20 さて、仕事の遅れを取り戻すとしよう
星球賞の一次審査結果が出ましたが残念な結果となりました。
ですが、これからも頑張って書いていきたいと思います!!
とりあえずこの章はあと一、二話で終わらす予定です。
田中次郎 二十八歳 独身 彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
職業 ダンジョンテスター(正社員)+リクルーター
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
スエラさん、いやスエラへの告白から翌日。
昨夜は楽しんだようだなと、自分でけしかけておきながら冷たい目で迎えに来てくれたエヴィア監督官。
そんな彼女への対応は頬を熱くしながら苦笑で返すしかなく。
その対応に不満なのかさらに不機嫌となった監督官とともに俺たちは会議室の一室に連れてこられた。
そこで退院した海堂と数日ぶりに会う南たちとの再会となるはずだったのだが、
扉を開いた先には顔を四方八方に引っ張られる海堂とそれを行なっている勝と南がいた。
「……あ~、お前ら心配かけたな?」
海堂が本当に生きているか、夢幻ではないのか確認しているのだろうか?
あまりにもベタな、やるなら相手ではなく自分の頬なのではと疑問を挟む余地は色々とあるだろうが、とりあえずそんな二人にかけられる言葉などこれしか思いつかなかった。
気楽に、もう大丈夫だと思えるように右手もよっと挙げてやった。
「リーダー!!」
最初に反応したのは南だった。
バチンと音がする勢いで海堂の顔の皮を手放し、体をこちらに向かって全力で駆けようとしたが、
「ござ!?」
足をからませ、駆け寄るのではなく見事なヘッドスライディングで俺の足元まで来てくれた。
「おいおい、南そこまで体張らなくていいぞ?」
心配で急いで駆け寄ろうとしてこけた後輩、そこまで心配してくれたことに嬉しくなりしゃがみこみ、目線を合わせる。
「う~、リーダー生きているでござる?」
南は起き上がらず、代わりに顔だけ起こしメガネがずれたままで俺に聞いてきた。
「ああ」
「ゾンビじゃないでござる?」
「腐っているように見えるか?」
「吸血鬼になっていないでござる?」
「あいにく血はちゃんと通っているぞ」
「ゴーレムに改造されていないでござる?」
「監督官、俺の体まともに治療しましたよね? なんか南がここまで聞いてくると逆に不安になってくるのですが」
「残念だが真面目に治療した。もう少し手遅れだったら悪魔の血でも流し込もうと思っていたのだが」
この悪魔はっきりと残念って言ったぞ。
俺って結構崖っぷちだったってことか?
とりあえず、本当に俺の体に変なものが埋め込まれていないか確認せねば。
「その手があったでござる!」
「おい南! てめぇ、心配していたんじゃなくて俺が新たな存在になることを期待してやがったな!!」
「? 死にかけたら新たな力が手に入る。漫画ではお約束でござるよ?」
南は南だった。
心配した雰囲気をごまかすような雰囲気など微塵も感じさせず、今ではそれだと言わんばかりに立ち上がり監督官を指差していた。
終いには俺の方に何を言っているのだコイツみたいな顔を向けやがった。
「くっそ、こいつ真面目にボケるから対応が追いつかない。おい保護者!ってこっちはこっちで真面目に泣いてやがる!?」
「うぅ、じ、じろうさん。本当に無事で、よかった」
「先輩、安心するっす。さっきまで俺がその立場だったっす。ちなみに俺は南になんで改造されていないんだと怒られたっすよ?」
あの顔面接触にはそんな意味があったのか。
そして全力で駆け寄ってきたのは心配したのではなく、海堂ではなく俺なら改造されているはずと期待して駆け寄ろうとしてたことがこれではっきりとわかった。
「でも、グス、南のやつも本当は心配してましたよ? コーヒーに塩を三回くらい間違えてぶち込んでいましたし、この三日間ゲームもしないで時計を何度も見て、珍しく早寝早起きしていました。神社に行こうって言われたときは熱があるのか心ムグッ!」
