228 相手にも事情があるというのは当たり前だが、真意はわからない
「こんな場所に楽団がなんか用かい? ここは祭りの舞台じゃないんだが」
あからさまに怪しい集団。
こっちが本命登場ってわけかと思い、様子見がてら声をかけてみた。
相手さんもどうやら準備万端のようだと雰囲気からわかる。
加えて、この心臓もどきをどうにかしないといけないわけだが、あいにくとその手段は俺にはない。
だが、何もできないと悟らせるのはこっちが不利になる。
なら、どうにかできるというブラフはしておいて損はない。
視線を集団に向けていたが、そっと逸らし心臓の方を見る。
だが、油断しないように気配は感じ続ける。
何かが起きればすぐに動けるようにだ。
似ているようで違うが、鬼の雰囲気は独特で分かりやすい。
一番わかりやすいのはやはりキオ教官だ。
あの鬼はとても荒々しい雰囲気を持っているのにもかかわらず、まるで噴火前の火山かのように静かだが中身に巨大な熱を持っていると相手に知らしめる雰囲気を持っている。
角を持つ鬼という種族は大なり小なりでおんなじ雰囲気を持っている。
心がまっすぐだからなのか、あるいは、単純に動きたいのか、どの鬼も奥底に熱を持っている。
それが前の集団にも感じられる。
だからだろうか、こんな声掛けをしてみたのは。
普通ならよほどの馬鹿でもない限り、こんな言葉に耳を傾け答えるような輩はいない。
では。
「我らの悲願邪魔されるわけにもいかん」
こうやって答えてくれる相手は馬鹿なのかと聞かれれば。
「悲願、悲願ねぇ」
馬鹿ではないだろうと俺は思う。
俺の言葉に答えたのは集団の先頭で笛を奏でていた鬼。
固く低く、重みを感じる声色。
聞こえた声色通り相応の年齢を重ねているのか、あるいはさっき言った悲願が関係しているのか、その言葉には何かを感じさせる。
こりゃさっきみたいに簡単にはいかないなと、表情は変えず振る舞いも変えず、けれど内面は一気にトップギアに上げる。
全力で戦って約十五分と感じる魔力から残りの時間を把握し、余所見をしている場合ではないとその集団へと体を向ける。
そいつはゆっくりと笛を降ろし、それに合わせて音も舞いも止まる。
鬼の集団をまとめる存在なのだろう。
立ち振る舞いがそうだと言わせる。
そっと、その後ろに舞っていた集団から一人が控えるように右後ろに立つ。
恋人か、副官かあるいはそれに準ずる存在か。
布のおかげで顔は見えないが衣装からそれが少女だというのはわかる。
「その神鬼の御霊に触れさせるわけにはいかん。まもなく我らが一族の悲願は成就する。邪魔立てする者は」
「する者は?」
「ここで死ね」
ああ、やはりこいつらは鬼だ。
言葉の殺意に混じり気がない。
純粋に俺を殺しに来ている。
ガツンと腹に響くようで、体を軋ませるような圧力。
だが。
なんだこの違和感。
相手は間違いなく鬼のはず、実際目の前の話している男は俺が知る鬼だと言える。
そのはずだ。
だけど何と言うか、鬼としての雰囲気が薄く感じる。
「……今、考えても仕方ないか」
その違和感も今は放っておくほかない。
相手はヤル気満々、こっちはさっきの戦いで程よく体がほぐれて準備万端。
なら何も問題ない。
「さてと、おっぱじめるか!」
ここから先は拳で語り合うだけだ。
ダンっと一歩力強く踏み込み、そして口元には笑みを携え。
邪魔なジャケットは放り捨て肩を回す。
動きやすさを重視し、武器になりそうな警棒だけ装備して、ヘルメットも捨てる。
鬼相手に使い慣れていない視界を遮るような装備は不利になる。
鉄など紙切れと一緒なんだよ。
なら重りは外しておいた方がいい。
「来るか、人間」
あからさまに戦うという意思を見せた相手の口調は堅い。
変だな。
こんな風に見せれば鬼ならむしろ喜ぶはず。
なのに、口元を緩ませるどころか、逆に眉間にしわを寄せて相手は嫌悪感を見せている。
「お相手願うぞ、鬼」
「我らを鬼と承知で挑む蛮勇、後悔するぞ」
「蛮勇結構、無謀上等、後悔させてみろってんだ」
そのことにますます違和感を感じるが、その違和感を今指摘するわけにもいかない。
こちとら、鬼に育てられた社員だ。
売られた喧嘩は買うのが道理。
「そんなつまらなそうな顔して、後悔させられるとは思わんがな!!」
相手も気合十分、各々楽器なり衣装を揺らし襲い掛かってくる。
その様子は鬼気迫ると言葉通りの態度。
その雰囲気に楽しむように口元が笑みで緩まないように気を付けつつ全力でこっちもその戦意に応える。
残りの魔力残量を気にしつつ全力で踏み込む。
接敵一番に踏み込みのタイミングも腰を回す力加減も、足から伝わって加えられた拳の威力もベストな状況での一撃。
轟音一発。
相手は鬼、手加減していたらこっちがやられる。
そう思って様子見も何もない全力で挑んでみる。
「がはぁ!?」
「あ?」
挑んでみたが……
「手ごたえがねぇな……」
興がさめるとはこのことか。
あっさりしている。
いやあっさりしすぎている。
相手もわけがわからないって顔をしている。
「何をした」
「いや、普通に殴っただけなんだが……」
それなのにあっさり先頭を走ってきた鬼を吹き飛ばし、吹き飛ばされた鬼はそこで伸びている。
正直言えばこれは本当に鬼なのか?
