204 仕事というのは時には別れも来る
「そ、それでどうなったノ?」
社長による蹂躙の始まり。
勇者の特権たる聖剣まで取り出した段階で、アメリアはベッドから前のめりになるかのように体を前かがみにして話を聞きたがる。
それなりの時間を話しているため、そろそろ口元が寂しくなってくる。
ここいらで小休止がてら煙草を吸いたいが、ここは医務室。
前に会社の医務室で俺は吸っていたが、あの時はけが人が俺で、許可を出してくれた監督官がいたから吸っただけで、さすがに未成年のついさっきまで意識がなかった奴がいる目の前では吸わない。
なので、このまま続きを語るのだが。
「どうもこうもない。そのあとは大どんでん返しや山あり谷ありのストーリーがあるわけでもなく、無事社長がカーターの野郎をぶっ飛ばして捕まえておしまいだったよ」
期待しているところ悪いが、生憎と物語のクライマックスはもう、過ぎてしまっている。
「へ?」
「いや、そこでなんでって顔をされても困るんだがな。向こうさんの切り札で、頼みの綱である聖剣まで社長が使ってきたんだぞ? 勝つ要素が減った時点で普通に終わるんだよ」
アメリアに言った通り、あの後の戦いというのは今まで裏で暗躍していろいろとやっていたにしては呆気なく幕を引いた。
聖剣を持ったカーターの片腕を、社長の聖剣が切り飛ばしそれで幕引き。
あっという間に魔法の嵐に包まれ、嵐が過ぎ去った後にはぼろ雑巾のほうがまだまともな姿だろうと言えるくらいの本当に虫の息だと言えるような姿で地面に転がっていた。
「えー」
「盛り上がりに欠けるって顔ありがとよ。仕事にトラブル待ち望んでどうするんだって、普通に終わった方がいいんだよ普通に」
現実なんてそんなものだ。
秘めたる力が土壇場になって目覚める、なんてことは実際に体験していたからこそわかるが、滅多に起こりえることではない。
敵側であるカーターの野郎が覚醒して盤面をひっくり返されるのも困る。
有利な状況で終わるときに終わった方がこっちとしては都合がいいのだ。
そんな結末に不満があると言わんばかりにほほを膨らませるアメリアに俺は苦笑するしかない。
「フシオ教官の口ぶりからして、相手にも秘策があったみたいだが、その秘策ごとつぶされちゃ世話ないわな。まぁ社長がでれば十中八九は蹂躙劇みたいな感じの結末になるみたいだったようだがな」
「アイタ!?」
そんな仕事にトラブルを望むやつはこうだと、人差し指で身を乗り出しているアメリアのおでこを弾いてやれば、わずかな痛みと同時におでこを抑える。
「カーターの野郎からしたら、社長と戦うのはもっと後の話だったみたいだが、アメリアの中にいた魔王の魂を社長と勘違いして、弱っているのならチャンスだと挑んできたみたいだったんだよ」
おまえ地味に危なかったんだからな?