「ま、勝? 何を言っているでござる? せ、拙者がそそそそそんなことするわけが」
「いや南、わざとらしいくらいにどもっているぞ?」
のだが、割とあっさり勝は暴露した。
どうやら南のあの態度は照れ隠しだったらしい。
さっきの飄々とした態度の南はどこへ行ったのか、慌てて勝の口を押さえつけにかかっていた。
最初はしんみりとした空気を予想していたが、そんな空気は最初だけ、気づけばいろいろなものをゴチャゴチャに混ぜ込んで、普段通りの空気が戻ってきていた。
「良かったですね次郎さん」
「ああ、杞憂だったみたいだ」
正直、かなり落ち込むか余所余所しい態度を取られることを覚悟していた。
だが、結果はシュレディンガーの猫の箱に収まった二択ではなく、別の選択肢が選ばれた。
「あの、リーダー?」
「なんだ?」
「守ってくれて、ありがとう」
「次郎さん、ありがとうございました」
「あ~、まぁ、あれだ。あの時それが最善だと思ってな? 体が勝手に動いたっつうか、ほらあれだ」
「先輩、照れてるっす?」
「うっせぇ!!」
自分のとった行動には結果が伴う。
あの時の行動が今につながる。
どうやら、あの時必死になった甲斐はあったようだ。
「まぁ、お前らが無事でよかったよ」
「デレたでござる!!」
「誰がデレるか!?」
まったく、南は一々茶化さないと話が進められないのか。
とりあえず、あとはこれからのことを話さなければ。
「そうですよ、次郎さんがデレるのは私の前だけですよね?」
「スエラ!? あ」
ついノリで叫び返してしまったが、すぐに自分が失敗したことに気づく。
「先輩、いま呼び捨てで」
「ふん」
海堂は呼び方の変化に驚き、監督官の機嫌はさらに下降傾向に。
「ヌフフでござる」
「それ、言う意味あるのか? えっと、おめでとうございます」
南はわかっていますよ的に俺を見て笑い、勝はなんとなく察して普通に祝ってくれる。
「あ~、まぁ、こういうわけだ」
「わけです」
ここまで来たら開き直るしかない。
まさか、ダークエルフの彼女ができることになるとは思えなかったが、肩を抱き寄せられたスエラは喜んで俺にもたれかかってくる。
悪くない。
いや、ここは素直に嬉しいと思う。
「先輩! 昨日、ナニがあったっすか!?」
「お前、それわかっていて聞いているだろ?」
「拙者も興味があるでござる!」
「お前はとりあえず自重を覚えろ!」
仮にもここには未成年がいるのだ。
そういった言葉は自重してほしい。
とりあえず、南の額にチョップを振り下ろし黙らせて、場を仕切り直す。
「プライベートの話はともかく、もうひとつ重要な話がある」
「なんすか? スエラさんと先輩の結婚式っすか?」
「プライベートじゃないっていっただろうアホ」
海堂に乗っかかりそうな南が話に加わる前に話を続ける。
「お前ら、真面目に答えろ」
真面目に切り出せばこいつらはしっかりと聞いてくれる。
スイッチを切り替え俺に注目するメンバー。
「今回の件で俺と海堂は死にかけた。それを南と勝は見たはずだ」
忘れるには期間が短すぎる。
鉄の剣が俺の腹を貫いたあの感触を忘れるわけがない。
「ダンジョンに入れば、死にはしないがそれに近い体験はする。俺はまだダンジョンで死んだことはないが何度も死にかけた。実際にダンジョンに挑んだやつの中には死に戻りがトラウマになって辞めた奴がいる」
それほどこの仕事は危険でリスクが高い。
言っていることは危険の説明。
今後は絶対避けては通れない、不可避の道の説明だ。
辞めるのなら今だと宣告する。
「まぁ、それでも一応形式的に聞いておく、お前らこのまま『続ける』でいいんだな?」
その宣告も意味がないものかもしれない。
「負けっぱなしは嫌っすからね。それに異世界美人がいるこの職場を離れる理由がないっす!」
「ゲーマーの私が負けたまま辞めるのは嫌でござるよ。それに、拙者ここ以外で働ける気がしないでござる」
「南がやるって言って、俺だけ辞めるのは負けた気がするので。あと今の俺の目標は南の社会復帰を見届けることなので」
「ちょ!? 勝!?」
