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205 デブリーフィングは各々でやる

 Another side



 社内の一室。

 時刻は深夜となり、誰も仕事をしていない社内に灯る一つの光。

 その光は最上階に位置する部屋から漏れていた。


「報告は以上となります」

「うん、どうやら事態は収束に向かっているようだね」


 その一室にいる人影は二つ。

 片方はその部屋唯一の席の前に立ち、片手に報告書を持つエヴィア、もう一つはその報告を受ける側の魔王であった。


「はい、地域の暴動及び反乱は順次鎮圧、勇者を捕縛後は天使たちはダンジョンを撤退、現在ダンジョンの方も攻略しておりますが、抵抗は少なく時間をかけることなく制圧が終了するでしょう」

「竜王と巨人王が出ているんだ。間違いは起きないだろうね」


 ようやく後始末が終わったと、普段は見せないだろう疲れたと言わんばかりに豪華な椅子の背もたれにもたれかかり、溜息を吐く社長。

 その椅子の前に広がる豪華なテーブルには今回の事件、それこそ初めから経緯、そして終息含めてまとめてある。

 それをつい先ほどまで読んでいたのだ。

 膨大な量の情報を精査するのはいつものことだが、顔には出していないものの勇者と戦ってからもうすでに一週間経っている。

 その間、魔王は一睡もせず今回の事件の処理に精を出していた。

 魔王という人外どころか怪物のそろう魔王軍の中で頂点に君臨する強靭な肉体。

 その肉体をもってしても、疲れを感じてしまうようだ。

 戦いは今も継続しているが、最も危険な状況からは脱して、ようやく一息がつけたということ。

 暴徒の鎮圧、敵戦力の撃退、敵の拠点の襲撃、損害を被った村街の支援、今回の戦で落とした命に対する補填。

 末端業務にはさすがに手を出さないが、それでも組織のトップたる魔王が許可を出さないといけない部分は多い。


「それで? もう一つの報告を聞こうか」


 そして、問題というのは片づければ片づけるほど出てくるもの。

 溜息一つこぼせば、意識の切り替えは完了。

 小休止と呼べないほどわずかな休息を隔て、魔王は再び姿勢を正す。


「はい、勇者を支援していた背景を洗いましたが、やはり太陽神の関係者が濃厚かと」


 魔王ほどではないにしろ、怪我からの病み上がりの体に鞭を打ち、同じく不眠不休で事後処理に当たっていたエヴィアは今回の戦争の原因を調査していた。

 一領地の力で、ダンジョンに天使を集結させることなど普通なら不可能。

 なんらかのバックアップがあるとみていた魔王はその調査を命じていた。


「熾天使を出してきたんだ。生半可な支援者じゃないだろうね。当然、痕跡も消しているんだろ?」

「はい、調査でおそらく連絡に使っていただろうと思われる組織まではたどり着けましたが全員の死亡を確認。書類なども見つかりません。死亡していた構成員の身元を現在調べていますがおそらくはわからないかと」

「この結果は予測はしていたさ。だれが後ろで動き回っているのはわかっている。だけど尻尾は掴ませても、その先にはたどり着けない。勇者である、名もない彼はただ利用されたわけさ。私たちのなかではよくある話さ」


