなく。

 場外に飛ばせるようなホームランを打てるわけでもなく。

 誰にも防げない盗塁ができるわけでもない。

 ましてや、その領域に一回試しただけで至ることができるなど土台無理な話だ。

 そんなことが最初からできるのなら、この世はきっと天才がもっと表の舞台に立っているだろうさ。

 才能があるからこそそのために努力を惜しまず、その頂に到達する。

 努力を惜しむものに成果なし。

 天才という才能がある人はその道のりが短いだけだ。

 決して。


「あなたは特別かもしれませんが、最強というわけではありませんよ? 上には上がいる。それを憶えておきましょう」


 過去の自分よりも強くなったからといって、その段階が終点とは限らない。

 魔紋という特別な力を得たからといって一段階上の領域に足を踏み込んだというだけ。

 特別はあくまで特別でしかない。

 その一段階上の領域など、この会社に数えるのが面倒になるほどいるのだ。

 興奮するのはわかるが、ここいらで落ち着いた方がいい。

 俺の場合は、最初からその最強に近い存在と戦っていたから天狗になるどころか、出る杭を地面に埋没された。

 いや、その前にスエラにボコボコにされていたから、こんなに調子に乗る暇なんてなかったな。


「お、俺が、日本人ごときに」


 そう思うとこの黒人の男の反応もなかなかかわいく見えてくる。

 必死に現実を否定しようと立ち上がる姿には、生意気と思うよりも先に根性があると好感が持てる。

 体格も勝り、力にも自信があるのだろう。

 荒々しい性格からしてきっと喧嘩なり、戦う場数も踏んできたことだろう。

 魔力適性にもよるかもしれないが、大剣を選ぶあたり鍛えればきっといい前衛になる。

 少々、人種差別的な思考があるが、その程度の考えなら矯正できるので問題ない。

 そんな彼の威勢が良かったのは戦い始めたからのほんの数分。

 身長二メートル付近の巨体に見合うような大剣を持ち出してきた黒人の男は、その大きさ通りの重量に振り回され、あっという間に体力を使い切る。

 その間俺がしたことと言えば。


「それで? 満足しましたかね?」


 その場から一歩も動かず、右手に持ったソードブレーカーでただひたすら受け流し続けた。

 涼しい顔で、片手でだ。

 クルリと一回転させ持ち直すという手遊びをしながら汗一つ流さずだ。

 しかしこのソードブレーカーなかなかいいな。

 ジャイアントたちが丹精込めて作っただけあって使い勝手がいい。

 補助武器として個人的にも欲しいかも。

 ネタに走らなければ、優秀なのになと余計なことを考える余裕もある。


「っくそ、なめやがってぇ!!」

 

 それもそのはず、エヴィアさんや教官たちと比べれば彼の攻撃は止まっているとまではいかないが、歩行者とジェット戦闘機くらいに差がある。

 どっちがどっちなど言う必要もなく、そんな攻撃防げない方が問題がある。

 自棄気味の攻撃をあっさりと対処する。

 息が荒い状態で体も相当重く感じているのにもかかわらず攻撃してきた気概は認める。

 それでも現実というのは変わらない。

 余所見をしつつ、降り下ろしてきた大剣を受け流し、後ろに流れていく黒人の男の襟を掴み、息が詰まるのも気にせず引き寄せ首元に刃を添える。


「ぬっぐふ!?」

「まぁ、これで私の勝ちです」


 時間にして五分、さっきの女性と合わせれば十分ほどか。

 この時間があれば、五本はテストできたな。


「まだ負けてねぇよ!!」

「いや負けたから」


 何が起きたか理解するのに遅れた黒人が逆切れしてこっちに殴りかかってきたので仕方なく悪魔の案内人めがけて投げ飛ばす。


「キャッチ任せました」

「任された」


 そして見事にキャッチしてくれる。

 体格差は結構あるが、まるで風船の人形を取り扱うかのように悪魔の案内人は軽くこなしてみせた。

 これで二人目は終了、残ったのは。


「ついに僕の番だね!! 真打ってのは最後にやってくるものさ!!」


 ベニーだ。

 彼は楽しそうに刀を鞘から抜く。

 あの長さから見て脇差だと思うがなかなかスムーズに抜いているあたり使い慣れているのか?

