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218 何をするかではない。何ができるかを見極めろ。

 先ほどまで穏やかだった部屋の空気は一気に凍り付いた。

 穏やかだった目元は少し鋭くなり、のんびりとしていた思考は今は仕事中に使うように早く、入ってくる情報を精査し下準備を整えている。

 スイッチが切り替わったと言えばいいだろうか、頭の中がすっきりとした。

 テレビの向こうではテロリストグループのリーダーがいろいろと言っているが、そのすべてが頭が逝っているとしか思えないような発言ばかりだ。

 理路整然とは程遠い、


『我々は見たのだ! 神をも超えるあのお姿を! 我々の行動はあのお方のためにある!』


 酔っている。

 もしくは狂っていると言った方がいいだろうか。

 酔っているのなら自己陶酔、狂っているのなら狂信。

 何かのために何かを犠牲にするというのはよくある話だ。

 だが、それはあくまで自己範疇で行われられなければならない。

 他者に犠牲を求めた段階で、それは犠牲ではなく害悪へとなり替わる。

 画面の中で自分は正しいとうそぶいている男の思考は一般人には理解できない。

 少なくとも俺は理解できないな。


『この世界は穢れてしまったのだ!! 我々はこれを浄化せねばならぬ!! そのためには儀式が必要なのだ!』

「……」


 さっきからピィピィうるさいと思いつつも画面からは目をそらさない。

 少しでも有益な情報を得るために必要だとわかっているからだ。

 だが、時間は深夜を過ぎている。

 眠気も感じる。

 頭痛がしないのは幸いではあるが、気が重たくはなる。

 さっきまで部屋にあった穏やかな空気はなくなり、ピリピリとした空気とまではいかないが緊張した空気がリビングを覆う。


「はい、はい、こちらは待機という形を」


 テロ行為に海堂たちが巻き込まれたという段階で、深夜ではあるが緊急事案ということでスエラが念話で監督官に連絡を入れている。

 おそらくだが、テスターである海堂たちが巻き込まれてはいるが、会社がこの事件に対して直接介入することはまずありえないだろうな。

 アメリアの時と違い場所は日本、魔王軍が介入できる範囲を超えてしまっている。

 スエラの言う待機というのは様子見というのも兼ねているだろう。


「幸か不幸か、経験っていうのは何に役立つかわからんな」

「今回は幸いと言っていいでしょう」

「メモリア」

「また、自分で解決しようとしていますね。次郎さんの悪いところですよ」


 その様子見もすぐにどうこうならないからという根拠があるからだ。

 普通ならすぐに行動を起こさねばという判断基準が来るが、何か起きても一定の時間は稼げるという安心感があることは大きい。

 戦闘経験があるただこの一つの経験ゆえに。

 そのおかげで何かあったときの対処もできるだろうし、海堂たちなら若い世代でよくみられる独善的な正義感で暴走する心配もない。

 経験によって自分ができることとできないことの基準と区別が備わってもいる。

 だからこそ、力を過信せず感情を制御し個人の感情では動かない。

 テレビの画面の向こうで何も起きていないというのはそういうことだ。

 情報を集めた方がいいと判断した。

 

