249 上の思惑、下の意思、さてどうなることやら
「先輩、大丈夫っすか?」
「……大丈夫に見えるか?」
「見えないっす」
戦闘訓練が始まって三日。
俺は頭痛に悩まされ、顔色を悪くしている。
理由は言わずもがな、スクロールの使用しすぎによる頭痛だ。
スクロールにより魔法を覚えるのはいいのだが、それを処理するための脳にかなり負担がかかっている感じだ。
物理的には重くなっていないはずなのに、頭が重く感じる。
正直、頭がおかしくなるのではと思ったが、思ったよりも体が術式を飲み込めるせいで気は狂うことはなかったが、常時二日酔いのような状態で動くのがきつい。
海堂たちは順調に戦闘訓練をしているようだが、魔法を覚えるというより詰め込んでいる俺は初日を除いて全く体を動かしていない。
食事と風呂以外、もっぱら魔法を限界まで覚え休むその繰り返しだった。
足元がおぼつかずふらつくなんてことはないが、頭痛のせいでイマイチ集中しきれない。
おかげで申し訳ないが、心配してくれた海堂に対しても少し語気が荒くなってしまった。
すまんと軽く謝り、海堂も気にしないっすよと明るく返してくれて少し気が楽になった。
しかし、気分的には楽になっただけで頭痛は治まらない。
今日までが正念場だと監督官とフシオ教官に言われているので耐えてきた。
だが、今日も今日とて、魔法を覚えるのかと思うとさすがに気が滅入ってきた。
「集まったな」
そして時間通り、監督官たちが来て、今日も訓練が始まるかと思った。
「おう、それじゃ行くぞお前ら」
いつも通りキオ教官が海堂たちを連れて訓練を開始し、今日も監督官とフシオ教官にしごかれるのかと覚悟していたが。
『カカカ、では今日はワシも行くかの』
今日は少し違った。
心配そうに俺を見ていたパーティーの仲間たちはフシオ教官の言葉にギョッとしてそちらを見る。
『なに、次郎が予定よりも早く事を進めたのでな、しばらくはワシも手が空く。よいな鬼王?』
「おお! いいぜ! ちょうど対魔法戦の奴をやろうと思ってたんだお前がいるならちょうどいい!!」
雲行きが怪しかった俺の訓練であったが、今度は海堂たちの訓練内容が怪しくなっていった。
先ほどまで俺の方を心配していた面々は一転して顔を青くし、血の気が引いていった。
だが、その事実に気づいている二人は楽しそうに今日の訓練内容を決めて話を聞いていないフリをしている。
そんな様子に、これで少し自分への負担が減ったと安堵のため息をこぼす。
正直、この体調であの二人を相手にするのはきつかったので、少し負担が減ったことは助かる。
なんとか今日もこれで乗り越えられると思った。
「次郎、貴様は今日は休養だ」
そして気合を入れ乗り越えようとした矢先に俺の視界が一瞬ぼやけたと思うと、場所が変わった。
「お待ちしておりました次郎様」
そして出迎えてくれたのはメイドさん。
ペコリとお辞儀をする最近顔を合わせる機会が増えたタッテさんが目の前にいた。
「タッテ、準備はできているか?」
「はい」
そしてさっきまで前にいたはずの監督官の声が後ろから聞こえる。
転移魔法で転移させられたと気づくのに数秒。
ここまで集中できていなかったと思うのにさらに数秒。
その間に俺はどこにいたのかと疑問に思う暇なく、タッテさん以外のメイドさんに装備を剥がされていた。
さすがに服までは脱がされていなかったが、鉱樹まで預かられてしまった。
その状態の俺を説明するなら慢心や油断という言葉がふんだんに使われていただろう。
あっさり武器まで奪われた現状に対して、俺が集中していなかったことを責めるべきか、メイドさんたちの早業に感心すべきか。
悩むとこだが、頭痛がひどい頭ではうまく考えがまとまらない。
「次郎様、ではこちらにお着替えを」
「は、はぁ」
そしてそんな俺を放置するかのようにタッテさんは俺に浴衣のような薄い布地の服を手渡してくる。
「お着替えはあちらでお願いします」
そして、試着室のような場所を指さされそちらで着替えるように指示される。
怒涛の状況変化に、これから何をさせられるのか、それを理解していない俺は一瞬戸惑うと。
「お着替えを手伝った方がよろしいでしょうか?」
「いえ、大丈夫です」
危うく着替えを手伝ってもらうことになりそうだった。
そこで一瞬だが、思考が機敏になり手早く着替え試着室から出る。
「では、こちらです」
そして流れ作業のままタッテさんの誘導で部屋の奥に連れていかれた先は。
「風呂?」
「はい、そのままあちらにお浸かりください」
湯気が見え、そして扉の先には俺が大の字に寝転がっても大丈夫そうな浴槽が一つ置かれていた。
