19 会社では上下関係なくフォローし合うものだろう
今回も少しシリアスでいきます。
田中次郎 二十八歳 独身 彼女無し
職業 ダンジョンテスター(正社員)+リクルーター
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
「ああ、戦隊ロボットの着ぐるみに殺されかける夢を見たわ」
「いや先輩、それ現実っす」
「だよなぁ」
起き抜け一発、白い天井を見ながら言った多分な願望を含む俺の言葉は、となりのベッドに寝かされ先に起きていた海堂のツッコミに打ち返される。
「一応聞くが、ここ地獄じゃないよな?」
「天国って言わないあたりが先輩らしいっすね。地獄にナースがいるなら行ってもいい気がするっすけど嬉しいことに俺も先輩も生きているっすよ」
「俺、土手っ腹にでかい剣を刺されたんだが……やべぇ生きていると安心する前に、人間やめていることに驚いている俺がいるわ」
「なんすかそれ」
呆れた海堂の声に反応して俺はわざとらしく笑う。
一見何事もなく、くだらない会話をしている俺たちの会話に覇気はなかった。
惰性で空元気でとにかく何かを話さなければと思う一心で俺も海堂も言葉を探していた。
「あ~、勝たちは?」
「わかんないっす。俺もついさっき起きたばっかりっすからね」
「時計は……見えねぇから何時かもわからねぇ」
「俺たちどれくらい意識を失っていたんすかね」
部屋も明るく、ここは地下施設の医務室当然窓など存在するわけがない。
とりあえず、ここで俺たちが生きているっていうことはあの二人はおそらく無事だろう。
安否は確認する必要はあるが、それを聞く相手が今はいない。
ベッドから起き上がって探せばいいのだろうが体は痛まないのに、体を動かす気になれない。
その理由は、最初から心当たりがある。
「死にかけたな」
「俺、体がグシャッてなる感触初めて味わったっすよ」
「なめるなよ、俺なんて爆破されたこともあるし刺された経験もあるんだぜ?」
我ながらなんて返し方をしているんだ。
不幸自慢にも自虐ネタにもならないような会話。
避けていた話ではあったが、案外簡単にポロリと口にすることができた。
「海堂、おまえどうする?」
「……わかんないっす。先輩はどうするっす?」
主語も何もないニュアンスだけの会話だが、互いに何を言いたいかはわかっている。
仕事の進退、この仕事を続けるか辞めるか。
これはある意味では分岐路だ。
勝と南は始めたばかりであんな光景を見せられてしまったが、海堂にとってはこの仕事を続けられるか続けられないか見極めるためのタイミングのいい切っ掛けかもしれない。
「俺は、続けるわ」
判断の手助けになるかわからないが、俺の意思はあまりぶれていない。
死にかけたのにこんな言葉を吐き出せる俺の精神構造を小一時間調べてみたい。
辞めるか続けるか、誰しも仕事をしているなら一度は口にし、一度は考える内容。
事が事であるが故に、ここで顔を出さないワードではないだろう。
だが俺は、辞めるという発想は浮かばなかった。
なら続けるのかと考えるのだろうが、あいにくとそんな仕事熱心な真面目な性格というわけでもない。
「とりあえず、あのクソゴーレムをスクラップに変えるまでは」
まぁ、パッと挙げられるのは単純な私怨、やられたのに泣き寝入りするのはごめんだということだ。
「うわ」
「おい、なんだようわって、人が真面目に話しているのに」
「いや先輩、鏡見てください鏡、いまその顔で近所の幼稚園の園児たちの前に立ったら間違いなく警察を呼ばれるっす。ぶっちゃけ、ヤクザ顔でした」
「……」
俺はここまで好戦的な性格だっただろうか。
咄嗟に顔に手が伸びたが確かに俺の顔は笑っていた。
戦闘狂のつもりはなかったが、どうやらもう今後戦闘狂ではないとは言えないようだ。
悪くないが少なからずショックだ。
「ん~、なら俺も辞めないっすよ」
「俺に付き合う必要はないぞ」
そんな俺の心など気にせず、ほんの数秒だけ悩んだ海堂はあっさりと自分の意思を決定してみせた。
誰かに合わせるのは日本人なら誰もが行なう行動だが、事は命に関わる問題だ。
今回ばかりは自分の意思を貫いてほしい。
