209 一期一会、これだと言う出会いはまれにある
辺り一面クリスマスムードの装飾が施されているショッピングモールを男二人で歩くのはなんとも微妙な気分になるが、そんなことを気にするような俺と海堂ではない。
用事もあればいい歳した大人でも来ないことはない。
それに、これだけ広いショッピングモールなのだ。
大勢の人がいる中、俺たち二人を気にするような稀有な輩もいないだろう。
だが、それはそれで、こっちはこっちの用事をかたづけなければいけないのだが、店の数には限度がある。
「どうするか」
思ったよりも難航してしまっている。
スエラのクリスマスプレゼントを探し、雑貨店で小物を見て、女性用の衣服を見て、宝石店や時計屋いろいろなものを見たがこれだというものになかなか出会えない。
本当なら、ある程度は絞れているはずなのだが、異世界人であるスエラたちの感覚とこっちは異なるので、こういったプレゼント選びは俺のフィーリングに頼ざるを得ない。
喜んでくれるものを探してはいるが……
「いいの見つからないっすねぇ先輩」
「ああ、強いて言えば万年筆がいいと思ったんだが」
「何か違うって先輩言ってたっすね」
「ああ」
それが意外と難しいのだ。
三軒ほど前で見つけた万年筆は、ただの万年筆ではなく、そこそこの値段がする逸品だ。
いわゆる高級品。
仕事上書類にサインする機会の多いスエラにはちょうどいいと思った。
デザインも悪くなく、きっと使ってくれるだろうとも思えたが、なんか違う気がして候補にはしているが保留にしている。
おかげでそれ以上の、それこそこれだという逸品を探すことになっているのだが、かれこれ一時間以上ショッピングモールを彷徨っている。
要は成果ゼロ。
子供を妊娠できたことで満足していると聞いてもやはりこういったときはプレゼントを贈りたいと思う。
ガラではないはわかっているがこうやってまじめに考えたいと思うならその通りに動いた方がいいだろう。
「先輩、ここって入りましたっけ?」
「ここは、入っていないと思うが……ペットショップか?」
同じ店に何回か訪れていて、どこの店を巡ったかあやふやになるころに海堂が一つの店を指さす。
鳥にハムスターに犬、様々な動物がケースの中に入っている。
俗にいうペットショップ。
クリスマスプレゼントにペットを贈るなんて聞いたことはないが、それでも一見の価値はあるだろうと店の中に足を踏み入れてみる。
「はぁ、色々いるっすねぇ」
店内は思ったよりも広く、生き物ごとに区分されているらしく、金魚や熱帯魚などの水槽で飼うような生き物。
ハムスターなどの小動物。
トカゲなどの爬虫類。
ペットと言えばの代名詞である犬。
そして。
「ここは、猫エリアか」
一角に設けられた猫を集めた区画にたどり着く。
「先輩って猫派だったっすか?」
「いや、そこら辺のこだわりはないが」
「そうなんっすか? 飼ってみたいと思わなかったんすか?」
「うちは親が世界中飛び回っているからな、家にいる方が珍しい。おかげでいろいろと自分でしないといけないことがあってな、そのせいで家事とかは得意になったのだが、子供一人でペットの世話をする自信がなかったんだよ」
あの型破りな親に頼めばきっと猫の一匹くらい飼わせてくれただろうが、命を預かるという重みを子供でもなんとなく察していた当時の俺は欲しいと思っていても口にはしなかった。
こうやって大人になってそのあやふやだったなんとなく感じていた気持ちが、責任感だというのを理解する。
そんなことを考えながら、一匹一匹どんな猫がいるか見ていると。
「あ、ここのやつ姉弟って書いてあるっすよ」
「子猫か」
海堂が一つのケースを指さす。
ケースの右上に生後一か月の子猫で三匹が広めのケースに入っていた。
三匹がまとまって寝ており、左右の黒猫と白猫は親猫に似ているのだろうが、その二匹に挟まれるように耳元と腰回りが黒であとは白のぶち猫がいた。
なんとなくではあるが、この猫を飼いたいと思った。
愛くるしい姿に、癒し的な雰囲気を感じたからだろうか。
「行くぞ」
「え、いいんっすか? すっごいかわいいっすよ」
「家の環境が特殊だから確認してみないとわからん。そんな状態で無責任なことを言えるか」
だが、俺の住んでいる場所は魔素と呼ばれる特殊な要素が蔓延する空間だ。
俺たちテスターには悪影響はないが、猫に影響がないとも言えない。
この直感に従ってこの子猫たちを飼い連れ帰ってダメだったとなるのはさすがにまずい。
そっと、起こさないように静かに離れようとしたが。
