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245 やってみると不安だったことが意外と簡単に解消されることがある。

 最初はてっきり俺たちテスター組で練習をするものだと思っていたダンスの練習であったが。


『素人同士で何ができる』


 という、バッサリと切り捨ててくれた監督官のありがたい言葉で、再び教官たちにダンスの教えを乞うことになった。

 フシオ教官は一番ダンスが苦手な南を監督し、逆にダンスが得意なアメリアにはキオ教官がついた。

 そして俺はとある事情で、監督官がつくことになり。

 では、残りの三人はどうなのかと言われればタッテさんが一手に引き受けている。

 彼女は男性側でも女性側でも踊ることができ、監督官にダンスを教えたのも彼女のようだ。

 ダンスを教えるという意味で一番適しているのは彼女ということになる。

 そんな割り振りに大丈夫かと思ったり、三人だから楽できると思うような輩はこのパーティー内にはいない。

 むしろどんなスパルタがやってくるのだと思って警戒するようなメンツが揃っている。

 そして、ついに始まったダンス練習。

 百聞は一見に如かずとはよく言ったものだ。

 最初はどんな失敗をやらかすかと緊張していたが……

 俺は思ったよりも、この時間を楽しめているようだ。


「次は右足を前にだ」

「はい」


 音楽合わせ自然に動くからだ、軽やかなステップとはこんな感じかなと考えながら動く俺の側には赤い髪が揺らめく。

 そしてその揺らめく髪の持ち主の布越しで感じる体温。

 密着させ、そのぬくもりとともにその柔らかさを感じながら、女性特有の甘さを感じつつも鋭い声に従い俺の体はステップを踏む。

 ダンスホールの中央、優美な音楽に合わせて俺は監督官の腰に手を回し彼女をリードできるように最初に習ったステップを踏む。


「なかなかうまいじゃないか」



 その動きの合格点を出してくれる彼女は笑顔で次だと、俺のリードを待つ。


「教えがいいので」

「ふ、なら次の曲、私は指示を出さん。リードしてみせろ」


 下心を抱くような状態で、間近で見せられる監督官の優雅な笑みに、俺はドキリとするかと思えたが。


「仰せのとおりに」


 心臓の早鐘とは裏腹に。

 自然と俺の口はそんな言葉を口にし、静かな曲から少しアップテンポになった曲に合わせて俺はリズムを上げる。

 この曲で何曲目か。

 午後に入り、最初は戸惑っていたダンスも幾度も踏んできたステップにより適応し、こうしたらいいのではと自分なりの試行錯誤ができるようになってきている。

 最初に抱いていた緊張は、戦うよりも気楽だと思った瞬間に立ち去り。

 余裕のできた思考は、スポンジが水を吸うように簡単にダンスのステップをマスターしてみせた。

 すんなりとでき、ダンスの才能があったのかと、自分の意外な才能に驚きつつ。

 俺が思うよりも早く監督官から合格点を与えられた後はこうやって、監督官とダンスの練習に費やしていた。


「え、っと右を出したら」

『次は左じゃな』

「う~、わけがわからないでござるよ。第一なんで拙者の相手が骨でござるかぁ!!」

『カカカ、わざわざワシが調整したスケルトンが気に食わないかの? なかなかの美形の骨格を用意したというのに』

「美形な骨格なんてわかり辛いでござるよ!!」

『加えて、足を踏んでも問題ないように物理攻撃反射の術式も付与しておいたぞ?』

「だからでござるか!? さっきから足を踏んだら拙者の足が痛いのは⁉」

『痛みのない教訓には意味がないからのぉ』


 そのそばではダンスのパートナーがタキシードを着たスケルトンという奇妙な光景を繰り広げる南とそれを監督するフシオ教官。


「ははははは!! なかなかいい踊りじゃねぇか!!」

「yes!! 私も楽しいヨ!」


 曲調がアップテンポに変わった途端に少し激しめの踊りをするアメリアとキオ教官、その様子はなかなか楽しそうに見える。


「はい右右、次は左でございます」

「う、うっす」

「ステップが遅れ気味です、それではまた足を踏んでしまいます。ご令嬢の方々にがっかりされたいのですか? 集中してください」

「はいっす!」


 そんな明るい雰囲気とは反対に海堂はメイド服のタッテさんにスパルタ指導でダンスの指導を受けている。

 完全にタッテさんがダンスをリードし、その動きを逐一管理されている海堂は、必死になって彼女の動きについていこうとしていた。


「余所見とは余裕だな、ダンス中に余所見をする男は嫌われるぞ」

「すみません」


 そんな様子をほんのわずかな隙で見ようとしていたことなど監督官にはお見通しなようで、手早く注意が入る。

