235 人生支えあうことができれば、道は開く・・・・はず
地獄の研修を告げられて幾日か。
平和ボケという言葉をよく言われる日本であるが、それは全体的という意味合いであって、細かい部分で見ればそれに該当しない。
ではどういった部分がそれに該当しないかって?
有名どころで言えば自衛隊の精鋭部隊、レンジャー部隊とかだろう。
想定に想定を重ね、ありとあらゆる事態に対応できるように過酷な訓練を施される。
そんな奴らが平和ボケしていると誰が言えるだろうか、中には心ない言葉で非難する人もいるだろうが、普通に見ればそんな言葉は言えない。
中には血反吐を吐く隊員がいると噂が立つくらいだからな。
さて、そんな過酷な訓練の自衛隊の話は流そう。
その例はあまりにも例外的な話に聞こえるからな。
では、他には例がないかって?
あるぞ、まぁ、これは身内ネタになるんだが。
「進めぇ!! 少しでも多くの経験値を得るんだ!! 一匹でも多くの魔物を狩れぇ!!」
今の俺たちがそれに該当すると思われる。
全員血眼になって、全力で武器を構え、自分の能力を十全に発揮しながら敵に挑みかかっている姿を見れば平和ボケなんて言葉を言われることはないだろうと自負している。
「怯むな!! こんなことで怯んでいたら俺たちの明日はないぞ!!」
そんなことを思う俺も例にもれず、ダンジョンのモンスターに挑みかかり一体、また一体と切り捨てる。
今も胴体を上下に泣き別れにしても生きているゴーレムをさらに縦に分割し次の敵へと標的を移す。
恐らく日本中どこを探してもここまで血眼に決死の覚悟で、平和ボケという言葉からほど遠いサラリーマンはいないと思うぞ?
それと一応言っておくが、決してブラック企業みたいに連勤でダンジョンに挑んでいるわけでは断じてない。
休み返上などせず万全な体調を整えた俺たちパーティー一行は今は絶賛全力でダンジョンに挑み魔紋を鍛え上げていた。
それはこれから来るであろう悪夢の研修に備えるため。
ステータス
力 8983
耐久 10174
敏捷 6663
持久力 7456(-5)
器用 4541
知識 96
直感 889
運 4
魔力 4878
忙しかったということであまり高頻度にステータスを更新しなかったがそれでも一カ月に一度程度はやっていた。
入社した時と比べれば、仕事も増え、いろいろとやることができて更新が忘れがちになってしまったというのもある。
だが頻度は減るもののそれでもステータスが上昇するというのがうれしくないわけではない。
だからこそ定期的に更新していた。
冬に入り始めてからもう三か月くらいは経過したか。
その間に更新したのは三回ほど
ステータス
力 8983→9645→10555→12573
耐久 10174→11111→12544→13020
敏捷 6663→7805→8065→9998
持久力 7456(-5)→8233(-5)→9234(-5)→9806(-5)
器用 4541→6023→8095→18006
知識 96→105→153→289
直感 889→986→1800→2105
運 4→4→4→4
魔力 4878→8003→9532→13211
ああ、自分でもおかしな成長をしてしまったと思う。
力が順調に上がるのは当然だとして、耐久値が上がりにくくなっているのは単純に俺が攻撃を受けなくなってきたからだ。
相手が攻撃する前に切り伏せているというのもあるが、単純に防御技術も身についたのも大きい要因になっている。
攻撃を受けないのならダメージもないのでは? だと?
