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197 ただ真っすぐに、突き進む

今年最後の投稿です。

 覚悟を決めいざやると決めたはいいが、これから戦う相手は魔王の魂だけとはいえ、魔王であったことには変わりはない。

 すなわち、ファンタジーな会社だとは言え、いち主任である俺が挑むにしても、荷が重いと言わざるを得ない。

 その力は強大、と言う言葉を身に染みて体験している最中である。

 対峙するだけで尋常じゃない圧を感じ、こちらからの攻撃はことごとく防がれる。

 本当にどうにかなるのか? と頭の隅に疑問が浮かぶたびに気合でその疑問を吹き飛ばす。

 相手は確かに強大な存在ではあるが、不朽不滅の存在ではない。

 要求されるボーダーラインこそ高いが、一定以上の攻撃力があれば傷はつく、そして、無尽蔵だと思われる魔力にも限界はある。

 果てが遠いだけで、ないわけではない。

 そんな、砂漠の果てを求めて歩くかのような試練。


「ハァハァハァ、こいつは、少し、きついな」


 それに挑むとなれば本来はペース配分を気にせねばならんのだが、先程も思ったが、この状況は相手を弱体させるアイテムや、相手の戦闘の勘が鈍っていたり、魔力運用能力に錆ができていたりと様々な要素が重なって俺たちでもギリギリ対応できるラインに持ってきている。

 そんな環境で体力温存ができる状況ではない。

 雨あられと一撃一撃が重い魔法の嵐を前にして、温存などできるはずもなく、体力など湯水のように使ってしまう。

 苦笑一つに愚痴の一つくらいは、溢れるが、こぼしている間も相手の攻撃はやまない。

 用意してもらった防具はそこら中に傷が付き、呼吸が平坦なのはいつまでだっただろう。

 心の支えとなっているのは、未だ無傷な鉱樹が健在だという事実と攻撃するたびに鋭くなっていく感覚があるからだ。

 そして、振り返る余裕もないが、海堂たちの支援も段々と減っている。

 少しでも、俺が支えねばという使命感も僅かであるが、俺に活力を与えてくれている。

 前の会社時代には決して抱いたことのない、前向きな心境にまだ俺はやれると活を入れ、苦笑を収め、真剣な表情に戻す。

 だが、精神論な部分で戦っている時点で、限界はそれほど遠くないという自覚もあった。

 膝はまだ突いていないが、いよいよレッドラインが見えてきた。

 その境界線を越えれば、俺は無事で済まなくなってくる。

 上空ではヒミクが双子の天使とやりあっている。

 形勢はヒミクが押しているようだが、決着までは遠そうだ。

 それまで持たせることができれば、少しはこっちも立て直せる。

 立て直せれば、まだ打開策が打てる。


「だからまぁ、まだ、絶望するほどではないか」


 可能性という希望はまだ、潰えていない。

 その事実が消えるまでは、頑張るかと、社畜根性を入れる。

 確かに、この僅かな時間で体の至る所が痛むようにはなってしまった。

 けれど、動かないわけでも、致命的というわけでもない。

 ならばそんなのはいつも通り、目的を達するために多少の傷など度外視できるようになっておいてよかったよ。


「いい加減、うちの部下を、返しちゃくれんかね。そんな無表情そいつには似合わないんだよ」


 そんなことを考えてはいるが、今度は苦笑ではなく、不敵な笑みで相手を挑発する。

 忙しなく動かしていた腕は今もなお、魔法を斬り続け、瞳にだけ憎悪をたぎらせ、能面のような表情で俺たちを処理しようとしている。

 そんな表情が腹立たしくて、疲れを吹き飛ばすような勢いで鉱樹を振るう。

 俺の声は届いていると思う。

 だが、目の前の相手が返答することは一切ない。


「■■■■■■■■■■■」


 代わりに聞き取れない言葉が口元で紡がれて、一斉に魔法が展開される。

 その技は見覚えと聞き覚えがある。

 それは短縮詠唱と呼ばれる技。

 フシオ教官から教導してもらっていたころ悪夢のように見せてもらった高等技術で、読んで字のごとく魔法詠唱を短縮することのできる技だ。

 あくまで技であって、スキルではない。

 習得まで難しいが、誰でも取得することのできる、魔法を使う者なら習得したい技術だ。

 熟練の魔法使いなら短縮詠唱で複数の魔法の詠唱を音を重ねて並列に魔法の詠唱を成り立たせ、同時に魔法を発動することができ、また極めると無詠唱に近いのに詠唱している時の威力と同等かそれ以上の効果を発揮できる。