 俺が気になるのはなんだかんだ言って順調にいっている三組の様子ではなく、もう一組の方の様子なのだが。


「心配か?」

「……ええ」

「なに、安心しろ。タッテはああいったことは得意だ。あいつに任せておけば問題ない」


 そんな気がかりも把握している監督官は、仕方ない奴だと苦笑を一つこぼし、集中が切れかかった俺の動きのミスをさりげなくサポートしてくれる。


「貴様は他のことに気を配れるが、その分自分をないがしろにする。そこは直せ」

「そんなにですか?」


 心配しているのは北宮と勝の組み合わせだ。

 南のシンデレラのような変身した姿に男として反応してみせた勝に北宮は若干の嫉妬を見せた。

 男女間のトラブルは放っておくと悪化する。

 そんな過去の事例を何度か見てきた俺も俺でわずかな不安を感じる。

 あいつらなら大丈夫だと信じているものの、それでも万が一を防がねばという心配もある。

 おそらく北宮のことだから練習に支障は出ないが、今回生まれたわずかなしこりが今後の連携に響いてくるのではとさっきの光景を見て思った。

 その心配を見透かした監督官は、私が用意した人員を信じろと言い、自分のことに集中しろと言う。


「悪いわけではない。そういった行動が下積みでできるのはプラスともとれる。だが、貴様はまだ〝未熟〟だ。それを完璧にこなせるわけではない。その反動が貴様の負担になっている」


 音楽に合わせながら、その音に紛れ込ませるような俺と監督官の会話は貴族の男女の密会のようだった。


「普段なら問題ない。だが、今の貴様は魔王軍の中でも異例と言っていいほど注目されている。人間に対してここまで注目されるのは勇者を除けば数えるほどだ。そして向けられる感情は好悪問わず」


 そして、その密会の内容はただ甘いものだけではなく苦いものも含まれる。

 監督官はこの密着できる時間を利用し、俺や俺の関係するパーティーメンバーの立ち位置を知らせてくれている。

 この研修の表向きの理由。

 俺たちを幹部候補にするための研修というのは間違っていない。

 そのための知識や技術を施すための研修だ。

 だが、毎度のこと監督官や教官たちが動く際には表向きの理由だけで済むことはない。

 裏の理由もしっかりと存在していた。

 研修という場の教師になれば、誰にも知られることなくこうやって特定の相手と会話する場所をセッティングできる。

 そんな面倒な手続きなどせず、誰にも知られず特別な部屋で密会すればいいと思うかもしれないが、ああいった場は情報が漏れない代わりに何かしていると把握されることが多い。

 そして、今回時元室にいる社員は監督官が用意したメンバーであるが、全員信用できるわけではない。

 洗い出しは済んでいても、その洗い出しを潜りぬける方法はいくらでもある。

 どこに目と耳があるかわからない。

 そんな環境で魔王軍のトップが俺たちの立場の危うさを説いていると、逆に俺たちが危険に遭う可能性が生まれてくる。

 目を掛けられているというだけでやっかみがあるのだが、必要以上のリスクは避けるべきだということだ。

 このことは俺だけではなくパーティーメンバーに周知されている。

 研修の合間にそんなことをするのも監督官たちの役割であった。

 そして、その危険の中で輪をかけて危険なのが。


「上層部では日本との関係性について慎重になっている。貴様がカギになっているのはだれが見ても明らかだ」


 俺というわけだ。

 新年のことが、俺の想像以上に影響しているようだ。

 一方向から見れば俺は金のなる木にもなれば、破壊を振りまく爆弾にもなる。

 薬にも毒にもなるような俺の扱いが慎重になるのは仕方ない。

 あるいはそんな俺を邪魔だと思う輩が出てきてもおかしくはない。


「そんな立場にいる貴様が、隙を晒すのは好ましくない」


 クルリと回転した監督官を腕の中に納め、ダンスが続く中、俺は監督官の説明に耳を傾ける。


「我々も目を光らせているが、常に万全というわけではない。貴様も警戒しろ」


 どんどんと俺の扱いがすごい方向に進んでいるような気がする。

 立場が向上することはサラリーマンとしては出世しているという意味でいいのかもしれない。

 だが、一人間としては、周囲に知らないうちに敵が出来上がっていることに冷や汗が出てくる。

 そうやっているうちに曲が終わり、最後にゆっくりと踊り終える。

 ダンスと一緒の立食パーティーのマナー講座もやっているので夕食もこの場でとった。

 かれこれ何時間踊っているのか。

 体力的には疲れていないが、こんな会話をしている分、神経は磨り減る。

 

