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186 転がるように状況は変わり、脇にあったものを見逃す。

 Another side


「さて、状況を確認しようか」


 巨大な部屋の最奥、上座に当たる席に魔王は悠然と座り、今回の会議を始める。

 開戦し、攻め込まれている状況であるにもかかわらず、かの存在の余裕は崩れていない。

 それは、状況を把握していないがゆえの楽観的思考からくるものかと言われれば、この場にいる全員が否と答えるだろう。


「は、予定地での防衛戦線の構築に成功。カリセトラ辺境伯の領地を中心に北を鬼王様が東を竜王様が抑えております」

「損害は?」

「大小合わせ、村が十三。町が三つです。交易都市は無事確保できました。流民は全て受け入れが完了したと聞いています。また、防衛にあたっていた巡回兵が被害を受けていますが、村民の避難を優先し、交戦を最小限にしたため被害は軽微です」

「うん、少し被害が多かったけど、誤差の範囲に収まったね。さて、じゃあ次は本命の敵の戦力の話に移ろうか」


 淡々と報告書を読む兵士の話に満足気に魔王は頷く。

 ここまでは予定通りに話を進められた兵士はわずかに安堵の色を見せるが、本命の話になり、再度顔を引き締める。


「は、現在確認できる限り、今回の侵攻で下級天使を中心とした兵を多数確認。その規模、約三万が展開されています。またそれを指揮する中位天使も確認されています。しかし、上位天使と逆賊カーターの姿は報告されていません」

