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196 予定外というのは、悪いことばかりではない

 天空に現れ、浮かぶ二つの光。

 その光の中にそれぞれ見える人影。

 背に見覚えのある翼を備えているってことは、天使たることに間違いはない。

 顔の上半分を兜で隠し、白い鎧を身にまとい左右の違いはある黄金の槍を持っている少女たち。

 その姿は非常に似ていて、双子かと思った。


「シィク、ミィク」

「知り合いか?」

「ああ、妹だ」


 そして、ヒミクの妹とくればまず間違いなく、最上位天使の熾天使ということになる。


「強いのか?」

「個としては、姉妹の中では中位程度だ。だが、二人が揃えば、侮れない」

「そういうタイプか」


 個人ではそこそこだが、連携するとしたら厄介だという。

 そんな存在が、現れてしまった。

 この状態は正直に言えば良くない。

 前に魔王の魂に体の自由を奪われたアメリア、後ろには双子の最上位天使。

 さて、どうするか。


「ふぅ、ヒミク」


 と言っても。


「なんだ、主」


 やれることなど決まっている。

 まだだ、王手チェックはかかっているが、詰んでチェックメイトはいない。


「勝てるか?」

「ふふ、おかしなことを言うな主は」

「?」


 状況は悪い方に流れが言っている。

 そんな状況なのにもかかわらず、兜の奥のヒミクの表情はきっと笑顔なのだろう。

 そんな気がするほど、ヒミクの声は場違いなほど穏やかだった。


「勝てと言ってくれ、そうすれば私は主に勝利を献上しよう」


 そして次に紡がれた言葉は、この場にいる誰よりも覇気を持っていた。

 そこに妹と戦うことに迷いがあるようにも、自棄になっているという雰囲気は微塵も感じさせない。


「そうか、なら。勝って無事に戻ってきてくれるか?」


 そんな彼女だからこそ、俺はただ勝つのではなく、一つ条件をつけてあえて難しい頼み事をした。

 そんな俺の頼みを彼女は難しいというか、それとも、俺が疑う暇もなく。


「ああ、任せてくれ」


 こうやって、はっきりと答えてくれた。

 しっかりと頷く彼女を見て。


「ああ、任せた」


 ならば、彼女に頼み事をした俺が、諦めるなんてことできるはずがない。

 俺は再度気合を入れ直し、アメリアと対峙する。

 彼女はずっと空に浮かぶ天使を見ていたが、ヒミクが空に飛び上がると、すっと視線を俺に向けてきた。

 どうやら倒しやすい方から始末しようということらしい。

 まぁいいさ。

 それならそれでこっちには都合がいい。

 ちらりと背後を見れば、俺がやろうとしたことを察したのか、三人ともグッとサムズアップで答えてくれる。

 頼りになる仲間だと思いつつ、口元がほころぶ。


「カハ、さぁって、おっぱじめるか!」


 鉱樹との接続。

 柄から根が生え、俺の腕に絡みつく。

 魔力の循環を開始。

 脈動を始める鉱樹の根と俺の心臓が高鳴る。

 ここから先は、正真正銘の全力戦闘。

 あとのことなど考えない。


「行くぞぉ!!」


 腹の底から声を出し、気合とともに前傾姿勢になり、一気に地面を蹴る。

 そして、爆風を背後に産み出し走り出す。

 さぁ、ここからが正念場だ!!




 Another side


 暗い、重い、息苦しい。

 そして、騒がしい。

 意識がうっすらと起き始めた時に感じた感覚はそんなものだった。

 段々と、起き始めているのに、意識がスッキリしない。

 何かを思い出そうとしているのに、何も思い出せない。

 私なのに私じゃない何かに私は押さえつけられているような気がする。

 目覚めたいのに目覚められない。

 眠たいわけじゃないのに無理やり眠ろうとしている。

 どうにかおかしいと思って、もがこうとするけど、自由が利かない。

 手を伸ばしたいのに、伸ばしているのかもわからない。

 何か、濃い水みたいなものに私は沈んでいるような気がする。

 口を開こうとしても、口が開けない。

 私はどうなっているの?