その光景にいい加減驚くのも面倒になった俺は言われるがままその風呂に浸かる。
服を着たまま風呂に入るというのは違和感があったが、もともとそのために造られた衣類のためか違和感はない。
頭痛がして、体調が悪い時に風呂に入るのはいいのかと悩むのも面倒になり流されるままに薄緑色の入浴剤か何かを入れたいい香りのする風呂に浸かる。
「あああ、気持ちいい」
湯加減は絶妙、熱すぎずぬるすぎず、長湯に向いていそうな感じからすれば若干温度は低めなのかもしれないが俺からすればちょうどいいといった感じだ。
思わず声が漏れてしまう感覚に恥ずかしくなりつつも、その湯を楽しむこと十数秒。
「なんで風呂?」
頭痛がなぜかやみ、冷静になった俺はようやくこの流れ作業の現状にツッコミを入れたのであった。
「ようやくか、私たちも無理をさせたという自覚はあったが、もう少し加減すべきであったか」
溜息一つ、なぜか俺の隣から聞こえたその声のもとへと辿ってみれば、呆れた表情で浴槽の隣にあったテーブルの席に着き、タブレットPCの画面を確認していた監督官が呆れたように俺の方を見ていた。
「……ここって混浴でしたっけ?」
「そんな冗談を言えるのなら心配はいらなさそうだな」
冷静になれば男である俺が風呂に入り、鎧姿ではなくいつものスーツ姿の監督官がその風呂のわきに座っているというなんとも奇妙な光景が誕生していた。
そんな光景だからこそ、男が入る風呂に女性である監督官がそばにいる理由を考えた結果がさっきの言葉だったが、監督官にはさらに呆れられてしまった。
「そんなにヤバかったですか俺?」
その様子から、いつも厳しい監督官が多少なりとも優しくなるくらい俺の状態は悪かったらしい。
「ああ、さすがの私もやりすぎたと思ったよ」
情けないといつも叱責する監督官がやりすぎたと言い、多少なりとも心配する表情を見せている段階でもしや俺ってかなりヤバい状況だったのではと今更気づいた。
無理無茶に慣れている証拠だと理解し自重せねばと思いつつ。
空笑いを一つ。
なにせこの三日で叩き込められるだけの魔法を叩きこんだのだ。
我がことながら無茶をした。
「改めて聞きますけど、監督官。なぜ風呂なんですか?」
「休養と、貴様の魔紋に覚えさせた魔法を馴染ませるためだ」
話題転換、と言うわけではないが現状説明を求めたところ湯船を指さしながら監督官は説明してくれた。
「その湯は薬草を混ぜた特殊な湯でな。魔紋を活性化させ治癒能力を高めてくれる。しばらくその湯に浸かっていれば頭痛も治まるだろう」
いい香りは薬草の匂いだったのかと視線をお湯に向ければ、何やらうっすらと発光しているのも見える。
「確かにずいぶんと楽になりました」
ここまで効果があるのなら最初から入れてほしかったと思う。
「ちなみにその湯一杯で、家が建つぞ」
「……うちの会社、どれだけ俺に期待しているんですか」
「どれだけか……聞きたいか?」
「聞けるのなら」
そんな俺の内心での愚痴は監督官の一言で黙らされてしまった。
家一軒が建てられるお湯っていうのはいったいどういったお湯なんだろうか。
貴重なスクロールで魔法を覚えさせ、そしてその後遺症をこんな特殊な薬湯を使い癒す。
さすがにここまでくると会社がどれだけ俺に対して期待しているのか気になってしまう。
ただの道楽だとしても、いくら何でも一社員に過ぎない俺に対して金をかけすぎている。
さすがにこれは聞かないという選択肢はとれない。
風呂の中で格好はつかないかもしれないが、真剣な表情でじっと監督官を見つめると監督官はしばらく視線をそらさず向き合い。
そして、無言で人払いをした。
その内容は誰かに聞かれたらまずいと言うのは明白。
「……次郎、貴様には将来的にはダンジョンを一つ任せるという話を私は魔王様より聞いている」
「……」
「これはそのための投資だと、聞けば納得できるか?」
そして、監督官から紡がれた言葉に、俺はなぜか驚くことはせず自然と聞き入れることができた。
そんな効能のある湯なのかとは考えなかった。
いや、そんな余計なことを考えている余裕がなかったとも言えるか。
出世させるとは思ってはいた。
だが、ダンジョンを任せる。
それはすなわち、俺を魔王軍の将軍にするということだ。
魔王軍と長年敵対している、人間である俺をだ。
何を馬鹿なと言おうと思ったが。
「本当ですか?」
「ああ、少なくとも私はそう聞いている」
そうは思えなかった。
普段ならからかいの言葉が出てくるだろう監督官の表情にその色はない。
この人に限ってドッキリとかではない。
それだけの雰囲気を放っていた。
だからこそ、監督官の言葉に真実味が増してしまった。
