259 知らないという一言で終わらせるより、知ろうとする努力を……
デートと一括りに言っても、様々なデートの形がある。
スエラと行った夏祭りといったイベントに行く形のデート。
メモリアと行った異世界ではあったが旅行のような形のデート。
ヒミクと過ごしたゆっくりと過ごす家デートといった形。
これだけで、デートと言うにも様々な形がある。
互いの趣味嗜好。
運動が得意か不得意か。
賑やかなところが好きか嫌いか。
条件次第で行先などいくらでも変わる。
それこそ共通の趣味を持っているのであれば、その趣味を一緒にやるといったケースもある。
そんな俺はなんの因果か、入社当初じゃ考えもつかない相手、エヴィアさんとデートすることとなった。
その彼女と過ごすとなれば何がいいかと思考をめぐらす。
彼女を一言で表すなら高貴だろうか?
貴族である彼女の雰囲気は高貴な存在だとわかるような仕草を所々に感じさせる。
姿勢の良さもそうだが歩き方、立ち居振る舞い、様々な面でそう感じた理由であるのだが、俺個人の感想的には精神的な要素が多いような気がする。
そんなエヴィアさんが特殊な魔道具、角といった悪魔らしい要素を人間ぽく偽装するためのペンダントと、魔力欠乏を起こさない用の指輪型の魔道具を装着し外出用の姿を見たときは純粋にどこかの令嬢かと思った。
そんなエヴィアさんを車に乗せてデートは始まった。
彼女を最初に連れてきた場所と言えば。
少々高めであるが、種類が豊富な婦人服を取り扱うアパレルショップだ。
なんとエヴィアさん、ドレスは数百単位で持っているのだが、日本に出られるような格好となるとスーツしか持っておらず。
必要になったら買おうと思っていたのだが仕事が忙しすぎて、今の今まで私服を買っていなかったそうだ。
「必要なかったのでな」
では行くぞと、スーツ姿でデートを始めようとしたエヴィアさんにふと疑問に思い車内で、スーツが好きなのかと助手席に座る彼女に聞いたら、それ以外にないと答えられなぜと聞き返した結果がそれだった。
俺はらしいと思いつつ苦笑し、せっかくのデートなのだからとスケジュールを変更し俺でも知る有名な店に連れてきたわけだ。
プライベートなのだから着飾ったエヴィアさんが見てみたいという俺の願望もある。
それなりに客入りのある店の試着室の前で佇み、エヴィアさんが着替えてくるのを待つが、問題なのは俺の周囲だ。
別に女性専用のショップに男が一人立っていることで奇異の視線を向けられ気まずくなっているわけではない。
「どうだ、次郎」
「似合うと思っていましたが、ここまでとは思っていませんでしたよ。綺麗ですよエヴィアさん」
「そうか、たまにはこういうのもいいな」
サッと試着室のカーテンが開き、スーツから一転カジュアルな感じの格好をしたエヴィアさんが出てくる。
普段のスーツ姿ではなく、かといって貴族が着るようなドレスでもない。
日本の女性が着るような私服。
普段見れない新鮮な恰好に俺は素直な感想しか述べられない。
ただ、問題と言うわけではないがやはり美人が着るとその服もだいぶ印象が変わる。
美人はどれを着てもよく似合うとは聞くが、例外はあるだろうが一般的な物ならなんでも着こなしそうな雰囲気がある。
そんな空間で、俺自身も楽しみ始めているが、二人きりというわけではない。
「お客様、ぜひとも次はこちらの服を」
「ふむ、悪くはないな」
なぜか俺たちの周りに、いや、エヴィアさんの容姿を考えれば彼女のと言い換えた方がいいだろう。
彼女の周囲にはひっきりなしに店員が次から次へと様々なジャンルの服を勧めてくる。
終いには店員が着衣サポートまでしだす。
VIP待遇とはこのことかと言いたくなるような店員さんのサービスが過剰だ。
日本人では見ることのない赤髪にその色に違和感を感じさせない顔立ち、女性としては高身長で出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでいる整った容姿に、優雅な立ち居振る舞い。
そんなエヴィアさんはどこかの事務所所属のモデルだと勘違いされているのだろうか。
最初に対応していた店員がいつの間にか店長に代わり、積極的に店内の服をエヴィアさんに勧め。
終いにはまだ店に出していない最新の服すら出す始末だ。