死にかけたはずの海堂は仕方ないといった雰囲気で答えているが、それでも自分に正直な理由をもって続ける意思を示す。
トラウマになってもおかしくない、けれどその死線をくぐり抜けた南はしっかりと目に意思を宿し、己の言葉で意思を示す。
唯一、周りと違う雰囲気の言葉を残す勝だが、その表情は前の二人に負けない顔つきだった。
そんな奴らにこの確認は必要なかったかもしれない。
「OK、それぞれの意思はわかった。今後の日程は後で追って伝える。今日はとりあえず俺らの退院祝いを兼ねて飯でも食べに行くぞ。当然、俺のおごりだ」
なので今日の予定は変更、再出発の英気を養うためにまずは腹ごしらえとしよう。
「おお!!」
「異世界飯、これでカツルでござる!」
「いいんですか?」
「おお、食べろ食べろ財布のことは気にするな。ただし、残した奴は俺の全力フルスイングのケツバットだ」
ハメを外すのはいいが、一応釘はさしておく。
それでも喜びはしゃぐ海堂と南、俺の予想ではどちらかがケツバットを受けそうな気がするがそれは後でわかることだ。
「スエラと監督官もいかがですか?」
「お誘いは嬉しいのですが、昨日は早退してしまったので」
さすがに昨日の早退に続いて休むのは無理らしい。
夕飯なら行けるかなと頭で計算し、監督官に視線を向ければ。
「仕事の山を代わってくれるのなら行くが?」
どう考えても死亡フラグ(過労死)に直結しそうなお言葉を頂いたので誠に残念だが今回は断念しよう。
「おーし、お前ら準備しろ、飯の山が書類の山に変わりたくないならキリキリ動け!」
その場にいた二人も誘ってみたがどうやら都合が悪いらしい。
残念であるが、飯の山を紙の山に変えるわけにはいかない。
「次郎さん」
「ん? っ」
移動する前の触れるだけの優しい感触。
「また夕食時に」
どうやら俺の考えなどお見通しらしい。
笑顔でその言葉だけを残して彼女は仕事に向かっていった。
「どうにかしろとはいったが、貴様、どうするつもりだ?」
「最終手段は、用意しているつもりですよ?」
「ほう?」
今朝から不機嫌な監督官はスエラの改善具合に俺のとった行動への責任を問うてくる。
俺は人間で彼女はダークエルフ、互いの立ち位置は異世界人同士、宝くじの一等に当たるよりも数奇で奇跡のような流れを辿り結びつけ俺は今この位置に立った。
そうなると男っていうものは意外と腹は括れるものだ。
「なら上がってこい。椅子は用意してやる」
「ゆっくり行かせてもらいますよ」
何をするつもりかは監督官にはお見通しらしい。
最後に満足気な顔を見せて彼女も仕事に向かった。
「先輩! 行かないっすか!?」
「勝、ドラゴンの肉って美味しいのでござるかな?」
「……興味がわくな」
決断をする日は来るだろうが、今はとりあえずこいつらの腹を膨れさせるとしよう。
あれから二週間。
俺は時空次元特殊訓練室での研修を取り入れて、早期に戦力を整えた。
俺と海堂の下がったステータスを取り戻すのも含めてだが、再発に注意するといってもまたあのようなことがないとは限らない。
人為的にしろ事故にしろ、トラブルというのは起こり得るのだから。
ならば対策を取るために研修を早める必要があった。
まぁ、心配していた精神的に老けると伝えた三人の反応は
『『……あんまり変わらないっすね(でござるね)』』
『なんで、俺を見て言うのですか?』
いい意味で大人びた勝がこれ以上老熟しないだろうという発想で問題ないと判断されて、あっさり使用に関してはGoサインが出て肩すかしをくらった。
むしろ
『ついに来たでござる。ファンタジー的施設、これで拙者の最強伝説が始まるでござる!』
『お前は初級付与魔法の反復練習と医学書の熟読な』
『……わかっていたでござるよ!! オチがあるってわかっていたでござるよ!!』
『南の付与魔法は体に影響するから当たり前だろう。勝にも渡しておくな、医学書、難しいかもしれないが頑張ってくれ、このあと徹底的に海堂と乱取りするから実戦回数は踏めるはずだ』
『はい』
『今すごく不穏な言葉が聞こえた気がしたっす』
『安心しろ、お前の耳は正常だ』