 ポツリと浮かんだ、疑問が呼び水になって少しずつ、私という存在をはっきりさせていく。

 けれど、それでもしっかりと体は働いてくれない。

 目を見開くことどころか、いつもしっかり音楽のリズムを聞き取る耳は何も聞き取ってくれない。

 それどころか、雑音も拾ってくれない。

 静か、聞いたことがないほど静かで。

 体が押しつぶされそうになるほど、嫌な圧迫感を与える感覚に私は段々と恐怖が湧き出てきた。

 とにかく、ここにはいたくないともがく。

 体を動かした感覚がないけど必死に動かす。

 動いているかもわからないけど、とにかく動かそうと必死にもがく。

 上なのか下なのか横なのか、方向すら定まらないまま私はひたすらもがく。

 そして、周りを探る。

 誰か。

 誰か。


「タスケテ!」


 たった一言この言葉を吐き出すのにどれだけかかったかなんてわからない。

 一瞬だけ、呼吸が軽くなったタイミングに重ねて吐き出した私の精一杯。

 そして必死に声を出した方向に向けて手を伸ばす。

 誰もいない。

 それは分かっているけど、それでも。


「うん、わかったよ」


 諦めないと思っている最中。

 そっと、私の手を握ってくれた誰かがいた。

 そしてその手はギュッと私を引き上げてくれた。


「やぁ、アミー。無事でよかったよ」

「その声、マイク?」

「うん、そうさ。君の中で居候してたマイクさ」


 最初は解らなかった。

 なにせ、引き上げられて前がはっきりと見えるようになったら、人型、そう輪郭だけの白い存在が前に立っていだのだから。

 聞こえてきた声で、なんとなくマイクだってわかったけど。

 いつものマイクと雰囲気が違った。

 

「さて、感動の再会で雑談をしたいところだけど、アミー。正直言えば時間がない。だから、僕の話をしっかり聞くんだよ?」


 いつも余裕があるマイクが、焦っている。

 それが、私に緊張を与えてきた。


「ここはどこで、今はどういう状況なのか。まずアミーはそこが気になるところだろうね」


 順序立てて説明してくれるんダヨネ?

 人差し指を立てて、水面をさしたり、人差し指を振ったりといった仕草をマイクは見せてくれる。

 確かに、私の最後の記憶はいきなり怖い声が聞こえて、次郎さんに助けを求めて、それから……わからない。

 上を見上げても暗く、下を見れば真っ暗な水面が見える。

 こんなところ、来たこともなければ見たこともないヨ。


「端的に言えば、ここは君の中、もっと具体的に言えば君の精神の中とでも言えばいいかな」


 そして、マイクはこの暗い空間を私の中だといった。

 う~、私そこまで暗い性格じゃないと思うけど、実はこんなのだったんダ。

 ショックだヨ。


「といっても、今は魔王の魂でだいぶ変質しちゃってて、普段の世界とはだいぶ違うから、落ち込まなくていいよ?」

「魔王って、マイクのこと、だよネ? それじゃぁ、こうなっちゃたのは、マイクのせい?」

「その質問は、そうとも言えるし、そうではないとも言えるね」

 

 ニッコリと笑ったのだろうか、曖昧なマイクの答えに私は思わず誤魔化さないでと言う。


「誤魔化してないさ。その説明のために、今から僕の本当の正体を教えてあげるよ」


 私の態度にも、変わらず微笑んでくれるマイクはゆっくりと口を開き。


「アミーやほかの人には僕は魔王の人格と言ったけど、実は違うんだ。本当の魔王の人格は今君が踏みしめてるこの黒い水面さ」


 その彼がすっと下を指し示すのに従って下を見ていれば、一面に黒い水面が広がっていた。


「そして僕はその魔王の封印の要。今は君からマイクという名を与えられた賢者の残骸さ。そしてはるか昔、勇者の後始末を押し付けられ、人柱にされた愚者でもある」


 マイクは、淡々と簡潔に自分の存在を語り始めた。

 その姿は、最初の自分が誰だかわからないという語りが嘘であったことを示すようで。


「ごめんねアミー。君に話した記憶喪失のことは、実はウソだったんだ。君は勇者候補として召喚されたと知っててね。本当はこの魔王の魂を太陽神教のやつらに渡したくなかっただけ、それで君に迷惑をかけたことをここに謝罪しよう」