防御技術が身に付き、そして攻撃能力が上がったからってすべての攻撃を受けないわけではない。
こんな数値の俺でもボコボコにできる存在はいくらでもいる。
この耐久ステータスの上り幅はほとんどが教官との訓練の賜物だ。
この前かすり傷を負わせて笑顔になって余計にやる気を出させたのがまずかった。
あとは、アメリアに憑りついた初代魔王の魂を払ったときとか、将軍を決めた時のトーナメントの時とかその他もろもろ溜まりに溜まってこの成果だ。
今でもテスターの中では一番の耐久値を誇っている自信はあるぞ。
逆に言えば、一番ダメージを負っているテスターとも言えるが、そこは要改善だと割り切り、前衛としての本分を全うしていると思うことにする。
そしてこのステータスを見て一番気になるのは器用値だと思う。
なぜこんなに極端に上がったかってみな思うだろう。
ああ、今まで他のステータスと比べて上り幅が少なかったステータスでもあった。
勝手に上がったということはまずない。
下がることはあっても上がることはないのがステータスだ。
原因はしっかりとある。
ヴァルスさんと契約するときの試練がヤバかった。
ああ、あの試練のせいで、時間の流れを引き延ばされ空間に放置されたせいで器用値のステータスがあり得ないほど上がった。
原理は単純。
シンプルイズベストとはよく言ったもの。
単純作業を繰り返し、体に考えてやらせるのではなく脊髄反射の領域を超え、無意識で鉱樹の刃先まで知覚できるまで素振りをした。
洗練させ十分の一ミリどころか千分の一ミリ単位まで刃先を自在に操作できるようになった俺の器用値がこれだ。
まぁ、空間を知覚し、空間を切ろうと思うような精神状態で身についたものだから、これくらい上がってもおかしくはないか。
次いで上がった魔力。
もはや魔法使いでも通用しそうな魔力量。
上がった理由はこれまた単純。
これまたヴァルスさんの試練のせい。
素振りと一緒に魔力を練り、鉱樹と俺の肉体を循環させていた。
うん、時間だけはあった。
文字通り永遠とは言わないが、暇人通り越して狂人と言われても文句が言えないような時間があった。
そして自分にできることをやろうと思ったからやったという単純思考も原因だろうなぁ。
だが、それが正道かと言われればどうかと思う。
やらなければあの空間から脱出できなかったとはいえ、俺も俺で何やっているんだと思う。
「今は、それどころじゃないか」
「先輩!? なんか言ったっすか!?」
「なんでもねぇよ! 行くぞ!!!」
「うっす!」
さて、昔を思い出し、現実逃避をするのはここまでとしよう。
現状俺たちに時間がない。
正確にはあるにはあるのだが、俺たちが想定している領域に足を踏み込むための時間が足りないと言えばいいのか。
先ほども言ったが、俺たちパーティーはテスターの中でトップを独走する状態の強さを誇っている。
さらに言うなら、俺は魔力適性九という破格の数値を持っている。
なので俺は他人と比べて成長速度が速い、おかげで海堂たちとのステータス差は開く一方ではあったが逆にそれを利用して海堂たちのステータスを上げる効率を早め、時間短縮に乗り出した。
その方法で他のパーティーたちとの実力差はかなり開けたはず。
では、そんな俺たちは現状の能力に満足しているかと疑問を浮かべ答えるとしたら。
全員がNOと口を揃えて断言するだろう。
普段は面倒ごとを嫌う海堂も。
働くことが負けだという南もだ。
なぜなら。
「研修まで残り時間が少ないぞ!! 俺たちが生き残るためにはこいつらを倒すしかない!!」
「はいっす!!」
「ええ!!」
「行くでござる!!!!」
「イエス!!」
「はい!!」
これから予測される研修の内容の過酷さを想像し、自分たちはまだ力不足だというのを実感しているからだ。
何せ研修担当者は俺たちにとってわかりやすい強者の三人。
特に俺と海堂は教官直々に鍛えられ、さらに現在進行形でも時々手合わせしている。
いまだ相手に黒星をつけられたことがないことから、こっち側がズタボロになっているのをお察しいただけるだろう。
たとえ今のパーティー全員で挑みかかっても、教官どちらか片方でも三分持ちこたえられれば良い方だという悪い意味での自信がある。
「リーダー! 海堂先輩の回復の時間稼ぎ頼むでござる!! 北宮もポーションで魔力回復!! アミーちゃんはモブのかく乱!! 勝は!!」
「今向かってる!!」
「おうさ!! こいやあああああああああああああああああああああ!!」
「行ってくるヨ!」
そんな状態だというのに、教官二人にエヴィア監督官が加わるのだ。
その戦力はさらに倍、いや、それで済めばまだかわいいくらいな戦力になる。
研修を受けると覚悟を決めた俺たちは、少しでもその差を埋めるための努力もするということも決めた。
三が日からさらに二日。
休み明けから、俺たちはダンジョンテスターとしての活動を再開した。
叱咤激励を飛ばし、チェス盤の盤上のようなフィールドで俺たちはチェスの駒みたいなボスと戦っている。
ここは機王のダンジョン五十八階層のボスフロア。
ここまでくる過程で、罠もだいぶエグイ物が増えてきて、ゴーレムという生物では克服できない部分、無機物故の長所を生かした行動をとるようにもなった。
ソロで攻略できるような話ではない。