と疑問に思うくらい弱い。
手ごたえ的にさっきまで戦っていた人間部隊と比べれば頑丈なように感じるが、その程度でしかない。
「ああ、なるほどそういうことか」
その手ごたえからわかった。
こいつらは……
「はぁ、なるほど、残念って気持ちはこういうことか」
弱い。
そして初めて実感した。
戦いの楽しみを奪われる失望って感覚を。
「まぁいい、仕事は仕事だ」
その感情でやる気は失せたが、このまま気まぐれで帰るわけにはいかない。
あれも放っておくわけにはいかないのだから。
視線の先にある心臓のようなものを放置して帰りたい気持ちもあったが、それはできないだろうなとも思った。
なので、クキリと片手で首を鳴らすと。
「さっさと終わらすか」
仕事は短い方がいいと判断する。
どっちにしろこっちは魔力で体を強化している状態。
もし仮に魔力が無くなったら苦戦を強いられる。
なら、こういう時は早めに終わらせる。
ふと、わずかに魔力を切って戦った方が楽しいではと頭の片隅によぎったが。
何をばかなことをと頭からその思考を追い出し、楽しむという感情より効率を重視する。
「……」
物足りないという感情はある。
淡々と対処するたびにこんなのは鬼ではないと思う。
「……」
鬼なら逃げるな立ち向かえと思う。
そんなに鬼が怯えるな。
「……」
逃げはしないが及び腰になっている姿を見ていると腹の底がむかむかしてくる。
ああ、何やっているんだと叫びたくなる衝動が湧き出てくる。
「…………」
情けない情けない。
お前らは本当に鬼なのか。
あの騒がしく強欲で、傲慢で、戦いと聞けば祭りか何かだと勘違いして嬉々として前に出てくる死にたがりかと思われるような種族なのか。
「…………」
否、断じて否だと俺の心が叫んでいる。
こんな奴らが鬼であるか。
こんなモノが鬼であってたまるか。
「……………………いい加減にしろよてめぇら」
段々と情けない姿を見るたびにたまるイライラの所為で口調が荒くなってしまう。
最初の出会いこそ最悪に近かったが、なんだかんだあの教官には世話になった。
最初は暴力的だと思ったが、乱暴なだけで面倒見は良かった。
粗暴ではあったが気が優しい部分もあった。
酒癖は悪かったが、その姿はその場を楽しくしてくれていた。
何より、あの力強い背中を俺は尊敬していた。
ああ、口にはできなかったが心の中では俺はあの鬼を尊敬していた。
そんな強い鬼の姿を汚すのが同じ鬼であるお前らなのか。
「なんだその体たらく、たかが人間一人に及び腰、たかが人間一人に怯えて、終いにはたかが人間一人相手に勝てねぇと諦めるだ?」
そんなお前らを俺は鬼だと認めねぇ。
口元の笑みと一緒に強気の闘志が宿るはずの瞳は恐怖一色、岩を砕き人間の骨など簡単にへし折るはずの腕は恐怖に震え、頭から喰らい噛み砕くはずの牙は今や恐怖の音を奏でる打楽器に成り下がっている。
思えば最初から気に食わなかった。
戦うことを忌避していたこともそうだが、何よりも。
「なんだそのしけた面は、やる気あんのか?」
悲願と口にしながら、意志を貫かない情けない姿に腹が立つ。
俺の知る鬼は死んでも自分の意志を貫く。
たとえその行動が死につながろうとも、あの鬼たちは後悔なくまっすぐ前に倒れる。
それと比べてお前らはどうだ。
「貴様に我らの何がわかる」
「知るか」
何もできない。
邪魔をされれば何もできない。
たった一人立ちふさがるだけで何もできない。
路傍に転がる石につまずいて泣き叫ぶガキみたいに邪魔されただけで何もできなくなる。
「知りたくもねぇ」
煙草に火をつけ、少しでも苛立ちを抑えようとしたがあまり効果がない。
相手に文句を言いながらも鬱憤を晴らそうとしながらも鬼を鎮圧し倒し続けた結果。
鬼たちの大半はその体躯を地面に投げ出していた。
起き上がろうとする者は少しでも俺から距離を取ろうとしている。
情けない。
何たる様か。
ただ布がはがれ片膝をつきながら俺を見上げ、何かに囚われ自分の意思を感じさせない瞳で俺を睨みつける男の鬼と、その鬼の背後に寄り添ってそうで、その実隠れている怯える女の鬼。
そんな奴らの事情など知りたくもない。
吐き捨てるように言葉を出し。
もう何もできないだろうと思った俺はその脇を通り、ゆっくりと心臓にめがけて歩き始める。
「待て、何をするつもりだ!!」
「決まってんだろ。こいつをぶっ壊す」
さっきまで冷静に考えていたが、今更何を俺は気にしていたんだ。
