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222 一難去ってまた一難なら、まとめてきてほしいと思う時がある

「行くよ、次郎」

「了解」


 年明けのカウントダウンがつい数時間前に過ぎたばかりだというのに、今度は作戦開始のカウントダウンが耳に響く。

 種類は違うカウントにまたかよと苦笑しながら思ったが、言葉は胸に秘めて、右耳に装着したイヤーマイクから聞こえてくるカウントダウンに合わせて俺は体を宙に投げ出す。

 ヘリから身を投げ出した途端に浮遊感を覚え、そして体は重力に従ってそのまま落下する。

 当然そのまま減速するわけもなくグングンと加速し、このままいけば明るい広場に突撃し残酷な結果を残すことになる。

 背中にはパラシュートといった落下用の機材は一切ない。

 少しでも身軽に、そしてこの後の行動を迅速にできるようにと最小限の装備にした結果がこれだ。

 だからといってこのまま何もせず落下し続けるわけではない。


『電力切断』


 目視で地面との距離を測っている最中に、イヤーマイクから音声が流れ、そして先ほどまで明るかった光景はがくんと音がするように一気に暗くなった。

 予定通り照明の電力を落としたようだ。

 下は今頃大騒ぎか、これでもう後戻りはできない。

 そして、ここからは感覚だよりだ。


『作戦開始』


 同時に再びイヤーマイクから声が聞こえる。

 その間にも俺は地面と接触しそうになるが、心の中で地面に着地する時間を数えていてそのタイミングはピッタリだった。

 そのまま流れるように着地の衝撃を殺す。

 足から膝、そして肩にひじと順番に転がし頭部を庇いながら衝撃を分散し着地に成功する。

 練習もくそもない、ぶっつけ本番。

 だが、体をどう動かせばなにができるかという昨年の経験がその技を可能にした。

 我ながら人間辞めたなと思う瞬間であった。

 まぁ、お袋も平気でこなしているあたり経験すればできるという技なのだろうかとも疑問に思うが、今は。


「……」


 余計なことを考えるのは後回しにして、やるべきことに集中する。

 着地音は限界まで消したが音が出ていないわけではない。

 何かに気づいた人はいるはずと周囲を見回す。

 暗視スコープの先にはうろたえる一般人とスイッチを押すべきか押さざるべきかと悩む犯人グループの姿が映る。

 その光景を見つつ、このままじっとしていてもしょうがないと加速と念じ足元が反応したのを感じたのと同時に俺は全力で駆け出す。

 風を切るではなく、風を貫き、突風のごとく走り抜けそのまま犯人グループの一人に走り寄る。

 と言っても、奴らの間隔は狭い。

 二メートルも離れていない位置に他にもいるのだ。

 迅速にこの暗闇になれる前に、そして主犯格の指示が出る前に片づける。


「うっ」


 相手が悩んでいるうちに一人でも多く倒す。

 そして相手を倒す方法。

 今回の場合、意識を落とし無力化する方法はいろいろとあるが、一番早いのはその息の根を止める即死系の技。

 だが、それは今回使えない。

 霧江さんからも最後の手段とNGは出されていないが避けるように言われている。

 ならスタンガンといった電気を使った武装も上がるが、これは爆弾に電子機器が使用されているため、起爆部分に影響が出かねないため使えない。

 かといって首筋を叩いて気絶するなんて映画みたいな芸当はあいにくと使えない。

 正確に言えば脊髄を砕くようなやり方で殺さず後遺症を残す形でならできるがそれはさすがにむごい。

 かといって締め技で一人一人丁寧に締め落としていては時間もかかる。