「いや、さすがに先輩が辞めるって言って一人残るのは無理っすけど、先輩と一緒なら大丈夫って思えるっす」
布団から手を出しサムズアップして笑う後輩に迷いはなかった。
この後輩、たまに恥ずかしいことを平気な顔で言う。
そこに嬉しさを感じさせられるが、表情には出さない。
「そうかい、お前がそう決めたなら俺からは何もねぇよ」
選択するまでにアドバイスをするが選択後は背中を押す程度の助言しか言わない。
自分の意思で決めたのならなおのこと言う必要などない。
「タバコっと……って、あるわけないか」
俺と海堂の今後が決まったところで、残り二人の意思も確認しなければならないが、とりあえず一服をするためにいつもの定位置である胸ポケットに手を伸ばすが、入院服にタバコなど装備されているはずもなく手は当然空を切る。
「これか?」
「あ、どうも」
そこに差し出されたタバコに自然と手を伸ばし、ついでと指先から出た火を使ってタバコに火を付ける。
「って!? エヴィア監督官!?」
「思ったよりも元気そうだな」
あまりにも自然に差し出されたので、流れで受け取ってしまったが差し出した張本人はいつものスラックス姿のエヴィア監督官だった。
今までいなかった存在が急に現れて驚いてしまう。
「まる三日、寝ていた奴が最初に求めたのがタバコとはな」
「いや~、消します?」
「かまわん」
呆れた表情で告げる監督官の言葉に頭を掻く。
常識的に医務室で求めるものではないのは自覚している。
なので後ろめたさから消そうとするが監督官の許可が出たのでそのまま吸うことにする。
そしてさらりと言われた三日も寝ていたことに対しては然程驚かなかった。
「驚かないのだな」
「土手っ腹に金属の塊が突き刺さっていたんですよ? 十年ぐらい意識不明になっていてもおかしくはないですよ。むしろ三日で儲けものです」
「そうっすね。俺は全身複雑骨折っすから、体が動くだけでも不思議だったっすよ」
「……」
俺たちの開き直り具合にエヴィア監督官は普段の鋭い表情を緩ませて苦笑を浮かべた。
「被害を受けた当人の言葉とは思えんな」
「地獄なら俺たちは体験していますので」
「肉体的よりも精神的に苦しめられたほうがきついって今回で分かったっす」
まさか前の会社のデスマーチが役立つ日が来るとは思わなかった。
ゴリゴリと精神を摩耗させながら働き、殺すならいっそ一思いにと生き地獄を味わいながら生きている意味を見いだせなくなってくる方が怖いと思える日が来るとは思わなかった。
自分で思っておいてなんだが、思い返してみれば普通に怖い環境だったんだな前の会社は、物理的に殺されかけられるのよりも怖いと思える環境とは珍しい。
訴えれば勝てたな。
「貴様ら、マゾか?」
「「違います(っす)!!」」
そんな俺の心情を知ってか知らいでか、軽やかに斬りかかってくる監督官の言葉を否定する。
確かにそう言われても仕方ない返事だったかもしれないが、断じて痛みに快感を覚えるような変態集団と一緒にしないでもらいたい。
立ち直れたというだけで、決してあの痛みが平気だったというわけではない。
今でも死ぬのは怖いし、痛いものは痛い。
それは海堂も同じだろう。
「残念だ」
「いや、そこまで真剣な表情で残念って言わないでください」
「先輩、俺ちょっとマゾになってもいいって思ったっす」
「早まるな海堂」
いくら監督官が美人でSっぽくても、それは間違いなく戻ってこられなくなる道だ。
冷静にかつ素早く海堂を制止する。
「下僕が一人できそうだったのだが、まぁいい。本題だ」
「危なかったな」
「下僕」
海堂が監督官の下僕の一人になるのを阻止したところで雑談は一旦終了だ。
仕事用の顔になった監督官はすっと頭を下げた。
「今回の不祥事、原因は開発部の管理不行届だ。監督者不在に加えて無計画な行動から招かれた結果だ。その責任はその部にあると言える。あとで謝罪に行かせるが、間違いなく監督官である私にも責任がある。なので、さきに貴様らに謝罪させてもらう」
その姿はたまにテレビで見かける記者会見でお偉いさんが形で頭を下げる薄っぺらい物ではない。
原因を開示し真摯に謝意を表していた。
