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237 嵐の前の静けさってのは、こういうのを言うんだろうな

 研修が間近に迫り研修の日取りが伝えられたのが一週間前、俺たちはギリギリまで鍛え上げ研修に疲れを残さないように休養期間に入った。

 ダンジョンの攻略、及び報告書の提出は昨日で済ませ、各々今日含めて三日間は自由にできるように調整した。

 そして皆が皆で最後の晩餐だとか、戦争に行く前の日本兵はこんな気持ちなのかと不穏な心境で無理やり前向きな気持ちにしてから冬休み中の各自の家に帰っていった。

 俺と海堂は寮に戻り、それぞれの生活に戻る。

 心身ともに万全な状態で研修に挑む。 

 そして、ついにこの日が来たかと研修のために覚悟を決める三日間の休養期間になる。


「はずだったんだがなぁ」

「何言ってんだい次郎」

「世間は都合よくできてないって再確認していたところだよお袋」


 仕事をしているスエラとメモリアには申し訳ないが、本当だったら今日はのんびりと部屋でヒミクと過ごす予定だったんだ。

 だが、昨夜お袋に呼び出され俺は、朝早くから寒い東京の街に駆り出されていた。

 そして呼び出してきたということは、新年の問題に進展が見られたってことだろうと当たりを付け待ち合わせ場所に行けば、案の定その話だった。


「……」

「……」


 その証拠にお袋の隣には帽子を深めに被った鬼の少女の姿があった。

 対面に座り目を合わすも、キッと睨んでくる時点であまりいい感情を抱かれていないようだ。

 それもそうだろう。

 何せ俺は鬼たちの計画、たとえ利用されていたとしてもその計画をぶち壊した張本人なんだ。

 こちらが雇われ兵士で、その恨みが八つ当たりだとわかっているが、心情的には恨まれていても不思議ではないと納得できる。

 なのでその視線をすっと視線を逸らすことで流し、待ち合わせた喫茶店で注文したコーヒーに口をつける。

 程よい苦みが口の中に広がり、ヒリついた空気を少しだけ緩和してくれたような気になるが、あくまでそれは気休めでしかない。

 なにせ、いま監視されているからだ。

 のんびりとコーヒーを飲む姿勢を見せているが、呼吸はあくまで緊急時に備えている。

 このコーヒーに何か仕込まれても問題ないように会社から出る際に一定時間効果のある抗体の魔法薬を服用してきた。

 この薬は毒に対して効力を発揮するのではなく、俺の肉体の免疫能力をかなり上げてくれる物だ。

 これで万が一があっても即死は免れる。

 この喫茶店はお袋が指示して用意した店だ。

 しかし、そこに現代の服を身に纏っていたとしても鬼である少女を普通の店に連れてこられるわけがない。

 この店もそういった関係者御用達の店だと、予想していたが入ってその予想は確信に変わった。

 カウンターに立つマスター、フロアを移動するアルバイトのような少女、少し離れた席でのんびりと読書をしている私服の男、加えて世間話をしているような三人の婦人もそうだろうな。

 さっきから視線がこっちに向きすぎている。

 客と店員が全員関係者。

 自然に視線を向けているようだが、あいにくとこっちは四六時中ダンジョンに籠るダンジョンテスターだ。

 敵の視線に敏感じゃないと生きていけない。

 あからさまでなくても、観察するような視線には敏感なんだよ。

 まぁ、その監視はお互い様だから俺自身腹も立たないがな。


「それで? 後ろでへこんでいる親父はいったいどうしたんだ?」

「伊知郎? ああ、この子と少しでも打ち解けようといろいろと頑張っていたみたいだけど、ことごとく空ぶってね。それでね、っぷ。昨日、ついに構わないでくださいって言われてへこんでるの」

