211 プライベートの時、ふとしたときに昔馴染みに会う
勝の機嫌がいいと南から聞いて幾日か。
今日はクリスマスイブ、ジングルベルと鈴が鳴るように今日の町並みは一層に色鮮やかなような気がする。
そんな日ではあったが、俺は一人街を歩いている。
「まさか、またここに来るとはな」
視線の先にあるのは昔スエラに差し入れでロールケーキを買った店だ。
当時、結構な時間並んだ記憶のある店は、クリスマスというシーズンもあって前よりも込み合っているように見える。
サンタクロースの格好をした店員が最後尾という看板を掲げ列整理をしている。
その長さは俺の記憶が正しければ前よりも長いように思える。
「はぁ、寒い中あれに並ぶのか」
気が重いと思いつつも、並ばないという選択肢はないためゆっくりと最後尾に並ぶ。
この店に来たのは当然、クリスマスパーティー用のケーキを買いに来たからだ。
料理が得意な勝も、着実に料理の腕を上げているヒミクも菓子関係は得意ではなく、作れるがどうせならとおいしいケーキを食べたいと二人して言い。
ほかの面々にケーキを作れるかと聞いたとことろ。
『自殺願望があるでござるか、リーダー?』
包丁を握ったのは何年前かと思い出す南。
『勝ほどうまくないわよ、私は』
料理はできるが一般レベルという北宮。
『先輩、思い出してほしいっす。俺たちの前の私生活を、料理なんて高尚な趣味持てるはずがないじゃないっすか』
遠い目でコンビニと切り離せない生活を送っていたと言う海堂。
俺も似たようなもので、焼きそばぐらいは作れるがケーキとなると話は別になる。
そして異世界組と言えば。
『ケーキというものは知っていますが、作り方は知りません』
ケーキという存在を食べたことのある方が少ないと言うメモリアを筆頭に。
『すまない主、今後に期待してくれ』
修業が足りないと悔しそうにするヒミク。
『私も、料理はできますがこちらの料理には詳しくないので』
勉強中だと言うスエラは、現在日本料理の方を学んでいるということで洋菓子には疎かった。
まぁ、一番期待していなかったが一応聞いた双子の天使は。
『『ケーキって何かしら?』』
存在の説明から始めなければならなかった。
こういう状況となると自然にケーキは買う方向に話が行き、店を決めることになるが。
その際にスエラが
『でしたら、前に食べたロールケーキというものが食べたいですね』
思い出したかのように俺の差し入れの内容を話したので、女性陣、北宮と南が店を調べ。
『リーダー、この店に男一人で並んだでござるか!?』
『うそ、この店なかなか買えなくて有名なお店なんだけど』
俺が安易に有名な店ならうまいという発想で買った店は女性陣二人にとってはかなりすごい店らしく。
今回も期待され、こうやって足を運んだわけだ。
だからと言って今回は何もせずに来たわけではない。
クリスマスとケーキという組み合わせ、まず間違いなく混むのは予想できた。
なので今回は事前に予約してきた。
「まぁ、その予約も並の努力じゃなかったんだがな……」
その予約を取るのもかなり苦労した。
有名な店だけあって予約するのもいろいろと制約がある。
まずワンホール以上のお買い上げの客しかだめだと言われ、何日前に予約しないといけなく、ほかにいろいろと説明され、最後の最後に予約が殺到した場合抽選になると聞いたときは別の店にしようかと思った。
まぁ、こうやって足を運んでいるということは無事に予約をとれたということなんだが。
「だれか連れてくるべきだったな」
列に並んでいるのは女性ばかり、そんな中予約したものを受け取りに来ているだけとはいえ肩身が狭い。
数少ない男性客もカップルできた人ばかり。
男一人でこの店に来ている男性は俺しかいない。
後悔は先に立たないと言うが、まさにその通りだな。
普段だったら煙草を吸ってこの空気をごまかすところだが、東京都内は指定した場所以外での喫煙は罰金がとられる。
こんな場所で吸ったものならまず間違いなく、追い出されるに決まっている。
「うちの会社は恵まれているってことなんだよなぁ」
口元が寂しいのをごまかすように独り言を小さくうなずき、普段はどこでも吸える環境が恵まれているのだと再確認し、上着の襟を寄せることで寒さをしのぐ。