「不祥事を起こした部署は原因の究明を急がせている。今後は今回のような不祥事がないことを私の名で約束する。今後、安心してダンジョンに挑める環境を作っていく」
凛として耳に透き通るような謝罪の言葉を監督官は俺たちに送った。
「先輩この会社いい会社っすねぇ、問題起きたらしっかり上が動いてくれるっすよ。前の会社だったら動かないで俺たちを叱り飛ばして、油増し増しにさらに背脂を追加したギットギトのラーメンみたいに、解決してもしばらくねちっこくしつこく言ってくる場面すよここ」
「今言うことじゃないだろう。ったく、監督官、こちらとしては海堂の言ったとおりです。今後、今回のようなことが起きないように是正してくれればこちらも安心して仕事ができます」
「そうか、こちらとしては最悪責任者を貴様らの前に突き出して処分を任せるという判断もあったが……ざ、いや安心した」
「今、残念って言いそうにならなかったすか?」
「気のせいだ海堂、気のせいだと思え」
さすがに処分の内容をこちらに丸投げされるのは困るが、こうしてしっかりと行動を示されるのはありがたい。
当たり前の行為だと分かっていても、当たり前というのは行動に移すのは意外と大変だ。
責任問題も絡んでくると、この当たり前を嫌う上司はあとを絶たない。
何かと問題を散らし自分への被害を減らそうとする。
だが、この人はまっすぐに受け止めてくれた。
そして対応もしっかりすると明言してくれた。
いや、既に対応していると言ってくれた。
前の環境はすべての尻拭いを、それこそ上司の尻拭いも自分たちでやっていた俺たちにとってそれは嬉しさを感じるに十分であった。
「知床南、所沢勝、両名には私の方から貴様らの意識が戻ったことを伝えておく。次郎、いい人材を手に入れたみたいだな。毎日貴様らの見舞いに来ていたぞ」
この監督官は俺を泣かせたいのか、心配をかけて申し訳ないという気持ちもあるが、それよりも心配してくれたという気持ちに嬉しさが湧いてくる。
前の会社では忙しくて心配している余裕がなかった分、こういった対応に慣れていないのもあるかもしれない。
ズズっととなりのベッドで海堂が鼻をすする。
どうやらこの気持ちを感じているのは俺だけではなかったようだ。
あの二人に会ったら、心配かけた詫びも兼ねて何かうまいものでも食いに行くとしよう。
「それと、今回の件で補填が入ることが決定した。詳細は数日以内に会議で決定することになるが、こちらの都合でダンジョン攻略遅延に対する補填だ。それなりの期待はしていろ」
「助かります」
「おお、なんすかね? 休暇が追加でもらえるとか?」
「アホか」
仕事の補填で休日をもらってどうする。
三日というのは短いようで、仕事の遅れを取り戻すには長い時間だ。
どういった内容の補填となるかはわからないがこういった対応を会社の方がとってくれるのは一社員としてありがたい。
謝罪、会社の対応、事後処理の話とくればこれで話も終わりだろう。
どういった結果で終わるか気にしつつ、内容は海堂ではないが楽しみにしておこう。
「……」
「監督官?」
しかし、いつもの会話ならここで話が終わって無駄な時間など使わず仕事に戻る監督官が、今日はその様子がない。
じっとこちらを見る表情に変化はない。
だが、用件を切り出してくる様子もない。
声をかけて様子を伺うも、沈黙が返答する。
「はぁ、次郎」
「なんでしょう?」
珍しい。
監督官が困っている。
基本冷静な表情を維持し、時に鋭い視線、呆れ、苦笑、嘲笑うといった顔は見たことがあるが何事もそつなくこなす監督官が困惑の表情を見せるのはこれが初めてかもしれない。
「体は問題ないな?」
「? ええ、三日寝ていたので少し体が鈍いですが問題ないかと」
「立ち上がることはできるか? 私のところに回ってきた報告書のとおりなら体は完治しているはずだ」
「試してみます。っと問題なさそうですね」
言われて立ち上がれば一瞬ふらつくが、すぐに元に戻る。
そのふらつきも感覚が鈍ってきたものによる鈍りのような感覚なので問題ないだろう。
「歩いてみせろ」
「はぁ」
まるで体に異常がないか確認する医者のような指示だが、医者ではない監督官は何が目的でこんなことをするのだろうか。
疑問に思うも、とりあえず歩いてみせる。
「違和感はあるか?」