「……」


 報告している兵士が会議室の中央を指差すと、淡く光り始める。

 会議室内の視線がそこに集まる。

 四角く囲んだ机のちょうど空白に置かれるように設置されていたボーリング球ほどの大きさの水晶が淡く光り、地図が表示され、確認された情報で敵の配置が示される。

 それを見て、会議室の誰もが眉間に皺を寄せるか、疑問符を頭の上に浮かべている。

 魔王自身も、この軍の展開の仕方に疑問を抱き、相手の意図を探るように沈黙し、報告の内容を聞く。

 競技大会という行事で、幹部が集結し、防衛戦力が著しく低下した好機とも言えるタイミング。

 その瞬間を狙い、勇者カーターに襲撃させ後に続くように電撃的に天使を展開し、侵略を開始した割には被害が少ない。

 使用した戦力も下級天使を中心とした戦力のみ、中級天使はいたが、上級天使はおらず、それどころか辺境伯が所有する軍の姿も見えない。

 加えて言えば、侵攻しようとした天使の軍は防衛線を構築した段階であっさりと止められた。

 不審にさえ思える行動だと言える。

 仮に上位天使の存在があれば、被害は先ほどの報告の二、三倍はあっただろうと推測できる。

 そのことから、むしろ侵攻をわざと止めたのではと思わせるような奇妙な動き。

 聖剣を振るったカーターの姿も見えないことが、さらに今回の侵攻の裏に何かあるなと匂わせるような動きになっており、魔王軍は敵の行動を考えあぐねていた。

 基本セオリー通り行くのなら、損害リスクが少なく相手の動きも鈍いのが明確であるのなら攻められる場所まで行くのが常道。

 そして勇者に対応できるのは同格である魔王だけ。

 一時的とはいえ、魔王の動けない状況でもあったので、勇者が侵攻に加わればさらに相手は有利に進められたはずだ。

 だが、相手は動かず、その理を捨てた。

 その間に魔王は準備を整えた。

 魔王自身、この数日はいつでも転移し勇者を仕留められる万全の状態を用意していた。

 それなのにもかかわらず、魔王が戦場に立つことはなかった。

 敵は理を捨ててまで何をしたかったのかという疑問が会議室を漂う。


「敵はいったい何を狙っているのだ?」

「もしやあれが全戦力なのでは?」

「いや、ダンジョンを備えている時点でそれはありえないだろう。ダンジョンはどこかにつながり戦力を集めることが可能なはず」

「魔王様をあの場で倒せなかった時点で敵の狙いは」

「そもそも、あのダンジョンはどこと繋がっているのだ?」


 様々な予測が会議室で飛び交う。

 その言葉はまるで相手の可能性をそのまま羅列したかのように次々に飛び出し、その言葉を一言一句聞き漏らさず、且つ魔王自身も相手の狙いを推測する。

 無闇に相手に挑めば相手の術中に嵌る恐れがある現段階で、慎重になるのは致し方ないと思う点はあるも、魔王は何か見落としがあるのではと思考を巡らす。


「会議中失礼します!!」

「なんだ!! 今は会議中だぞ!!」


 会議が回り、錯綜している最中に突如として扉が開かれる。

 入口の近くにいた幹部の一人がその兵士を叱責するも、兵士はそれどころではないと言わんばかりに声を張り上げて報告する。


「各町で人間及び一部獣人による反乱が起きていると報告が!! それを扇動しているのは天使との報告も!! その対処のため行軍中の軍の動きに遅れが生じています!!」

「なに!?」

「報告します!!」

「今度はなんだ!!」

「敵、軍団が移動を開始、まっすぐ北上し鬼王様の軍と接敵します!!」


 反乱に乗じて動き出した軍隊。

 偶然ではない。

 計画的な動きだと察せられる。


「なるほど、そうきたか」


 どよめき早急に対処せねばと、また意見が錯綜しそうになるが、魔王が動き出せばたちまち鎮静化される。

 カチリとチェスの一手を打たれたような感覚を味わい、魔王はゆっくりと、されどはっきりと会議室に届く声で相手の行動を察した。

 静まり返り、魔王へと視線が集まる。


「敵の所望しているのはあくまで私の首らしいね。そのために切り札の勇者を隠してきたか……道筋はおおよそ察しがついた。うん、こちらも動くとしようか。機王及び巨人王に伝令を。敵の狙いは鬼王ではない。両将軍に竜王の援護に回らせろ。それと不死王にも伝令だ。火を消せ、それで伝わるはずさ」

「は!!」


 反乱に対処すべく、将軍すべてを現場に散らし、エヴィアには異世界での活動拠点である会社の警護につかせた。

 魔王を直接守る将はいなくなり、無防備とも言える状況。

 民を扇動し、戦域を広げてきた相手の策に、戦力を分散し万全に対応できるようにしたが、魔王の考える通り進むのなら裏目になってしまったかもしれない。


「各町でくすぶっていた炎をもやし、混乱を引き起こす。放置すればくすぶっていた火は大火になる。だからこそ火を我々は無視することはできない。なるほど、単純な策だが、単純だからこそ対応に時間がかかる」


 電撃的に天使の軍を展開することで、注目を辺境に集め、その間に下準備をしていた現体制へ不満を持つ民へのアプローチ。

 人間というのは個では非力だが、数を揃えればそれはそれで厄介になる。


「その間に次の手か……まずは勇者らしく竜の首から取りに来たか」


 そして、不満を抱えている民衆の前に餌を吊るす。

 現環境からの脱却、変わる変えられると力を持つ者が道しるべになれば、あっという間にその群れは餌の方へと動き出す。


「争いを扇動しているのは、上位天使だろうね。座天使か智天使か。上位天使という主力をかく乱に回したおかげで私たちは完全に勇者の足取りを追えなくなったわけか」


 そうなれば、魔王軍は対処せざるをえない。

 加えて、敵の餌も上位天使となれば、魔王軍としても食いつかざるをえない。

 そして、混乱が起きれば起きるほど勇者は動きやすくなる。

 単一で一つの軍以上の働きができる存在が動き回れるというのは魔王軍側からすると良い状況ではない。


「では、なぜ竜王様の方にのみ増援を? それでしたら鬼王様の方にも救援を出すべきでは」

「鬼王の背後には町や村は少ない。天使を警戒する必要性が少なくて、鬼王の方の補給路は保てるだろうね。だが、大きな街をいくつも背後に抱えている竜王の方はどうだろうね」


 天使が次にやるのはおそらく反乱に賛同した実力者たちをまとめ、群れから軍へと姿を変えさせることだと魔王は推測した。

 上位天使という強者の加護を得た者は負けるとは思わず、喜んで戦場に挑むだろう。

 その動きが結果的には竜王の軍を孤立させる動きになってくる。


「ですが、敵軍は鬼王様の方に向かっていると」

「その軍は鬼王の足止めさ、途中で邪魔されたら嫌だということだろうね」

「まさか! 鬼王様を足止めしているあいだに竜王様の軍に勇者を」

「いや、それはないだろうね。相手の目的は勇者という存在を隠し、ここぞという時に私の首を切るための切り札にすることだろうね。ここでは出てこないよ。そして、しばらくは互いに手足の斬り合いになるだろうね。根気で負けるか、読み負けたほうが穴蔵から出てくることになるだろうね」

「どういうことでしょうか?」

「いるんだろうね、将軍たちに対抗できる存在が勇者以外に」


 将軍と同じもしくは超える実力を持つ存在となると限られてくる。

 会議室にいる面々はなんとはなしに、脳裏にその存在が思い浮かべられる。


「報告します!!」


 その想像を裏付けるかのように三度目の伝令兵が駆け込んでくる。


「竜王様より伝令です!!

