188 入れ違いで遅れること、それは様々な流れにつながる。
無闇矢鱈に行動すべきではないとわかっていても、手探りで探すしかないという状況では、思いついた場所をただ手当たり次第に探すしかない。
これで魔法や、監視カメラにクラッキングできたりするといった反則技が使えるのなら、俺もこうやって息を切らせて走り回る必要はない。
だが、最近身近になった魔法はここでは秘匿面と魔力面で使うことができず、クラッキングなんて漫画じみた能力は俺には備わっていない。
したがって、原点回帰。
俺はひたすらアメリアのアパートを中心にして、道という道をくまなく探し、時には道行く人に訪ねて再度動き出すというのを繰り返していた。
そして。
「いる、わけないか」
「そっちも、空振りよね?」
「ああ」
ついさっき、アメリアの母がアパートに着いたと警察から連絡があったので俺と北宮は一旦合流し、アメリアの住居であるアパートに向かっていた。
数十分走り回っただけで疲れるようなやわな鍛え方をしていないので、俺と北宮は帰りも自然と小走りになりながら、何事かと振り返る通行人の視線を無視し目的地を目指す。
周囲を探っていただけなので、まっすぐ向かえば目的地にはあっさりと着く。
「あ」
「宮川さんのお母さんですか?」
「は、はい、アメリアの母の美枝と申します」
そして、アパートの前に止まるパトカーのそばで警察官と話す女性がいた。
顔立ちは普通の日本人といった女性で、仕事から直接来ていたためか黒の女物のスーツを着た黒髪を首元で結んだ四十代くらいの女性。
所々でアメリアと似た面影の女性に確認を取れば、アメリアの母であった。
警察から事情を説明されていたのか、落ち着きはないが冷静さはギリギリ保てている。
「事情は聞きましたか」
「はい。それで、娘は」
「残念ながら、通行人に私と彼女で話を聞いて回りましたがそれらしき人影は」
「そう、ですか」
あからさまに残念そうな表情を見せるが仕方ないだろう。
娘が行方不明だという状況で、逆に冷静でいられる方が珍しいだろう。
「……」
「……」
そんな彼女に向けて俺は言葉をかけてやれない。
大変ですねということはできるが、気休めにもならない言葉で彼女にこちらを気遣うような、余計な心配をさせるのもどうかと思う。
自然と黙り、このあとどうするかと悩むとスマホが鳴る。
「失礼」
着信相手は海堂、仕事の話かと思い、あとでかけ直すように伝えるためにここは一旦電話に出る。
「もしもし、海堂、今は」
『先輩!! 今どこっすか!?』
「? アメリアの家の近くだが」
だが、背後から何やら騒がしい音をさせながら、慌てる海堂にそれはできなかった。
ざわめきや、怒声。
何やら指示を出すような声が聞こえているが海堂はいったいどこにいるんだ?
『なんかすごいオーラを出したアメリアちゃんが会社に来てついさっきゲート突き破って転移しちゃったらしいっすよ!! 今社内は大騒ぎっす。何があったんすか!? 俺、先輩からアメリアちゃんが行方不明って聞いてたっすけど!?』
「あ? なんだと?」
そんな疑問が消し飛ぶくらいの爆弾発言を海堂はカマしてくれた。
声色の変化を察してか、アメリアのお母さん、美枝さんはこっちを見るが、失礼と言って話を聞かせないために少し距離を取る。
「何があった?」
『詳しいことは、わかんないっすけど、なんかロビーがすごいことになっちゃってるっすよ、近くにいたゴブリンとか悪魔とか医務室に搬送されているし、戦いがあったっていうのは間違いないっす』
「戦いって、誰と誰が?」
『だから、わからないっすよ。俺だって知り合いに聞いて回って、ついさっきアメリアちゃんが暴れまわったって話を聞いたから慌てて先輩に電話したんっすよ』
「被害は? それとスエラたちは」
『幸い、被害はロビーから転移ゲートまでの通路だけで済んでるみたいっすねぇ。スエラさんたちは別のところにいたから大丈夫みたいっす。さっきまでここにいたケイリィさんが言ってたっすよ』
「そうか……監督官はそこにいるか?」
『いないっすけど』
社内の出来事ということで、スエラたちの安否を確認し、大丈夫だという返事が返ってきて安堵する。
そこから思考を切り替え、状況の整理を始める。
アメリアが見つかったのはいいが、なぜ会社で暴れる?