「少し重いって感じですね」
「それがステータスの低下だ。覚えておけ」
「そうなんですか、これが」
監督官は俺に身体能力の低下した時の感覚を教えたかったのだろうか。
違う気がする。
それなら、監督官が困惑する必要がない。
同じ大怪我をした海堂が一緒に確認しないことにも疑問を感じる。
「問題はなさそうだな」
「ええ……監督官、これってなんの確認なんですか?」
とりあえず、違和感はないので頷いておくが、結局のところこれがなんのために行われているのかいまだわからない。
実は治療がうまくいってなかった、なんてことは満足そうに頷く監督官の顔を見ればないだろうが、理由もなく体の動きを調べられるとどうも不安は拭えない。
「次郎、これに着替えろ、いや面倒だ、私が着替えさせる」
「いや着替えさせるって!?」
「動くな」
そんな俺の心情など置いてきぼりにして、監督官は止まらずついには着替えまでさせられそうになる。
さすがにR指定に入るようなホテルでもないのに妙齢の女性の前でしかも男の後輩のいる場所で着替える趣味はないので抵抗しようとするが、腕のひと振りで俺の格好は病衣から監督官が用意していた男性用のスーツに変わる。
ネクタイはないが、一瞬で靴下と革靴まで装着されると何がなんだかわからなくなる。
「よし」
「何がよしなんですか、これから仕事ですか?」
靴も磨かれ、魔法か何かで気づけば髪も整えられている。
上から下までチェックを済ませる監督官にはいい加減何をさせたいのか教えてほしいところだ。
さすがにここまでくればおとなしく寝ていろということではなく、何か仕事をやれというのはわかった。
だが、いったい俺は何をさせられるのだ。
スーツということはダンジョンに挑むということではないだろう。
格好から考えて営業か?
「ああ、お前に仕事を与える。愚か者を慰めてこい」
「は?」
これから仕事だというのは予想通りであったが、仕事内容は予想の斜め上、余計に監督官が俺に何をやらせたいのかわからなくなった。
「今から貴様と愚か者を会社内の施設に転移させる。いい加減あいつの態度が鬱陶しいのでな、貴様がなんとかしろ」
「いや、俺がなんとかしろって!? どうやって?」
どうやら監督官は俺にカウンセリングみたいなことをやらせたいのだろうが、そんなことをいきなりやれと言われても困る。
やり方のノウハウもわからない俺は仕事を与えた当人に聞くも。
「知らん」
バッサリと切り捨てられた。
「どうせ貴様もそこのも今日明日は安静にしなければならんのだ。人間の時間は有限、寝て過ごし無駄にするより、無駄なく使え」
「いや……俺一応病み上がり」
「そこの……」
「そこまで厳しいことをさせる気はない、グダグダ言っていないでさっさと行け」
一応体調の方は気にかけてくれているようだが、行動とセリフが噛み合っていない監督官の対応にもうどうすればいいのかわからない。
海堂が雑な扱いを受けているのは無視だ。
やるのはどうやら仕事でストレスを抱えた社員のフォローのようだが、そんなのは上司である監督官の仕事ではないだろうか。
「自己責任の範囲で貴様の自由に対応しろ」
「ちょ!? それってまるな――」
げと続ける暇もなく、足元が光ったと思ったら一瞬で光景は変わって一メートルほどの高さから落とされる。
「げ!? ……ってここどこだ?」
腰から落とされる形となったが、したが思ったよりも柔らかいもの、ベッドの上だったのでスプリングにショックが吸収され痛みは全くなかった。
「監督官の無茶ぶりに慣れてきたと思ったが、問答無用だとどうにもならないな」
実力差が隔絶しているせいで俺は後手に回るどころか、先攻後攻すら存在しない駆け引きとなってしまっている。
上司の伝家の宝刀、無茶振りと丸投げを同時に使用されてしまったら最後、俺に抗う術はない。
「……ホテルだよな?」
明かりがついているので今の場所がどんな場所か確認できる。
テレビに小さめの冷蔵庫、大きめのベッドにスタンド、少し広めではあるが少し高めのホテルの部屋といった感じの配置だ。
「こんな場所で何をしろって言うんだ。監督官、情報くださいよ」
幸い玄関があるので外に出られそうだが、これから人が来ると間接的ではあるが言われている状態でそこから外に出るわけにはいかない。
