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219 休日出勤は勘弁だが、背中を押され、待っていてくれるのなら頑張るしかない。

 お袋の話を聞く限り時間は少ない。

 なら言われる前に動き最善を尽くす、それがベスト。

 の、はずなのだが……


「……お袋、その締め上げる仕事は警察の仕事だろうが」

『そんなことわかってるよ』


 あまりにも場違い、あまりにもの管轄外、どう見ても表向きは一般人である俺が手を出せる案件ではない。

 そう思っていた俺であったが、どう考えてもこのお袋、防弾チョッキだけ着て特殊警棒片手に殴り込みをしそうな雰囲気だ。

 いや、正直言えば俺もお袋もそこらの特殊部隊並に動けるかもしれない。

 それだけ鍛え、それだけの命のやり取りはしてきたつもりだ。

 だが、だからこそ安易に引き受けてはならない。

 お袋は簡単だと言っているが、こちとら出産前とはいえ子持ちの身、スエラを未亡人にするわけにもいかず安全は確保できるだけ確保したい。

 そう思い管轄外だと冷静に指摘すれば。


『けれどね、その警察が頼りにならないからうちらに話が来たんでしょ。何言ってんのあんた』

「俺からすれば、なんで俺が介入しないといけないって話だがな、あれだ。そういったプロがいるだろう。特殊部隊とか、こういったときに交渉する……そうネゴシエイターだったか? 今もやってるだろう」


 お袋の要請故、手伝わないつもりはないが、まさか実行部隊に入れられるとは思ってなかった。

 俺としては何かの手伝いで駆り出されるかと思っていたが、認識が甘かった。

 火中の栗を拾いに行く主役の手伝いどころか、火中に飛び込むことになろうとは。

 そもそも何度も言うが俺もお袋も表向きは一般人のはず、なぜこんな事件に駆り出されることになったのか。

 テレビの向こうにはちらほらと警備隊の姿とリーダー格の男と話をする防弾チョッキを着た男の姿が見える。

 こういったデリケートな内容はプロに任せるのが鉄則、素人が出る幕はないはずだ。


『ネゴシエイターの引き延ばしと言うか、無駄話も効かないみたいよ』

「無駄話言うな、無駄と税金分の仕事はしてるだろうが」


 だが、そのプロもだいぶ苦戦しているようだ。

 テレビの向こうはさっきの演説している犯人と会話をしようと努力している中年の男性がいた。

 だが、会話ができているようでできていない会話しか繰り広げられていない。

 犯人側はウキウキと語り、警察側の人間はゲッソリと疲れ始めている。

 頭逝ってる奴と話すのは大変だなぁと他人事に思いながら、他人事にならない方の話を進める。

 あの光景を見ているとお袋の言っていることは間違いではない。

 そして。うちのお袋はあくまでやる気、いやヤル気満々であった。

 サラリーマンがテロリストに挑みかかる。

 どこぞの漫画かアニメかと言いたいが、あいにくと俺もサラリーマンとは口が裂けても言えない職種になったし、お袋もお袋で今更、銃や爆弾程度でひるみはしない程度の場数は踏んでいる。

