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236 苦労の陰で、また別の苦労は生まれる

 Another side


「魔王様、今なんと?」

「うん、だからエヴィア、君にお見合いをしてもらうって言ったんだ」


 次郎たちが懸命にダンジョンに挑み研修に備えている最中、エヴィアも通常業務を行ないながらその研修の準備をしていた。

 この研修は、次郎が持ってきた情報にあった日本との組織との接触するために必要な措置である。

 異世界の懸け橋となる人材となればかなり重要な役割となる。

 となればそれ専用の人材を用意する必要があり、そして信用が置けないと話にならない。

 だからこそ、その役割に魔王の右腕とも言えるエヴィアを抜擢したのは周囲も納得した。

 中には我こそはと橋渡し役に名乗り上げた者もいれば、逆に未だ日本との接触は時期尚早あるいはするべきではないと声を上げる輩もいる。


「……実家からの催促ですか?」

「いや、私が必要だと思ったからだよ」


 だが今後のことを考えるのならここで動かないという愚策を魔王が選ぶことはない。

 その意図をエヴィア自身も察して、その手助けになるべく行動に移していたタイミングでエヴィアに見合い話。

 彼女自身貴族であるため、その話は過去何度もあった。

 世間では貴族令嬢は適齢期になれば結婚する。

 だが、彼女は今の年齢になるまで結婚を先延ばしにしていた。

 言い方は悪くなるが、世間でいう行き遅れに当たる。

 彼女自身魔王への忠義、及び仕事に対してやりがいを感じていたのでそういった話は他人の話だけで十分と思っていた節がある。

 なので、彼女自身が何らかの理由をつけて断り続けた。

 加えて言えば彼女は断ることが可能な立場にもいた。

 魔王の右腕というのはそういうポジション。

 だがその中で断れない例外がある。

 それが唯一エヴィアに命令できる存在、魔王だ。

 このおかしなタイミングでの縁談話、魔王自身からそんな話が出てきたときはエヴィアの実家経由で魔王の方に縁談の話が来たかと邪推した。

 だが魔王の返答はエヴィアの予想とは違った。


「今回の縁談は私が用意した」


 魔王自らの縁談。

 それはすなわち結婚しろと命令しているのと変わりない。

 エヴィア自身、自分の地位や血といった価値が魔王軍の利益になることは承知している。

 いずれ政略的な意味合いで結婚する日が来るだろうとも覚悟は決めていた。

 必要なら結婚もいとわない。

 それが魔王の命令ならなおのことだ。

 だが、エヴィアの頭の中にはその話と繋がる別の内容が思い浮かぶ。

 日本との接触は細心の注意を払い、かつタイミングもしっかり見極めるということで周囲に準備だけは納得させたこのタイミングでなぜこの話を持ち出したのかと。

 エヴィアがやってきたのは、周囲を納得させるいわば手回し。

 昨年は様々なトラブルが舞い込み、魔王軍としても浮足立っている状況。

 いくら盤石の態勢を敷いたとしても、なんらかのトラブルは回避できない。

 そのための手回し、万が一を思ってゆえの行動。

 いきなり事態が動き出して準備を怠っていたでは話にならないからだ。

 そのために、今回の話は魔王軍内の人材だけで行なわないように、人間と魔王軍の中間にたつ管理職を育成するという目的で研修を設けた。

 今回の流れ的に必要ということでエヴィアが中心となり、日本人であるダンジョンテスターの中から使えそうな人材を選び次郎たちに白羽の矢を立てた。

 その目処が立ったタイミングでの縁談。