 ならどうやるかと言えば。


「っつあ」


 こっちはファンタジー組織だ。

 物理的な技だけに頼る必要はない。

 ああ、言うまでもなく意外と都合のいいものが存在する。

 うちで言えば、スエラやメモリアといった魔法を使えるメンバーが睡眠に誘う魔法とかを行使したり、催眠で意識を喪失させたりと魔法でどうにかするだろう。

 それに類似した代物が、日本にもあったわけだ。

 今も一人崩れ落ち、寝息が聞こえる。

 その顔には札が貼られている。

 札。

 陰陽師が使うような術式を描かれた消耗品だ。

 用途によってさまざまな文様が描かれるが、今回用意されたのはその中でも下級の代物。

 量産性に優れ、使用頻度も高い代物だ。

 俺の手にもそれと同じ代物がある。

 霧江さんが用意した眠らせる札、陰陽道に携わるものなら初歩的な札で能力者相手にはあまり効果がないらしいが素人相手にはこのような効果が出せる。

 それこそ多少張り手で顔を叩こうが目は覚まさないくらいに強力な睡眠効果がある。

 たまに不眠症の人も使っていると聞いたときは、医療用かと内心で笑ったもんだ。

 おかげで少々手荒になるが、強めにその札をキョンシーのように顔に貼り付けることができる。

 高速で接近し振り向きざまに一発。

 仮に攻撃のそぶりを見せても潜り抜け一撃を入れれば問題ない。

 そうすれば後は強制的に眠らせることができる。

 それだけの簡単な作業。

 これならだれでもできるから俺である必要がないのではと思えるほどだ。

 だが、お袋の予感もある。

 油断はできない。


「なんだ、何が起きている!?」


 いかにも中年のサラリーマンといった感じの風体の男がおろおろと周りを見回しているがその手には爆弾のスイッチが握られている。

 回りが爆発しないから、自分も爆発しないと言ったところか。


「いっ!?」


 しかし、ガタガタと震えるその姿は何かの拍子で押してしまいそうな雰囲気がある。

 それは避けるべきだ。

 小石を手早く拾いその手にめがけて投げつける。

 手の甲に当てスイッチが離れたのを確認しそのまま顔面に札を貼り付ける。

 これで四人目。

 このままいけば、十秒もしないうちにどうにか制圧できそうだ。

 こちらの姿を捉えている者はいない。

 ならばと迅速に制圧を続ける。

 銃声も打撃音も響かせず、響かせたとしてもその音よりも早く、誰よりも早く駆け抜け次々に制圧する。


「同志よ!!」


 だが、一人この闇の中でも何をすべきかを理解していた人物がいたようだ。


「闇を照らすのだ! 同志たち与えられた聖炎が、この大地を……」


 これが何を意味するか、この場にいる誰もが理解する。

 そして、その男の手に握られたものがこの爆弾を起爆するスイッチであることを理解している。

 だが俺はこのタイミングを待っていた。

 今回の事件、まず間違いなく最初に制圧すべきなのはこの演説をしていた男である。

 だがこの暗闇、おおよその位置を把握していても一度視界から離れれば見つけるのは少々面倒だ。

 けれでも見失わないように一応近くに着地した。

 そして、視界の端には留めていたのだ。

 ならば、最初に制圧すべきだろうと思われるが、それだけではだめだったのだ。


『今回の騒動、あの主犯に見える男が計画したものではないでしょう』


 霧江さんはあの狂信めいた演説は本音かもしれないが、この計画や資材を準備できたとは思っていなかったようだ。

 調べれば調べるほど、確認できた人が一般人と大差ないことが判明し、演説をしている主犯格の男も怪しげな宗教団体に入っているだけで、それ以外は個人経営をしているだけの男だった。