 ……冷静に考えてみると職種とやっている内容で親子だという接点を感じるのはどうかと思う。


「わかったが、問題はいくつもあるぞ。仮に俺がやるとして、まず第一、この爆弾とかどうするんだよ。方法でもあるのか? 人質見捨てて神風特攻とか絶対ごめん被るぞ」


 魔力のある状態なら高速で動き回ることはできるが、それでも瞬く間に数十人の人間を気絶させられるかと言われれば怪しい。

 人外の領域に足を踏み入れている認識はあるが、あくまで魔力があること前提、魔力のないおれでは精々鍛えてある人間程度。

 オリンピックのメダリスト以上の速度を出すのは無理だ。

 一人や二人を鎮圧できても焼け石に水、この光景が火の海どころか血の海になる。

 それをわからない無謀な母親だとは思わないが……


『そうよねぇあたしもいやだわ。あんたの所の戦力借りられない?』

「……借りられるわけねぇだろ」


 一瞬、教官二人なら楽しそうに外出しそうな光景を想像してしまった。

 そして同時に楽しそうにテロリストたちも地面に沈める光景も想像してしまった。

 それを追い出すように頭を振り、そっと視線を逸らすと通話が聞こえているスエラが優しく首を振ることで無理だと教えてくれる。

 これで仮に大丈夫だと言われたら言われたで問題であったが、当然の回答に安堵しつつ、次に出てくるお袋の返答を待つ。


『はぁ、仕方ないねぇ。知り合いの特殊部隊でも借りるかねぇ。頑張れば、きっと来てくれるし』

「まて、待つんだお袋早まるな。と言うか、なんで来てくれるって確信してるんだよ。どんな交友関係持ってんだよ、少なくとも自由の国じゃないよな?」

『さぁどこだろうね。心当たりならいくつかあるんだよ。この歳になるまで世界中飛び回ってると海兵隊くらいなら知り合いになれんだよ』

「なれるか!」


 思わず突っ込んでしまったがそれも当然だろう。

 自分の母親が海外の特殊部隊借りられるくらいのコネを持っていると聞いて冷静でいられるか、と自問自答してみたが、何を今更という自分の心が表に出てきて素直に受け止められた。

 ……ああ、お袋ならあり得るな。

 咄嗟に叫んでしまったが、お袋ならできると思ってしまっている自分がいることに気づく。

 そして知り合うまでの流れ、酒が飲みたいと酒場に行きそこで黒人の男性と肩を叩き笑っているお袋の姿が目に浮かぶ。


「大体そんなもの呼んだら国際問題になるだろうが!」

『あー、それがあったか。ったく、面倒だなぁこの世界は』

「さきに思い至れ、俺は母親の無茶を止めてくれるくらいうまくできている世界だと感謝しているよ」


 まぁ、ここまで言えばさすがのお袋も強引に呼び寄せることはしないだろう。

 いくら友情的に問題なくても国際的に無理だ。

 外聞上はここは平和の国日本、ドンパチ銃火器撃ち交わす場所ではないはずだ。

 特殊部隊の派遣、いや、下手をすれば裏社会の特殊部隊上がりの傭兵くらいは呼び寄せそうなお袋でもそこら辺の分別はあるだろう。


『はぁ、なら妹と一緒に動くしかないかぁ』

「なんだ、最初から戦力があるならそれに頼ればいいじゃないか」

『あたしが嫌なんだよ。あいつに会うってなると気が重くて仕方ないのよ。だからあんたに連絡してんだよ』

「? おばさんとお袋そんなに仲悪かったか?」

『跡取り押し付けてめっちゃ恨まれてる』

「お袋の自業自得だろ」


 お袋には一回り離れた妹がいる。

 俺とも歳は近く、歳の離れた姉のような人だ。

 俺からすれば叔母なのだが……俺も数える程度しか会ったことがない。

 と言うより、お袋はお袋の親族に俺を会わせたがらない。

 子供のころ不思議に思い聞いたことがあったが。


『面倒なことになるんだよ。安心しな、あんな奴らに頼んなくてもあんたは立派に育ててみせるから』


 今だからこそ言える、女傑と言えるような強い笑みで当時の俺の頭を荒っぽく撫でていたのが印象的だったと。

 そんなんでも、何度か叔母のいる実家に足を運んだことがあり、その時に会ったこともある。

 お袋とは対照的で物静かというかお淑やかと言うべきか、動のお袋と静の叔母、と並べられるくらいに対極的な人だ。

 お袋と仲が悪いなら俺のこともよく思っていないだろうなと今なら思うが、昔は普通に菓子を貰ったり一緒に遊んだりと普通の親戚関係だったような気がする。

 そして、お袋の発言で叔母は俺のことは恨んでいないがお袋のことは恨んでいるというのはよくわかった。

 まったく、わが母のハチャメチャぶりは今に始まったことではないということか。


「ったく、戦力があるならなおのこと俺が行く必要はないだろう」

『馬鹿言ってんじゃないよ。あんな気まずいところにあたし一人で行けるかってんだ。あんたがいれば霧江きりえも大人しくなるんだよ』

「緩衝材ってことか」

『それだけじゃないけどね。あたしの勘じゃあんたがいた方がいいって思ってるんだよ。卑怯な言葉になるけど、正直この山かなりヤバいって思ってる。あたしは問題ないかもしれないけど、あんたがいないと結構な数の一般人が死ぬと思うよ』