「あ、起きたっす」
「……」
なんともタイミングがいいことだ。
中央で寝ていたぶち猫がふと目を覚まし、しっかりと覗き込んでいた俺と視線が合う。
そして、興味でもあるのかもぞもぞと左右で寝ていた姉弟を押しのけてこっちにやってくる。
その際に他の二匹も起きて、結局、ケースの前にガラス越しではあるが三匹が並ぶ結果となった。
つぶらな瞳に見られるというのはなんとも言えない気持ちになる。
単純に何かいると思って見に来ただけというのは理解しているが、妙な魅力を感じてしまう。
「はぁ、行くぞ」
「了解っす」
それでもここで欲求にまかせて猫たちを飼うなんて選択肢はとれない。
後ろ髪引かれるような気持ちというのはこういうことを言うのだろうかと内心で思いながらペットショップを後にする。
そのあともいろいろと探してはみたが、これだと言う代物に出会えぬまま時間だけが過ぎていく。
このままいくと海堂の方の買い物ができなくなるので、一旦秋葉原まで移動した。
「本当にそれでいいのか?」
「仕方ないんっす、聞いたらこれだって言ってたんすから」
その先で海堂が買ったものに俺は疑問を挟まざるを得なかった。
海堂が入った店は、俗にいうフィギュアショップ。
様々なアニメのキャラクター、人間のみではなくそれこそ動物やロボットも各種取り揃えている店だ。
そんな店で海堂が手に取ったものと言えば。
「超合金の怪獣戦隊のロボットに、魔砲少女のフィギュアって……」
「言わないでほしいっす。こっちの方のジャンルに理解のある俺でもさすがにこの組み合わせを買って、諭吉を数人殉職させて、それを贈る相手が女の子っていうのに疑問符をいっぱい浮かべているんっすから」
右手に持ったかごにどこか荒々しい色の違う怪獣が合体した金属製のロボット。それも各怪獣に分離もできれば合体もできるという細かい仕様の物、怪獣戦隊カイジュージャーの超合金ロボット大怪獣王が入っている。
反対の左手のかごには、箱が二つ、双子の少女が青と赤のそれぞれの衣装を身にまとい片方は対物ライフルをもう一人はバズーカを持ち。
パッケージには魔砲少女リキ&マキと印字されている。
それぞれ、リキver.マキver.と書かれているがどっちがどっちを選ぶかまでは俺にはわからない。
ただ言えるのは、少なくとも女の子が買う代物なのかと疑問符は浮かぶ。
「お前、何を見せた」
「部屋にあったDVDは全部見られたっす」
「だからか」
だからこそなぜこうなったかを問いただすために聞いた質問だったが、海堂が視線をそらしながら答えた内容によって合点がいった。
「……染まりすぎだろ」
「俺もそう思うっすよ。今じゃ俺よりも詳しいっすもん。たまに南ちゃんとすっごく盛り上がっているっす」
「そこまでハマったか」
あの物静かな機王、アミリさんといろいろとせわしなく動く双子の天使がなぁ。
戦隊ものと魔法少女ものと差はあるが、ここまで興味を示す代物だったか。
先日の海堂を取り合う一件からたびたび話す機会があるが、普段の会話からそんなイメージを持たせない三人だ。
機王のアミリさんは、物静かでまじめな印象でこういった戦隊モノを見るようなイメージはわかない。
それは双子の天使のシィクとミィクも一緒だ。
あの二人はどこかつかみどころがなく、こちらをからかうような仕草をたびたび見かけるが、ヒミク曰くそれが彼女たちなりのコミュニケーションだと。
『上の姉に対しても、あのような感じだ。姉も、もう少し素直になれないかと嘆いていた』
変則的なツンデレだと南は表現したが、言いえて妙だ。
そう思えばかわいい部分があるとも南の言葉だが、俺も納得した部分がある。
そしてだからこそ、魔法少女というジャンルに興味を持つのが理解できないのだが。
「アミリちゃんは、こっちのロボットに興味があるみたいっすよ。向こうじゃ合体っていう発想がなかったみたいで、それを研究するためにこんな感じのものを集めてたら」
「ハマったと?」
「そうみたいっすね。前に一回戦隊モノ見たいな五色のゴーレムを見せてくれたっす」
「ちなみにそいつらは、ダンジョンの中で出会ったりするのか?」
アミリさんのはまった理由はなんとなくわかった。
最初は資料を読むために集めた一つであったのだろうが、気づけばそれを好むようになっていたということだ。
ある意味、こういったジャンルに入るのにありそうなきっかけと言える。
まぁ、聞き流せない部分でなぜか色物的なモノが現れてしまったが。
