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225 他人様に迷惑かけたやつに、ちと社会常識(物理)を教えに行くか

 一面に広がる闇、闇、闇。

 見渡す限り真っ黒。

 そりゃ当然か。

 何せ今は深夜二時、良い子どころか悪い奴だってそろそろ寝るかと言い始める時間帯だ。

 そんな時間にこんな場所、むしろ明るい方がおかしい。

 そんな場所という、場所の名は青木ヶ原樹海。

 この場所に当然人工的な明かりなど存在するはずもなく、あるとすれば道路沿いの街灯くらい。

 上空から見てもまるでその場所は暗闇しかないのではと錯覚するかのように真っ暗だ。

 住宅街は遥か彼方。

 その明かりはここを照らす役割を果たさない。

 獣くらいはいるだろうが、文明を頼りにした人はいないような空間。


「新年早々本当に何やってるんだか」

「ほんとにねぇ、こんなところでひっそりと、相手さんもご苦労なことだよ」

「お袋何感心してんだよ。そんな奴らのせいでこんなところに俺たちは引っ張られてきたんだぞ。俺達からすれば迷惑千万の話だろうが、なんでそんなに嬉しそうなんだ?」

「起きたことをいちいち気にしているような女に見えるかい? やられたらやり返す、ただそれだけの話じゃないか。これからそのためのお礼参りに行こうって話じゃないか。むしろ日ごろ発散できないストレスを解消できるいい機会だと思いな。そんな不貞腐れた顔しないで、楽しみなよ」

「楽しめるか、ったく」


 その空間を上空から眺める俺たち親子。

 と言っても親と子ではそこを見つめる感情に差はあるがな。

 お袋は見るからに楽しそうに、そして俺はと言えばなんでこんなことになっているんだと言わんばかりに溜息を吐く。

 防ぐためとはいえ、なぜあの時あんなことを言ってしまったんだと少し前の俺の行動を後悔する。

 だが、来てしまったのなら仕方ないと諦めつつ、覚悟は決めておく。

 ウキウキとしているお袋とは違うが、これで仕事には支障は出ない。

 そんな俺とお袋の感情の差は激しいが、一つ共通している部分がある。


「おお、結構いるねぇ」

「当然のように見えているんだな。まぁ、俺もなんとなく見えているが」


 遠くを見るとき額に手を当てるような仕草をしないだろうか?