 その経営も怪しげなものを取り扱っているわけではないようだ。

 ならば、裏で糸を引いた存在がいるはずと、可能であれば少し泳がせてその裏を探ってほしいと霧江さんは言う。

 だからわかりやすい位置の犯人グループを制圧していたわけだ。

 突然のトラブルその騒動の中、犯人を泳がせ、上空で待機している監視がその裏を探し、俺かお袋が制圧に向かう。

 主犯格が誰かに連絡を取ったり、何かを確認するかのような仕草がでれば御の字。

 ほんの十数秒しかない時間であったが、チャンスであったには違いない。

 しかし、そのチャンスも空振りに終わってしまった。

 相手の方が上手なのか、それとも今回の騒動を計画した存在はいないのか制限時間が来てしまった。

 相手は爆弾を起爆する気満々、そうなったからにはしょうがない。


「制圧する」


 ただ一言だけ通信先に述べて、神具の力を最大限に発動させる。

 後のことを考えるなら余力を残すべきなのだが、相手は今にもスイッチを押しそうな雰囲気、一秒一瞬が命取りになりそうなタイミング。

 余裕はない。

 だから全力で駆け出す。

 近接戦を繰り返していると、時間の流れが遅くなる、いや自分の意識が加速するような感覚を身に着けられた。

 今回もそうだ、意識を集中させ、さらに感覚を研ぎ澄ませると、俺の目の前の光景はゆっくりとした流れになり始める。

 スポーツ選手で言うゾーンに入ったというのだろう。

 やると決めた。

 それだけで時間の流れが遅くなったような感覚が身を身に纏い、そして演説をしている男の口がゆっくりになっていく。


「ぐほぁ、み、こ、さ、ま」


 そして、それは俺の中で遅いだけであって相手からすれば一瞬。

 神具によって加速し、影となった俺の拳が恍惚な笑みを浮かべていた男の表情をその一瞬で苦悶の表情へと姿を変える。

 ゴキリと俺の左手が主犯格の手首を砕き、右手が男の腹に抉りこまれる。

 たったこの二つの出来事。

 左手から零れ落ちたスイッチをつかみ取り、崩れ落ち動かなくなったのを確認したら次はその取り巻きに襲い掛かる。

 主犯格がいきなり再起不能になったのだ。

 狂信者というのは頭を失うともろい。

 それは、だれも考えないからだ。

 あの人の言葉は正しい、あの人の言葉に従ってればいいのだ。

 従順で盲目で妄信、この三つの要素は人に思考するという行為を放棄させる。

 だから、自分で何をすればいいかわからなくなるのだ。

 仲間の意思を継ぐことも、今回の騒動を成就させるための起爆スイッチを押すこともしない。

 そんな相手は木偶の坊と大差ない。

 指示を出し、それを聞こうと受けの姿勢を取って指令が中断されたのならなおのことだ。

 呆然と立つ相手には駆け寄り、基本的に手首を主に狙い、スイッチを押させないように気を配りながら制圧して回り、最後の一人の手首を折り、顔面に札を貼り付けてようやく作業が終わる。