「笑いながら言うことかよ、相当へこんでるぞ親父」

「いいのいいの、最近ファンタジーファンタジーってうるさかったからあれくらい静かでバランスが取れてるのよ」


 良いのかそれでと苦笑する。

 視線をお袋の背後の席に向け、さっきからチラチラとこっちの様子を見ている父親の姿が見える。

 ある意味でこの場にふさわしくない一般人の親父を気にする素振りでそちらに視線を向けるとほっとしたような表情が見えた。

 鬼少女、榛名が緊張するからという理由で少し離れた席にいることがまた哀愁を漂わせる。

 さっきからコーヒースプーンでコーヒーをかき回しているが俺の記憶にある限り、俺が来てからずっとそのままのような気がする。

 そして、俺はその方向の視界に映った場所の数点を違和感にならない程度で視線が向かないように注意しつつお袋の方に顔を向ける。

 この仕草で何か気付かれたということはないだろうが、お袋の勘は鋭い。

 こちら側の監視に気づかれないように気を配らなければならない。

 そう、日本側が監視しているのなら魔王軍側も今回監視に入っている。

 さすがに店内には入れないので外で監視しているが、その監視能力は監督官の保証書付き。

 道行く人の中に魔法で偽装している存在や、建物の屋上といった距離が離れている場所。

 たとえ離れていてもその距離は十分に魔法でカバーできる。

 むしろ距離が離れている分、万全の状態で建物の上から魔法でその存在を隠蔽しこちらを監視している。

 さすがに今回ばかりは無断でこの場に来ることはできなかった。

 昨夜、お袋から連絡が入った段階で監督官には報告し今回のような態勢を設けられた。


「そういうもんかね」

「あんたも結婚したらわかるよ。よく言うだろ。夫婦円満の秘訣は男が女の尻に敷かれることだって」

「怖いな。だが、お袋たちを見ていると否定はできないな」

「ハハハハハハ! そうだろ!!」


 静かな空間に少しだけお袋の笑い声が響く。

 うちの両親はなんだかんだ言って仲がいい。

 でなければ二人一緒に世界中を飛び回ることなんてできないだろう。

 そして、日本と魔王軍の二つの組織に監視されていなければこの会話ももう少し楽しめただろうな。


「さて次郎。今回の件の話だけど」


 それはお袋も一緒のようだ。

 いつまでも無駄話をしているのはそろそろ限界だと雰囲気を変えてきた。

 さっきまでの親子としての会話はここで終わり、と言わんばかりに声色が低くなる。

 声を潜めず、普通に会話していることからこの場のだれもが、この会話を聞いても問題ないと言い表している。


「かたが付いたのか?」

「いや、これからつける予定だよ」

「どういう形で?」

「慌てないの。これから話してあげるから」

「嫌な予感がするから聞かないって選択肢は?」

「与えてあげたいけど、ここに来た時点でそれは無理な話だね」

「そうかい」


 お袋の言うこれからかたをつける。

 それはすなわち、この場に招かれた俺も何らかの形で関わり解決するということだ。


「まず始めに今回の騒動を計画した主犯格は捕まったよ」

「そいつはよかった」


 まずは良い話から進めようと、お袋は主犯を無事捕らえたことを伝えてくるが、言い方に含みがある。

 始めにと言うことは次があるということ。


「だけど全員が捕まえられたというわけじゃない。何人か幹部を取り逃がしたみたいだね」

「おいおい、それってまずいじゃないか」

「安心なさい。簡単に何かできるほど甘い警戒態勢じゃないわ。次郎の存在は相手にはばれてないだろうけどそれでも一応警戒はしときなさいってこと」

「なるほどね」


 話の流れを上げて下げて、さて次は上がるか下がるか。


「本題はここから、この子の話」


 その話題は鬼の少女、榛名だ。

 確かにここに連れてきたということは、俺となんらかの関わりを持たせようということだという意図は見える。

 だが。


「とりあえず、養子縁組であたしの娘ってことで霧江には納得させたから物理で」

