210 楽しみにしているときには、楽しいことが続いてほしい・・・・のだがなぁ
クリスマスパーティーまであと数日。
休みの合間を使ってそれぞれの準備が進む中、まぁ、俺たち社会人には仕事があるわけだ。
「なんか、リーダーと二人きりで仕事するのってこれがはじめてなような気がするでござるよ」
「奇遇だな。俺もだ」
それも、俺と南。
特殊な組み合わせだと言わざるを得ない組み合わせでダンジョンに挑んでいる。
陣形としてはいつも通り俺が前に出て南がサポート。
普段通りではあるが、二人っきりになるというのは珍しいのだ。
ここは、機王のダンジョン。
それなりに階層を進めることができ、俺たちのパーティーにとってはなじみの深いダンジョンだ。
ホームとも言っていい。
固く、堅実な動きをするゴーレムを相手にしながら、改善点を模索する俺たちの動きはさしずめ点検工といったところか。
「ん~、もう少しここら辺にトラップを組み込んだ方がいいでござるか?」
「俺的にはゴーレムの数を増やすか、特殊な個体を増やして罠を踏ませる方に傾けた方がいい気がするがな」
「む~、そっちもありでござるな。悩めば悩むほどいろいろと思いつくでござるから、ダンジョンっていうのは奥が深いでござる」
「妥協しなければいくらでもできるからな、この仕事は」
「予算との兼ね合いもあるでござるから、いずれ終わりは来るでござるよ」
「違いないな」
最初にダンジョンに入ったときはがちがちに緊張していたのにもかかわらず、今では戦闘の合間に持ってきた作業用のスマホで写真や動画をとり、改善個所の確認、メモのデータにはその時の戦闘で感じた感想をつけられるようになってきた。
こうやって俺と会話をしながらも南の顔は周囲を警戒し、その行動に反するかのように分身しているのではと思えるくらいに尋常でない速さで右手の親指が縦横無尽にスマホの画面を行き来し文章を打ち込む。
俺自身も結構能力が上がっていて、南よりは上である自負はあるが、あそこまでの技術は身についていない。
「相変わらずの早打ちだな」
「時は金なりっていうでござるが、ここだと特にそう思うでござるよ。長々と文章考えてゆっくり打ってたらグサリでござるから」
その技を称賛したら、自然と身についたと南は口にする。
確かにダンジョン内でゆっくりできることなど環境を整えない限り早々にない。
今のやり取りも精々十数秒程度。
その間に南は相当量の文章を打ち込んだことになる。
本当にほれぼれするほどだよ。
「それもそうだ。っと、南仕事だ仕事」
「最近拙者、まじめに働きすぎなような気がするでござるよ」
「楽しんで働けるだけましだろ。世の中楽しんで働ける方が稀有なんだからな」
「わかってるでござるよ~。それなら子供が生まれる予定のリーダーはキリキリ働くでござる。前の方から三体来るでござる。反応から考えて大型のアイアンゴーレムじゃないでござるか? 足も遅そうでござるし」
「ハイハイ、未来のために働きますよっと」
小さな青白い魔力の球体が南の上をクルクルと回り、たびたび小さく明滅する。
その反応から相手がどこの方向からどれくらいの数で来ているのか把握した南は俺にその情報を伝えてきた。
「しかし鉄かぁ。もう少し硬い奴が来ねぇかね」
だが、その情報に少し不満を述べる。
鉄という素材は確かに硬いが、今の俺の中の常識にあると切れないと言う発想が出てこない素材だ。
表面にミスリルといった特殊金属で防御を強化しているゴーレムならともかく、鉄単体ならそこまで脅威にならない。
「最近リーダーが教官たちのように人間やめてきているのは把握しているでござるが、そんなことを言っているとまた変な奴らに絡まれるでござるよ」
「おっと、藪蛇だったか。仕方ない、もう少し階層が進むまでは我慢するかね」
「そもそもな話、常識的に考えて鉄のゴーレムを切れるだけでおかしい話でござるよ」
「南の口から常識なんて言葉が出る日が来るとはな。だが、残念ながら、うちの会社は日本の常識外でな。ファンタジーの常識的にはこれが普通なんだよ」
ズシンズシンという音を聞きながらゆっくりとその方向に向けて南と一緒に歩き出す。
その間に口に煙草を咥え、指先に魔法で火を灯し紫煙をゆっくりと吸う。