ベッドの脇にある時計で今が午後三時であることがわかったが、それが分かってもどうしようもなく、ベッドに座って待つことしかできない。
「あ?」
だが、監督官の仕事はどんなことでも早いらしい。
相手を待たせるということをさせず、俺の座っている真上に現れる魔法陣、ああ、横とか後ろとかではなく真上だ。
「……この位置は」
「きゃぁ!?」
最近多いのだが、せめて最後まで言わせる時間の猶予が欲しい。
まずいと言い切る間もなく、転移してきた人影の声は女性、ここは無重力空間ではないので当然その女性は落ちてくる。
そして、真下には俺。
「っと!?」
「!?」
頭と頭をゴッツンコなんてことを回避するには受け止めるしかないわけだ。
一瞬目があった相手は無事受け止めることができたのだが
ぎゅ、むにゅ
ああ、この音だけで大体の人は俺がどうやって受け止めたか察すると思うが、かなり柔らかくてとてもいい匂いがするとだけ言っておこう。
「スエラさん?」
「……」
これも魔紋のおかげか動体視力が向上している俺は受け止めた相手が誰なのか把握できた。
悪魔の采配によって現状男にとっては嬉し喜ばしい状態になったわけだ。
具体的に言えば、腕の中にいるスエラさんと見つめ合うような形になっているわけなんですが。
……俺の心臓はバクバク言っているのでその感触と匂いを楽しんでいる余裕はないんですけどねぇ!!
だが、余裕のない俺でもこれはわかる。
ラッキースケベの末路は全力での相手方からの攻撃だ。
少なくとも手加減というのはあまりされないだろう。
やばい、俺の命が死の宣告を受けそうになっている。
どうにかせねば。
「あの~これはですねぇ」
おずおずと理性に根性入れろと思いながら、それを回避すべく言い訳を沸騰している頭で言い訳を述べ続きを考えながら、とりあえず抱きしめていた腕を解き離れることにする。
落ち着け俺、ゆっくりと状況を把握するんだ。
そうすれば解決の糸口が
「んっ」
スエラさんが泣いている、以上! 説明終わり! わけがわからん!!
きゅっと彼女の口元が結ばれたと思うと瞳から涙がこぼれてきてしまった。
うん、前の状況、過程をすべて吹き飛ばして説明が終わったわけだがどうすればいいか皆目見当がつかない。
ぎゅ
そこでなんで抱きついてくるんですかねぇ!?
こっちは離れようとしているんですよ!?
普通ここは最初に突き飛ばして、怒るか、恥ずかしがるか、文句を言うか、逃げ出すか選択肢は多いでしょうがまず最初は離れることでしょう!?
柔らかいよ!!
殴られないことには安心しますが
柔らかいよ!!
大事なことなので二度言いました!!
結果バンザイするような形でスエラさんを受け止めている形になっているのだが
「えっと、スエラさんとりあえず離れませんか?」
いや、首を横にふらないでください。
この状況はまずい。
監督官がこの状況を作り上げたのだろうから途中で誰かが乱入してくる可能性はないだろうが逆にそれがまずい。
このままだと俺は
「ぃやぁ」
何をやっているんだ俺は。
突き放そうと彼女の肩に触れた俺の手のひらから伝わる僅かな揺れ、そして俺の行動を拒むかのように弱々しく力を込める彼女の腕。
おそらく、感情が空回りして自分で何をしているのか分からず、本能でスエラさんは行動しているのだろう。
そんな彼女を俺は跳ね除けることはできない。
「大丈夫ですよ」
伝わってきたのは恐怖心。
正直何が大丈夫なのかは俺には皆目見当はつかないが、人から大丈夫と言われるだけで少しだが安心できる。
慎重にゆっくりと再び彼女を抱きしめる。
本来であればセクハラで訴えられてもおかしくない行為であるが今は見逃してほしい。
「大丈夫、大丈夫」
子供を慰めるように、ゆっくりとポンポンと背中をたたいてやる。
なぜ背筋を伸ばし凛としていた彼女がこうなってしまったのかわからないが、きっと何かあったのだろう。
とりあえず、落ち着くまでこのままでいよう。
「大丈夫ですか?」
「はい」
どれくらいそのままでいたのだろうか、時計が見えないのでわからないがだいぶ時間が過ぎたと思う。
いまだ涙は止まっていないが、感情の整理ができてきたのだろう。