 なにか、関わりがあるのではと推測する。


「なぜと聞いてもよろしいですか?」


 こんな状況であるエヴィアが暇なわけがない。

 普段も忙しいのに、余計ではないが仕事が増える分さらに忙しくなる。

 次郎関係ということで気持ち的には楽な分仕事の進みが良く、スムーズに進んでいるとしても多忙であることには変わりはない。

 そのことを魔王自身理解していないわけがない。

 その答えを予測することをエヴィアはできる。

 だが、今回の話に限って言えば時間が惜しいゆえに、率直に聞くことにした。

 わざわざこのタイミングで持ってきた話だ。

 何か重要な相手との縁談の可能性もある。


「必要だから」


 なのにもかかわらず、魔王は笑顔でその一言のみで回答を済ませた。

 普通に考えれば納得などできない。

 むしろ不信感すら芽生えるであろうこの答え。


「わかりました。日時など決まりましたらお伝えください。スケジュールの方を調整します」


 だが、エヴィアは聞く必要がないことだと理解し、自身を理性で納得させた。

 表情をゆがめることなく、いつも通りの表情でそっと頭を下げ、ではと研修の話にもどし、まるで何もなかったように業務に戻った。

 その行いを見て、彼女の背を見送り魔王が心の中で固いなと苦笑しているとも知らずに。

 そして反面縁談になったら彼女はどんな表情をするのだろうかとも楽しみで仕方なかった。


「さて、この行いが彼女と我が魔王軍の益になることを祈って、もう少しだけ暗躍するとしよう。敵を騙すにはまず味方からってこの国の言葉であることだしね」


 さきほどエヴィアが持ってきた書類にサッと目を通し問題がないことを確認した魔王は決済印を押し、次の書類を取り出す。

 ただし、その書類はエヴィアが持ってきたものではなく魔王が別の部下に頼んだ書類だ。


「うん、こっちも順調そうで何よりだ。彼女のダンジョンで動くのは相当骨が折れるだろうけど頑張ってもらわないといけないね」


 エヴィアの見合い会場は彼女のダンジョンの地下施設にある食事処。

 一般的な居酒屋ではなく、彼女の格に合わせた高級店。

 最近収入が多い次郎たちでもおいそれと足を運ばないようなエリアにある店だ。

 そこを違和感なく押さえるのには苦労しているだろうと思いつつ、これなら問題ないと魔王はその書類を頭の中に記憶すると証拠隠滅と青い炎で灰すら残さず消し去る。

 その青い炎が徐々に書類を燃やしているさまを見ていると、ふと魔王がエヴィアと出会った日を思い出す。


「思えば彼女と出会ってからずいぶんと経つね」


 月日にしてどれくらいか、魔王になる前から数えれば十年二十年ではきかない。

 もっと昔の話になる。

 それでも魔王は彼女との出会いを鮮明に思い出せる。


「エヴィアも随分とたくましくなったよ。今じゃ嫁の貰い手に困るほどだけど」


 その思い出した姿と今の彼女の姿を比較しついつい魔王は笑ってしまう。

 もう少し昔のままの方が可愛げがあったかなと思い出し笑いを口元に浮かべる。

 エヴィアの昔の姿、いや、彼女と最初に会った時の姿はあそこまで強気な態度ではなかった。


『ノスタルフェル家長女、エヴィアでございます』


 紅の髪に合わせたかのような薄い紫色のドレスを身に纏い。

 綺麗な仕草でスカートのすそを持ち上げる仕草は正しく貴族の令嬢。

 上品で、物静か、悪魔の家系にもかかわらず清楚という言葉が似合う少女であったころ。

 彼女は昔、魔王の家に侍女としてやってきた。

 爵位の低い貴族令嬢は奉公として地位の高い家に侍女として働きに行くことがあったが、彼女の家は家格が高く、奉公に行くよりも来る方の令嬢の方が正しい。