「前から思ってたでござるが、それっておいしいんでござるか?」
「さぁ? 人それぞれだろうな。俺はうまいと思ってるが、嫌いなやつはとことん嫌いだ。まぁ、百害あってかろうじて一利あるかないかの代物だからな、吸う吸わないは人それぞれだ。最近は風当たりがきついから会社の外だと肩身が狭い」
「ちなみに一利の部分はなんでござる?」
「あ~精神安定?」
「なんで疑問形なんでござるか」
「仕方ねぇだろ。ストレス発散で吸ってたんだからな」
最近はそのストレス発散の部分が戦闘によって消化されているからあんまり意味がなく、どちらかと言えばルーチンワーク的な意味合いになっている。
戦う前だというのに、俺と南の態度はそこら辺に散歩に行くかのような気安さで、広い通路でも巨大だと思わせる巨体にめがけて歩み近寄る。
当然、敵である俺たちを見つけたゴーレムたちは歩みを駆け足に変え、金属特有の輝きを発しながら俺たちに襲い掛かるのだが。
「拙者は、ストレス発散ならゲームが一番でござるなぁ。最近のマイブームは音ゲーでフルコンボ祭りでござる。前は腕が追い付かなかったでござるが、最近はできるようになったんでござるよ!」
「運動不足が解消しても能力が発揮されるのはゲームの方ってのが南らしいな。まぁ、吸ってる俺が言うのもなんだが、タバコはやめとけ。それなら、ゲームで発散したほうが健康的だ」
腕をわずかにかすませて、一閃、二閃と鉱樹がきらめき、キンという甲高い音があたりに響き。
ゆっくりと俺たちが突如として固まったアイアンゴーレムの間を歩いてすり抜け、数秒後に五体バラバラに崩れ落ちるゴーレムたち。
「うわぁ、どうするんでござるか。結構大きいコアでござるよ。リーダーの空間魔法の中に収納できるでござるか?」
「残念ながら今までの戦闘でもう満杯なんだよ」
「え、それじゃこれどうするんでござるか? 放置でござるか?」
「持ち帰るに決まってんだろ。金を捨てる馬鹿がいるか」
「で、ござるよね~リーダーもう少し空間魔法の練習したほうがいいでござるよ。入る量が少ないんじゃ意味ないでござるよ」
「馬鹿野郎。これでも結構な量はいるんだぞ。そのおかげで収入も増えてるってのはお前も実感してるだろうに」
「そうでござるね~、最近ソシャゲの課金に余裕があって助かってるでござるよ。可能であればもう少し増やしたいところでござるが」
「なら背負え。この魔法で空間維持するのは魔力消費がヤバいんだよ。将来的にはでかくできるが、今の魔力量じゃこのサイズがベストなんだよ。無駄にでかくできるか」
「はぁ、ファンタジーのご都合主義空間のアイテムボックスが現実的すぎるでござるよ」
崩れ落ち魔素へと帰ったゴーレムたちが残した魔石を見てボーリングほどの大きさの代物を持ち帰るのを気だるげに南は言う。
「はぁ、となるとこれ拙者が持つんでござるよね?」
「俺が持ってもいいが……」
「わかってるでござる。わかっているでござるがリーダー的に女の子に荷物を持たせるのはどう思うでござるか?」
「プライベートなら配慮するが、仕事なら効率重視だ」
「うわ、ドライでござる。うちのリーダーはドライでござる」
「効率的と言え効率的と」
「ドライも効率的も受ける側からしたら変わらないでござるよ。わかっているでござるよ。リーダーに持たせると回りに回って拙者がピンチになるんでござるよね。はぁ、世界で一番背負子が似合う女性になりそうでござるよ」
「理解してくれて助かるが、その称号はもう少し先になりそうだな」
「いらないでござるよ」
前衛で戦う俺の方が確かに体力も力もあるが、荷物を背負って戦うのは些か問題が出る。
死角が増え、動作も若干遅れる。
この階層なら問題ないが、万が一を考えれば南が戦利品を持つ方が妥当だ。
申し訳なく思うが、その分は働かせてもらう。
「ほらリーダー、金づるのおかわりがきたでござるよ~」
「ヘイヘイ」
ダンジョンの中で一度の戦闘で終わるケースの方が少ない。
一回戦闘があれば、それなりの敵を倒すまで途切れることはない。
それは階層を進めれば進むほど敵の数、質ともに増えていると実感できる。
なので連戦など日常茶飯事。
俺は俺で咥えた煙草を揺らしながら前にでる。