ようやく会話ができるまでスエラさんは落ち着いてくれた。
怒涛の流れで状況がコロコロと変わっていったが、結局俺はただ彼女を抱きしめていただけだ。
それでも彼女の慰めになったのなら幸いだ。
「ごめんなさい」
だが、泣き終えたら終了なんて都合のいい話はない。
ここからが本番だ。
「何がですか?」
ポツリとこぼすような謝罪にゆっくりと聞き返す。
自分でもあまり出さないような優しい声が出たと思う。
「……間に合わなくて、あなたを危険な目に遭わせてしまって」
「……」
少し置いてから聞こえた彼女の声はあまりにも弱々しく、折れてしまいそうだった。
そんな彼女にあなたのせいではない。
そう言えなかった。
あなたのせいではないという言葉は、責任がないと言って慰めているのだが、責任感の強い人の場合、その言葉が信じられない時がある。
本当にそうなのか、自分に責任はないのかと自分を疑ってしまうのだ。
だから黙って、背中を撫で彼女の言葉を待った。
「……私がもっと、もっと急いでいればあんなことには」
全ての責任を背負おうとするのは傲慢なのかもしれない。
過去のことでifを言うのは過去に縛られているからなのかもしれない。
それでもいまの彼女にはそれが必要なのだ。
「怖かった。あなたが剣に貫かれて動かなくなった姿を見て、もう二度とあなたと話すことも顔を見ることもできなくなるのじゃないかと、そんな言葉を私の中の何かが囁くんです」
彼女はきっと俺よりも強い。
たかだか三十年も生きていない俺が言うのもおこがましいかもしれないが、キオ教官やフシオ教官、監督官、あの常に明るいケイリィさん、そして常に背筋を伸ばし凛としてきたスエラさん。
彼女たちは平和で豊かな日本で生きてきた俺なんて思いつかない想像もできない経験を積み今に至っている。
戦争をしている。
争いを経験しているスエラさんはきっと死というのを俺よりも身近に知っているのだろう。
「どうすればあなたが助かるかなんて思いつきませんでした。ただ、ただ、憎かったんです。あなたを傷つけた相手が、本当だったらすぐに助けに動かないといけなかったのに頭が真っ白になってしまって、終わったと思ったら血まみれのあなたを抱えていて」
そんな彼女はきっと覚悟をしていただろう。
身近な人を、隣にいた人をあるいは己自身を亡くす覚悟を。
だけど、それがイコール平気であるということではない。
「あなたが助かったと聞いても、何度も何度も考えてしまいました。あの時もっとなにかできたのではないのか、もしあの時あなたを採用していなければ」
俺にとって一瞬の三日間だったが、スエラさんにとってはとてつもなく長い三日間だったのだろう。
幾人もの人が彼女に慰めの言葉をかけたのだろう。
その度彼女はどんな対応を取ったのか、大丈夫と言い聞かせて笑顔を作ったのか、ありがとうと言って己を鼓舞したのか、わからないが、その言葉を受けるたびに何度も何度も問いかけてくる己の言葉に挟まれながら俺が目覚めるまで彼女は悩み続けた。
『いい加減あいつの態度が鬱陶しいのでな、貴様がなんとかしろ』
そんなスエラさんを監督官は見抜いていた。
俺が重傷を負った責任を背負い込む、いや背負い込もうとしていた彼女の荷を下ろすことができるのは当事者である俺だけだと監督官はわかっていたのだ。
だから起きたばかりの俺をスエラさんと強引にも会わせた。
しかしわからない。
なぜスエラさんはそこまで責任を感じるのだ。
今回の話を概要しか聞いていないが、原因はスエラさんの人事部ではなく開発部が原因だったはずだ。
スエラさんは他部署の不祥事の対応に派遣されただけのはず。
わからないままどんな言葉をかけていいかわからないなかすっと彼女が俺の腕の中から顔をあげた。
再び見つめ合う形になった。
そしてはっきりと彼女の顔を見てこんな時にこんなことを思ってはいけないものだろう。
涙に濡れた瞳と憂いに満ちた彼女の顔を素直に綺麗だと思った。
見惚れてしまった。
「知りたくなかった」
そして俺は知った。
「あなたを失う痛みを知るくらいなら、あなたを好きにはなりたくなかった」
「好きって」
彼女の心を
今俺は何を言われた?
スエラさんが俺を好き?