『空耳でいてほしかったっす!』
正直、主人公的なまともな反応が返ってこないだろうとは思っていたが、ここまでずれた言葉が聞けるといっそ清々しくなる。
そこから始まる研修をダイジェストで語れば。
『筋力強化!』
『ウオォォォォォ……変わらないっすよ?』
『最初はスプーンを持てる程度の変化しかないらしいぞ。勝、とりあえず切り傷を治すところからだ。細胞を分裂して塞ぐイメージではなく、逆再生ビデオみたいに細胞を復活させるイメージだ』
『難しいですがやってみます』
これがだんだんと進化していって。
『筋肉強化!』
『おお!! 腹筋がきれいに六つに割れているっす!!』
『ゲーマーの想像力舐めないでほしいでござる』
『でもちょっとグロいっすねぇ』
『参考資料は兄貴仕様のBL本でござるからなぁ』
『ちょ!? 腐っているっす!!』
『止血はうまくなったな』
『次郎さんや海堂さんが経験させてくれたおかげです。まぁ、南があちこちで擦り傷を作ってきてくれたおかげでもありますが』
二週間でそれなりのレベルのステータスには達したと思う。
最低限の技術を手に入れれば、延々と研修を繰り返すのは時間の無駄になってくる。
ならばそろそろ本番に移行する時期だ。
そこでお約束の準備作業に来たわけなのだが。
「おおおおおおお!!」
「勝、南の手綱握れ」
「はい」
「先輩すごいっす!! これで興奮しなきゃ男じゃないっす!」
「すまん大将、騒がしい奴らで」
「ガハハハ、いいってことよ。久しぶりの大口の相手だ。多少騒がしくっても文句は言わんさ」
例のごとく閑古鳥が鳴いている武器防具商店街、MAO corporationに保護されていなければ店をたたむ必要があるほどの客のいなさ具合だ。
そんな空間で騒げば自然と目立つ。
鼻息が荒くなって、ガラスケースを凝視する南。
その背後に立って、いつでも対応可能状態ではあるがチラチラと自分の興味がある武器を眺める勝。
おもちゃ売り場に連れてこられた子供のようにあちらこちらに移動する海堂。
この三人を保護者のように眺める俺とスエラ、そしてカウンター越しにハンズが笑っていた。
「予算は決まっているのだがな」
「安心してください。先日の件で開発部の社員全員の今月分の給料、その半額以上を今回の装備の補填に充てましたのでかなり余裕があります」
「それでもだ、過剰装備は買うわけにはいかない」
「そうですね」
エヴィア監督官の言っていた補填の内容、それが決まったのは三日ほど前だ。
部署の社員の給料の約六割を俺たちのパーティの装備代に充てるとスエラから聞いたときはあまりの金額の多さに断りそうになったくらいだ。
全額使う必要はないが、それでも謝罪の意味も含まれていると言われれば受け取らないわけにはいかない。
ならばせめて現金そのものは受け取らず、スエラ経由で購入することにした。
その時ケイリィさんから、容赦なく傷口を抉りに行って金を搾り取っていたスエラの話を聞いたのだが、自業自得として聞き流しておいた。
「目安としてはここでは海堂の双剣、勝と南の杖って言ったところか」
「そうなりますね。勝さんと南さんは金属製か木製か選ぶ必要がありますが、最初なら軽くて丈夫な木製の方がよろしいかと」
「そうだな、あの嬢ちゃんと坊主なら彫り物がある木製の杖がちょうどいいだろうよ」
「海堂の双剣は?」
「あのあんちゃんは、魔法剣士だろう? 鋼をベースにして魔法銀で補強した奴があったはずだ。そいつの柄をあわせてやれば問題ないだろうよ」
さすがはプロだ。
こっちのニーズに合わせてきちんと品を出してくれる。
「わかっていると思うが、その魔剣はいらないからな?」
「ちっ、うちの新作だぜ? 金があるなら記念に一本どうだ?」
「はぁ、ちなみに効果は?」
ジャイアントの特性というか性なのか、ネタ商品をぶっ込まなければ気が済まないのだろう。
いくつか見繕ってもらった商品の中に紛れ込んだ禍々しい魔剣に一応ツッコミを入れておく。
サイズからしておそらく海堂が持つだろうと思われる。