 それなのにもかかわらず彼女は魔王の家に来た。

 魔王自身、魔王候補の一族の当主。

 家格はエヴィアの家よりも上ではあるが、当時はだれもが彼が魔王になるとは想像しておらず支持者はごくわずか、彼女の家は中立を保っていた。

 それなのにもかかわらず、エヴィアは魔王の家に奉公に来た。

 当時の魔王は彼女は自分へ嫁いできたのかとも思ったが、魔王には心に誓った女性がいた。

 彼女以外になびかず、彼女以外に自分の子供を産ませるつもりはなかった。

 歳の差結婚など、王族や貴族では当たり前、年端もいかない少女を娶ることなど日常茶飯事であるが、魔王はとある女性を除いて眼中になかった。

 そんな折にエヴィアを渡されても困る。

 加えて言えば、ノスタルフェル家のエヴィアと聞けば、魔王の中に一つの噂話が頭をよぎる。


『魔法の才のない私ですが、なにとぞお仕えするのを許してはもらえないでしょうか』


 すっと頭を上げたエヴィアの表情は無。

 否、正確には瞳の感情がないのだ。

 表情自体は綺麗に感情を表しているのにもかかわらず、その瞳のせいで無表情に見えてしまうほど彼女の瞳に感情がない。

 そして、エヴィアの言った言葉こそがその噂だ。

 悪魔の一族は総じて魔法に対する適性が高い。

 それなのにもかかわらずエヴィアの魔法に対しての適性は低かった。

 魔力適性は九という、時代によっては魔王にすらなれる可能性が秘められているにもかかわらず。

 魔力はある、されど魔法の才がない。

 この事象に悪魔族はエヴィアを腫れもののように扱った。

 令嬢とはすなわち極端に言えば、次代を生むための存在。

 その血筋は重要であり、その能力も重要である。

 戦えなくてもいいが、才能はあるに越したことはない。

 多少能力が低くても欠陥は欲しくはない。

 そう思うのが血を大事にする貴族という生き物だ。

 そして、その思考からするとエヴィアという存在は爆弾以外他ならない。

 仮に他家に嫁いで子をなした場合、子供は魔力適性が高いが彼女と同じ魔法に対する適性がなかったとする。

 その子は次期当主にふさわしいか否かの話になってしまう。

 彼女の持つ魔力適性は破格、だがそれに付随するリスクが大きすぎるのだ。

 だから扱いに困り、彼女自身に落ちこぼれのレッテルが貼られた。

 さて、そんな彼女が魔王のもとに訪れた。

 魔王候補の中でも最もなる可能性が低いと言われている魔王のもとに。

 彼女をここに寄越した意図は見えている。

 厄介払いと万が一の保険ということだろう。

 魔王が手を出せば重畳、敗北すれば厄介な娘は処分され、万が一勝ったとすればエヴィアの実家は先見の眼があるということになる。

 そんな思惑に踊らされている彼女を見て魔王が放った言葉は。


『ああ、歓迎しよう! なにぶんうちは人手不足だからね。君のような存在でも来てくれるだけ助かるのさ』


 歓迎の言葉であった。

 女性としてではなく、部下として。

 その言葉にまさか受け入れられるとは思ってなかったエヴィアは目を見開き、初めて感情らしいものを見せた。


『ありがとうございます。誠心誠意お仕えさせていただきます』

『うん、その言葉期待しているよ』


 それは戸惑い。

 今までどんな扱いを受けてきたのか察せられる彼女の瞳に魔王は彼女の扱いをどうするかと思い、ふとひらめいた。


『さて、最初に言っておくけど私には心に決めた女性がいる。もっとはっきり言えば、その女性以外私は異性として見れない。だから君には悪いけど君は女性としての役割は与えられないことを理解してほしい』


