203 見ることもまた仕事だ
「!」
「よぉ、寝坊助姫。気分はどうだよ?」
ぐっすりと眠っていたアメリアが突如として目覚め。
掛け布団を跳ね飛ばし起き上がった。
そしてキョロキョロと辺りを見回しているもんなんで煙草を吸っていることをアピールしながら声をかけてやる。
「次郎、さん?」
「意識は戻ったようだな。苦労した甲斐はあったようだ」
まだぼぉっとしているのか、俺の方を見ても焦点が合ってなかった。
だが、その口調、雰囲気、間違いなくアメリアだと断言できた。
一応、フシオ教官と社長からの太鼓判はもらっているが、やはりこうやって面と向かって会話して確認をとる方が安心できる。
「ここ、は?」
「魔王城の医務室だ。お前、助けたはいいがかれこれ三日も寝っぱなしだったんだぞ」
「三日? 私は、確か」
「まぁ、お前からしたら一瞬かもしれんがな」
ゆっくりと頭が覚醒してきたのか、自分がどういう状況に陥っていたのか情報が噛み合ってきたのか、だんだんと状況が飲み込めてきたようだ。
そんなアメリアを見て話は聞けるか?と聞けばゆっくりと彼女はうなずく。
見た感じは体調も悪そうにも見えず、会話はできそうだ。
もし仮に途中で体調を崩すようなら休ませればいい。
そう思い、ここまでの経緯を話し始める。
それは遡ること三日前。
どうにかアメリアを救助できた後の話に戻る。
『次郎、ここは危険じゃな。早々に魔王城に避難するぞ』
「ええ、どうやらそのようで、嫌な空気がビンビンに感じますよ」
どうせなら一服くらいできる時間が欲しかったところだが、それどころではなさそうだ。
空気が悲鳴をあげていると言えばいいのだろうか、確かにこの場は戦場に近く不穏な空気が漂っているような場所ではあったが、今はまるで爆弾の前に立たされているかのような雰囲気を感じる。
その空気の発生場所は考えなくてもわかる。
離れた場所でもわかるくらい騒がしい空間。
社長と勇者が戦っている空間が、ウオーミングアップが終わったと言わんばかりに本格稼働し始めている。
まるで噴火しそうな火山のように。
ここももう間もなく戦う場所になるというのを肌で感じ、教官に視線を向ければ無言で転移魔法の準備を始めていた。
俺は気絶したアメリアを背負う。
「ヒミク、すまんがあの二人任せていいか?」
「わかった。だが、いいのか?」
「教官が何も言わないってことは、俺が責任をとるのならいいってことだよ」
その際に兜を外し素顔をさらしたヒミクに一つの指示を出す。
一旦避難させ、戦闘の余波から守っていたヒミクの妹。
ヒミクによって拘束されて、眠らされているが、彼女たちも熾天使。
その力が一般人と比べるのもおこがましくなるほど強大なのは明白。
敵対する組織の存在であるのも事実。
連れて帰るよりも、この場で処断したほうが賢明。
だが。
「お前と、約束したからな」
「主」
一度連れて帰り、面倒を見ると言ったのだ。
その言葉を翻すのは無しだ。
俺の覚悟をくみ取ってくれたのか、あるいはこのまま放置したほうがおもしろいと踏んだのか、なんとなく後者のような気もするが、教官は俺の方をちらりと一瞥をくれた後にカラカラと顎骨を鳴らすのみ。
連れて帰るなというどころか、まっさきに処断せよと言われると思っていた身としてはいささか肩透かしである。
ヒミクが両腕に双子の天使を抱き、俺の背にはアメリア。
そして。
「生きてるっす、俺、生きてるっす」
「そうねぇ、なんで私たち生きているかわかんないけど、生きてるわね」
「……実はここは現実ではなくて地獄、なんてことがあったりするのではないでござろうか」
「「怖いこというな(っす)!」」
がむしゃらに生き残った三人は、静かになり、五体満足であることが不思議であるかのように振舞っていた。