ダークエルフは一途な一族だと聞いてはいた。
だが、それが俺に向いてくるとは思えなかった。
高嶺の花だと思い込んでいた。
ああ、監督官そういうことですか。
貴様がなんとかしろって、原因わかっていたんじゃないですか。
『自己責任の範囲で貴様の自由に対応しろ』
わかりにくい。
ここまで分かりにくい応援は聞いたことがありませんよ。
あとは貴様しだい
そう、監督官は言いたかったのだ。
背中を押すのではなく、背中を蹴り飛ばすような監督官らしい応援の仕方だ。
もうどうにでもなれ、ここには彼女と俺しかいない。
そもそも、あれやこれやと言葉を使って彼女を慰めることなんて性に合わないことをすることが間違っていたんだ。
古いかもしれないが男は度胸だ。
あたって砕けたらそこまでだ。
「じろうさん?」
少し強めに俺は彼女を抱きしめた。
「このまま聞いてください」
抱きしめたおかげで、互の顔は見えないが密着することでしっかりと彼女に言葉を伝えることができる。
「ありがとう」
「え?」
スエラさんが責任を感じる必要などない。
そういった思いを込めて、俺の心よ伝われと願って。
「助けてくれてありがとう」
感謝の気持ちを送る。
「私は、んっ」
俺に気障な言葉を言えというのは無理がある。
できるならやりたいが、俺にできるのは素直な言葉をぶちまけることだけだ。
こんなのはキャラじゃないかもしれないが、今はこうしたいという気持ちに従って抱きしめた。
感謝だけではスエラさんは自分を責めるのをやめないだろう。
だからスエラさんの口をキスで塞ぐ。
そして伝えたい。
彼女に、スエラさんに今の俺のもう一つの気持ちを
「俺を好きになってくれて、ありがとう」
数秒間のキスのあとにゆっくりと感謝の言葉を紡ぐ。
目を何度も瞬かせるスエラさんはきっと思考が追いついていないのだろう。
だから、そんな彼女に知ってほしい。
「〝スエラ〟俺はあなたが好きだ」
初めての呼び捨てと共に伝える俺の気持ち。
「え? あ、え?」
「信じられないか?」
「あ、あの、私」
「大丈夫落ち着くまで待つ」
正直俺も結構混乱している。
流された部分もあるかもしれないが、彼女への好意は正真正銘本物だ。
それを勢いで伝えてしまったのだ、いつから彼女を好きになったかはわからない。
自覚した、いやこの場合無理だと思い込み沈んでいた気持ちを引き上げ覚悟したといった感じだろう。
最初に出会い、慣れない環境で何度も何度も励ましてくれた彼女に俺は惚れたのだと思う。
我ながら単純であるが、それは俺にとっていいものだ。
なので抱きしめ合ったまま、互が落ち着くまでそのままで過ごす。
ああ、心臓の音がうるさい。
「次郎さん」
「落ち着いた?」
「はい、あの、夢じゃないんですよね?」
その環境から回復したのはスエラさんいやスエラの方が早かった。
「ああ、夢じゃない」
「信じられないです」
「どうしたら信じてくれる」
「……もう一度」
「ん?」
「もう一度、言ってください」
俺もかなり緊張しているが、ここまで来たらアンコールに応えるぐらい、どうにでもしてみせよう。
ゆっくりと体を離し、しっかりと彼女の瞳を見る。
「好きだ、スエラ」
「はい、私も好きです次郎さん」
再び重なる柔らかい感触。
スエラは俺を失うのが怖く、罪の意識に駆られていた。
そこに俺が目覚め、安心と恐怖が混ぜ合わさり感情の制御が利かなくなったのだろう。
抱え込んだものを吐き出してくれたスエラ。
誰もが持っている大切なものを失う恐怖、そんな恐怖心を表に出す姿を見せてくれた彼女を俺は愛おしく思う。
ゆっくりと、唇を離した先に見えた彼女の顔は、
月光の下に咲く一輪の白き花のように、とても綺麗な笑顔だった。
そんな笑顔に俺は誓う。
強くなると。
漠然と目指していた頂への道の地盤が今固まった気がした。
田中次郎 二十八歳 独身 彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
職業 ダンジョンテスター(正社員)+リクルーター
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
今日の一言
ここから先はR指定だ。
シリアス回はこれで終了にしたい!
次回は最近ダンジョン系なのにダンジョンを書いていないのでそっちの方に走りたいと思います。
これからも勇者が攻略できないダンジョンを作ろう!!をよろしくお願いします。