 その戸惑いの色はさらに濃くなる。

 女性としての役割を与えないということは貴族令嬢としての役割の大半を失うということ。

 それ以外の勉強をしてこなかった彼女にとってそれはある意味置物になれと言われたに等しい。


『では、私に何をお求めに』


 容姿の整っているエヴィアは自分の役割は夜伽の相手と割り切っていた。

 だからこそ魔王の言葉は予想外にもほどがある。

 仕える許可をもらい、期待していると言われたが求められたのは別のこと。


『うん、それをこれから探そうと思う』

『え?』


 そしてまさかのノープラン。

 ついてきてと魔王に言われ、困惑しながらもついていくエヴィア。

 どこに連れていかれるかと思い、まさか魔力を使った実験材料にされるのではと思い顔を青ざめる。

 その予想はある意味では合っていた。

 そしてある意味では外れていたと言える。


『二人ともいるかい?』

『おう、大将。どうした?』

『カカカカカ、なにやら大きな魔力を感じましたがその娘でしたか』


 広間で昼間から酒宴にふける二つの存在。

 その力は強大で戦いのたの字も知らない当時のエヴィアからしたら背筋が凍る思いだった。


『うん、これからこの子を私の部下にしようと思う。だから鍛えるのを手伝ってくれないかい?』

『おう! いいぜ!』

『カカカカカカ、若の言葉ならワシに否はありませんな』


 そして貴族令嬢であったエヴィアは今から戦いのたの字を教わるとは露ほども思わず、その話についてこれず。


『それで大将、こいつ何ができるんだ?』

『然様、見たところ悪魔族のようで、魔法の方を鍛えるおつもりか?』

『ううん、彼女はどうやら魔法の才能がないようでね、その辺を踏まえて君たちと相談したいんだ』

『それならやっぱり拳だろ!! 魔法が使えないなら肉体を鍛えればいいだろ!!』

『なに、魔法の才はなくとも魔法を使う方法はいくらでもある、仕込み甲斐はあるでしょう』


 そして、今と比べて余裕のあるこの三人は嬉々としてエヴィアの改造計画を相談する。

 当のエヴィアからすればいったいなんの話だと、それが自分に降りかかってくるとは思わず、まるで他人の話を聞いているような感覚で話に入り込めなかった。


『うん、それじゃとりあえずエヴィア』

『は、はい』


 だからだろう。

 エヴィアは咄嗟に魔王の言葉に返事をしたに過ぎない。


『動きやすい格好に着替えて裏庭に行こうか』


 それが、今のエヴィアという存在を作り出したきっかけ。

 そして後に次郎がエヴィアに教官二人との関係の始まりを聞いた際、苦虫を潰したような顔でこう言った。


『全力で殴りかかっておけばよかった』


 と。


「いやぁ、本当にいろいろあった」


 当時のことを懐かしく思い。

 鍛え始めてから、何も考えさせずただひたすら三人で鍛え上げ、エヴィアにとある才能があることに気づいたらそっち方面を鍛え、そして段々と激化する魔王の座をかけた政争が忙しくなるにつれエヴィアを守るために最初から味方であったノーディス家に養子縁組をしてといろいろなことがあった。

 最初の深窓の令嬢のような雰囲気は欠片も残らず、今ではすっかり気の強い女性へと仕上がってしまった。

 そうなってしまっても、エヴィアとの付き合いの長い魔王や鬼王ライドウ、不死王ノーライフからしてみればエヴィアは年の離れた妹のような存在だと思っている。

 ずいぶんとかわいがったと思いつつ。

 そんな魔王の兄心のなかで不安が一つだけあった。

 それは男の影が一つもなかったことだ。

 魔王と鬼王、不死王揃って不安になった。

 過去に何度も縁談を組んでみたが、そのどれもがうまくいかなかった。

 魔王もそうだが、ほかの二人も結婚しているゆえにその点が心配になる。

 自分たちのせいでエヴィアは並の男どころかほとんどの男から女扱いされていないと気づかない魔王。

 しっかりと礼儀作法や料理も仕込んだのにと首を傾げて幾星霜、ひょっこりとエヴィアがポツリと頻繁に一人の異性の話を持ち出してくる。

 それを聞いて、ようやく春が来たのだと安心しここは一つお節介を焼こうと画策する。


「さて、そのためにも今は少しだけ無理をするとしようじゃないか」


 その現場を眺めるためにも今は本気で仕事を片付けよう。



 今日の一言

 自分だけが苦労していることはあり得ない。


次郎たちが実は教官たちの最初の犠牲者ではなかったというちょっと暴露話でしたがいかがでしょうか?

今回は以上となります。

毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売しました。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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