最後尾と書かれた看板は後ろに流れているが、最前列まではまだまだ先だ。
もうしばらく時間がかかると、周りの女性からの視線に耐えながらスマホを手にする。
適当なニュースサイトでも見ようかと指の操作を進めようとしたが。
「あ、田中さんじゃないですか!」
「あ?」
その下がった視線はすぐに上げることになる。
自分で言うのもなんだが、田中なんて苗字は探せばいくらでもいる。
それこそ文字が違って読みだけ一緒というパターンがあるほど聞きなれた苗字だ。
この行列に並んだ客にいったい何人の田中がいるかはわからないが、この呼び声が俺を指していることはなんとなくわかった。
「あんたは」
「お久しぶりです! 何やっているんですかこんなところで、いやむしろ、男一人でなに並んでいるんですか」
「用事がなければ俺も並ぶつもりはなかった。相変わらずだな、川崎」
視線を向けた先には記憶の中から浮かび上がった名前の持ち主が敬礼し俺に挨拶してきた。
「元気が私の取り柄! ですからね! 私から元気をとったら、美人な女性しか残りませんって」
うるさそうでうるさくない。
絶妙な声量の声に聞き覚えがあり、その記憶を頼りに声のした方向を見てみれば案の定見覚えのある顔がいた。
川崎翠。
前の会社の営業先で知り合った相手だ。
見てのとおり無駄に元気が有り余っていて、天真爛漫と言えば聞こえはいいが、時と場合によってはうるさいと称される女性だ。
俺よりも五つ下だったはずだが、小柄な体型のせいで幼く見え実年齢よりも若く見える。
綺麗というよりは幼さを残したかわいらしい顔立ち、ベージュのトレンチコートを身にまとい、明るめの茶髪を肩口で切りそろえ今もニコニコと笑顔を絶やさない彼女だ。
「本当に変わらんなお前は、俺は見てのとおりケーキを買いに来たんだよ」
「男一人で?」
「なんでその部分を強調するか知らんが、そのマジかこいつって顔止めろ。普通に腹が立つ。ったく、買い出しだよ。身内でクリスマスパーティーやるんだ」
「あれ? 田中さん、そんな暇できたんですか? 今頃デスマーチだと思ってましたが……正直、この列に並んでいるときの姿を見た時も他人の空似だと思っていたくらいですし」
相も変わらず正直なやつだと思いつつ、隠す必要もないかと思い正直に答える。
「ああ、お前は知らんかったのか。辞めたんだよ前の会社。それで今は別のところに世話になってる」
「えええ!? 田中さん転職したんですか!! どうりで最近会わないなぁって思ってましたけど!!転職理由は? まさかついにあの禿親父を殴り飛ばしちゃったんですか? それなら私的にはグッジョブって言いたいのですが」
「うるせぇ、殴ってねぇよ。それと、周りを気にしろ。騒ぐなら離れてくれ」
「あ、すみません」
列に並びながらの会話。
前後の同じ列に並ぶ女性からうるさいという苦情の視線をいただき、川崎はペコペコと頭を下げる。
「それで? わざわざ話しかけてきたのは昔話をしたかっただけか?」
「はい! ちょっと従弟と会う約束があって、時間まで暇だったのでブラブラしてたんですよ! そしたら知っている人がおもしろい場所に並んでいたので声をかけてみました!!」
「そうかい」
正直なのはいいがこうもはっきりと暇つぶしと言われるとすがすがしいとか、何言っているんだこいつとかいろいろ浮かんで微妙な気分になる。
たびたび相手の会社に顔を出して、話し合いをしていた時から思っていたが、なんとなく憎めないんだよなぁ。
「まぁ、俺も暇つぶしになるからいいんだが」
こちらとしても話し相手ができるのならちょうどいい。
男一人でこの長蛇の列に並ぶのも辟易していたところ、少し騒がしくなるがこの寒空の下なら逆にちょうどいいのかもしれない。
そう思って話そうと思ったが。
「川崎! 代わりに並んでていてくれ!!」
「え!? ちょ、田中さんって、足はや⁉」
川崎の背後、ケーキ屋の反対側。
クリスマスプレゼントで買ってもらったのだろうサッカーボールを嬉しそうに振り回していたが拍子で少年の小さな手から離れてしまった光景が見えてしまった。
普段の訓練の成果か、そのあとの展開がわかってしまった俺は考えるよりも先に素早く反射的に動き出していた。