 俺が相手の言葉を聞き取れなかったのは詠唱した複数の魔法の詠唱が重なって聞こえたため、理解できなかったからだ。

 熟練の者なら音から魔法の種類まで察せるが、俺にはまだそこまでの技術はない。

 まだまだ、学ぶことはあるなと戦いながら実感する。

 だが、体はそんな思考に反して全力で魔力を循環させながら地を駆ける。

 姿勢を低くし、走るのではなく角度的には這っているのではと思えるくらいに姿勢を低くし、火に風に水に土の基本元素に始まり、雷や氷、闇といった派生系の魔法を掻い潜りながら、接近する。

 そして一撃。阻まれることはわかっていても、しっかりと攻撃をする。

 だが、その場に長居はしない。

 立ち止まればたちまち蜂の巣にされるのがわかっている。

 なので、こちらの被害を最小限にするために、ヒット&アウェイを心がけ、さっきから、近づいては離れてを繰り返す作業になっている。

 だが、それもそろそろ変わる。

 段々と感覚は掴んできた。


「もう少し」


 最初は弾かれた障壁も、今は刃が走り、弾かれなくなった。

 俺の中では段々と斬れないという感覚から斬れるという感覚に移っているのがわかる。

 これは剣士と言うより、刃を持つ者特有の感覚なのだと最近思った。

 魔王の障壁は硬い。

 だが、決して斬れないわけではない。

 斬れないと思い込んだ時点で斬れなくなるが、斬れると思えればいずれ斬れるのだとわかった。


「切る」


 ある一定の距離に近づけば前衛を妨害するように展開される障壁。

 膜のように半ドーム状に展開されるのではなく、畳一枚分の面積程度の板状の障壁にめがけて鉱樹を振るうと、今度は刃の先がわずかに障壁に食い込んだ。

 やろうとする気持ちが、脳に伝わり、脊髄や神経と言って反射で体を動かす箇所が、微調整を繰り返し、余分な力、不足している動きを俺の理想に近づける。


「斬る」


 返す刃でおなじ場所をなぞれば、さらに深く食い込む。

 まるで、俺の体がトライアル&エラーを繰り返す作業場があるかのように、一回俺が攻撃するたびに刃は鋭く相手の障壁に傷を残す。


「押し斬る!!」


 そして、俺を振り払おうと放たれた魔法が到達する前に、返すこと三度目の刃は魔王の障壁を切り払った。


「カハ! 斬れるじゃねぇか!!」


 その直後に着弾する魔法を後ろに跳んで躱し、魔法の爆撃によって生まれた爆風をうまく利用して南たちのもとまで一気に下がる。

 自分の成果に満足しながら、うまくいい場所に着地できた。


「よう。どうだ、お前ら。楽しんでるか?」

「楽しんでいる暇なんかないっすよ」

「そう、ね。思ったよりも平気だったけど、全部平気ってわけじゃないし」

「これが、本当の戦いってことでござるか」


 戦場の空気というわけではないが、相手は俺たちを殺しに来ている。

 その雰囲気に気圧されるとまでいかないが、嫌なものを三人とも感じている。

 だが、それでいい。


「まぁ、愚痴やらなんかはあとで酒の席で聞いてやる。今は、目の前のやつに集中しろ」

「うっす」

「言われなくとも、わかってるわよ」

「拙者的に、無理ゲーな感じがするんでござるが、リーダーを見てるとどうにかなりそうな気がしてきたでござるよ」


 こいつらはまだ折れてはいない。

 必要だからと、その悪感情を棚上げし、目の前のことに集中できている。

 精神が折れていないのなら体は動かせる。

 だがそれもいずれ限界は来る。

 体力的にはポーションが切れるまで行けるが、正直、ヒミクには早く戦線に復帰してほしいところ。


「打開策が、来るまで持ちこたえるぞ」


 それが今できること。

 軋み始めた体にムチ打って再び駆け出し始める。

 空の戦いも段々と激しいものになってきている。

 そちらに向きかけた意識を前に移し、再び魔王の魂と切り結ぶ。

 刻一刻と時間切れまでの針は進んでいる。

 焦りそうになる気持ちを抑え、俺は全力を出す。



 Another side 


「お姉さま、そんな姿になって可哀想。そう思わないシィク?」

「ええ、そう思うわ。美しかった羽をあんなに真っ黒に、本当にお姉様は愚かね。ねぇ、ミィク」


 主の言葉に答え空に上がった私を待っていたのは、私の覚えているままの姿でくすくすと堕天した今の私の姿を笑う。