根拠に皆目見当がつかない。
何故と疑問が浮かぶも、ここにいては入る情報が限られてくる。
状況が動いたのだ。
動いたのなら、俺もそれに合わせての行動をしないといけない。
「今からもどる。もう少し話を聞いておいてくれ」
『了解っす』
スマホの通話を切り、何かあったのだと悟った北宮は俺によってくる。
「何があったの?」
「会社内でトラブルだ。俺たちは一旦戻るぞ」
「戻るって、アミーを」
どうするのかという言葉は続かなかった。
そのまま動こうとした俺を北宮は引きとめようとしたが、咄嗟に右目の上部分を指で叩く。遠目から見れば俺がそこらへんを掻いているように見えるが、これはダンジョン内で使うサインで、敵を見つけた時などに使っている。
それを見た北宮は言葉を止めた。
「わかったわ」
素直に承諾した北宮は説明をしてほしいと思っているだろうが、この場ではできない。
せめて車内か、誰も聞いていない場所に移動しないといけない。
「なら行くぞ、時間が惜しい」
このあとの警察の説明を考えると俺は、同僚を見捨て会社の仕事を優先している薄情な人間に写るだろうな。
なにせ。
「すみません。会社の方でトラブルが起きたようで、私たちはこれで失礼します」
言っている内容は間違いないが、さっきまで必死に探していた二人が電話一つで帰ろうとしているのだ、警察官が疑わしそうに俺を見るのは仕方ない。
仕方ないとは言えるが、これは少々堪える。
アメリアが見つかったことを伝えたいが、海堂の話をまとめるとどうもこっち側の事情が絡んでいるらしい。
下手に話すことができない。
その結果の警察官からの薄情だという視線。
「我々としては、問題ありませんが」
声からしても、あっさり帰るなと言っているように聞こえる。
そんな警察官が観る方向など、アメリアの母である三枝さん以外にない。
大丈夫かと心配するような警察官の視線を受けて、彼女は俺に向けて。
「あの、お忙しい中わざわざありがとうございました。通報やここまで手配していただき助かりました。あとは私の方で娘を探しますので、ご迷惑をおかけしました」
頭を下げてきた。
「いえ、こちらとしても力になれず」
良心が痛む。
娘がいなくなり、内心平常ではいられないだろうに、俺たちが会社に戻りやすいように行動してくれている。
本当なら、アメリアが見つかったと伝えてやりたい。
だが、それをすることを俺は許されていない。
だからか、こんな定型文みたいな返答しか、俺の口からは出てこなかった。
そう言って会釈をし、気丈に立つ母親の前を俺たちは離れた。
「ふぅ、なんも言わないんだな」
「……別に、言う必要ないでしょ」
車に戻り、運転席に座った俺はあの場で何も言わなかった北宮にエンジンをかけながら話しかける。
普通なら、なんであの場所で教えてやらなかったのだの、こっそり伝えることぐらいはできただろうと責められるかとも思っていたが。
「あなたが、言わなかった理由も、言いたかったって気持ちもなんとなくだけど私もわかるし」
「大人だねぇ、俺がお前くらいの歳の頃そんな判断できただろうか」
北宮は納得はできないが理解はできるといい、不満をぶつけないように俺の方を見ず窓の外を見ていた。
雨が振り、雫が窓を濡らす外の光景を見る彼女と昔の自分を比べる。
感情よりも理性を。
社会人としては当たり前の行動だが、これが意外とできない。
特に、あんな母親としての心を押し殺し、社会人としての行動を選択した人物を前にしてしまえば情の一つや二つは出てしまう。
「褒めてないで、教えて。何かわかったんでしょ」
「そうだったな、アメリアが見つかった」
だが、そんな感傷に浸っている時間も、浸れる立場もない。
「さっきの声、海堂さんからだったけど、アミー、会社にいたの?」
なんとなく予想ができたのだろう。