「精進します」

「……」


 それでも努力はすべきだと思っている俺はいつも通りの返事をしたが、いつも通りの監督官のそうしろと言う肯定の言葉が返ってこなかった。

 もしや、今まで以上の努力じゃダメなのかと言葉を追加しようと思った。


「私が言うのもおかしな話かもしれんが、貴様は少し力を抜け」

「は?」


 だが、監督官から出てきた言葉は力を抜けという言葉だった。

 俺個人では力は十分に抜いているつもりである。

 公私は分け、休息もとり、自分の時間も取っている。

 最近ではスエラやメモリア、ヒミクにも癒されている。

 そして教官たちと飲みに行っている。

 平均以上には息抜きをしているという自覚はある。

 そんな俺に力を抜けとはと疑問に思いつつ、監督官には休んでいると一応伝えようとする。

 だが、タイミングよく次の曲が流れクイっと腕を引かれ、そしてゆっくりと踊るまでの流れを作られた。


「無自覚か。まぁ、そうだろうな。努力し向上心を持つのは構わん。だが、時には頼ることをしろ」


 そして、そう語りかける監督官の表情は穏やかだった。

 そんなお前だからこそ、言う価値があると普段の俺を見てくれていた監督官は言葉を続ける。


「お前は自分ができるからと自分の行動範囲を広げすぎだ。他人に任せられる範囲と自分が補う範囲の比率が偏りすぎている。すべてを万全にこなすことは魔王様ですらできない。貴様は仲間を大事にするが、すべてを自分でこなそうとするのはその仲間を信じていないと言っているようなものだ」


 気づいているかと諭すような言葉ではあるが、俺の行動自体を否定しているわけではないのはわかる。

 さっきまで俺がリードしていたが、今度は監督官のリードで踊っている。


「私と一緒だ」

「一緒ですか?」


 自分の経験談を語ってくれる上司はいる。


「ああ、私も昔は一人で何もかもこなさなければと思っていた時期があった」


 しかし、失敗談を語ってくれるのはまれだ。


「私は何もできなかった、だからこそできることを精一杯こなそうと思っているうちに何もかも背負い、自身でできるのならと他人を頼らなくなった」


 ゆっくりと染み込ませるように監督官は語り、俺はそれに耳を傾ける。


「次郎、一人でできることなどたかが知れている。貴様が十全に力を発揮するには一人では無理だ」


 ステップ一つごとに監督官の言葉が紡がれ、そしてその紡がれた言葉が俺の耳に入る。

 華麗な音楽も、煌びやかな光も、今は監督官を彩る装飾品のようだった。


「ダンスもそうだ。一人で踊ることはできるが、彩に欠ける。その動きはキレがあり、その人物の努力を映し出すかもしれんが、その姿は非常にもろく見える」


 ゆっくりと俺をリードする監督官。

 その動きに身を任せている俺だったが、一つの曲の節目にそのリードに沿って俺も監督官の動きに合わせて踊り出す。


「そうだ、それでいい」


 その動きに一瞬だけ目を見開いた監督官はわかっているではないかと微笑みそのまま踊る。

 ステップを踏み、時には監督官を抱き寄せ、クルリと回り、衣装が舞う。

 呼吸が合い、相手の考えていることがわかりそうなほど今までにない一体感で踊るダンスは、俺に何かを伝えてくる。

 なんだと考える暇もなく、相手のことを感じようとする。

 そうして、練習でもなく、講義でもなく。

 まるで、そこは本当の社交場のような雰囲気での一曲は瞬く間に終わりを迎える。


「支える者を信じろ次郎、それも上に立つ者の器量だ」


 そして、まるで一時の逢瀬が終わりを告げるように、今日の講義はこれまでと言い放ちするりと俺の手から離れる監督官。

 俺はその背中を見て、どうすればいいのかわからないまま彼女を見送るのであった。



 今日の一言

 苦手意識の克服はあっさりとできるときもある。


今回は以上となります。

毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。

現在進行中です。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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