「……」


 その嘲笑に私は腹を立てることはない。

 この姿は私が望んでなった。

 だから、この姿になんの後ろめたいことなどない。

 それに、今はこの黒い翼も気に入っている。

 うむ! 主は綺麗だと言ってくれて、夜も、おっとこれは今どうでもいいか。

 今、地上では主たちは必死に戦っているのだ。

 私の見たところ、すぐにどうこうなることはないだろうが、長く時間はかけてはいけないだろう。

 早急に片付けなければ。


「あらやだわ、お姉さまったら私たちと戦うつもりなんだわ、シィク」

「ええ、随分といい武具を持っているようだけど、お姉様は長い眠りの中で忘れてしまったようだわ、ミィク」


 妹と交わす言葉などないと、無言で武器を構えたら、妹たちはさらにおかしいと言わんばかりに笑みを深くした。

 何がおかしいと疑問符を兜越しに浮かべる。


「シィク、ヒミクお姉さまは私たちに一度たりとも勝ったことがない」

「ミィク、模擬戦の時も、私たちが圧勝。姉妹の中で最も弱いお姉さまが私たち二人を相手にどれくらい持つのかしら」


 ふむ、なるほどそういうことか。

 どうやら私は妹二人に舐められているようだ。

 うむ、そういうことか。


「シィク、お姉さまが黙って頷いているけど、どうしたのかしら?」

「ミィク、私たちが知ってるお姉さまと違うわ、どうしたのかしら?」

「いつもは、困った顔で武器を構えるお姉さま」

「そして、私たちの攻撃を防ぐので精一杯のお姉さま」


 思い返せば、確かに私は姉妹と戦って一度も勝ったことがない。

 理由はある。

 だが、私は一度も理由を他の姉妹に話したことはない。

 そして、その理由を私は言い訳だと思い、それでもどうにかしようと努力した。

 その努力も成果がでていないために、創造主や姉たちからも落ちこぼれと言われて、妹たちからもシィクやミィクのような態度を取られる。

 その全ては私の落ち度、仕方ない。

 

「まぁ、いいわ。今はあの勇者の言葉に従ってお姉さまを倒して、下にいる人間を倒して」

「ええ、最後にメインディッシュの弱った魔王を倒しましょう」


 いつも模擬戦で姉妹たちに勝てなかった。


「ふふ、では、お姉さま」

「覚悟してください」


 槍を構え、綺麗な連携で二人は私にめがけて挑みかかってくる。

 その姿は私の目にはっきりと写っている。

 シィクが囮で三撃目のミィクの攻撃が本命。

 それがわかったのなら。


「キャァ!?」

「シィク!!」


 対処はいくらでもできる。

 ただ、妹たちには少しだけ、申し訳ない。

 なにせ手加減ができない。

 主にも言ったことがあるのだが、私は手加減が苦手だ。


「一つだけ、言っておこう。二人共、私は今まで姉妹だからお前たちを傷つけないようにと心がけてきた。創造主は私たち姉妹が争うことを望んでいなかったからだ。だから、前まではいくら誹謗中傷を受けようと、私は姉妹を傷つけないようにと心がけてきた」


 いや、もう手加減をする必要がない。


「だが、私は得てしまった。何に代えても守りたいと願う主を」


 だから、シィク、ミィク。


「引くなら、今だぞ。姉妹のよしみで、何もせず帰るのなら見逃そう」

「生意気、たった一回私たちの攻撃を防いだからって」

「そうね、私たちはまだ負けていない」


 私は初めて姉妹に向けて。


「そうか、なら私は気兼ねなく、全力を出せる」


 この力を振るおう。


「主を前にした、私に敗北の二文字はない」



 Another side END




 今日の一言

 やることが分かっているのなら、ただそれだけにめがけて走ればいい。

 ただし、転ばないように注意してな?


今回は以上となります。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売となります。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。


それでは皆様、良いお年を、また来年お会いいたしましょう。

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