 なにも、攻め込むのは魔王軍の特権というわけではない。

 当然、勇者側からの侵攻も過去の歴史から何度もあった。

 今回もその例に漏れない話。

 そして、その侵攻の一番槍を任せられるのは大概が勇者だ。

 そしてその勇者のほとんどが消耗品。

 魔王城に攻め込み、魔王を倒すことはできるがその戦いの激しさゆえに生還する例はほぼない。

 ようは理想という未来のための使い捨ての駒ということだ。


「……途中報告なのですが、敵のダンジョンは、地方のダンジョンコアを強奪し、合体キメラコアを使用した可能性があると」


 勇者の血筋を持つ魔王。

 そんな特殊な環境において、この一国を背負う魔王は勇者である母親のことを尊敬していた。

 それゆえ、今回のように使い捨てにされた勇者に思うことがあるのかもしれない。

 そんな雰囲気を感じ取り、エヴィアは魔王の話を肯定も否定もせず、話題の転換に乗り出す。


「となるとだ、いくつかの町のダンジョンの停止はこれが原因ということか、まったく、稼働しているダンジョンは貴重だというのにね」


 その話に魔王もまたあっさりと乗る。

 大して気にしていないという雰囲気を出しているが、心中を察することはできない。

 だが、ここで話を蒸し返すこともできないため、エヴィアはそのまま報告を進める。

 しばらくはペラペラと書類をめくり、内容の確認をする問答が続く中。

 ふと、魔王の視線が一つの書類に止まる。


「おや、これは」

「……田中次郎がどうかしましたか?」

「エヴィア、わかっていて聞いているだろう?」

「……」


 それは一枚の報告書。

 その作成者は、魔王軍の中で一番下とはいえ役職を得た人間の田中次郎が作った物。

 本来であれば社長の目に留まるような立場の報告書ではないが、当事者であり、今回の結末をまとめた内容が内容のためにこの場に存在していた。

 先ほどまでの重い雰囲気から一転、楽しそうにその書類を魔王はめくる。

 その内容はエヴィアも知っている。

 なにせ、スエラから提出され、この場に持ち込んだのは彼女自身。

 当然内容は精査している。


「フフフフ、彼の周りは本当にいろいろなことが起きるね。堕天使を連れてきたときは珍しいことも起きると思っていたけど、こんなことが続くならもはや彼は運命にそうなれと定められているんじゃないかと思うくらいだよ」


 一枚、また一枚と、報告書を読み進めるたびに魔王の笑みは深くなる。


「まさか彼の周りにまた天使が身を寄せることになるとはね。周りの貴族たちがよく文句を言わなかったね」

「言わないとでも思っているのでしょうか?」

「いや?あの頑固な石頭たちが何も言わないとは思っていないよ。どうせ処刑台の準備を始めようとしたのだろう? でもそれが起きていない。きっとおせっかいな鬼や不死者が動いたんだろうけど、そこにきっと悪魔の影もあるだろうとも思っているよ」

「……」


 その報告書は先日この社内に住み着いた堕天使であるヒミク以外に、もう二人住み着くこととなった天使に関する報告書。

 本来であれば迎え入れることなど不可能に近い存在が、今、エヴィアが管理するダンジョンの中を闊歩している。

 ヒミクの場合は堕天しているということもあり、無理やり話を通すことができたが、今回の話は違う。

 堕天せず、純白の翼を携えたまま社内にいるのだ。

 理屈どうこう以前に、魔王軍的に完全にアウトな光景だ。

 しかし、物事には例外というのがたびたび存在する。

 その例外ゆえに、今回のようなことがまかり通ってしまった理由があるのだ。

 その例外を知り、許可を出す立場にいる魔王は口元からわずかな笑い声をこぼしながら楽しそうにその一文に目を通し。


「私としてもこの結果は予想外だよ。なにかは起きるとは思ってたがね。意図的にテスターには勇者になりえる存在を揃えたとはいえ、ここまでの結果を持ってくるとはね。勇者にならないように手配しても、その素質は勇者候補ということか。天使の誓約。まさかそれを結んでしまったとはね」