 侍、侍と連呼していた当たりきっと刀が好きなのだろうから、そこら辺が関係して修練をしているのかもしれない。

 ただなぁ……


「おい、ハンズ。刀一本ダメにするぞ」


 なぁんか、違和感があるんだよなぁ。

 刀を抜く姿や、構える姿は様になっているのに、なんだこの違和感は?


「おいおい、あれも立派なテスト品だぞ」

「そう言うな、ああやって楽しそうに使われるなら刀も本望だろうさ」

「ったく、仕方ねぇな」


 その違和感を覚えつつ、もしかしたらとんでもない新人なのかもと思い、俺も警戒し使い慣れた鉱樹に近い長さの刀を選ぶ。

 ハンズの許可も得たことだ、少し本気を出すとしよう。


「では、最後ですがどうぞ」

「ああ! 行くよ!」


 ベニーに言った言葉に偽りなく、これが終わればまた試験作業に戻る。

 ただし先ほどまでとは少しだけ違い、すぐに終わらせよう気持ちではなく、少し勉強させようという気持ちで立ち会う。

 なんだかんだ面倒だと思ったが、気分転換だと思えば良かったのかもしれない。

 単純作業というのは飽きが来るとひどいからな。

 締めは居合いで決めようと構える。

 ベニーが降り下ろした瞬間に抜刀し、その刀身を断ち切る。

 呼吸を整え、意識を集中し、鼓動を連動させ、血の一滴まで認識できるほど神経が敏感になった。

 ゆっくりと、いや俺の認識が速くなったのだろう。

 ベニーの動きが遅くなり、その一挙手一動すべてをコマ送りのような感覚で見つめ、振り上げ上段から降り下ろすであろう一刀。

 それに合わせようと、俺も足に力を籠める。


「あ」

「え?」


 普段であればそのまま踏み出すはずの足はそのまま脱力し、つい呆けた表情を浮かべてしまった。

 なぜなら。


「あいたたたたた」


 ベニーが盛大にずっこけてしまったからだ。

 それはもう盛大に。

 どこかのギャグ漫画かと言いたいくらいに見事な転びっぷりだ。

 振り上げてから降り下ろすまでの過程をすべて見ていたが、それはもう見事にずっこけた。

 そして、俺はさっきの違和感の正体に気づいた。

 その正体を知ってしまった俺は歩き、そっとベニーの側によると。


「魔法使い、頑張ってな」

「なぜだい!?」


 しゃがみ、優しく肩を叩く。

 そう、こいつは南と同程度、いや、南以上の運動音痴だ。

 一見、運動できそうな見た目だったから騙されたが、さっきの動きはどう見てもワザとではなかった。

 だからこそ俺は俺にできる最大限の優しい笑みで彼にそう言った。


「うん、そうね、ここなら、ええと、いろいろとできることがあるみたいだし?」

「ああ、なんだ? あんまり、気にすんなよ?」

「さっきまでの態度はどこに消えたんだい!? そこまで優しくされるほど僕はひどかったのか!?」


 さっきまで俺に対して喧嘩腰だった二人から見てもさすがにさっきの動きはひどかったらしい。

 子供のような笑顔で武器を探していたのも見ていたのだろう。

 憧れが入っていた分、かなり楽しそうだった。

 その結果がこれでは笑うに笑えず、きつそうな性格の彼女も、さっきまで憤慨していた男もベニーが逆に驚くほど同情していた。

 そして、俺はと言えば。


「おーい、ハンズ、続きしようぜ続き」

「そうだな、おーいチェック項目持ってこい」

「このタイミングで立ち去るのかい!?」


 俺の役割は終わったと言わんばかりに案内の悪魔に目配せして元の仕事に戻る。


「ま、待ってくれ! 僕は侍になりたいからこの仕事を受けたんだ!! 魔法使いじゃ意味ないんだ!!」


 縋りつくように足に抱き着かれても、困る。


「いや、君がなりたい理由はわかったが、どうしてそこまでこだわる必要が?」


 このまま振り払うことはできるが、後々同僚になるのだ。

 ここで冷たい態度を取るのは些か問題だ。


「よくぞ聞いてくれた!!」


 なので、せめて理由くらいは聞いてやろうと思い問い返してみれば。


「なぜなら侍はかっこいいからだ!!」

「おおい、ハンズ。次の武器はどれだ」

「このハンマーだな」

「だからなぜ行く!?」

「逆になぜそれで俺が止まると思ったんだよ」


 憧れで仕事はできるかもしれないが、大概現実とのズレで折り合いがつかず、妥協できない輩は辞めていく。

 表向きの内容しか見ていないベニーに対して思うこともあり、つい素が出てしまう。

 こいつはあれか、時代劇とか大河ドラマとか見てあこがれた口か?