「おう、聞いて驚け。巨大な岩も軽々と持ち上げ、素手で打ち砕くほど頑強な肉体強化を施してくれる一品だ! 値段は大負けに負けて五百万でどうよ!」
「たけぇよ。で、欠点は?」
「手に持っているあいだは常時興奮状態で、手放しても一時間は効果が続く、戦闘が終わったら男だろうが女だろうが犬だろうが猿だろうがお構いなしに襲い掛かる」
「だからその致命的な欠点をどうにかしろよ」
この際性別は問わないことは目を瞑る。
だがせめて人間かどうかくらいは選ぼうぜ、嫌だぞ海堂が戦闘終了後に俺たちに性的な意味で襲いかかってくるなんて。
咄嗟に切り捨ててしまう。
「で、いるか海堂?」
「どうだいあんちゃん、今なら誰もが羨む力が手に入るぜ?」
「遠慮するっす!」
一応、途中からこっちの様子に気づいていた海堂に聞くが、まぁ、当然断るよな。
性欲全開でバーサーク、現代の男なら誰もが避けたい状況だ。
「おらお前ら、とりあえずこの中から選べ」
「え~あのガラスケースに入った杖がいいでござる」
「値段見てから言え、なんならお前の杖は百均のおもちゃの杖でもいいんだぞ?」
「やっぱり初心者は木の杖からスタートが王道でござるよね」
「なんかすみません」
「気にするな勝、何か最近南の扱い方がわかってきたからよ」
集合をかけてカウンターに並んだ品物を見て、少しふざける南に合わせるように現実を付き突きつける。
さすがにゼロが八つつくような装備は買えないからな。
まぁ、それでもこんなのは南なりのじゃれ合いだ。
南がわがまま言って少し躾けるようにきつく言えばいつものように手のひらを返す。
こうやって行動を誘導してやればいいというお遊びのようなやり取りだ。
「お、そうだ。魔法をメインに使うってんなら、こういうのもあるぜ?」
「革手袋?」
「おう、杖を持つとどうやっても手がふさがるからな、なかにはそれを嫌がってこうやって魔法と相性のいい魔物の皮と魔石を組み合わせて手袋型の媒体装備を作って使うやつもいるぜ」
思い出したかのように追加で店主がカウンターに出してみせたのは殴るために作られた革手袋だ。
説明を聞く限り、両手をフリーにすることを目的とした格闘戦もしくは別の道具を使うことを主眼とした装備だ。
「こっちのほうがいいかも」
「勝、修道士でも目指すつもりでござるか?」
それに興味を持った勝は手にとってその感触を確かめている。
革手袋と銘打っているが、実際は金属と革手袋を合わせたもので、魔石が手の甲に埋め込まれていて、そこで刃物を受け止めることもできそうだ。
もちろん殴ることも可能で南の言うとおり、回復職で格闘戦も視野に入れれば、モンクという役職も選択肢に入ってくる。
「いや、なんていうかずっとなにか持ち続けることに違和感があるっていうか、手を空けていたほうが安全な気がするっていうか」
当の勝は確信があってこの装備を選んだわけじゃないようだ。
ただの直感、こうした方がいいのではと思ったゆえの行動みたいだ。
「お前がそう思うなら、それでいいと思う。なに、俺も偉そうに言えるほど経験を積んだわけじゃない。トライアル・アンド・エラー上等で挑めばいい」
「次郎さん」
「後衛でも、格闘戦に秀でた人はいくらでもいますからね。私も多少は使えますよ?」
「スエラの多少は、俺を吹っ飛ばすレベルだからあまり気にするな、自分のスタイルなんておいおい決まっていくものだ」
好きなものを選べばいいと最後に付け加える。
「なら拙者はこっちのケースの」
「俺はあっちのケースが」
「てめえらのはこれとこれだ。OK?」
「「了解っす(でござる)!! サー!!」」
俺の言葉に調子に乗りそうな奴らにはさっさとモノを引渡し黙らせる。
きっちりと背中につけている鉱樹の柄を掴み、目を少し細めるのがポイントだ。
海堂の双剣も南の杖も癖はあるが目利きは本職というだけあって信用できる店主が選んだ一品だ、文句は言わせん。
若干殺気と魔力が乗ったかもしれないが、今のこいつらなら少し寒い風になびかれる程度の感覚だろう。
直立不動で敬礼しているこいつらを脇目に会計を済ませる。
「次郎さん、次はどちらに?」
「予定としては防具屋だ。俺の装備も買い換えないといけないしな」