と説教をすると、シュンとしてごめんなさいとアメリアは俺に謝ってくる。
反省しているのならよしと、頷き。
「それで、こっちの説明が終わったわけなんだが、アメリアお前の方のことを聞きたいんだが、何かわかるか?」
とりあえずここまでの経緯を説明したが、俺の本命として、俺の仕事であるアメリアの救出。
それは一応達成できたが、その結果を見届けなければならない。
会話した感じ記憶に問題はないように感じる、一応この後検査することになっている。
教官や医療スタッフからは魂と身体に異常は見られないとは聞いている。
問題ないとは聞いているが、気になる点はある。
最後の最後、戦っている最中に相手に異常が起きたのは間違いない。
あの白い鎖、あれは体の動きを阻害しようとした動きだった。
自分で自分を縛るなんてことを戦いの最中にするバカはいない。
それをだれがやったかということだ。
まぁ、あと、いくら刃が覆われて斬撃能力がなくなっていたとしても、鈍器でぶん殴ったのは事実。
体に異常がないか少し心配になっている部分もある。
「え~と」
「わからないならわからないんでいいぞ」
正直に言えば、何か情報が出てくるなんて期待はしていない。
なにせ、ずっと意識を失っていて、ほかの魂に体を操られていたのだ。
何かやっていたという記憶がある方がおかしい。
あれば儲けもの。
その程度の感覚で俺は質問しているわけだ。
なので、何もなくても仕方ないと割り切っていたのだが。
「授業を受けてタヨ?」
「は?」
アメリアの口から予想外の言葉が出てきた。
「授業? 夢の話か? 眠いならもう少し寝てた方がいいぞ?」
言いにくそうに、最後は疑問符を付け加え、恐る恐る言ってきたアメリアの言葉に、まだ本調子じゃなかったと思い休ませようとしたが。
「違うヨ! 魔法の授業!!」
当人が力強く否定してきた。
しかし、魔法の授業? 誰がという前に、この魔法の授業というワードがどう意味を指すのか。
素直に魔法に関する授業だと思えばいいのか。
それとも魔法を使って特殊な授業を演出したのか。
前者は素直に、後者は少し穿った捉え方をしているが、どちらの意味でも一応は理解できる。
「マイクが、心の中で私に賢者魔法を教えてくれたノ!」
「は? マイクってあのマイクか? なんで魔王が、お前に魔法なんか教えてんだ。それも、賢者の魔法って」
「えっと、マイクは魔王じゃなくて、賢者だったんだヨ!」
「?」
俺の記憶が正しければ、マイクという魂だけの存在は魔王の魂のことを指す名称だったはず。
だが、アメリアはマイクは魔王ではなく賢者だという。
それを指す意味が分からず首を傾げ。
「そうか、楽しい夢だったんだな」
「夢じゃないヨ!!」
ポンと肩に手を置き、やさしく言ったつもりだったんだがどうやら、真剣な話だったらしく。
プンプンという音が付きそうなほど、機嫌を損ねてしまった。
けれども、状況を説明はしてくれるらしい。
ポツリポツリと、思い出すように眠っている間に何があったかを、そして。
「……そうか、あいつは消えたのか」
「うん、最後に私の体を取り返すって、言って、最後の魔法だって、言ってたヨ」
賢者の魔法。
それの正体は、マイクと呼ばれた過去に存在した賢者の魂の残滓が、その魂自体に刻み込んだ魔導書。
それをアメリアの魂に刻みなおした。
魔王の魂を封印するという役割。
それが担えなくなった。
ならば、せめてもの罪滅ぼしでとアメリアに自身が持っているもので託せるものを託したんだと俺は思った。
「これで、君は、立派な、賢者だって、言ってた、ヨ」
「そうか」
「私、全然、魔法の使い方なんて、わからないのに」
「ああ」
そして、その気持ちをきっとアメリアは理解していたんだろう。
最初の普段と同じような笑顔は、きっと、旅だったマイクに心配かけないように気丈に振舞ったアメリアの答えなんだろう。
たとえわずかな期間でも、彼はアメリアとともに同じ時間を過ごした。
その同じ時間を過ごした相手が、予期せぬことでもう会えなくなってしまったんだ。
「ただ知ってるだけだヨ。それで、賢者なんて」
俯き、手の甲にポトリと落ちる雫。
アメリアとマイクの関係を表すのは何といえばいいのだろうか。
友達? 恋人? 兄妹?