 お袋がそんな仕草をしながら感嘆の声を上げるが、本来であればその先にあるのは暗闇の中に沈む樹海があるだけだ。

 だが、お袋はまるでそこに何かがあるかのように言っている。

 頭がおかしくなったのか? と聞けばお袋にシバキ倒されるだろう。

 もちろんそんな愚行を犯すつもりは毛頭ない。

 なにより、お袋の言葉の意味を俺は理解しているからやる意味がない。

 つまり、俺もお袋の言う視線の先にある光景、暗闇の中で隠されている光が見えているってことだ。

 樹海の中で祭りをやっているのではと思うくらい明るい一角が存在している。

 だが、ヘリに搭載されている電子機器は何も反応を示さない。

 けれども俺たちには見えている。

 すなわちその場所は隠されているということ。

 本来であれば特殊な技術によって隠蔽され、見えるはずのない場所。

 時と場合によっては痛い人認定されるような発言であったが、ここはそういう場ではない。

 むしろ、見えない方が問題がある。

 俺たち親子の視線が共通して一つの場所を見ている。

 樹海の中でも富士山側と言えばいいだろうか。

 ただ人が近づかなさそうな富士山まで出ず、されど樹海の中央ではない。

 そんな絶妙な場所に見える無数の篝火。

 そして、そこで舞う無数の人。

 ああ、言わずともわかる。

 あそこでなんらかの儀式が行われているということ。

 そして、今からそれをぶち壊しにするということ。


「さてと、ずるいとか言わんでくれよ」

「だれに言ってんだい次郎」

「見たこともない相手の首領にだよ」

「それこそ今更だよ。相手は喧嘩を売ってきたんだ。あたしらはそれを買っただけさ。容赦する必要がどこにあるんだい?」

「確かにな」


 お袋の言葉に苦笑しつつ同意しておく。

 さて、いつまでもその篝火を眺めているわけにもいかない。

 さっきも言ったが、ここに来たのはあの儀式をぶち壊すために来たんだ。


「銃って初めて持ったが、意外と軽いんだな」

「それでも重い部類に入るんだけどね。ま、息子がたくましいってのは親としてはうれしいんだけどね」


 狙撃銃ライフルをケースから取り出し、初めて扱う物をゆっくりと丁寧にそれを持ち上げる。

 その黒光りしたボディに、軽いと言ってもズッシリとした質量感を腕の中で感じる。

 見るからに厳つく、長いそのボディ。


「それにしても霧江の奴、ヘカートなんてもの用意して、家を出た私に対しての嫌味かね?」


 PGMヘカートⅡ。

 フランスのプレシジョン社が開発した狙撃銃だ。

 ギリシア神話の女神ヘカテーの名を冠する、人を殺すために特化した現代が生み出した兵器。

 そんなものを持つ日が来るのかと感心していたが、さっきの俺とお袋の感情が反転したかのようにお袋の表情は芳しくない。


「嫌味? どういうことだよ」


 どうやら用意された銃に不満があるように見えるが、動作も問題なく、これからやることに対しても問題ないように見える代物だ。

 どこに不満があるというのだろうか。


「うちの実家は神社だよ。なんでよそ様の神様の名を持った銃なんて用意するんだよって話さ」

「そういうことかよ」


 お袋の言葉でその疑問はあっという間に氷解した。

 要は精神的な不満で、遠回しの嫌がらせに不満を漏らしていたということか。


「そういうことさ。あいつ、あたしが使えなかったらどうするのよ」

「使えないのか?」

「使ったことはあるわよ。外人部隊の奴らと酒を飲みながらね」

「……何やってんだよ」


 隠すことなく呆れた表情を見せるが、お袋は気にした様子すら見せない。

 それを見て何を今更と思う。

 お袋が型破りなのは今に始まったことじゃない。

 今更お袋が銃を撃った撃たなかったで一喜一憂するような仲でもないだろうに。

 それにお袋からすれば俺も似たようなことをしたと思っているだろう。

 それが銃ではないというだけ、こんな荒事は俺も日常茶飯事。

 鉱樹で人や魔物を斬った。

 この拳で相手の骨を砕いた。

 人だけではない、多くの散らした命を俺は見てきた。


「俺も今更か」


 これからやることに感傷がないかと言われればあると言える。

 だが、悲嘆にくれるほどかと言われれば、そうではない。


「お袋、実戦で撃った経験があるのか?」

「……あるよ。旦那を守るためにね」

「……そうか」


 その感傷も親子でまさかこんなことをする日が来るとはという過去の自分なら想像もしなかった事柄に対する意味合いが強い。

 互いに黙っていても、互いの仕草がその事実を匂わせ、察せられる。

 人生何が起きるかわからないとはこのことか。

 お袋はこの地球上のどこかで。

 俺はお袋の知らない異世界で。

 本当におかしな奇縁だと思う。

 だからだろうか、俺たちの会話は少なかった。


「さて、暗い話はここまでにして、とっとと終わらせるよ」

「ああ、そうだな」


 そんな微妙な空気もこの一回のやり取りで終わる。

 親子喧嘩、それこそ口だけではなく物理的にもやった俺たち親子だ。

 互いの意図はある程度は察することができる。

 仕事を終わらせるのならそれはそれで賛成なのだ。

 渡されたライフル、ヘカートを揺らすお袋に倣い、俺も狙撃の準備をする。

 いろいろと準備をしているうちに、この銃の特徴、いや用途がわかる。

 百聞は一見に如かず、見た目こそ普通になっているが、持っていて雰囲気でわかる。

 この銃は普通ではない。

 実際事前に説明された話で、このライフルは通常のライフルと違い特殊な呪術が込められている。

 銃自体と弾丸それぞれに工夫が施され。

 本体の方には射程の向上と術式貫通。

 弾丸には結界破砕効果とジャミング。

 あの儀式の場に弾丸を届かせるには通常の銃では意味がない。

 そしてただ届かせるだけでも意味がない。

 ここまで念入りに防壁を突破するための準備をし、相手の儀式の場をかき乱さなければ意味がない。


「当たるかねぇ。なんで霧江さんもこんなもの俺に用意したんだか、お袋だけで十分だろうに」

「ブツブツ文句言うな次郎。男らしくないよ。それにこんなか弱い女性を一人で送り出すなんて、何を考えているんだい」

「か弱いってどこにいるんだよ。か弱い女性は大の男に飛び蹴りかましてふっ飛ばさねぇよ。それに文句の一つも出るわ。こんなものを渡しておいて軽い説明だけで済ませられたらな。俺、撃ち方しかわからないんだぞ。若葉マーク舐めんな」


