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255 発想の転換と言うのは、簡単そうに見えて盲点だったりする

 Another side


「海堂先輩、お疲れ様です」

「あ、りがとうっす、勝君。ヤバいっす、先輩がマジでヤバいっす」

「そんなにですか?」


 次郎への襲撃を終えて、息絶え絶えに逃げてきた海堂の顔面は蒼白であった。

 あの時、次郎と戦った時間は十秒にも満たなかったが、そのわずかな時間で海堂に恐怖を植え付けるには十分であった。

 勝に差し出された飲み物を受け取る海堂の手は震えていた。

 ガタガタとそれはもうわかりやすく震えていた。


「なんすか、あの攻撃、止められた瞬間先輩と目が合ったっすけど、一瞬頭の中で胴体が真っ二つになる光景が浮かんだっすよ」

「そんなに、ですか?」


 どうにか飲み物を飲んで一息ついたかと思えば、逆に一息ついて冷静になり海堂は先ほどの出来事を思い出してしまいさらに震えが増してしまった。


「手加減なしだったら、俺絶対ヤバかったっすよ。生きてるって素晴らしいっすねぇ」


 先ほどからヤバいヤバいと繰り返す海堂。

 その様子に並大抵ではないことを感じたんだと、勝は思い生唾を飲む。


「いやぁ、海堂先輩のおかげで作戦がうまくいってよかったでござるよ。本当にお疲れ様でござった」

「軽い!! 俺のやり遂げたことに対してなに、ほんわかしてるっすか!? 俺危うく切り捨てられるところだったんすよ!! 俺のお腹が真っ二つになるところだったんすよ! 切腹でももう少し容赦あったっすよ!!」


 そんな緊迫感をたれ流しにしている海堂に話しかける南の口調は非常にのんびりしている。

 まるで近所のおばさんがマラソンを走り終えた小学生にお疲れさまと声をかけるくらいな気安さだ。


「いや~、海堂先輩ならできるって思ったからこその采配でござるよ。思った通り無事に帰ってきてくれたでござるし」

「いや、そうっすけど、なんか納得できないっすね」


 ズビシと擬音がつくように海堂は南を指さすが、そんなこと気にするかと言わんばかりに南は南でお茶を飲みながらのんびりするかのようにあらヤダと左手を口前に当て右手の手首を上から下に軽く下げ、海堂のことを信用していたと言う。

 一緒に行動し、片や切り込み身を危険にさらし、もう片方は後方で安全な距離を取り身を守っていた。

 その事実に納得いかない海堂は、まぁいいかと後で問い詰めることにして、状況を確認するために、四つん這いになって一方面だけ明るくなっているエリアに向かう。


「それで、北宮ちゃんどうなんっすか? 先輩の動きは」

「南に言われた通り、なんとか意識は下に向けられてるけど、こっちに気づくのは時間の問題よ。海堂さんじゃないけど、次郎さんの動きが本当にすごい。最初に南の言うこと聞かないで正面から挑んでたら全滅してたわ」


 その明るくなった場所に北宮が膝をつき下を覗き込んでいた。

 ここは闘技場の中でもひときわ高い支柱の中に南が魔法で掘り結界で固め造った空間。

 まばらにある支柱の中で極力目立たないようにと、南が選んだ一本だ。

 他にも拠点は作っているが、それはあくまで予備、ここがばれたら同じ手は通用しないと踏んでいる南はそれが囮程度にしか役に立たないと思っている。

 そんな空間で見下ろし北宮の操るゴーレムと次郎が戦っている光景を見る。


「うへぇ、ほとんど一刀で切り捨てられているじゃないっすか。北宮ちゃん大丈夫っすか?」

「今は絶え間なく攻撃してるようにして、時々水の中から攻撃するようにして意識を逸らしてるけどいつまでもつか……」


 険しい表情で、現在進行形で戦っている北宮は今の戦況が肌で感じられるほど分が悪いものだと思っていた。

 次郎がすごいと称える海堂の言葉に素直に頷けると思うほど戦力が離れすぎている。

 足場を孤立させ、水に落とせば動きを封じられるというのに、あの場所から動かさないように誘導するので手一杯。

 その空間維持も次郎が様子を見ているという雰囲気があるから成り立っていると理解している分余計に焦ってしまう。


「ふぅ、アミー、魔力の回復はどれくらいになってる?」


 そんな自分の心境を正確に把握した北宮はいつもみたいに頭が熱くなる前に深呼吸し、心を落ち着け次の手のカギになるアメリアに声をかけた。


「ん~、半分かナ? ポーションで回復したけど、これ以上は飲めないヨ。むしろ、ちょっと飲みすぎてお腹が、う~」


 最初の一手で大津波を引き起こすほどの大魔法を放ったアメリアは、魔力切れ一歩手前で貧血を起こしたようにフラフラだったが、二リットルのコーラのペットボトルを一気飲みするかのようにマジックポーションを飲み切り顔色は復活した。