毒ガスなどは基本、暗闇の空間、罠との連動、自爆、合体、無酸素空間というのもあった。
それらの対処は罠を発見してくれるアメリアと南のおかげでどうにかなる。
層を重ねるたびに強くなる敵は俺と海堂、そして北宮で対処する。
そして勝は双方のライフラインとして活躍している。
一人でも欠けたら全滅しかねない状況でも俺たちはダンジョンを突き進む。
もちろん俺たちの本分であるダンジョンテストも怠らないようにデータ収集も欠かさない。
「はぁ、はぁ、魔法が効きづらい相手が敵だと魔力消費がきついわね」
「そうっすねぇ、だからと言って通常攻撃が効きやすいって言えばそうでもないっすよ。ゴーレムって基本物理耐性があるっすから、倒すの本当に大変っすよ」
「正直、リーダーがいなかったら全滅している可能性が十分にありますよ」
そうしてやってきたボスフロア。
このボスフロアに俺の猿叫が響き、物理的な衝撃となった俺のスキルは本来は怯まないはずのゴーレムを無理やり怯ませ、俺の方に注意を向けさせる。
すべては、ここまで根性という精神的補助を入れてギリギリの戦闘を繰り返してきた面々を休ませるため。
ここまでくると前みたいに簡単に倒せるような相手を、用意するわけない。
鉱樹で切りかかる感触も僅かだが固くなる。
だが、切れないとは思わない。
しかし、相手の動きが洗練され、切りにくくはなってきている。
なにせこっちは随時情報を敵側に与えているのだ。
対策は早急に取られ、改善策は次々に生まれていく。
こっちができるのはその改善を上回るように能力を鍛え、相手の用意した部隊を突破することくらいだが、俺たちのやっているのは正しく鼬ごっこ。
追っては追い返しの繰り返し。
こっちが強くなれば相手も強くなる。
その繰り返しだ。
「おらぁ!! どうしたぁ!! かかってこいやぁ!!」
そして、相手が強くなるのは何も単純に強化してくるわけではない。
表面を魔法銀でコーティングされた騎士ゴーレムの腕を切り飛ばしながら、その切り飛ばした断面をちらりと見る。
魔法銀が使われているのは表面だけ、その中心は鋼が使われていた。
スエラから聞いた話で日本のコーティング技術が応用されていると言われたときは何にと思ったがこういう方面で使ってきた。
日本の技術を魔王軍が取り入れ、それを応用してきた。
発想力がすごい。
魔法的防御と、物理防御を兼ね備えた一品というわけだ。
前を向けば白と黒の軍勢がいる。
白は魔法耐性寄りのゴーレム、黒は物理耐性寄りのゴーレム。
その遥か彼方には白と黒の妃を侍らせた黄金のゴーレムがそこにいる。
物量、そして質も揃った敵はなかなか手ごわい。
それを体験しながらも俺はただひたすら敵の攻撃を俺に集め、南が打開策を考えるまで耐え続ける。
「リーダー、みんな回復が終わったでござるよ!! これから作戦を伝えるでござるよ!!」
それは思ったよりも早く来た。
「うっし俺復活っすよ!! 先輩、いつでもいけるっすよ!!」
「次郎さんばかりに任せているのも嫌だからね、ほら南早く指示しなさい!」
「いつでもいけるぞ!!」
「Let's Go!!」
策はできたと言わんばかりに、堂々と杖を掲げる様で、パーティーが回復したのを確認した俺はそのままゆっくりと鉱樹を肩に乗せ。
「接続」
ここから先は全力稼働だと言わんばかりに鉱樹の根を俺の腕に這わせる。
「おっし、行くぞお前ら!!」
防御から攻撃への転換。
俺が切り開き、海堂たちが傷を広げる。
それが俺たちの基本スタイル。
誰もが自分の役割を理解し、自分の力を飛躍させる。
さっきまで防戦一方だった戦いを攻勢に切り替え、そしてそのまま相手の牙城を切り崩す。
「おっしゃぁ!! 王様の首取ったぞ!!」
そしてボスを倒す。
その結果を手にするのは、俺一人ではできなかった。
俺は人一倍ステータスが上がっているが、万能でも無敵でも最強でもない。
どの部分でも上はいる。
だからこそ、足りない部分を補わなければいけない。
それは一朝一夕ではできない話だ。
こうも長々と語っていたが、結局なにが言いたかったかって?
ナニ、そんなにムズカシイ話ではない。
ようは。
「リーダー、これで拙者たち研修を生き残れるでござるかな?」
「……正直、私は不安ね。もう少し、進まない?」
「いや、もう一回同じ階層をクリアした方が良くないっすか? 洗い出しもそうっすけど、さっきの戦いも先輩が主軸になっているっすから、もう少し負担を減らせるようにするべきっすよ」
「あ、それ、私も思ったカモ。この階層は、次郎さん無しでもできるようになってから進んだ方がいいんじゃないカナ?」
「俺もそう思います。回復アイテムもまだありますし、集団戦を鍛えるのならここが今のところいいと思います」
「それもそうね」
「おし、話がまとまったところで」
単純に。
「もう一回、王様の首を取るために一回ダンジョン出るぞ」
準備しても準備しても研修に対しての不安が拭えないだけなんだよ。
今日の一言
今日のノルマは最低十周だな。
今回は以上となります。
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売しました。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。