「最終防衛ラインにいるみたいっすよ。日々改造の繰り返しでエライ性能になっているみたいっす。詳しいことは教えてくれなかったっすけど、すっごい口数が多かったっすから多分やばい奴なんじゃないっすか?」
「ヤバいの方向性について疑問が挟まるが、あのダンジョンの最後の方は戦隊ロボットが並んでそうで嫌だな。勝てる気がしねぇ」
俺たちの中では正義の象徴として使われる合体ロボットや変身したヒーローたちが待ち受けるダンジョン。
なんでだろうか、この字面だけで俺たちがヒーローの秘密基地に攻め入っている悪役のような気がする。
とんでもないことになったなとこっちの文化と触れてできてしまったダンジョン内容に苦笑しつつもう一つの方を聞く。
「それで? 双子の方はなんでハマったんだ?」
「いやぁ、どこがおもしろいかって聞いたんすけど、なんか魔法体系がどうとか身体能力の向上がどうとか、武装がどうとかって色々考察しまくっててよくわからないんっすよ。途中途中これなら可能とか、研究が必要とか言ってたっすよ」
「再現する気かあいつら。したらしたでとんでもないことになりそうだなおい」
俺もアニメとかの知識があるから当然魔法少女というジャンルにも多少は知識がある。
概念としては特殊な力を得た少女たちが悪役と戦うという感じだが、あの双子はその特殊な力を魔法で再現しようとしているようだ。
「あ、いっつも主人公たちが打ってる必殺技の時は大興奮だったっすよ?」
「どこを目指すつもりだあの二人は、それなら格闘系や戦闘系のアニメの方が受けがよさそうだが」
魔法少女とかではなく、俗にいうパワーインフレ系の作品の方があの双子に合いそうだと思うのは気のせいだろうか。
「見せたっすけど、かわいくないの一言であんまり受けはよくなかったっすね」
「かわいさの判断基準は俺たちと同じなんだな」
気のせいだったようだ。
たとえ思考が戦闘よりだったとしてもそこは女の子ということか。
苦笑しつつ。見た目という事象は大事だなということを異世界の天使から教えられる日が来るとはと思い本来の用事に戻るとする。
「ほかに買うものはあるか?」
「いや、俺はこれで終わりっすね」
「そうか、なら先に帰るか? その荷物持ったまま俺に付き合う必要はないぞ」
「いいっすよ!漢海堂、ここまで来たら最後まで付き合うっすよ!」
最後のスエラに対するプレゼントを探すため、どうせ来たならと秋葉原の街にいいものがないかと探す。
電気街ということでマッサージ機もいいかと思いつつ適当にぶらりと巡って、海堂と少し別行動をしていると俺は一つの店のショーケースに収まる一つの時計が目に留まった。
「鹿か?」
「番の鹿じゃよ。若いが腕のいい職人が作った作品だ。おまえさんいいところに目をつけるな。こういったものをあつめてるんか?」
「いや、初めてだが、なんとなくいいなって思ってな」
それは木製のクラシックな時計で文字盤のところに大きな木と番の鹿が彫られている置時計だった。
色合い的に落ち着いていて、なんとなくではあるが静かだが惹きつけられるものがあると思った。
普段の時計とは違いインテリア的な時計をカウンターで別の時計の修理をしていた店主が説明してくれる。
「それがわかるんなら、それが運命ってもんだろ。どうだい、買ってくか?」
「……」
少し考えたが、これだと思った感覚と出会いという言葉に少し背中を押される形で、俺はスエラに贈るためにこの時計を買うことにした。
「大事にしてくれよ」
「ああ、そうさせてもらう」
ズシリと重い手ごたえがしっかりとした感触を伝えてくれる。
「毎度、壊れたら来な。直してやるよ」
「来ないように努力するさ」
「それが一番だな。だが、それじゃ俺の商売が成り立たんでな」
「違いない。なら、また別の時計を買いに来るからいいのを入れておいてくれよ」
「そうだな、そうするか」
どこか地下の商店街の店員のようなやり取りに気分を良くし、機嫌よく店を後にする。
「あ、先輩どうだったっすか?」
「ああ、いいのが買えたよ」
「それならよかったっすよ!なら帰るっすか?」
「ああ、明日も仕事だからな」
今日の一言
出会いというのは自分で選ぶことはできても、その選択肢を出すためには歩み寄らないといけない。
今回は以上となります。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売となります。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。