 外しても文句言うなよと、そう言いながらもスコープを覗く。

 ベテランの狙撃手でも滞空し揺れるヘリの上、そして夜間という条件で狙撃を成功させるのは難しい。

 揺れるスコープ、おかげで景色も揺れる。

 これが長距離による対人射撃だと当たる気がしない。

 だが、一つだけ外さない例外が存在する。


「若葉マークだろうとチェリーだろうと関係ないよ。あんな馬鹿でかい的を外す方がどうにかしてるよ」


 対象が巨大であれば話が違うということだ。

 対物ライフルを抱えた俺たち親子。

 二つ並ぶ銃口の先にあるのはスコープ越しに見えるドーム状の結界。

 この弾丸はそれをぶち破るための一発。


「さて、準備はいいかい次郎」

「いつでも」


 呼吸を安定させ本当に軽く説明されただけの狙撃姿勢をとる。

 腹這いになり、銃底を肩に当てる。

 耳を守るためのイヤーマフを装着し、スコープを覗き込む。

 広いヘリの機内で親子二人並んでの狙撃。

 互いの呼吸はなんとなくではあるが感じ取れる。

 だからだろうか、俺たちは合図もなしにすっと息を止めそっと引き金に指が伸び、そして優しくされど力を込めてその引き金を引いた。

 ガツンと肩に衝撃が走り、弾丸が放たれたのを感じる。


「……さてと、次行くよ次」

「おいおい、着弾見なくていいのか?」


 残身というわけではないが、撃った後の結果を見ずにお袋はすっと立ち上がった。

 俺はその行動に呆れて物申すが。


「何言ってんだい。あたしが外すわけないだろ」


 視界の先、俺たちが放った弾丸が結界を打ち破った。

 紫電がほとばしり、一瞬だけ樹海が照らされたかと思うと、今度は一か所だけ明るくなった場所が現れた。


「あんただってしっかり当ててるじゃないか」

「ビギナーズラックってやつだよ」

「なら、今度あたしが海兵隊の奴に教わった訓練で仕込んでやろうか?」

「勘弁してくれ」


 それを確認し、俺たちは装備を身に着け、今度はヘリからつるされたロープで樹海に降り立つ。

 どこかの漫画であったなら、ここは巫女装束や刀を持った輩がいそうな雰囲気であったが、俺たちの装備はまるっきり現代。

 暗視スコープに防弾チョッキ、暗闇に紛れ込むような暗色の装備。

 手に持っているのは小銃、腰にはハンドガン、予備の弾倉にナイフ。

 まるっきり特殊部隊の風体だ。


「先導するよ、ついてきな」

「了解」


 お袋にとっては慣れた行動なのだろう。

 闇夜の樹海を獣のような身軽さで舗装されていない道を進む。

 俺も俺でダンジョンで似たような道を進んでいるので、苦も無くお袋についていく。

 距離にして二キロほどだろうか、月明かりもこの樹海では届かず、暗視スコープの視界を頼りに目的地に進む。

 時間にして二十分ほどだろうか。


「大騒ぎになってるなぁ」

「そうねぇ」

「あそこに突撃するのか?」

「しないよ」

「安心したよ」


 森の奥、暗視スコープがいらない距離で明かりが見え、俺たちは茂みに隠れ様子をうかがう。

 もともとあの弾頭は儀式を妨害するための弾。

 おかげで陰陽師のような恰好をした集団は右往左往。

 各地から集めていたエネルギー供給が止まり、その復旧に追われていた。

 その様子を遠目で見て、可能なら鎮圧しろとのお達し。

 増援要請を送ってはいるが、時間はかかるだろう。


「それならどうする? 応援を待つか」

「あの様子だと待っている時間はなさそうだね。儀式が完成しないようにぶっ放したけど、それもしばらくすれば復旧するだろうね。それまでに致命傷を与えたいところだけど」

「俺たちだけでやるしかないわけか。人手不足も極まれりってやつか」

「ない物ねだりしても仕方ないよ、ま、あるものは使うけど」

「どうするつもりだ?」


 このまま指をくわえてみているわけにもいかず。

 かといってこんな特殊部隊のような行動をした経験のない俺にとってこれからお袋がする行動は予測がつかない。


「おいおい」


 ごそごそと荷物をあさり、お袋が持ち出した代物に俺は呆れるしかない。


「あいつらに因果応報ってやつを味わってもらおうじゃないか」


 粘土のような代物。

 それは詳しくない俺でもわかる代物。

 お袋は笑顔でそれをこねくり回し、そして鼻歌を歌いながら俺に言う。


「さて次郎、あたしはここで準備するから適当に体格が似てる奴らを二人さらって、服をかっぱらってきな」


 さらりと誘拐を俺に指示し、そして俺はその姿を見て思う。

 手慣れているなと。



 今日の一言

 自分の母親の姿を垣間見て、子供のころに見なくてよかったと思った。


今回は以上となります。

毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売しました。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。

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