「問題は他の方か‥‥」

「そうですね、海堂さんたちは大丈夫でも他の方は」

「ああ」


 心配しているのは海堂たちではなく、こんなテロリストに巻き込まれている一般人の方だ。

 おそらく海堂たちの周囲の人間は海堂たちがなだめるだろうが、その範囲から外れてしまった人間までは移動が制限されている段階でカバーができない。

 全員がとは言わないが、あの場にいた大半は戦うという行為も、暴力に抗うという行為も経験したことはないだろう。

 海堂たちが特殊であって、訓練など受けたことがないのが大半。

 一般人に戦えなど、いつの時代だと言われるだろうな。

 だからこそ俺から見ればあの空間はいつ爆発してもおかしくない爆弾に見える。

 動転、緊張、恐怖、不安、そしてそれらの要素を拭い去ろうと改善を目指し正義感を振るう精神。

 すべてではないが、このどれかは一般人に備わっているものだ。

 恐怖で縮こまるのならまだいい、不安を押し殺すのなら落ち着いている証拠。

 だが、自分に何ができるかと考えだすのが一番怖い。

 感情は人間の防衛本能が故に抑え込むことはできても切り離すことは不可能。

 そしてその抑えるための蓋も訓練や経験がなければ軽いものとなる。

 一定の量を超えればその感情は蓋を押し上げ、あふれ出てくる。


「頼むから、大人しくしていてくれよ」

「それはどちらの意味で?」

「両方だ。犯人側も一般人の方もだ」


 真剣に願いを口にする。

 俺の言ったことはメモリアへ伝えたとおりの願いだが、文字通り願望でしかない。

 神通力にでも目覚めなければそんなものが届くわけもなく、その願いはおそらく叶わない。

 今も刻一刻と人質たちの緊張は高まり、ストレスは溜まっている。

 そしてその結末であふれ出てきた感情はあの環境ではまず間違いなく劇薬になり、あの場の空気を破壊する。

 それは膨らんだ風船に針を突き刺すような愚行。

 相手が狂い、非常識で、間違っている行動をしていることが明白な現状、おそらく正義感を振りかざす勇気あるものは常識という言葉で正論を繰り出し、あなたは間違っていると弾劾する。

 そんなことになればこの画面の向こうはおそらく子供どころか成人した大人でも見るに堪えない光景になる。

 そんな輩がいつ出てくるか不安で仕方ない。

 そういったことをしでかしそうな不確定要素となり得るやつが人質の中にまず間違いなく存在するという事実が俺の不安を掻き立てる。

 だが、それを俺が考えても仕方ない。


「主……」

「……すまん、悪い癖がでた」


 メモリアとヒミク、そして通話しながらもこちらを心配するスエラを見て頭を冷やす。

 ため息に近い深呼吸をして心と、加速しだした思考を緩める。

 俺の悪い癖だ。

 目の前でトラブルが起きるとまず最初に自分で解決しようと思ってしまう。

 人に頼るという行為を甘えと思っているのではなく、何かせねばと脅迫観念が前に出てしまう。

 自分でも悪癖だと思う。

 俺にできることなどほぼないと言っていい現状、スエラたちに心配をかけることの方がだめだ。

 だからこそ自重が必要だと割り切り、ゆっくりと背もたれに寄り掛かる。

 俺には何もできない。

 そう思い、この事件の無事の解決を祈り今日はもう休もうと提案しようとした時だ。


「だれだ、こんな時間に」


 机の上に放置していたスマホが鳴り、着信を知らせてきた。

 最初は海堂たちの誰かかと思ったが、テレビ画面の向こう側は目立った変化はなく膠着状態が継続されている。

 ならだれかと疑問符を頭の上に浮かべながらスマホを手に取り、表示された名前を見て目を見開く。


「お袋?」


 なぜこのタイミングに母親から連絡が、しかもこの時間に。

 今は海外にいるはずの存在からの連絡に、頭の中は疑問符でいっぱいになるが、まぁ、あの型破りな母親のことだと割り切り電話に出ると。


『手を貸せ息子』

「新年早々開口一番がそれか、説明しろ説明を」


 開口一番で手伝いを要求してきた母親に溜息をこらえ、いつものことだと割り切りとりあえず説明を求めた。


『今テレビは見ているかい?』

「ああ、どのチャンネルもテロニュースで盛り上がってるな」

『そうそれだそれ、それを鎮圧するから、ちょっと手伝え』

「ちょっと待て、いや、かなり待て。なにいきなり息子にそこのコンビニ行くから付き合え的な感覚で警察の仕事やらせようとしているんだあんたは」


 煩わしいと言うか、息子なら察せと昔から無茶振りをする母親ではあったが、今回のようなことは初めてだ。

 何か事情があるかもとは思った。


『はぁ』

「ため息吐きたいのはこっちだ。なにかあったのか?」


 俺の電話の相手がお袋だと知ったスエラとメモリアは何かあったのかと視線を向けてきて、お袋に会ったことのないヒミクはスエラに俺の母親だと教えられ驚いているようだが、今は気にしていられない。