「君も日本人ならわかるだろう!! この国が生み出した数々の侍の伝説を!!」

「ああ。織田信長とか沖田総司とかか?」


 そんな感じなら俺は真田幸村とか好きなんだがなぁ。

 まぁ、憧れ自体を否定するつもりはない。

 思うことはあるが、それがきっかけにもなる。

 一部はその憧れを現実にする輩もいる。

 実際、その熱意は認めるし、職業の選択は自由だ。

 南もなんだかんだ体を動かし、今では自分で格闘ゲームの動きを再現できるようにまでなった。

 反動で体を痛めるが、それでも最初と比べればだいぶ進歩した。

 ベニーももしかしたら俺には見抜けない才能があるのかもしれない。

 可能性はゼロではない。


「は?この国の侍と言えば、〝黒鉄政宗〟だろ」

「だれだよ!?」


 伊達政宗の亜種か?


「なんだい知らないのかい!? それでも君は日本人か!これを見よ! このスタイリッシュな恰好、そしてこの数々の偉業!! これぞ正しく侍だろ!」

「……漫画の中のキャラかよ。しかも、俺の知らない奴」


 いつも持ち歩いているのかベニーが預けていた自分のカバンから取り出したのは一冊の漫画本。

 それはかなり読み込まれていて、だいぶ年季が入った一品。


「僕の祖父が教えてくれたのさ! 黒鉄政宗みたいな侍になりなさいってね!!」

「そうか、頑張れ」

「冷たくないかい!?」


 漫画のキャラクターに憧れるのは結構だが、それは個人的な目標にしてくれ。

 むしろこうやって応援の言葉が出ただけましだと思ってくれよ。

 俺の中では濃いキャラが入社してきたな程度の記憶で納めておくから。

 とりあえず。


「ハンズ、こっちは終わったぞ」

「おう、おめーら仕事やるぞ」

「「「ういーっす」」」


 俺は再度、悪魔の案内人に目配せしベニーを回収させ仕事に戻る。


「災難だったな」

「まったくだ。体は疲れはしなかったが、精神的に疲れたよ」

「今年は面白ぇ奴らが入ってくるって聞いてたが、まさかあそこまでとはなぁ」

「ハンズも他人事じゃねぇぞ」


 回収されたベニーを脇目に、頭を下げ退出していく集団を見送り俺は試験に戻る。

 渡されたハンマーを持ち素振りをして具合を確認しながらハンズと話す。


「あ?」

「さっきの男、ベニーを見ただろ。侍、日本の騎士みたいな存在に憧れてただろ」

「ああ、そんなこと言ってたな」

「お前らのところ、刀取り扱ってただろ」

「そうだが……まさか」

「多分、来るんじゃないか?」

「……妖刀とかどうだ?」

「止めてやれよ」


 今年も今年でなかなか個性的なやつらが入ってきた。

 外国組があんな感じなら、日本組はどうなのか。

 癖が強いのか、それとも普通なのか。

 俺個人としては面白い奴が入ってきてほしいところだが。


「ハンズ、このハンマー重くねぇか?」

「二トンだ」

「重すぎるだろ」

「それを軽々振り回すお前に言われたくねぇよ」


 それは後の楽しみにしておこう。

 今はとりあえずこの仕事を終わらせるのが先決だ。


「おし、次は」

「ああ、次はその魔剣コーナーから」

「却下だボケ、何使わせようとしてんだよ」

「っち」

「舌打ちしやがったぞ、こいつ」


 細心の注意を払いながらな。



 今日の一言

 あくまでここはスタート地点だ。


今回は以上となります。

毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

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そちらも楽しんでいただければ幸いです。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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[一言] ベニー君には特訓を積んで魔法剣士ならぬ魔法侍とかになって欲しいかもw
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