18 会社にもマスコット言う名のゆるキャラは存在する・・・・・のだが
頑張って書き上げました!
Another side
ロイス・アーグリー 二百三十二歳 独身 彼女なし
職業 人事部テスター教育係座学担当兼開発部所属
魔力適性六(副官クラス)
役職 錬金術士・魔弓使い
開発部というのは会社の各部署の中でもかなり忙しい部署だ。
ダンジョンのニーズに合わせて新たな魔物を誕生させないといけないのだから、間断なく仕事が舞い込む。
当然そうなれば休む暇も生まれない。
仕事が多いハイリスクとサボれば目に見えて評価が落ちるというハイリスクが双璧をなすリターンなど存在しない。
そんな部署で私は徹夜四日目を迎えていた。
「……なぜ私がこのような魔物を作らねばならんのだ」
ダークエルフゆえにわかり難いかもしれないが目の下には間違いなく隈ができている。
普段から鋭いという私の目元は充血によりさらに険しくなっていることだろう。
それもこれも、こうなったのは機王様のダンジョンに新たな魔物を導入するとなって当初予定していた魔物の仕様と大きく異なる仕様の魔物が発注されたからだ。
「フハハハハハハハハハ! だが私はやり遂げた!! なにせ天才だからな!」
おかしなテンションになっている自覚があるが、今は目の前で完成した作品があるのだ。
達成感ゆえの多幸感、今の私ならスエラにプロポーズもできるかもしれない。
この魔物を開発するために死屍累々となった同僚たち、完成と同時に各々机なり床なりソファーなりと横になりいびきをかいて眠っている。
なにせわずか一ヶ月で完成させた大作だ。
これならきっとスエラも私に惚れるに違いない。
「む、さすがに体が限界か、まぁいい、期日には間に合ったのだ一眠りしても文句は言われまい」
さすがに身体強化を施したとしても眠気がなくなるわけではない。
四日の徹夜により、強化された体といえども休息を求めてくる。
ぐらりと、体の力と一緒に魔力が抜けそうになり体が傾いたが、魔力操作に長けたダークエルフが無様に転げ倒れるわけがない。
「しかし、日本とは面白い発想をするなこのような格好で興味をひこうとは娯楽が盛んな国だけはある。ふん、私には関係ないがな」
シリンダーケースに収まっている全長二メートルの巨体、機王様の指示で作成したゴーレムだが、従来とは違った発想でできている。
まず間違いなくイスアルでも魔王軍でも存在しないゴーレムだ。
そんなものを作れるとはさすが私ということだろう。
「ふむ、機王様に渡すまで時間もある。が、効率を考えればタイマーで起動準備くらいはしておくべきか」
基盤に魔力を流し込み、流れ作業で事前準備を済ませ最後の確認をし、問題ないことを確認すれば、これで準備は完了だ。
「では寝るとしよう」
さすがに一昨日から追い込みをかけていたおかげでシャワーを浴びる暇すらなかった。
べとつく髪をいい加減洗いたい。
そんな欲求が私を突き動かし、手早く研究室をあとにした。
Another side END
「だんだんとお前の私物が増えてねぇか南?」
「そうでござるかリーダー? これくらいなら普通でござるよ」
「いや、前にゲーム機とかなかったからな? このDVDとか存在しなかったからな?」
「それを言うなら、洗剤や調理器具を持ち込んでいる勝はどうなるでござるか。拙者だけ注意するのは不公平でござる」
「馬鹿野郎、飯担当を注意できる奴がいるわけねぇだろ!」
「ここで出てきた女子力差別に拙者は絶望したでござる!!」
アルバイトの二人が入ってからはや幾日、最初は殺風景だったこのパーティールームも今では色というものが出始めていたりする。
居間の机部分では主に仕事用のパソコンが鎮座し、ソファー付近はゲームやらDVDやらがテレビラックに収まっている。
リビングの端の方には本棚が置かれ、仕事用の資料の他に漫画やら雑誌が収まる。