『うちの実家が神社だってのは覚えてるかい?』

「ああ、あんま行った記憶はないが」

『そりゃぁ、あたしが避けてたからね』


 俺がお袋の実家、じいさんばあさんに会ったのは幼少期、それこそ年齢が一桁の時に行ったきりだ。

 その記憶もあいまいで、子供時代にやたら広い敷地で遊んだ記憶がある程度。

 世界中を飛び回るお袋が実家と折り合いが悪いのは知っていた。

 なので俺自身もじいさんとばあさんとの接点は少ない。

 そんなお袋の実家がこの事件と何の関係があるのかと、考える。


「その実家が今回の事件となんか関係あるのか?」


 考えたが、ありきたりな想像しか出てこない。

 いや、むしろありきたりな想像以外の予想になると突飛なものになりかねないと判断して素直に聞く。


『あるからこんな電話してるんだよ。うちの実家、先祖代々から伝わる封印を監視する一族ってのあんたに話したっけ?』

「いや、そんな中二病的な設定があるなんて初めて聞いたぞ」

『そりゃそうか、あたしもそんな仕来たりに縛られるのが嫌で家出たんだ。話してないのも納得だ』


 カラカラと最初の緊張感はどこに行ったのかと思うくらい元気に笑うお袋の声に脱力するが、それと同時に胸騒ぎがする。

 案の定出てきた答えがすでに突飛で、俺が一般人ではない事実が出てきたことにもうすでに嫌な予感しかしない。

 トラブルに愛されるのは遺伝かとも思いつつお袋の話の先を促す。


『昔のあたしも信じちゃいなかったよ。親に、あんたは千年に一度の才能を持った巫女だなんて言われてもピンと来なくて、適当に神社のこと習って、そのあとは親の制止を振り切って駆け落ちしたんだからね。まぁそれでも言い伝えとやらも多少は聞きかじっていてね。どれもこれも御伽噺のような話だから、ンなこと現実に起きるはずないってさんざん修行をさぼってたのよ。そんな親からさっき連絡があってさ。あのテロを放置すれば大変になことになるぞって今回も無視しようと思ったけど、本当に慌てているようだったし、どうもあたしの勘もヤバいって言っててね無視できないのよ』


 聞けば聞くほど厄介ごとのにおいがする。


「次郎さん、テレビを」

「あ?」


 そんな折に俺の服の裾を引くメモリアがテレビを見るように促すと、生中継の画面の上側に臨時ニュースが字幕で流されている。


『あんたも見えてるかもしれんけど、事件はそこだけで起きてるんじゃないよ。全国で七箇所。それも、うちのジジババが言うにはヤバい場所が押さえられてるらしいんだよ』

「マジか」


 都道府県の名前の後に神社の名前が記載され、同じく二年参りに来た参拝者を人質に立てこもるテロ事件が起きている報道にお袋の言っていたヤバいことが現実になり始めていた。


「お袋何が起きているんだ?」


 そして、俺の知る限りでは人類最強なのではと思うお袋が俺に助けを求めた。

 そんな母親が対処するべきと思っている出来事を確認する。


『知らん』

「知らんって、お袋実家から説明があったんじゃないのか?」


 だが、さすが俺のお袋だ。

 俺の想像通り期待を裏切らない。

 何が起きているかわからないのにもかかわらず、行動を起こそうとしているバイタリティ、見習わなければいけないのかたしなめないといけないかわからん。


『あたしがそんな詳しく事情を聴くと思ってるのかいあんたは、あのババァが古の封印とか、地脈云々とか、歴史の話が始まったあたりで話を折って何すればいいかって省略してやったよ』

「するな、頼むからするな」


 自分の母親が頼ってきたのになんだよその態度はと溜息を吐きたくなるが今更だなと思う。

 そこが重要なんだよと嘆くと電話口の向こう側でどうにかなるとカラカラ笑う母親に一抹の不安を感じる。

 この職業についてから情報の重要さが身に染みている。


『まぁ、うだうだ言っても話は始まらないよ。あんたも男なら母親の期待くらい応えなさい。そしたら三番目も認知してやるよ』

「俺、話したか?」

『勘よ勘。何年あんたの母親やってんだと思うのよ。あんたが隠し事するのなんて後三十年は早い』

「お袋って人間だよな?」

『あたしが人間じゃないと、あんたも人間じゃなくなるわよ?』

「お袋は人間だな」


 だからこの行き当たりばったりのお袋をどうにかしないといけないんだが、こうも言われてはおそらく俺の説教など釈迦に説法レベルで意味がないだろう。

 おまけに紹介していないヒミクのことですら把握されている。

 お手上げだよ。


『ちなみにあたしの勘じゃ、あと二、三人は増えるんじゃない?』

「やめろ、シャレにならん」

『ハハハハハハ!照れるな照れるな。息子がモテるってことはあたしが立派に育てた証拠! 安心しな、あたしは褒めてやるよ!』


 そしてそんな母親と会話を続けていては身が持たない。

 溜息一つこぼし、俺は話を切り出す。


「はぁ、で? 俺は何すればいいんだ?」


 手伝わないという選択肢をこの母親は与えてはくれないだろうと、そしてなんだかんだ関与することになったことに苦笑しながら聞いてみれば。


『なに、あの爆弾魔を締め上げるだけさ。簡単簡単』


 自分の母親の簡単という基準に、俺は俺で溜息をこらえるのであった。


 今日の一言

 できることを、すればいい。

 できることを探しながらな。


今回は以上となります。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売しました。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。

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― 新着の感想 ―
鬼娘は当確だと思うんだぁ
[一言] 後は監督官とアメリアですかね?
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