「そして、その後ろ盾として。私が貴様と結婚することになったと聞いたら貴様はどうする?」
「え?」
そこまで魔王軍が期待していたのかと真剣に悩んでいたと思っていたら、監督官はさらにとんでもない爆弾を放ってきた。
期待という言葉から一転、そんな言葉がすべて弾かれてしまった。
「は? え? 俺が?」
「ああ、貴様がだ」
慌てる俺とは違って、監督官は淡々と事実だけを俺に伝えてくる。
「魔王様は本気でお前を取り込もうとしている。それだけ貴様の才に期待しているということだ」
まるで、組織のために自分の結婚が有効に活用されていることに対してなにも思わず。
納得しているかのような対応。
結婚という言葉に動揺し、指さし確認で自分を指さしていた俺とは違い、ただ事実を受け入れている。
「いや、俺なんてまだまだ」
そんな雰囲気に戸惑い、理解が追い付けていない俺は謙遜という言葉を利用して時間を稼ぐ。
「魔力適性を上げ九になる、特級精霊との契約、反乱鎮圧など数々の事件解決への貢献、そして一年以下で幹部クラスとの戦闘ができるほどの成長、これだけでも稀有な存在だと前にも説明したはずだ」
だが、そんな俺に対して逃げることなど許さないと指折りで俺の成果を挙げ連ね謙遜を叩き切る監督官。
「……」
そんな監督官に対して俺は何も言えない。
確かに俺のやってきたことが普通ではないというのは理解していたつもりだ。
だがこんなにも評価されているとは思っていなかったのも事実。
普通なら出世に対して喜ぶべきなんだろうが。
「……」
景品のように差し出された監督官を見ているとそんな気分にはなれなかった。
「監督官は、良かったんですか?」
「何をだ?」
だからだろう。
ありきたりで、誰もがきっと口にするだろう。
テンプレートと言われるかもしれない疑問を監督官にぶつけようと思ったのは。
「いや、俺と結婚すること」
言葉を濁さずまっすぐに言えたのは良かった。
スエラとメモリア、そしてヒミクとの結婚を控えている男にそんなことを聞かれる監督官はなんと答えるだろうかと考えるが、その考えは無駄だと考えた瞬間にわかった。
なんとなく、この後返ってくる言葉はなんとなく予想がついたからだ。
「それが国のためになるのなら、な」
寂しそうとも悲しそうともそんな感情を見せず、ただ粛々と事実を受け入れている監督官は俺の質問に迷わず答えた。
俺自身何を期待してさっきの質問を投げかけたわけではない。
ただふと思いつき、言わねばと思っただけだ。
愛のある結婚を、それが理想だと甘ったれた一般常識を持ち、政略結婚といった内容と必要性を理解し納得できない俺だから出た言葉なのかもしれない。
俺が若く、そして、社会常識にとらわれず、感情のままに動けたのなら。
それではあなたがかわいそうだと、感情的に否定できただろうか。
どこかのイケメン主人公みたいに監督官の心に寄り添えただろうか。
そう思ったら、スエラたちの顔がよぎり、自嘲気味に少し笑うしかなった。
そして少なくとも今の俺はできないと思ってしまった。
なにせ、なんとなくではあるが監督官の立場を理解し、彼女は自由な恋愛ができない立場なんだろうなとおぼろげながら納得してしまっている自分がいたからだ。
そうですかという言葉は言わなかったが、雰囲気でそれを伝えてしまったかもしれない。
政略結婚、俺とは縁のない話だと思っていた。
そんな俺にそんな話が出てきたことで身近に感じるかと言われれば現実感がないとしか言えない。
「それで、次郎」
「はい?」
「お前はどうする?」
監督官の再度投げかけられた言葉に対してなんと答えればいいか。
どうするというのは動詞で何をするかと問いかけてくる言葉だ。
監督官は何と思うという俺の意思を聞くのではなく、どうしたいかを問うてきた。
そんな監督官の言葉を考えようとして。
「美人の嫁さんはいくらいても困らないって言える男にはなりたいですねぇ」
目の前のある意味無表情ともいえる監督官の顔を見て。
深く考えることを放棄した俺は、ただ。
「なんだそれは」
呆れられてもいい。
ただ、そんな表情ばかりではなく笑った監督官が見たいと思い。
自分の本心をさらけ出すのであった。
「俺がどうしたいかってことですよ」
今日の一言
まさか、こんなことになっているとは。
今回は以上となります。
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが9号で掲載することが決定いたしました。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