 代わりに、液体を大量に摂取したため胃は膨らみ、少し体を動かすとポチャンと音がしそうで恥ずかしそうに彼女はお腹を押さえこれ以上は飲めないと宣言する。


「十分ね、最初にあんな大魔法使わせちゃったけど、次はもう少し規模の小さいのを頼むから」

「ノープロブレム。大丈夫だヨ!」


 そんな様子でも元気に返事をしてくれる妹分に北宮は微笑み、気合を入れなおしゴーレムの操作に集中する。

 作戦は順調に進んでいる。

 海堂の命がけの奇襲のおかげで次郎は北宮達が水中に居ると踏んでいて、その場から動かず周囲を警戒している。

 そのおかげで北宮が操作する氷のゴーレムは見事に次郎をその場に留め次郎の動きを観察できるベストなポジションを確保できた。

 これで、最初に目指していた目標は達成できた。


「いやぁ、見れば見るほどリーダーの動きが人間離れしてるってのがわかるでござるねぇ。これ、本当に勝てるでござるか?」

「しっかりしなさい。あんたが弱気になってどうすんのよ。けど、最初に様子を見ようってこの作戦をあんたが言ったときはそこまでする必要があるかって思ったけど、正解だったわね」

「んふ~」

「そのドヤ顔なんとかできないの?」

「いや~、北宮が珍しく拙者を褒めるのでござるから、今見せないといけないと思ったのでやったでござる」


 後悔はしていないとドヤ顔から一転キリッとした表情に変わる南に、これがなければもう少し付き合いやすいのにと北宮は内心で溜息を吐きつつゴーレムの操作に力を入れる。

 北宮の視線の先には遠目に見える次郎の姿と北宮が用意したゴーレムが数体見える。

 北宮の感覚的にはゲームをしているような感覚だが、それでも自分なりに最善を尽くしゴーレムを操作しているのに一刀のもと切り捨てられるゴーレムを見ると次郎の強さに冷や汗が一滴流れる。

 一体一体を倒す間隔が短い。

 そう感じるのは彼女が次郎と戦っていると実感しているからだろう。

 彼女にしても今回の研修で鬼王と呼ばれるキオ教官相手に少しでも対抗できるように研鑽を積み、仕上がった術だ。

 多少なりとも自信をもって今回の使用に踏み切った。

 なのにもかかわらず、鎧袖一触。

 少しでも相手と同じ土俵に立たないように剣よりも間合いの広い槍を選び、一撃離脱を繰り返すようにした。

 さらに援護ができるように、さりげなく槍から弓へと切り替えられるようにもしたのにもかかわらず、さっきからゴーレムを作り直すことが多くてそれを使う暇がない。

 周囲をアメリアの魔法によって水で満たしたのは北宮の氷のゴーレムを作る際に消費する魔力を節約するためだ。

 ゴーレムを作るのにも魔力はいる。

 一から作るよりも素材があった方がいいのは当たり前、こうやってみるみる魔力が減っているのを感じるとそう思ってしまう。


「様子を見るのはいいけど、そろそろ私の魔力が持たないわよ。次の段階に行かないと」


 正面からでは話にならない。

 そう実感できたからこそ、北宮は南に意見を聞く。

 フィールドもわかっていない状況で作戦を立てるのは無謀と必要最低限の打ち合わせしかしておらず、各々身に着けた新しい技で勝ちを拾おうと北宮は頭をめぐらす。

 北宮たちがやったのは南風に言うなればレイドボスの攻略をひたすらやっただけの話。

 ひたすら集団パーティーで教官に挑み、指摘され、直し、強化し挑む、その繰り返しだ。

 教官は個々で改善点を指摘しアドバイスをする。

 実戦的かつ効率的な指導方法だった。

 弱点を減らすという意味での教導と長所を伸ばすという教導をこなす教官の腕前に海堂たちは感心しながらも、容赦のない相手に鬱憤をぶつける日々を過ごした。

 今回の研修の締めも、そんな雰囲気を海堂たちは感じた。

 相手が普段は味方の次郎ではあるが、そこはそれ、気にせず全力でぶつかろうと教官の意識指導が実を結んだ結果、こうやって使える手は使うという容赦のなさを体現している。


「そうでござるなぁ、正面からは勝つのは厳しいというよりムリゲーなのは事実でござるが、それ以外なら勝てないわけではないでござる。リーダーは人を辞めているでござるが、幸いまだ教官たちよりは勝ち筋が見えるでござる。問題は、アミーちゃんの大魔法をどうやって当てるかでござるなぁ」