 そして周囲を見渡す。

 ここはイベントでの舞台になっている。

 遠目でお袋が手を振り、無事を伝え他の方面に着地した人員も無事制圧が完了したみたいだ。

 ほうと、安堵のため息が出るのは仕方がない。

 仕事用の意識に切り替えていたとはいえ、緊張しないわけではない。

 気を緩ませているわけでもなく、軽く呼吸を整える程度の感覚。

 そして、その間も警戒はするがどうやら無事鎮圧できたみたいだ。

 その雰囲気は周りにも伝わったのか、身を縮こませ静かにしていた一般人からもざわめきが流れてくる。

 そろそろ電気の方も復旧される。

 ならば長居は無用と、この主犯の男の装備を外し引きずりこの場を後にしよう。


「あ、あの警察の方ですか?」


 そう思ったが、恐る恐る俺に話しかける声が聞こえる。

 そちらを見れば、舞台の上で一塊になっている集団が見えた。

 暗視スコープに移るその姿はテレビのスタッフ、そして俺でも顔くらいは見たことのある有名人の集団がいた。

 その中の一人のアナウンサーだろうか。

 俺でも知っている人が俺の方を見ていた。

 さっきの戦闘がいきなり静かになったと思ったら暗闇でのうめき声が聞こえる。

 何かがあったと思うのは普通だ。

 胸元で手を握り、勇気を出して声をかけたのだろう。


「そうです。犯人は押さえました。もう少し待てば明かりも復旧しますので。安心してください」


 本当は違うのだが、ここで違うと言っては余計に混乱を生む。

 安心させるためにもマスク越しでくぐもった声で悪いがそういうことにさせてもらおう。


「よかった」

「おれたち助かったんだ」


 俺が警察関係者だというのを知ってか、それとも犯人が制圧されたことを知ったからか。

 最初に聞こえた女性の声を最初に事件が解決したんだと思った面々の声が響き始める。

 テロリストに襲われたのだからそれも仕方ないだろう。


「安全のためもうしばらくじっとしていてください。まだ犯人が潜んでいるかもしれないので」


 その安心感に水を差すのもどうかと思うが、このままいくと辺りを歩き回りそうな雰囲気があったから一応釘はさしておく。

 俺の姿を見られるのも問題だからな。


『各員、撤収を始めてください。三分後に電力が復旧されます。それまでに指定されたポイントに移動を犯人は札で動きを封じておいてください。警察が捕縛します』

「了解しました」


 イヤーマイクから聞こえてくる指示に従い。

 他のメンバーが返事をした後に俺も応える。

 ふぅと、安堵の溜息を吐き、結局お袋の予感も外れたかと思った。


「ハハ」


 そんな時だった。

 指示を受け、いまだうめき声をあげる主犯格に札を張り意識を刈り取ったときに俺の耳にその笑い声は聞こえてきた。

 空耳かとも思えるほどかすかな笑い声、けれども俺のなかでその笑い声を聞き逃すなと言う警鐘が鳴り響く。


「!」


 聞こえたのは偶然か、それとも鍛えていたおかげか。

 どっちでもいい、その音源を探るべくその笑い声の方向を見れば安堵し互いの安全を喜び合っている有名人グループの反対、ちょうど彼らを挟んだ向こう側にきらめく光が見えた。


「っつ、おいおいおい、だれだよ。お前」


 咄嗟に動けたのは僥倖だった。

 ヌルリと滑らかに動き、煌めいた光の正体に割り込んだ。

 手の甲、鉄板入りのプロテクター越しに感じる衝撃に顔をゆがめながらその顔を見る。

 暗闇なのにわかるほど爛々と輝く瞳、そして三日月のような笑み。

 ああ、わかってる。

 声をかけてみたが、期待はしていない。

 ギョロリと普通ならそんな動きはしないだろう瞳の動きで俺の顔を捉えた仕草を見て返答どころか会話すら期待しない方がいいだろうと思う。


『次郎! 気をつけな! 変なのが混じってる』

「ああ、今、面と向かってるところだよ」


 お袋の警告を聞き流しながら、そっと視線を周囲に散らす。

 目の前の存在と同じ、ゆらりと幽鬼のように立つ姿、さっきの狂信者の比じゃないほど狂った瞳。

 そんな存在があちらこちらに現れ、それに重なるように悲鳴が響く。


「おらぁ!」


 左手で降り下ろされ今もなお押し込もうと力を加えられている小太刀に加減などなかった。

 カチカチと揺れる音がするだけで、その凶器を離すという気配はみじんもない。

 俺が庇わなければ、後ろのアナウンサーは血に沈んでいた。

 そんな狂気の混じった気迫を感じ取れる。

 ったく、爆弾がだめなら、次は実力行使ってわけか。


「贄を、この地に、贄を」


 そんな目の前の男がブツブツと何かを言っているが、その言葉自体に意味はないだろうと思う。

 しかし、なんでこいつらはこんなタイミングで現れた?

 どうせなら爆弾持っていて隠れて爆発すれば効率がいいのはずなのに。


「違う、こいつら恐怖を煽ってるのか?」


 そちらの方が良く、俺たちの不意も打てただろうにと思うが、すぐに相手の目的が違うことに気づく。

 そしてそんなことを思っている間にも一人、また一人と立ち上がる存在が出てきて、その片手には凶器が握られている。


「ちくしょう!」


 それがどこに振り下ろされるかなんて火を見るよりも明らか。

 爆弾を制圧すれば終わりじゃなかったのかよと、今度はこの人質を庇いながらの戦いに身を投じることになった。

 そして。


「お袋の勘が当たったわけか」


 今回の騒動は相当根が深いことを俺は実感した。


 今日の一言

 慣れないことをするもんじゃない。


今回は以上となります。

毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売しました。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。

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