まぁ、いくらサポートしたとはいえ、格上相手に何時間も戦い続けたのだ。
少し心が疲れてしまったのだろうよ。
「教官、お願いします」
『カカカカ、承知した』
そんないろいろと疲れ切った俺たちが教官の転移魔法で連れてこられた場所。
『人間を招き入れたのは幾年ぶりになるであろうな。どうじゃ、次郎。魔王城に入った感想は』
「変なところに迷い込んだら、死にそうな雰囲気ですね」
『概ね、間違っておらんのう。ここは機密が多い。好奇心は己が寿命を縮める』
「肝に銘じておきます」
そこは魔王軍の最後の砦。
魔王を守る居城。
その中がまともではないのは想像していたが、まだまだ甘かった。
突き刺さる視線は侮蔑も驕りもない、ただ純粋な警戒する視線。
俺たちが敵ではないのはフシオ教官がそばにいるからこそ理解を示してくれている。
だが、歓迎もされない。
わずかでも不審な行動をとればどうなるか、言わなくても想像できてしまう。
どうにか教官の言葉に苦笑を漏らし、ついてこいと言う教官の先導のもと歩き出す俺たち一行。
そして、案内されたのは。
「ここは」
『医務室、みたいなものじゃ。次郎、その娘をそこの寝台に寝かせよ』
「はい」
ただ白く、中央に寝台が一つだけあるという不思議な空間。
教官に言われた通りアメリアをその寝台に寝かせ、離れると結界が張られる。
『この娘は確かに生き延びたが、魂がひどく疲弊している。この場は魂を治療する場よ。しばらくは安静が必要じゃが、直に目を覚ますじゃろう』
薄緑色の光が結界より放たれ、その光がアメリアを包む。
それが治療行為だと知った俺たちは自然と安堵のため息を吐く。
『次に貴様たちの治療と行きたいところじゃが、時間が惜しい。ついてこい』
そして、次は俺たちの番かと思っていたが、そうではないらしい。
危険なアメリアだけ、治療を施し。
俺たちは別室に連れていかれる。
『貴様たちは運がいい。ワシもこの戦いを見るのは幾年ぶりになるか』
そこは魔王城の中央広間。
広間の中央はガラス張りになっているかのように地面が透けて見える。
そこを覗き込むフシオ教官に従って俺たちものぞき込めば。
『あれが、魔王様の戦う姿よ』
楽しそうに杖を振り、逃げ惑うカーターの奴を追い詰める社長がいた。
「す、すごいっす。なんすかあれ、いったいいくつの魔法を使っているんすか」
「それだけじゃないわよ。一つ一つが最上級魔法よ」
「チートっていうのはああいうのを言うのでござろうな」
コールタールのような湖から聖剣の光を巨大な刃にして脱出したカーターは、その刃をそのまま社長に放つも。
聖剣の光など毛ほども気にしていないかのように、その光ごと魔法で圧倒している社長。
守るものがなく、一対一に集中できる環境が整うだけでこうまでも結果が変わるのか。
あの時の闘技場での戦いはやはり制限をかけていたのだと理解させられる。
自制をやめ、相手を倒すことだけを考える社長の姿は活き活きしている。
流れるように多種多様の魔法を放ち、爆発を爆発で塗りつぶしたかと思えば、その爆発ですら凍り付くような吹雪を巻き起こし、その吹雪を飲み込むような土砂の波を生み出し、その土砂の波を裂く雷を天から降り下ろす。
今の俺たちでは逆立ちしてもできない芸当。
南の言葉ではないが、俺から見ればチートのような存在でしかない。
そんな社長とカーターの戦い。
誰が見ても社長が有利で、カーターが不利。
このまま決着がつくかもしれないと内心思いつつ。
「まだ諦めていないか」
表情が絶望していないカーターの様子が心に引っかかる。
聖剣から光が放たれ、魔法を切り裂く。
遠距離戦もできるのかと、上空から遠目で見るからこそかろうじて位置が把握できるほど速く動き回るカーター。
まだ勝負を捨てていない様子に何かあるのではないかと考える。