 北宮はゴーレムを操作しながらであるため次郎から視線を逸らせないが、それ以外は顔を突き合わせて、次の展開を相談する。

 だが、あと一手決め手に欠けるという結論に至る。

 いや、決め手はある。

 単純に次郎に攻撃を通すという方法で考えぬかれた結果が、今回の研修でアメリアが身に着けた大魔法。

 普段は偵察者スカウトとして俊敏に動くことが多い彼女であるが、内包している魔力量はずば抜けている。

 そして彼女自身も魔法を覚えたいと思っていたので、今回の研修でちょうどいいとばかりに火力を補った。

 いや正確には、膨大な魔力のせいでアメリアが細かい魔力操作がまだできないので、魔力操作が多少大雑把でいい大魔法しか使えないと言った方が正確だ。

 それならさすがの次郎もダメージを負う。

 はずだよなと、若干不安になりながらタラリと流れた冷や汗を隠し、きっとおそらくと考えれば考えるほど不安になる気持ちを押し殺して南は考えている。


「勝君とあんたに後方で支援してもらって、海堂さんに足止めしてもらうってのは?」

「三秒でリーダーに当てられるならそれでいいでござるよ? ただし、その時は海堂先輩ご臨終のお知らせがでるでござるが」

「俺ごとってことっすか!? それなら残念なお知らせっす、その場にとどまって先輩を止めるのなら三秒以下で俺は終わる自信があるっすよ、いやでも気合をいれれば三秒はなんとかできるかもっすけど」

「それでも、秒殺なのね」


 海堂が身に着けたのは、接近戦の技と気配の使い方。

 意外や意外。

 キオ教官は威圧する術だけではなく、自身を弱く見せる方法にも熟知していた。

 当人曰く、中にはワザと実力を隠す輩もいるらしく、そういったときに油断し隙をつかれないように相手の実力をはかるために必要だったという。

 使うことはないが、理屈を知っているというたぐいの話だ。

 海堂が身に着けたのは自身の気迫を増減させ強さを偽る術と消す術。

 さらにそれに合わせた柳のような戦い方だ。

 それを駆使してもあっという間にやられると先ほどの手合わせで肌に感じている海堂は堂々と断言した。


「NO!海堂さんを撃ちたくないって意味もあるけど、魔法の準備にも少なくとも十秒は欲しいヨ!」


 アメリアはアメリアで、俺のことは構わず撃てというセリフにできないと言うタイプの人種のため、両手でバツ印を作り北宮と南の言葉を拒否した。


「海堂先輩で三秒、まさる~残り七秒稼げるでござるか?」

「二秒……いや一秒半なら、それでも十秒に届かないか。厳しいな」

「どっちにしろ、本気になった先輩相手に時間稼ぎが絶望的ってことっすねぇ」

「むぅ、北宮のゴーレムと海堂先輩で五秒、残りの時間は……仕方ないでござる。拙者がどうにかするでござるよ、明日筋肉痛が確定でござるが」

「南? あれをやるのか?」

「仕方ないでござる、ここで負けたらもう一日強制合宿コースでござるからな。負けられないでござる」


 各自真剣に南の言葉、特に強制合宿コースと聞いて険しい表情を作る。

 この戦いに挑む前に、次郎が監督官とほのかに甘い雰囲気を醸し出しながら同じような激励されているのに対して、海堂たちは笑顔でキオ教官に、負けたら俺の指導が足りないってことでもう一日なと笑顔でサムズアップされ見送られた経緯がある。

 なので普段はやる気がない南も、今回ばかりは真剣だ。


「もう一か月、ネットのない生活なんて無理でござるよ!!」


 教官との研修を避ける理由が南らしいなぁと一同が少しほのぼのする。


「まぁ、南がやる気ならいいか」


 そんな普段は熱血キャラにならない幼馴染を見ながら口元に笑みを浮かべ、この後に起こることに備える勝だった。


 Another side End



 今日の一言

 意識誘導をして、交渉を有利にすることはよくある話だ。


今回は以上となります。

毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


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そちらも楽しんでいただければ幸いです。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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