「……それは勘か?」

『ああ、あたしの勘さ。絶対じゃない』


 お袋としても、こんな言い方はしたくなかっただろう。

 最初はカラカラと笑うように冗談交じりで会話をしていたが、最後の言葉だけは遊びもなく真剣な口調になっていた。

 そんな時のお袋は、本当にまずい時だけだ。

 それを知っている俺は。


「……どこに行けばいい?」

「次郎さん」


 重い腰を上げる。

 やらないと、俺が出しゃばっていい場所ではないと言い聞かせていた重りを解き、俺は動くことを決める。

 一般人という言葉を聞いた時、脳裏に海堂や南、北宮に勝、あの場にいる奴らが血の海に横たわる光景がよぎった。

 あくまで可能性の話ではあるが、ゼロではない。

 その事実を覆すことができると理解した俺は立ち上がる。

 それを止めるようにスエラが俺の名を呼ぶ。


『……悪いねスエラさん。帰りを待つ辛さはあたしも知ってるつもりだけどね。今回ばかりは本当にヤバいんだ。でもね最低でも、この子だけは無事に返すって約束するからさ。見逃してくれないかい』

「……いえ、海堂さんたちが巻き込まれている時点でこのようになるかもとは思っていました。ですけど」

『わかってるよ。これは次郎が首を突っ込む問題じゃないって、謝ってすむ問題じゃないってのもわかってるよ。だからね、無事に帰ってきておばさんに謝らせておくれ。あたしも、初孫抱かずして死ぬつもりはないからね』


 それを申し訳なさそうにしてもお袋ははっきりとモノを言う。


「はい。お待ちしております」

「すまん、スエラ」

『……』


 そっと彼女を抱きしめるとスエラは抱き返し、それに合わせてメモリアとヒミクも抱き着いてくる。

 その間、スマホの向こう側にいるお袋は静かだった。


『すまないけど、時間もない。次郎こっちに来ておくれ、迎えはもう向かってるから』


 数分間、互いに体温を感じるだけの時間。

 俺たちは黙って抱きしめあっていたが、時間も押している。

 装備を持っていくわけにはいかない俺は、お袋の言葉を機にゆっくりと離し動きやすい格好に着替え出かける準備を整える。


「ご武運を」

「主、待っているぞ」

「行ってくる」


 玄関先に見送ってくれるメモリアとヒミク。

 スエラは部屋の奥に行ってしまいこの場にはいない。

 さすがに今回ばかりは呆れられたかとも思った。

 そのことに苦笑し、すまないともありがとうも言わずただ出かけることだけを告げそのまま行こうとした。


「次郎さん! これを」


 だが奥からトトトと小走りでおなかを庇いながら玄関に出てきたスエラの言葉に振り返る。

 スエラの手には木製のペンダントが握られている。


「これは」

「私たち職員が社外で活動するためのマジックアイテムです」


 前に縁日にスエラとデートしたときに使った奴か。


「私の魔力を込めておきました。いざという時に使えば一時的ですが魔紋の活動状態が魔力下のような状態にすることができます。武器も防具も持ち出せませんが、せめてこれを」

「いいのか?」

「始末書一枚で次郎さんの危険が減るなら問題ありません」


 本来であれば無許可で社外にこんなものを持ち出すのは問題がある。

 おまけに、これから会うのはこの世界、日本に存在するかもしれない神秘側の組織だ。

 バレたら事だろう。

 それを承知でスエラは持っていってほしいという。

 始末書どころの問題ではないはず。


「でしたら、こちらも」


 そういって受け取るのを俺が迷っていると、スエラが差し出している手に重なるようにメモリアが手のひらを置き魔力を込め始める。


「スエラ一人の魔力に加え、私の魔力もあれば安全性も高まるでしょう」

「む、ずるいぞ二人とも私の魔力も込めさせてくれ」


 そしてメモリアが注ぎ終われば次はヒミクがと魔力を込める。

 そして、込め終えたら、そっとスエラが差し出してくる。


「ったく、俺も帰ったら始末書か」

「はい、ですのでお早いお帰りを」

「ああ」


 そんなものを受け取らないわけにはいかず、苦笑一つ、照れ隠しの言葉を言いそっと受け取る。


「行ってくる」

「「「いってらしゃい」」」


 さて、休日出勤としゃれこむとしましょうかね。



 今日の一言

 手早く済ませて早めに帰るとしますかね。


今回は以上となります。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売しました。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 母親と次郎の会話が長い
2020/04/05 07:50 ヨシマックス
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