どれも違うように思えて、なんと表現すればいいかわからない。
そんな関係であるにもかかわらず、アメリアの胸の中にはポッカリと穴が開いてしまったのだろう。
短い間でも、仲のいい人がいなくなれば悲しくなる。
それをアメリアは知った。
「なぁ、アメリア」
「……」
「マイクは、最後になんて言ってお前と別れたんだ?」
だからだろうか。
いずれ訪れる、俺も体験するであろう。
永遠の別れを体験した少女に、俺は聞く。
ごめんと謝ったのか、それとも元気でと励ましたのか。
あるいは寂しく終わるのが嫌でその場を冗談で和ましたのか。
「マイク、最後にネ」
「……」
その結果を知っているアメリアは、ゆっくりとうつむいていた顔をあげ、別れたショックがあるにもかかわらず、その瞳から大粒の涙をこぼしながらも笑顔で。
『アミー、名前の無い、名前を失った僕に名前を付けてくれてありがとう』
「名前の無い、僕に、名前をくれてありがとうって、言って消えちゃった」
マイクが残してくれた。
最後の言葉を嬉しそうに言うのであった。
アメリアの言った言葉に、俺はなんとなくだが、マイクの野郎が最後の最後で笑顔で去ったのを幻想した。
その言葉を思い出し、アメリアは再び下を向き、涙をこらえるように我慢している。
「泣きな、それが故人への手向けになる」
「っつ、ああ」
だが、その感情は我慢しなくていい。
ポンと頭に手を置き、ゆっくりと撫で、マイクの名を呼ぶ少女の感情を解き放つ。
アメリアは手を握りしめ、胸に抱え込む。
静かな医務室に響く、少女の泣き声。
人生ってのは、理不尽と言えることがたびたび起きる。
対岸で起きていた出来事が、次は自分に降りかかってくる。
その中で、こんな別れが起きる。
もし、カーターが反乱を起こさなければまだマイクの魂はアメリアの中にいただろうか。
一つの野心が、一つの仲を切り裂いた。
そう思うと、世の中ってのは本当に残酷だ。
ただ感情をあふれさせることで、次へ動き出せるようにしてやることしかできない。
「ああ!! リーダーが、アミーちゃんを泣かせてるでござる!!」
どれくらいの時間そうしていただろうか。
騒々しく入り口で叫ぶ姿を見てやれば、防具だけを外し、簡易装備になった南が俺を指さし叫んでいた。
静かにしろと睨みつけるも、そんなことで奴がひるむわけもなく。
「どうしたでござるか? リーダーの顔が寝起きで怖かったでござるか?」
「おい、俺の顔面は凶器か何かか」
小走りで走り寄ってきたと思ったら、ベッドのわきに座りそっとアメリアの頭を抱きしめる。
その際俺は手を引き、南のアメリアが泣いた理由に関しての予想を非難するが言った当人はどこ吹く風かと気にした様子を見せない。
「日に日に、顔がキオ教官に似てきているリーダーの顔を寝起きで見たら拙者でもガチ泣きでござるよ」
「おし、わかった。南、お前俺に喧嘩売ってんだな。後で買うから覚悟しておけ」
「残念ながら、現品限りでござるから、時間外には販売していないでござるよ~」
そこまで凶悪な面になったつもりはないと、抗議するもそれすらも左から右へと聞き流す始末。
終いには。
「大丈夫でござるよ~、拙者の胸でもう怖いものは見えなくなるでござるよ~」
俺からアメリアを隠してしまった。
このやり取りは、普段のパーティールームでのやり取り、さっきまでの暗かった雰囲気を、南は流してみせた。
そんな俺たちのやり取りの中にクツクツと小さいが、笑い声が漏れた。
「お、笑ったでござる。大丈夫でござるか、アミーちゃん」
「うん、ちょっとだけど元気でたヨ」
「ヨシヨシ、少しずつでいいでござるよ」
その声を聞き、俺からしか見えなかったがうまくいってよかったと、安堵の色を南は見せた。
そんな顔を見ては、これ以上俺が怒るわけにもいかない。
仕方ないと、溜息をこぼし。
「はぁ、南、交代までの時間までだいぶあったはずだが、何かあったか?」
シリアスな雰囲気が嫌いな南が、いささか力業ではあったが効果があったようだ。
人が悲しんでいたら放っておけない、まるで勝のような動き方だなと、指導が徹底していると感心しつつ、予定よりも早い南に来訪理由を聞けば。
「あ、海堂先輩が双子天使に囲まれてピンチなので助けに行ってほしいでござる」
「またか」
さらりと、重要なことを宣った。
ちらりと南に抱きしめられているアメリアを見れば、まだ力弱いが笑っている。
それに安心し、起きたトラブルを収拾すべく席を立つ。
「アメリアはもう少し、休んでろ。南、あんまし騒ぐんじゃねぇぞ」
「あ、次郎さん!」
「なんだ?」
「えと、助けてくれてアリガトウ!」
「……気にすんな」
とりあえず、今回の仕事は終わったな。
今日の一言
出会いがあれば、別れもある。
それが、つらい時もある。
今回は以上となります。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売となります。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。