そして、その何かを考えていると。
「……近接戦に持ち込みたい?」
『正解じゃ』
その行動に見覚えがあり、そこから答えに行きつく。
なにせ、見覚えどころかに身に覚えがあったからな。
遠距離戦では勝ち目のない俺が近接戦に持ち込もうとしている。
まさしくカーターはその通りに動いている。
ボソリとこぼした言葉なのにもかかわらずフシオ教官は俺の言葉を肯定する。
『勇者は魔法による撃ち合いでは勝てぬと踏んで、自分の力が最大限生かせる距離に入ろうとしているわけじゃな。それこそあ奴の活路ということじゃ。それを魔王様は許さない立ち回りをしておられる』
典型的な前衛と後衛の戦い。
距離を詰めればカーターが勝つかもしれないが、社長はそれをさせない。
これは、意外と接戦になるかもと思ったが。
『しかし、その活路も死中になるかもしれんがの』
「教官、それはどういう」
『見ておればわかる』
教官は遠回しに俺の言葉を否定し、この後の展開がわかるかのように、黙ってみるように俺を促した。
「抜けた!」
「ちょ、あれはやばくないっすか!?」
北宮が叫ぶ直前、カーターが魔法の嵐を突破してみせた。
社長とカーターの先ほどの間での間合いは約三十メートル程、高速で動き回っていたカーターなら一秒とかからない。
小数点以下の秒数で走り切り、わずかな隙間を潜り抜けついに遠距離戦の間合いを踏破し、近接戦の間合いになる。
こうなってしまえば、うかつに大きな魔法は使えなくなる。
けれど、その間合いで使える魔法でカーターを突き放すことができるかと思っている間に近接戦が始まる。
今度は立場が逆になるかもと、思って目を凝らす。
そして。
眩い光が、現れる。
「嘘でござる」
それは、カーターが放った一撃の光ではなく。
「なんで、魔王が光魔法を使っているのでござるか」
南の言葉はこの場にいる俺たちの心の声を代弁したものだった。
カーターの放った聖剣の光を、魔王が腰から抜き放った光の剣で迎撃した。
その光景に、南は顎が外れんばかりに口を開く。
かくいう俺も目が見開きっぱなしだ。
『驚いておろうな、勇者も。まさか、魔王様が聖剣を使えるとは思いもせんだろうに』
「どういうことですか」
と言うか、社長、魔王なのに聖剣持っていたんだなとも思う。
そして戦利品ですかとも内心思いつつ教官の話す続きを聞き。
『言葉のとおりよ。魔王様は聖剣を使える。ただそれだけのこと』
「社長って魔王ですよね」
疑問は深まる。
『然様、そして見てのとおり聖剣が使える勇者の素質も持っておる』
「まさか……」
深まるが、それはあり得ないと俺が勝手に最初に除外した項目が教官によってあり得る物へと変わってしまっため、深く考える必要もなくなった。
『カカカカカ、そうよ、そのまさかよ』
「社長って、勇者と魔王の」
『そう、禁断の愛から生まれた方よ。懐かしいの。魔王様の祖母君は勇者で先代の魔王様と添い遂げた。当時はそれでかなり問題になったの』
「そんなのあり、なんですか?」
『ありであろうよ、なにせ目の前に存在するからのう』
反則だと、言いたかった。
だが、そんな言葉この場では無意味だというのも理解している。
光と闇の力を併せ持つ存在。
それは、どこの中二病主人公だと言いたくなる。
そして、活路だと思い、希望となっていた近接戦でも圧倒され始めているカーター。
そのあとの戦いがどうなるか、俺でもわかった。
『なにより魔王様は、月と太陽の寵愛を受けたお方であるからな』
そんな存在を敵に回したカーターに俺は少しではあるが、同情した。
今日の一言
バグった存在っているもんだな。
今回は以上となります。
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