「次はもう少し、丈夫な防具を買わないといけませんね」
「俺よりスエラの方が気合入っているな」
「当たり前です。危険な仕事であると理解も納得もしていますが、危険は下げられる時に下げればあなたの安全を守ることにつながるのですから」
書類に金額を記載しそれを店主に渡すスエラとの会話、俺は俺で受取った商品を海堂たちに渡していく。
会計をスエラに任せるのは男として悩むところはあるが会社経費で買うのでこの場合は仕方ないだろう。
敬語を抜いたスエラとの会話はなんだか新鮮だ。
照れくさいという感じはしないのだが、痒みに似たこそばゆさはある。
彼女の方は誰に対しても口調が変わらないようなので、そのままなのが少し残念ではあるが、幸せというのはこういうものなのかと感じる。
そんな時間を楽しみたいところではあるが、あいにくと時間は有限だ。
続きは歩きながらするとしよう。
防具屋はここから歩いて数分、皆を引き連れて店に入れば、ここもここで閑古鳥が鳴いている。
「お、金のなる木が歩いてきたね」
「相変わらず嘘が言えないようだな」
「それがあたしだ。それで今日は後ろのやつらの防具かい?」
入店して早々、店員とは思えない形で切り出してくる女性店員は相変わらずのようだ。
裏表のない快活な口調は聞いていて逆に心地いい。
余計な話もなくこうやってこっちの意図を汲み取ってくれるところも俺的には好印象だ。
「ああ、それと俺の防具の方もな」
「なんだい壊れたのかい?」
「ああ、見事にぶすりとやられてな、防具の方も傷だらけでこの際新調しようってな」
「できるだけ安くて丈夫なのをお願いしますね、メイル」
「なんだい、スエラもいるってことはあんたら付き合い始めたのかい?」
「なんでそうなる?」
「ダークエルフってのはそれだけ恋愛感情に関しては特殊ってことだよ。そんだけ近くにいながら違うってのかい?」
「……違わない」
どうやらこの女店員、メイルとスエラは知り合いでダークエルフにも詳しいようだが、いきなりこうも差し込まれるとさすがに恥ずかしい。
スエラのいる手前、照れ隠しでも否定するのは嫌なので頭を掻きながら肯定してやれば、カウンターからニヤニヤしながら彼女は出てきた。
「いやぁ、やるじゃないかあんた! 結婚できるかできないか賭けの対象にすらなっているスエラを落とすなんて!!」
そのままスエラとは反対のとなりに立ち背中をたたいてくる。
そこで起きるのは現実とファンタジーの違い。
普通ならバシバシと音がするはずなのに、彼女の手のひらからはズシズシと重い音が響く。
魔紋で鍛えていなければ間違いなく骨折ものだ。
だが、そんな行為も、となりにいるスエラは恥ずかしがって手を頬に当てているが、嬉しくないわけではないようでそれを止めようとする様子はない。
「よし、こんなめでたいことを聞けたんだあたしも気合入れて防具を選んであげるよ!」
「割引はしてくれないんだな」
「それはそれ、あたしも商売なんでね」
なんとも公私を分ける発言に確かにと俺は頷いてしまった。
「とりあえず、サイズを測っちゃうから後ろの三人はこっちな、あんたのサイズは測ってあるからスエラと一緒にそこらの商品を見てな」
行動も公私を分けていて、エプロンのポケットからメジャーを取り出すと海堂たち手招きして手際よく計測している。
「次郎さん行きましょう」
「ああ」
あれなら問題ないだろうと俺は俺で防具を探すとしよう。
「やはり、もう少し重装備で行くべきでしょうね」
「それだと、動きが遅くならないか?」
「適切な箇所に適切な防具を、そうすれば今の次郎さんのステータスなら問題なく動けると思いますよ」
前回の装備は攻撃を受ける篭手と脛当しか金属部分がなかった。
それ故ゆるキャラゴーレムに後れを取った。
体が丈夫になってきていたので大丈夫だと油断していた結果だ。
「最低でも篭手と脛当以外に肩と腹部、それと頭の方も額当てではなくこの機に兜にしましょう」
「前衛ならそれくらいは必要か」
前回は予算の都合とソロで動くことを前提にした装備だったのでああなったが、今後はパーティメインの行動が増えてくる。