女性ファッションに疎い俺がエヴィアさんを連れ立って、どんなのが好みかと彼女に問いかけたのがきっかけで店員がオススメの服を着こなし、あれよこれよとあっという間に店内でファッションショーが始まり、遠巻きだが一般女性からの視線も集まり始めている。
「ねぇ、あの人モデルさんかしら?」
「綺麗ねぇ、隣の人は彼氏かしら? 顔は少し怖いけど、結構いけてるし」
「どうかしら、付き人って感じじゃないわよね。距離が近いからそうかもしれないわね」
「あの人どこかの国の歌手とかだったりして」
「それだったらすごいんだけど」
何やら話がとんでもない方向に行きそうになっているが、所詮は雑談、写真とか気にしていれば問題ないか。
何人か写真を撮ろうとしたがその悉くを俺の背でブロックした。
着せ替え作業自体苦とは思っていないのか、好みであればとりあえず着てみるエヴィアさんの姿に店員も熱が入っているのか、それに気づいた様子はない。
ダンジョンで鍛えた気配感知がこんな風に役に立つ日が来るとは……
そんな俺の地味な苦労とは裏腹に、ファッションショーは続く。
最初は綺麗系統から入っていたがどんな服でも着こなせてしまうエヴィアさんに向けて動員した店員は、今ではジャンル問わずカジュアル系統やミリタリー系統、森ガール系統、民族衣装と言えばいいのか? エスニック系統と呼ばれるような服まで持ち出してきた。
それをすべて着こなす彼女に俺は脱帽しつつ、エヴィアさんが楽しんでいるということもあり、俺自身綺麗な彼女に向けて素直な感想を述べる。
時々、さっきの方が好みだと言うと少し笑みを浮かべてくれることが彼女が喜んでくれているのを教えてくれる。
俺の感想も、店員にとって参考になっているらしく、段々とエヴィアさんの好みと俺の好みがマッチするような服に近づけていく辺りプロだというのを感じる。
そんなファッションショーであったが、最終的には。
「どうだ次郎」
「ありきたりな言葉しか出てこないのが申し訳ないんですが、今まで見てきた中で一番似合ってると思いますよ」
「なら、これにするか」
綺麗系統に収まった。
白いコートに、少し薄い赤色のインナーに黒のパンツ、そのどれもが昔の俺なら手を出さないような値段の代物ばかりだが。
ダンジョン内で稼いでいるのでその値段にひるまずカードで一括購入。
「店員さん、さっきのスーツを袋に入れてください。こちらの方まとめてカードで」
もちろんエヴィアさんの方が稼いでいるのはわかっているが、彼女との初めてのデートなのでここは男の俺が購入。
「あのぉ、他の服はいかがしましょうか?」
そこで店員さんがおずおずと俺が似合うと言った中でも好きだと言った服の山を見せてきた。
その量は小さな山になっており、それを全部買うとなれば車とまではいかないが、なかなかの値段になる。
「買うぞ、支払いはカードで頼む」
その量の光景に買えなくはないが元来の小市民根性の俺が少しためらっていると、タグが外され着替え終えたエヴィアさんが即断で購入を決意した。
「ええと、どちらを?」
「すべてだ」
その光景に周囲からおーと感嘆の声が漏れたのは言うまでもなかった。
そんな渦中の俺と言えば、ワンセットだけといわず全部買った方が良かったかなと必死にすべての服をまとめている店員さんを脇目にそんなことを思い、レジスターの金額を見て俺の英断は間違っていなかったと思った。
恐らく、この店の今日の売り上げはかなり良かっただろうと言える金額に店長さんの表情は満面の笑み。
店を出る際には車まで服を運ぶ人員が随行し、店の前には店長店員総出整列し見送られた。
服に関して頓着してこなかったせいで、こんな経験などしたことなかったおかげで店を出る際には何事かと周囲の人から見られた。
「堂々としてましたねエヴィアさん」
「ん? あれが当たり前ではないのか?」
「当たり前ではないですねぇ」
そんな場でも揺るがず毅然とした態度のエヴィアさんに大丈夫だったかと問いかけるも。
エヴィアさんにはそれが当たり前だったようだ。
いつものように凛として、確認を取ってくる彼女に向けて運転している俺は少し笑いながら否定する。
そんなちょっとした騒ぎで始まったデートであったが、そこからは普段仕事中では見られない彼女の一面が見れた。
そしてこれからどんなことが起きるのだろうかと少し楽しみになり次に向かったゲームセンターでは案の定。
「おい、次郎この機械は壊れているぞ」