「熾天使が軍を率いて、竜王のところにぶつかったかな?」

「は?はい! その通りです」

「ふむ、となると……数は?」

「軍勢およそ五万!中位天使多数、上位天使も複数確認されていて、その中に熾天使を確認、その数二人!」

「「「「!?」」」」」


 熾天使、神に近い最高位天使。

 その実力は将軍に匹敵する。

 そんな存在が二人もいるとなれば。


「竜王とてさすがに危険か、さて、ここからは互いの手足の噛み合いといこうか」


 実力者の竜王でも危うい。

 それなのにもかかわらず、魔王の余裕は崩れない。

 おそらく前線に立ち、暴れているだろう部下のことを想像しながら、援軍が来るまで持ちこたえるだろうと信頼しているからだろう。

 水晶に映る軍の動きをゆっくりと魔王は見る。

 反乱の燻った火も、放置すれば大火になるが、対処できる準備はしている。

 窮地に陥るであろう竜王の救助も間に合う。

 そして、勇者は雲隠れしたことにより魔王は間接的に動くことができなくなった。

 一進一退の駆け引き。

 相手の動きをいかに封じ、いかに消耗させ、相手の策を打ち崩すか。

 ここから先は、どれだけ被害を受けず切り札を温存できるかの話になってくる。

 痺れを切らし、先に表舞台に立った方が負けるだろうと魔王は予測する。

 なので、しばらくは出番はないだろうと戦場を信頼する自分の部下に任せ、魔王はゆっくりと肩の力を抜くのであった。


 Another side end


 Side アメリア


「それじゃ、お母さん仕事に行ってくるから。何かあったら連絡するのよ」

「Ok、マミー」

「本当に大丈夫? なんだったら、もう一日くらいなら休めるから、無理しなくても」

「大丈夫ネ、それより、遅刻、しちゃうヨ?」


 額を冷やす冷却シートを張り替えた私のお母さんは何度も何度も私を見ながら仕事へ出かけていった。

 あの日、ヒミクさんが勇者だと言った男の持った剣の光を浴びてから体の調子がおかしい。

 頭痛はするし、体はだるい。

 体力には自信があったはずなのに、ここ数日はベッドから出る気力もわかない。


「みんなには、迷惑、かけてます、ヨネ~」


 日本に来てから、初めて仲良くなったと言えるアルバイト先の仲間たちの姿が脳裏に浮かぶ。

 一度次郎さんから電話が来たとお母さんが言っていたが、その時は本当に頭が痛くて電話に出るどころではなかった。

 今日は体調は悪いが、比較的軽い方でこうやって起きていられる。


「マイク」


 部屋は静かで、普段からダンスなどしていて体を動かすことに慣れていると、こうやってじっとしている時間が退屈だと感じてしまう。

 寝すぎていて、目が冴えてしまっているということもあってか、マミーにも内緒にしている体の中にいるもう一つの存在に話しかける。

 だけど。


「やっぱり、返事がないヨ」


 会社の外にいるときは出てくる回数は減るけど、それでも一日に何回かは話している。

 だが、ここ数日は全く会話をしていない。

 魔力的に余裕がなかったとしても、普段だったら励ましの言葉くらいはあるはずなのに。

 消えた、ということはないと思う。

 自分の体の奥底に感じる存在がいるのは確か。


「……どうしよう」


 だけど、様子が変なのも事実、現在の体調不良ももしかしたら関係しているかもしれない。

 相談したくても、この体の調子じゃ会社にも行けない。

 せめて電話ができればと思うも、通話する気力もわかなかったので今までできなかった。


「そうだ、メール、なら、できるネ」


 会話する気力はなくても、メールくらいならとスマホに手を伸ばし、充電ケーブルに繋がったスマホを掴む。

 ロックを解除し、メールボックスを開いてみれば、次郎さんをはじめとしたみんなからメールが来ていた。

 それぞれ、特徴的で、私を心配してくれているのだとわかるメッセージに少しだけ元気が湧く。

 それを無駄にしないようにメールを返信しようと指を走らせようとした。


『憎い』

「マイク?」


 だが、体の奥底から響く声に私の指はピタリと止まった。

 今の声は間違いなく、マイクだと思った。

 けれど。


『憎い、あの光が、あの輝きが憎い!』

「アウッ!」


 いつもは穏やかで、悪戯心のある、柔らかい声は微塵も感じさせず。

 氷を叩きつけられるような冷たく鋭い叫びが体の奥底からどんどんと溢れ出てくる。

 そのタイミングに合わせるように、頭痛も激しくなり。

 スマホを床に取り落としてしまう。

 けれど、そんなことを気にしていられない。


『許さない! 赦さないぞ!! 許してなるものか!!』


 頭を鈍器で殴られているような、鋭い痛みになにも考えられない。

 意識が朦朧とし、視界が暗くなっていく。

 体を丸め、頭を抑えその痛みに耐えようとするけど、痛みは和らぐどころかどんどん増していく。


『滅びを!! あの忌々しい光に滅びを!! 破滅を!!』


 マイクがおかしい。

 それだけはわかる。

 そしてこのままじゃ、私はどこかに消えてしまいそうな予感がする。

 危機感が体を突き動かし、意識が朦朧とし収まることのない頭痛をどうにかこらえ、這うようにベッドから出て転がるように床に落ち、先ほど落としたスマホに手を伸ばす。

 自分の体ではないかのように、自由に動かない体の腕を必死に動かし、スマホの画面を見れば、ついさっき返信しようとした画面が写っているのが見える。


「タ、ス、ケ」


 震える指、段々と冷たくなる体。

 それに怯え、自分が消えてしまいそうな寒さから逃げ出そうと、必死に指を動かし。

 最後にテと打ち込み送信を押す。

 それだけが、精一杯。

 お願い、次郎、さん。

 目の前が真っ暗になった。


 アメリア side end



 今日の一言

 連鎖的に何かが起きると、すべてを把握するのは難しくなるな。


今回は以上となります。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も刊行予定です。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。


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[一言] ここでジローか。兎に角活路をひらけ!
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