どこにアメリアがいたか推測してきた北宮は確認するように窓からこちらへと視線を移す。
「正確にはいたということらしい」
「いた?また別の場所に移動したってこと?」
「……海堂からの情報じゃ、また聞きで要領を得ないが、社内で暴れて転移ゲートでどこかに立ち去ったらしい」
「はぁ!? なによそれ」
「俺が知るか」
次から次へと来る情報に、トラブルに次ぐトラブル。
いったい何が起きているのだと俺が聞きたいことだが、なにやら怪しいオーラをアメリアが放っていたとなると残念ながら俺には心当たりが出てくる。
「って、言えたらいいんだけど」
「何かあるの?」
「……おそらくだが、いまアメリアは、アメリアじゃない可能性がある」
「アミーじゃないって、見つかったアミーが別人ってこと?」
「いや、肉体はアメリアだろうよ」
「肉体はって中身が別人みたいに……そういうこと?」
「そういうことだよ」
タバコに火をつけず、咥え口元で揺らす。
「アメリアの中に魔王の魂がいるって言ったよな」
「ええ、向こうの世界で封印された魔王の魂を取り込んだって」
「ああ、一応検査して問題ないってことになっていた。社長曰く奇跡ともいえるレベルで、かなり安定して調和のとれた状態らしい。そんなアメリアの中にいた。マイクって呼んでいる存在だよ今回の原因は」
話の流れで北宮はアメリアの身に何が起きたかを察した。
顔は俺が話すたびに険しくなり。
否定する言葉を探そうとしているが、聡明な彼女のことだ。
理性と知性が状況証拠を揃えてしまったのだろう。
「アメリアの中の魔王の魂が暴走しているってこと?」
すんなりと北宮の口で、今の状況を説明してくれたよ。
「ああ、そういうことだろうな」
「……正直信じられない。いえ。信じたくないわ」
アメリアの中の魔王の魂が暴走しているということはすなわち、アメリアの魂が危機に晒されている。
いや、これも、まだ穏やかに言ったほうか。
「覚悟はしとけ、できないなら、ここで降りろ」
じっと前から視線を動かさず、赤信号で車が止まったタイミングでこれから起きる現実の可能性を示唆する。
「冗談。何も知らないまま終わったら、一生後悔するわ。それに、まだそれが決まったわけじゃないわ。アミーは強い子だしね」
「……そうか」
魔王の魂の暴走はそれを受け入れている器のアメリアの魂を侵食し、塗りつぶしているかもしれない。
だから、これから会えたとして果たしてそれはアメリアか。
そんな可能性を前にして、失うかもと不安を表しながらも北宮は決意した。
「ねぇ、なんであなたはそんなに冷静でいられるの?」
そんな北宮に対して、表情を動かさず、淡々と答える俺に北宮は疑問をぶつけてくる。
アメリアのことがどうでもいいのかという感情的な言葉が出てこないあたり、そこらへんは信頼されているらしい。
「……大人の見栄だよ。後輩の前でカッコ悪いところ見せられるか」
だから、本音半分、冗談半分で言った。
「なによ、それ」
それを聞いて北宮は笑うしかない。
まぁ、残り半分の本音は言えるわけがない。
母親としての本能か、それとも彼女自身がもともと耳がいいのか。
アメリアの母親、美枝さんは俺と海堂の電話が聞こえているのにもかかわらず、俺を見送った。
ゆっくりとお辞儀した腰元で右手首をしっかりと握る左手は震え、彼女が俺に何かを知っているのだと問いただしたい気持ちを押し込めているのを俺に知らせてきた。
「さてな、大人の男にはいろいろあるんだよ」
その姿に秘められた、娘を頼みますという願いに応えないといけないからな。
今日の一言
まったく、厄介事だが、後回しにしたくないね。
心情的にもな。
今回は以上となります。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。