「おいマテ、物理で納得させたってなにしたんだよ」


 目の前にいるのは型破りという服を着こんだお袋だ。

 常識で考えられるような行動はしてこない。


「いいじゃない、そんな細かいことを気にしなくて。とりあえずこの子があんたの妹になったってことだけ理解しておきなさい」

「理解しろって、なぁ」


 実の妹と拳で語り合ったのかと頭の中でお袋と叔母が姉妹喧嘩を繰り広げる光景を描きつつ、そのあとの言葉の方が問題だと言葉を選びつつお袋の言葉に待ったをかける。


「お袋わかるだろう。俺はこの子と戦ったんだよ。そんな俺がどの面下げて今からお前の兄になるって言えるんだよ。それに」


 この話のどこが解決手段なんだと疑問を挟みつつ、俺はあの光景を思い出す。

 あの日あの時。

 新年最初の日の出が上がる直前。

 俺は禍々しい心臓に囚われ巨大な鬼になった榛名の一族を屠った。

 他でもない俺がこの手で。

 俺はただ襲ってきた脅威に対して抗った存在ではあるが、彼女からしたら一族の存在を滅したある意味で仇とも言える存在。

 そんな俺たちが義理とはいえ兄妹になるなんて土台無理な話だ。


「あんたが気にしてるのはこの子の兄を殺したってことかい?」

「……そうだよ」


 あの場の流れ的に仕方ないとはいえ、俺は榛名の兄を殺したと言おうとしたタイミングでお袋はあっさりと言いにくいことを切り出してきた。

 経緯はどうあれ結果はそうなってしまった。

 俺の口から濁すような言葉や否定の言葉は出てこない。


「たとえ今が特殊な状態だとしても、憎い相手と兄妹になるってのは普通じゃねぇ。それだけじゃねぇ、俺ももうすぐ父親になるんだ。悪いがそんな感情を持っている奴を近くに置けるわけがねぇよ。そっちの子には悪いが」


 そんな内容をさすがのお袋相手でも俺は納得できないと反対する。

 兄妹になったからと言ってすぐに仲良くなるわけじゃない。

 話の流れと彼女の立場的にお袋の保護を受けないとまずいという状況なのかもしれないが、その関係に俺が巻き込まれるわけにはいかない。

 スエラにメモリア、ヒミクに被害が及ぶかもしれない。

 なによりスエラのお腹には俺の子供もいる。

 おいそれと身内に危険を招き入れるような決断を俺はできない。

 それに、この微妙なタイミングでうちの会社のことを日本側にバレるわけにはいかない。

 その意思を伝えるように、俺は不退転の気持ちでお袋の瞳を見る。


「責任を取れって言うのなら、話し合いには応じる。だが、この命くれてやることはできないぞ」


 そして、その瞳から隣でさっきから黙っている鬼の少女、榛名の方に顔を向ける。

 黙って俺の方を見ている。

 その瞳の感情は憎しみか、あるいは怒りか。

 ただ鋭くなり決意を秘めた瞳が俺を見ていた。

 あの時は命令され、危険だという現場判断で鬼を倒した。

 その行動は俺が選択したもので後悔はない。

 今回の件、言わば不幸なすれ違いによって生まれた結果だ。

 俺は可能な限り不殺を心掛けたが、それを続けることができなかった。

 相手からすれば事実と異なる結果ではあったが、目的遂行を優先した。

 それが重なり、今を作り出したのだ。


「……」


 どちらも悪くなく、どちらも悪い。

 俺も彼女もただ巡り合わせが悪かった。

 ただ、俺たちは踊ってはいけない舞台で踊ってしまっただけだ。

 その内容をお袋は理解し、この少女も理解しているはずだ。

 ただ感情が納得するなと言っているだけなのだろう。

 せめてこの少女の兄が生きていればまだ話は違ったかもしれないが、それはイフの話。

 あったかもしれない話で現状の話ではない。

 


「……あなたの言い分は真っ当なモノ。私としてもあなたが悪くないというのは承知しております。あなたは、私たちの行動を止めようとしただけ、この国に被害を出さないようにしただけです。あなたは日の本の民としての責務を果たしただけです」


 吐いたつばは飲み込めない。

 いくら俺の立場を明確にするためとはいえ、強く言い過ぎたか?