 天使の誓約それは、天使という存在にとっては主神からの命令に等しい一種の契約のようなもの。

 元々は、何かをしない代わりに何かを得るという代価契約の上位互換というものなのだが、今回は少々特殊な使い方をしてしまったのだ。

 その契約の内容は、自衛以外で魔王軍への攻撃を制限する代わりに、勇者のそばにいさせてほしい。

 細かい内容はまだあるが、大まかにいえばこのような内容になる。

 だが、当然それだけでは周りが納得しない。

 それ以外の代価も存在する。


「私としても、現状の太陽神の情報を得られるのはありがたい。その真偽を確かなものにするための誓約と考えるのなら、危険の一つや二つ体内に抱え込むのも悪くはない」


 値千金の情報を双子の天使は魔王に提示してきた。

 本来であれば裏切り行為に等しいこの交渉。

 天界からの追放もあり得るような出来事であるが、当の双子は気にした様子もなく素直に自分たちが知っている情報を魔王軍に提示している。


「でも、堕天使と契約を結んでいる田中次郎ではなく、その部下である海堂忠と契約を結ぶとは私も予想外だったよ」

「最初に戦場から救助し、そのあとの双子の世話をしていた際に懐かれたと報告は受けていますが」

「天使を、それも最上位天使を手なずける。どんな手法を使ったか興味がわくね」


 仮にも最上位天使。

 戦闘能力もさることながら、その性格は独自の判断基準で動くことが多いことから癖が強い。

 そんな存在を引き込め、さらには協力的にさせるのなら、はるか昔に断念した対話による講和も可能なのではと魔王の心の中で考えさせられた。


「田中次郎からは偶然に偶然が重なったかのような奇跡のような出来事だったらしいですが」

「うん、海堂忠の魂の色、そしてその性格、そして今回の天使への対応、そのすべてが噛み合った結果だというのは報告書に書いてあるけど……」


 エヴィアが少し表情を曇らせるときは、迷いがあるときだというのは付き合いの長い魔王からは理解している。

 その表情の変化はほぼないと言えるが、微妙な雰囲気の変化からその手法の説明を言うか言わないか悩んでいると推測できた。


「この、魔法少女というので意気投合したと書いてあるが、件の天使たちと同じ年齢の魔導士でも派遣したのかい?」

「詳細は知りませんが、こちらの世界で存在する架空の存在の話と聞いております」

「ほう、こちらの世界は娯楽が豊富だとは聞いていたが、そんなものまであるんだね」

「まだ把握できていない文化であると思われます」

「召喚されてきた勇者たちが、我々の世界に早めに順応できている理由はそこにあるのかもしれないね。田中次郎からダンジョンの改善案でそういった情報が出ていると聞く。そういった文化に対する調査もすべきと思うかい?」

「なんとも言い難い部分ではありますが、一考の価値はあるかもしれません」


 あくまで紙媒体上からくる情報を見ての魔王の意見であったが、エヴィアの場合その報告書の内容を確認するために責任者である次郎からの話も聞いている。

 呼び出された次郎は、苦笑というより、天使の在り方というのに疑問を抱き、本当に大丈夫なのかと懐疑的な内容に困惑しながらも現状の報告を行なってくれた。

 実際に監視という名目で、次郎は天使たちのそばに置いていた。

 その際に、余暇を過ごすために海堂が持ってきたDVDの中に少女向きのアニメもあった。

 それに、はまる天使がいるのか。

 あるいは主神の命令にも等しい誓約を課すのかと、堕天使であるヒミクから聞かされた情報を照らし合わせ、趣味嗜好は人いや天使それぞれと納得し、おとなしくしているのならいいかと判断したようだ。

 素直にそのままの情報を提出されたエヴィアからすれば、実際の映像を見て、どこがいいのか理解できずにいた。

 だが、実際に成果を出していることからなんらかの価値があるものだと判断した。

 なので、魔王の意見も前向きに受け取っているのだ。

 これが後の魔王軍にどんな影響を及ぼすかは知らない。

 これは、とある事後処理での一つの会話内容にすぎない。

 だが、もしかしたら、この会話がとんでもないことの引き金になるかもしれない。


 Another side End


 今日の一言

 反省会をしているとき、結果を出しているものが意外なものであるときもある。


今回は以上となります。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売となります。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 203話 『そう、禁断の愛から生まれた方よ。懐かしいの。魔王様の祖母君は勇者で先代の魔王様と添い遂げた。当時はそれでかなり問題になったの』 205話 勇者の血筋を持つ魔王。  そんな…
[一言] なんとなく海堂のもとに双子天使は来るだろうなと予想してたが、まさかきっかけが魔法少女とは(笑)
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