 私の思いを肯定するかのようにマイクは語ってくれる。

 ぺこりと頭を下げるマイクに、私は話が突飛過ぎて何がなんだかわからなくなってきた。

 マイクは魔王じゃなくて、賢者で、魔王の魂を渡したくないから私を利用した?

 今まで私なりに仲良くしてきたつもりだったけど、それがウソだったかと思った。


「最初は君の体内でこの魔王の魂の浄化をして消し去るつもりだったんだけど、君の中で君を見ていて、気が変わった。魔王の魂で迷惑をかけたせめてもの償いで、長い時間をかけてこの魂の魔力を浄化して君に譲渡するつもりだったんだ。けど、予想外のことがあってね聖剣の光を浴びて魔王の怨念が急に活発化して抑えきれなかったんだ。おかげで仕切りを破られて君の魂を飲み込むまで膨張させてしまった」


 彼の語る話は、本当に長い年月をかけて魔王の魂を消すつもりで、そのために賢者の秘術を私にかけていたということらしい。


「おかげで君の魂は消失寸前、なんとか見つけて引っ張り上げたけど、魔王の魂を少しでも沈静化しようとしたのと君の捜索で僕の魔力もスッカラカン。もう、この魂を押さえ込むことは僕にはできない」


 もう打つ手はないとお手上げポーズをするマイクに、私は何も言えない。

 ただ、なんとなく私はこのまま消えちゃうんだってわかっちゃった。

 おかしいな。

 普通だったら、泣け叫んだりするんだろうけど、そんな気力も湧いてこない。

 さっきまで魔王の魂の中で溺れていたせいか、あれに抗うことはできないというのが身に染みてわかってしまったからかな?


「私、消えちゃうんダ」

「うん、何もしなかったらね」


 そうして、諦めようとした私に向けてマイクは、そっと希望の光を照らしてくれた。


「幸い、まだ打つ手は残っている。いや、打つ手を作ってくれたって言ったほうがいいかな?」

「? どういうこト?」

「いま、この魂と戦ってくれている存在がいる。ここからじゃわからないけど、魔王の魂の意識はそっちに向いてるね。おかげで僕はこうやって自由に動けるわけだ。だからと言って僕がどうこうできるわけではないんだけどね」


 それは、結局何もできないと一緒じゃないんだろうか?

 そう私が思ったのを察したのか、マイクはチッチッチと指を左右に振る仕草を私に見せてきた。


「そう、僕には何もできない。だけど、僕は賢者さ。何かを教えることに関しては右に出る者はいない。この場で何かをするのは僕ではない。君さ、アミー」


 まるで出来の悪い生徒を導くようにさてとと、マイクは頷いてみせる。

 その言葉に私は最初にマイクと出会った時のことを思い出す。

 思えば最初からマイクは怪しい雰囲気を持っていた。

 だけど、不思議と悪い人だとは思わなかった。


「さぁ、教えてあげよう。賢者の秘術を、今この時から、君は賢者の弟子さ。我が弟子よ、覚悟はいいかな? 異世界の英知は、少々難しいよ?」


 だからだろうか、こうやって怪しげな雰囲気で私を挑発してきても。


「OK!! ノープロブレム! 頑張るヨ!」


 私は、弱った私を励まし、ダンスの練習を始める時みたいにテンションを上げていく。


「レッツ、チャレンジ!!」



 Another side END



 今日の一言


 予想外の出来事というのは悪いイメージがあるが、いい場合もあるにはある。


今回は以上となります。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売となります。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。

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