さすがに前を守るやつが紙装甲では話にならない。
「こっちの金属鎧は?」
「防御力は問題ありませんが、それですと極度の高温や低温に弱いので、こちらの表面は金属裏地に地竜の皮を使った防具の方がいいでしょうね」
「悩みどころだな」
「時間はかかってもしっかり考えましょう」
「そうだな」
この店は意外と広い。
ホームセンターの半分ほどではあるが、棚が高いために品数も多い。
その中を時間をかけながら巡り探し、俺とスエラは予算上で条件に合う防具を二つまで絞り込む。
マネキンに装備された装備はどちらも似たような防御を前提とした装備だ。
違いは西洋風の鎧か和風の鎧かでしかない。
篭手、脛当、胴体、両肩、そして兜と面当て、この五点に森蜘蛛と呼ばれる魔物から作った内着が含まれる。
色合い的に、西洋の方は白を基調とし所々に青色と金色、和風の方は黒を基調として赤と黄色、見た感じ正邪がきっちりとわかる。
「どちらも性能は同じですが」
「まぁ、それならこっちだな」
「私もそっちのほうが好きですね」
「それなら良かったよ」
選んだのは和風の鎧だ。
性能的に大差ないのならあとは好みの問題だ。
色合い的に好きだという理由もあるが、一見若武者と言われるような和風の鎧に対して西洋の方はなんだか勇者っぽくて好きになれなかったという理由もある。
「さて、俺のは終わったのだが、あいつら真面目に選んでいるか?」
「メイルがいるので選んではいるのでしょうが、真面目かと聞かれれば」
「そうだろうな」
不安が残るのだろう。
スエラの最後の方は歯切れが悪くなってしまった。
「見に行くか」
「はい」
来た時よりも早歩きで、カウンターのあったところにスエラを伴い向かえば。
閑古鳥の泣いていた店にしては賑やかな声が聞こえてくる。
「見るでござるよ勝! これが伝説のビキニアーマーでござる! まさか実在するとは!」
「お前、さすがにそれを着るつもりはないだろうな?」
「さすがの拙者も、これを着る勇気はないでござるよ。色々な面で危ないでござろうし」
「ふふふふふ、甘いね! あたしの作品がそんな中途半端な性能で終わると思っているのか!きちんと値段に見合った性能はあるよ! 魔石と水竜の皮をふんだんに使ったそれは付与魔法によって防御力の増加はもちろん。異性に魅了効果、虫刺され防止、森の中でも擦り傷一つ負わない表面を保護するスキンシールドを備え、装着者周辺の気温調整機能、日焼け霜焼け防止、魔法防御面もばっちりさ!」
「まさかの布面積に反比例しての高性能防具でござるな!? 大事な所しか隠していないでござるよこのビキニアーマー!? まさか、脱げば脱ぐほど強くなる理論がここにあるのでござるか!? これは買うしかないでござるな!」
「おい! そんな変な装備買うなよ! たたでさえお前、通販番組の品物を衝動買いして後悔しているんだからな!」
「うう、でも拙者のゲーマー魂がこれを買えと叫んでいるでござる」
「はいはい、店員さん真面目な装備でお願いします」
「あいよ、そう言うと思って用意はできているよ」
こっちは勝のおかげでパーティーメンバーに痴女が誕生するという事態は未然に防げた。
買い物に関して勝たちは心配いらないだろう。
「海堂のやつはどうした?」
「あちらにいるみたいですね」
「勇者忠誕生っす!!」
「「……」」
問題は姿の見えない海堂であるのだが、魔力を探ってスエラが海堂を見つけてくれた。
スエラの道案内のもとに、確かに海堂はいたのだが姿見に映った真正面から見た海堂は黄金の鎧を纏っていて俺とスエラは絶句するしかなかった。
ナルシストが入っているのか、うっとりと自分の世界に入っている海堂の姿はビキニアーマーを着ようとした南よりひどいことになっている。
「あ、先輩どうっすかこの装備! イケてないっすか?」
だが、このまま放置してはいけない。
形はジャイアントの職人たちが作っただけあって見事なものではあるのだが、それを着ている海堂が釣り合っていない。