 空気が重くなり、さすがにこれ以上の会話は無理かと思うような場の雰囲気にこの後どう展開していくかと想像していると意外にも切り出してきたのは榛名であった。

 ゆっくりと深呼吸し、心を落ち着かせ感情を制御し、声音を平常にし俺に語り掛ける榛名の姿は少女ではなく鬼族の代表だと言わんばかりに背筋を伸ばし凛とした姿であった。


「あの日、いえ計画を立てていた日から、私たちは道を誤ってしまいました。いくら騙されていたとはいえ、あの行動は許されざる行為。それに対して我々は償わなければならないのは事実です。非は私たちの方にこそあります。よって、私どもの方からあなたに償いを求めることはありません。すべては前長、兄、猛の判断で執り行われた行動の結果。私はその結果を受け入れる所存です」


 その姿勢から長い言葉を紡ぎ出した後、榛名はすっと頭を下げ俺に向け謝意を見せてくる。


「この度は、大変ご迷惑をおかけしました。一族を代表し謝罪させていただきます」


 俺よりも年下の少女に頭を下げられるのはたとえこちらが悪くなくても居心地が悪くなる。


「ですが、それは今回の件を主導した私たちが背負わなければならない罪、今回の件には関与していない一族には関係ありません」


 そして、罪悪感を覚えつつ、雲行きが悪くなる雰囲気を感じ取り、この後出てくる言葉に嫌な予感を想像する。


「現状このままいけば咎が一族全体に行くのは必須、霧香様の保護だけでは私の身を守るだけで終わってしまいます。それでは逝ってしまった兄たちに顔向けができません」

「おい、ちょっと待て、話が見えない。あんたいったい何が言いたいんだ」


 そして、俺は何か思い違いをしていないかと、彼女の話している内容から違和感を感じ取った。

 俺を恨んでいるのなら、こんな話は出ないはず。

 この流れは何か違うと感じ、まずは状況を確認しようと榛名に頭を上げるように言う。


「次郎、あんたは勘違いしているんだよ」

「勘違い?」


 身を震わせ、懇願するように俺へと語りかける榛名を見かね、お袋が困ったように仲介に入ってきた。

 その際にお袋は勘違いと言った。

 その言葉で俺は早とちりをしていることに気づかされる。


「あんたはこの子があんたを恨んでると思ってるようだけどそうじゃないよ。この子はあんたを恨んじゃいない」

「あ?」


 俺は根本的な間違いをしていたようだ。

 双方の行き違い、それによって俺は兄を殺したことでてっきり榛名が俺のことを恨んでいると思い込んでいた。

 だが、その考えをお袋は違うという。


「あんたはあたしのことどう思ってるんだよ。いくらあたしでも息子を恨んでいるような子と兄妹になれなんて言わないよ」


 何かが違うと思い。

 確認するようにお袋を怪訝な目で見ると、先走るなととがめるような視線で俺を見るお袋がいた。


「この子だって理解してるさ、あの場では次郎がああするしかなかったって」


 そして頭を冷やしなって溜息を吐き、榛名の背中を撫でながら彼女の態度を説明してきた。


「この子、今は鬼族のまとめ役みたいなことしててね、それで気が抜けなかったの、これからやることはその一族の未来がかかっている。だからあんたに対して緊張して硬い表情になっちゃったのよ」

「睨んでたんじゃなくて、緊張してたってことか?」

「そういうことだよ」

「……はぁ、わかりにくいわ。というかお袋が悪いんじゃないか。説明不足にもほどがある」

「察しなさいよ、息子だろ」

「説明しろよ、母親だろ」


 言葉足らずで意思疎通ができた親子関係が今回の会話で一番の問題だったというのが判明した。

 そして、お袋の話通りなら、このやり取りの方向性がかなり違う方向になる。


「となるとだ。俺を恨んで仇を取りたいってことじゃないなら、俺に何か求めてるってことになるが」

「そういうことだよ。なんだい話が早いじゃないか」


 そして、さっきから感じる嫌な予感がいよいよ確かな感触になってきた気がする。

 すっと俺たち親子は緊張で体を固くしながらも精いっぱいやっている榛名に向け。

 そしてその彼女はその視線を受け、このタイミングしかないと言わんばかりに、息を吸い込み勢いのままその言葉を放った。


「あなたの背に映った鬼を紹介してくれませんか!」


 なんともあいまいな表現で、聞き方によっては俺の背後に鬼の霊が憑いているような言葉であるが。

 その言葉に心当たりがある俺は、なんとも言えない表情で固まるしかなかった。



 今日の一言

 俺、この後地獄が待っているんだが?

 なんでこんな面倒ごとが来るんだよ。


今回は以上となります。

毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売しました。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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