わからねぇならわかる奴に聞くのが仕事の鉄則、自分勝手にやって失敗するのは一番仕事に携わる社会人としてやってはいけないことだ。
それは理解しているが、俺の勘がこいつは破壊したほうがいいと囁いているので、この鬱憤ごと目の前の巨大な物体にぶつけてみようと思う。
「どけ」
それを止める鬼の男に俺は一回だけ警告を飛ばす。
殴ってふっ飛ばしはしたが、ダメージ自体致命傷にはなっていない。
精々が打撲、体はきしむだろうが放っておけば治る。
だから、この警告を無視するのなら次は容赦しないという気持ちを込めて俺はただ一言命令する。
「これは我らが悲願の結晶!! それを邪魔立てされるわけには!!」
「そんな面で、悲願とかほざくな」
義務感に縋る鬼など見たくはなかった。
したくもないことを無理矢理納得させてしなくてはいけないと強迫観念にとらわれている鬼など見たくはなかった。
あの種族はもっと自由だったはずだよなと、憤りの中で見てて悲しくなった気持ちを隠し、警告を無視した鬼に向けて拳を放とうとする。
「っ! 仕方なし。榛名!! やれ!!」
「兄様!!」
だが、それは鬼の壁にふさがれた。
最後の鬼としての矜持か。
変わらず情けない格好なのにもかかわらず、男の鬼を守らんと鬼たちが立ちふさがった。
そしてわずかな時間わずかなやり取り。
俺はその拳一振りを壁を破壊することに使ってしまった。
その一瞬が致命的。
儀式の強制発動。
それをさせてしまった。
女の鬼が地面に手を当てナニかをした。
それだけで場の雰囲気が激変した。
いや。
「っち、しくじったか」
変わったのはあの心臓だ。
鼓動の音が強くなった、そして場の雰囲気を塗り替え始めやがった。
視界が暗いはずなのに、その中に紫染みた怪しげな雰囲気が混ざったように見える。
躊躇なく儀式をやったことは称賛に値するが。
「これは、まずいな」
何も考えずに起動したのはいただけないぞ。
「これで、これで我ら鬼は」
儀式がうまくいっていると思うのは構わん。
だが。
「ガハ」
「アホが」
やった後も確認しないでどうする。
通常通りやっても問題が出るんだ。
無理やり動かしてうまくいくなんて保証をだれがしてくれる。
その雰囲気に気づいているのは俺以外にいない。
「兄様?」
「面倒ごとを起こしやがって」
目の前に起こった出来事を鬼たちが理解していない。
まずい、まずいぞこれは。
さっきから頭の中で警鐘が鳴り響いてやがる。
今はこの場をなんとかしなければと再び攻撃の姿勢を取ろうとしたが。
「っち」
目の前の光景、儀式が発動したと思ったら心臓から触手が生え俺たちを襲ってきた。
その攻撃は正しく無差別、人間だから鬼だからと関係ない。
俺は全力で後ろに飛んだ。
その場に突き刺さる何か。
その突き刺さった物はどこから伸びてきたか見えたからだ。
「ぎゃああああああああああああ!?」
「ああああああああああ!?」
「あがうあおは」
その被害は俺だけではない。
心臓から飛び出してきた触手、それは近くに倒れていた鬼どもにも気絶させた人間にも突き刺さりそのまま。
「止めろ、止めてくれぇ!?」
「呆けるなアホが⁉」
心臓は鬼たちを取り込み始めた。
数十本の触手が動きが鈍くなった鬼を人を一人また一人と取り込み始める。
俺は咄嗟に近くにいた女の鬼を掴み後退した。
今の現状下手に飛び込んで助けても二次災害を起こし俺も巻き込まれる。
それ故に、その存在の誕生を許すことになった。
心臓は瞬く間に地面からエネルギーを吸い取り、鬼の体を取り込みその体を作り上げた。
四肢につながる黒鉄の鎖、その動きを封じる首輪。
それらをつけられても健在な巨躯、その巨大な肉体の頂に君臨する一本の紅い角。
まさに鬼、その体はまさに鬼。
制限されていても、その力が健在だと知らしめると言わんばかりに体を起こす巨大な鬼。
ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!
体を震わし、空気が震え、森が騒めく。
そんな鬼の咆哮に俺の額から冷や汗が流れる。
「新年の初夢が悪夢ってシャレにならねぇぞ」
新年早々厄介ごとだよ。
今日の一言
これ、マジかよ。
今回は以上となります。
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売しました。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。