着ているというより着せられている感覚が強いせいで、見事に三下の貴族が成金趣味で作らせた防具を装備しているようにしか見えない。
端的に言えば、死亡フラグが装備を着て歩いているようにしか見えなかった。
「返してこい」
「え? なんでっすか? こんなにかっこいいのに」
「もう一度だけ言うぞ海堂、死にたくなかったら返してこい」
「そこまで言うっすか!?」
「海堂さん、その装備はちょっと……」
「スエラさんまで!?」
俺はお前のために言っているんだと、わかるように両肩に手をおいて言う。
スエラも同情的な表情を浮かべて、その装備をやめるように説得している。
「かっこいいと思うんだけどなぁ」
「レベルが足りないと思って諦めろ」
「残念っす」
悔しそうに黄金の鎧を脱いで元の位置に返しに行く海堂を見送る。
「危なかった」
「さすがにあの装備を購入するわけにはいかないですね」
「そんなに高かったか?」
「ええ、黄金は魔法との相性もいいので性能的に付与魔法も付けられてざっと、このような額に」
「……無理だな」
「さすがに確保した予算の二百倍の値段は……」
俺は死亡フラグ的に止めたが、スエラは予算的にダメ出しをしたみたいだ。
海堂が持ってきた鎧の値段はゼロの桁がおかしいことになっている。
どっちにしろ買えなかったが、壊していたらと思うとゾッとする。
「はぁ、海堂の装備を見繕うとするか」
「手伝いますね」
「すまんな」
「いえ、ダンジョンの中に私はついていけませんのでこれくらいはさせてください。それと、謝るのではなく」
「ああ、ありがとう」
「はい」
正解ですと言うように笑顔を見せるスエラを伴って俺は海堂の装備を三人で揃えた。
そのまま海堂を連れてカウンターに戻る頃には勝たちの装備も選び終わっている。
「サイズ合わせは明日には終わらせておくから、明後日の昼頃取りに来な」
「そんなに早くできるのか?」
「見ての通り暇だからね!! 忙しくしたいならもっと顔を出しておくれ」
「金に余裕があったらな」
防具の方はさすがに当日というわけにはいかず、サイズ合わせが必要だ。
もはや持ちネタとなった閑古鳥、それを気にした様子もなく快活に笑うメイルに合わせて別れを告げる。
「思ったより時間かかったっすね」
「でも楽しかったでござる! いろいろな装備があって俄然ダンジョンへのモチベーションも上がるものでござるよ!」
「はしゃぎすぎるなよ。お前興奮しすぎると眠れなくなるからな」
「なら勝、いつものホットミルクを所望するでござる!」
「わかったわかった、はちみつたっぷりのやつだな」
店の外でワイワイと騒ぐ三人。
「大丈夫ですよ。次郎さんならきっと彼らとダンジョンを攻略できます」
「顔に出ていたか?」
「いえ、ただなんとなく。女の勘ですかね?」
それを見ていて本当にこれで大丈夫だろうかもっと準備できることがあるのではないかと、不安に思っていた気持ちが表に出ていたのだろう。
それを察してそっと俺の手を握ってスエラが励ましてくれる。
「ああ、それなら間違いないな」
「ええ、ですから自信をもって挑んでください」
ここ最近ダンジョンに挑んでいない。
あんなことがあったのだ。
リハビリを兼ねた模擬戦は実施しても、不安はぬぐいきれない。
今回の装備新調もその不安を払拭するために企画したのだが、やはり敗北の経験から生まれた不安は残ってしまう。
そんな気持ちを彼女は優しく拭い去ってくれた。
「ありがとう」
「はい、頑張ってくださいね」
田中次郎 二十八歳 独身 彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
職業 ダンジョンテスター(正社員)+リクルーター
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
今日の一言
彼女の声援に応えるために、気合を入れて仕事の遅れを取り戻すとしようか。
はい!
パーティーメンバーの装備新調の巻でした。
装備の描写に関しては次回に繰越という形で行かせてもらいます。
これからも勇者が攻略できないダンジョンを作ろう!!をよろしくお願いします。