「今日は戦利品の量的にこの階層で終わりそうだな」
「それならいいんでござるがなぁ、トラブルが起きないことを祈ってるでござる」
「怖いこと言うな」
「リーダー的に、怖いという言葉に面倒って言葉が重なってそうでござるな」
「よくわかってるな」
目の前にいるのは十を超えるゴーレムの軍隊。
さっきのゴーレムたちは何も持たない偵察用のゴーレムで侵入者を発見し足止めするのが目的と俺たちは見ている。
その証拠に、次に来るゴーレムたちは俺たちが騎士ゴーレムと呼ぶ鎧甲冑のゴーレム集団だ。
普通のアイアンゴーレムと違い、その鎧には魔法処理が施され装甲が固くまた身軽に動けるようになっている。
武器も多種多様で、槍や剣のみならず、弓や盾、槌に鎖鎌と少々面倒な仕様だ。
加えて。
「車輪付きもいるようだな。南、轢かれるなよ」
「轢かれないでござるよ~フラグが立たなければ」
俺の言う車輪付き。
足が二足歩行ではなく、車輪になっているボスフロアの取り巻きでいた個体もいた。
手には馬上槍、突撃槍ともいう突くことに特化した武器を持っている。
「切り応えのあるやつがきたな」
「リーダー、最近戦闘狂の気が強くなっているんじゃないでござるか?」
「安心しろ」
「ござ?」
「自覚はある」
「ダメでござる。このリーダー手遅れでござった」
そんな相手でも気負うことなく前に出る。
「まぁ、サポートはするでござるから手早く終わらせるでござるよ。手間取ったらその分おかわりが追加で来るでござるから、本当に頼むでござる。拙者、残業は勘弁でござる」
「了解了解、俺も同意するから手早く終わらせるよ」
猿叫はゴーレム相手には無意味だというのはわかっている。
なので鉱樹を肩に背負い、ゆっくりと前傾姿勢になった俺はまっすぐ突撃する。
その脇を固めるように半透明の盾が追随する。
「背後の攻撃は防ぐから暴れるでござるよ~」
「おう!」
蹂躙せよと言わんばかりに、後顧の憂いを断ってくれる南に感謝しゴーレムたちと切り結ぶ。
だが、その動きは経験してきた相手の中でも格段に遅く、またわかりやすい動きなので、相手の攻撃ごと鉱樹で切り捨て、次々にダンジョンの魔素へと返還する。
首をはね、胴体を断ち、腕を切り捨て、足を切り払う。
「あ~動いた後の煙草はうめぇなぁ」
「その気持ちだけはわからないでござるよ」
「わからなくていいと思うぞ」
「まぁそうでござるが、それとは別にあの数をモノの数分で片付けるリーダーに拙者なんて言えばいいんでござろうか。なんて言うんでござろう。ゲームの世界が目の前に展開されると何も言えないでござるな」
「いつものことだろ」
「それもそうでござるね」
そんなことを繰り返せば、敵はあっという間にいなくなる。
今は煙草をふかしながら南の背負う背負子に戦利品をまとめている最中だ。
「そういえば南、勝の様子はどうだ? なんだかんだで前の件引きずってそうだが」
「ああ、拙者たちが帰ってきたときは無理しているように見えたでござるが、今はいつも通りの勝に戻っていたでござるよ。今日も元気に拙者の朝ご飯を作ってくれたでござる」
「そうか、それならいいんだが」
その中で勝の話題を振る。
「ただ、少しおかしいんでござるよ」
前回の事件の時勝だけ置いていったことを後悔はしていないが心残りであったが故の会話の内容に大丈夫だと言う南の太鼓判にほっとして、荷物をまとめる手を進めたが、南の発言にピクリと手を止めてしまう。
「なにがだ?」
勝と幼馴染の南が言うと何かあるのではと思い聞き返す。
「最近妙に機嫌がいいんでござるよ」
「どこがおかしいんだ?」
「拙者、最近勝に怒られていないでござる」
「それはおかしいな」
「即答なのは、拙者さすがに傷つくでござるよ」
普段の行動と違う勝に俺はつい真顔になってしまうのであった。
今日の一言
いいことであっても、違和感に感じてしまう。
その人柄が出てしまうな。
今回は以上となります。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売となります。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。