「いや、若干アームが弱いですけど正常ですよ。だから、魔法使わないでください。浮かせるとか反則ですよ」
「む、ならこちらのアームの強さを」
「ダメです」
初めて見るクレーンゲームに挑戦して四苦八苦している姿を見ることができ。
店員や監視カメラの死角を突き隠匿はどこに消えたと魔法を使おうとしたエヴィアさんを止め。
「さっきの物と比べれば簡単だな」
「いや、それ一番難易度高いんですけどね」
「貴様もできているではないか」
「いや、フルコンボではないですね」
意外と難しいと言う俺の言葉を信じ、挑戦した太鼓を叩くゲームでは、初手から最上位難易度を汗一つ流さずクリアするエヴィアさん。
動体視力と反射神経、そしてリズム感が正確すぎると思った一面だ。
ただでさえ美人ということで周囲の目を引いていたが、これではまた周囲に人だかりができてしまう。
どこに行っても目立つ人だなと内心で思いつつ、騒ぎになる前に次の場所に俺は彼女を連れていった。
「いいな、これは」
「レビュー評価が良かったですからね。本当は食べてから連れてきたかったですが」
再び車で移動し、連れてきた場所はネットで評判が良かったクレープ屋。
喫茶店も兼ねていて、海辺にあるため景色も良好。
暖かい季節で晴れていると海沿いのテラスで食べることができる。
雰囲気もいいためカップルも多いが、今日は世間一般で言う平日、そこまで混んでいなくゆったりとした時間を楽しめる。
甘いものが好きだと聞いていていたのと、あまりこういったものを食べたことがないのではと思い連れてきたわけだ。
俺が注文したシンプルなチョコバナナでもおいしいと感じこの店は当たりだと思ったが、果たして彼女の方はどうかと伺えば。
満足げに頷き、食べる姿が見えた。
エヴィアさんの評価もなかなかだ。
「しかし、今日はずいぶんと甲斐甲斐しく動いてくれるが、こっちの世界のデートというのはそこまでしてくれるものなのか?」
「人によりますが、俺にとっては」
「貴様にとっては?」
海沿いの店内の席に座り、クレープを食べているとエヴィアさんにここまでしてくれる理由を聞かれ。
俺は深く考えず。
「楽しんでもらえればなと、思っただけです。だって、二人で楽しんだ方がいいじゃないですか」
「……」
ただただ素直にそんなことを口にした。
その言葉を発した後に、あれ、俺なんだかクサイこと言ってないかと思い、少し気恥しくなる。
「なるほどな、そうだな。互いに楽しめるのが一番だな」
そんな俺の心情を見抜いてか、あるいは気づかぬようにか。
ふっといつもの嗜虐的な笑みではなく、柔らかい。
とても女性らしい微笑みを見せてくれた。
それにドキッとして、さっきの言葉以上に気恥ずかしくなった俺はスマホを見て時間を確認する。
時刻は十五時を回ったところ。
まだまだ、時間には余裕はある。
次はどこに行こうかと思い。
事前に調べた場所を思い返し、次はどこに行こうかと考える。
しかし。
「私だ」
デートの空気を打ち壊すように、エヴィアさんのスマホに着信が入り、その番号を見て一瞬眉を顰めるもすぐに対応するエヴィアさんは、二、三会話をした後に通話を切る。
切った後の表情はいつもの仕事の表情になっていた。
それだけで、今日の時間は終わったとわかった。
「緊急ですか?」
「ああ、残念だがデートはここまでだ」
その雰囲気に何かあったと察した俺は、仕方ないと思い。
クレープの最後の一口を頬張る。
そして、立ち上がるエヴィアさんに向けて。
「なら、この後の予定は次のデートに持ち越しですね」
そんな言葉を投げかけた。
俺の言葉が意外だったのか、目を丸くする彼女の顔を見て、俺は笑って。
「まだデートは終わってませんから」
気を晴らすようにそう言った。
その言葉に、仕方ない奴めと言うかのように苦笑が混じったような笑みを見せたエヴィアさんは。
「ああ、楽しみにしている」
柔らかな言葉でそう言ってくれた。
今日の一言
知りたいという気持ちが、行動力を生み出すときがある。
今回で今章は終わりになります。
次話から、新章に入ります。
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが9号で掲載することが決定いたしました。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。