ボールは勢いのまま車道へ、そして子供はそれを追いかける。
鍛えられた目はその光景を的確にとらえ、少年に迫る車との時間を計算させる。
一歩ごとに加速し、視界がゆっくりになっている中自分だけが速く動いているような感覚を味わいながら車道に飛び出し少年に飛びつく。
「たかし!」
おそらくこの少年の母親だろう。
少し目を離した隙に子供が車道に飛び出ているのなら悲鳴の一つは上げる。
一回転し、クラクションが背後に響くのを聞きながらどうにか車道を走り抜けられたことに安堵し、駆け寄ってくる女性に向けて背中を押す。
「ったく俺じゃなかったら危なかっただろ坊主、いきなり飛び出たら危ないだろうが」
何が起きたのかわかっていない少年にサッカーボールを渡し、体のあちこちを触りけががないか確認する母親に何も言わず。
「次は気をつけろよ」
ポンと頭を軽くたたき、汚れた部分を軽くたたきながら今度は横断歩道を渡りケーキ屋に戻る。
背後からありがとうございますと女性の声が聞こえ、一回振り向き軽く会釈してから戻る。
川崎は並んでいてくれたかと、咄嗟のことだったから無理かとも思ったが。
「田中さんすごいじゃないですか!! なんですかあれ! 実は昔オリンピック選手だったとか、前職はSPだったとかですか!?」
「落ち着け、最近体を鍛える機会があっただけだよ」
律儀に彼女は俺の代わりに並んでくれて場所を取っておいてくれたようだ。
魔素がない空間で、魔紋のサポートがないから少し不安であったがどうにかなってよかった。
そんな俺の行動を見て興奮冷めないと言わんばかりに川崎は詰め寄ってきたが、実情を話すわけにもいかず。
こうやってごまかすことになっている。
それでもどんなトレーニングをしているのかとしつこく聞かれるが、こっちとしては話すわけにはいかない。
のらりくらりと躱しているうちに時間は過ぎ。
「そういえば、待ち合わせの時間はいいのか?」
「あ! ヤバい、そろそろだった」
時間を指摘してやれば待ち合わせの時間みたいで左手にした時計を見て慌て始めた。
これでようやく落ち着けるかと思ったが
「あれ、リーダー、翠さん。なんで一緒に?」
「勝?」
「お~勝ではないか!」
その空間にもう一人参加した。
私服姿で俺たちに近づく勝を見て、俺は名前を呼んだがまさか川崎も勝の知り合いだとは。
「田中さん、勝の知り合いだったんですか?」
「ああ、今の職場でな。そっちも知り合いのようだが」
「ふふふふ!知り合いも何も、勝は私の従弟ですからね! そして何を隠そう、私は勝の初恋の相手なのです!」
「ちょ!? 翠さん!!」
「なるほどな」
その紹介の仕方はどうなのかとも思ったが、二人の関係をわかりやすく表していた。
ウリウリと久しぶりだなと勝に絡む川崎の表情は楽しそうで、それを受ける勝も普段の大人びた表情ではなく、年相応の顔つきをしている。
そうなると、さっき川崎が言った紹介はなかなかにして的を射ていると思う。
そして、南が言っていた機嫌の良い理由というのがなんとなくわかった。
「最近も相談事があるって連絡してていろいろと話してたんですけど、どうせならご飯でもって思って今日誘ったわけですよ!」
本当の弟をかわいがるように過剰なスキンシップを見せつけられ、俺は微笑ましいが口元は苦笑しか浮かべられず、どうやら勝のガス抜きをしてくれたようで助かったと内心で思う。
不安に思った部分を解消してくれたことで疑問も解消しそれなら長く引き留めるのも悪い。
「そうか、ならこれ以上引き留めるのも悪いな。ゆっくり休日を楽しんでくれ」
「そうさせてもらいますね! ほら行こう勝!」
「あ、リーダー失礼します!」
「おう、気をつけてな」
普段は引っ張る勝がああやって引っ張られる光景を見るのは新鮮だなと思い、長蛇の列を思い出し、俺はもうしばらくの辛抱だなと思いなおすのであった。
今日の一言
知り合いの人間関係が変なところでつながっているのは結構あるのでは?
今回は以上となります。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売となります。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。