キッチンはキッチンで、鍋やらフライパン、お玉に包丁、食器に調味料、個人のアルバイト代で何を買おうが自由だが、ここまで揃える必要があるのかと思うが頻繁に昼飯を作ってもらっている身としては口にできない。
せめて昼飯用の食材代は出そうということでパーティの共用費から捻出している。
そんなきっちり領収書をもらってくる勝が、今ではうちのパーティの立派な支援(食事)担当だ。
「む~なかなか魔法の練習もさせてもらえず、延々とマラソンを繰り返すアルバイト、拙者不満が爆発しそうでござるよ」
「いや、南ちゃん俺たちと比べたらだいぶましっすよ? 見たっすよね、昨日俺が天井に突き刺さりかけたの」
「俺は壁にめり込んだな」
ダンジョンに挑む前段階の準備として、俺は一つの研修を企画し人事部に提出、それをダンジョンの活用時間の代替えとした。
「いや~あれは驚いたでござる。大の大人が二人がかりで美人なダークエルフに斬りかかったと思ったら吹っ飛ばされていたでござるからな」
パーティメンバーとの連携訓練、いきなりぶっつけ本番で試すわけにいかないので、せめて海堂との連携だけは詰めておこうとスエラさんに挑んだが、結果は惨敗。
互いの呼吸が噛み合わず、その隙を突かれて順番に対処されてしまった。
最初の頃と比べたらだいぶマシになったと思ったが、魔法すら使われず棍一本で負けてしまっている時点で実力の差は歴然としているのだろう。
「昼飯できたぞ」
「悪いな勝」
「いえ、材料代出してもらっているのでこれぐらいは」
現実を再確認しているところへ空腹の胃袋を刺激する匂いが漂ってくる。
「まさる~お腹減ったでござる」
真っ先に反応したのは南だ。
まるで餌を待ち望んでいた室内犬のように目を輝かせているが、輝いている目は勝ではなく皿を捉えている。
「テーブル片付けるからちょっと待ってろ」
そんな南の対応は慣れているのか、適当に流している。
片手にお盆、その上にはできたての炒飯が三人前乗せられている。
普通なら取り落とすなりバランスを崩すのだろうが、手慣れているのと魔紋によりステータスが向上しているせいかそこに不安定さは微塵も見えない。
手早く空いた手で机の上のものを片付け、台ふきで拭いていく。
「残りは俺が運ぶっす!」
「すみません」
「いいっすよ!! 後輩ばかりに働かせたら先輩としてダメっすからね!!」
勝という男の後輩ができてから、海堂はこの調子だ。
最初は南のコブだとリア充憎し、爆発しろと、独身男性の独特の醜さをさらけ出していたが、勝が素直でいいやつだと理解するにつれそういった態度はなりを潜めていった。
笑顔で戻ってくる頃には、両手にチャーハンと餃子、そしてスープらしい器も持ってきていた。
そして人数分の昼飯が揃えば、揃って食べ始める。
別に強制というわけではなかったが、自然と揃って昼食をとる形となった現状。
始まりは社食で異世界の食事を食べたがる南をたしなめ弁当を用意している勝を見て、商業施設に食材もあったことを思い出した俺はいっそのこと異世界の食材で料理をしたらどうだと提案した。
食材の値段も、若干割高だがそこまで高いものではない。
興味もあったのも相まって物は試しにと勝が挑戦し始めたのがきっかけでこの昼食会は始まったのだ。
「異世界の卵といっても味はあんまり変わんないっすね」
「そうだな、味が濃かったりちょっと風味が違うだけで食べる分には普通のチャーハンだ」
「食材は米以外全部異世界の食材なんですけどね」
一見、どこにでもある炒飯、餃子、中華スープであるが、材料の卵や野菜、肉に至るまで全部商業施設で用意したものだ。
当然見たことも聞いたこともない生物原産の食材だ。
はじめは抵抗もあったのだが、人間見た目がまともなら一口食べさえすれば。
「美味ければ問題ないでござる!」
「そうっすね」
食への抵抗は消え去る。
別にゲテモノを食べているというわけではないのだが、新しいものを食べているという感覚はある。
見た目は完全に炒飯なのにな。
「ほれへせんはい」
「食ってから話せ」
「ゴクン、それで先輩午後からどうするっすか?」
「明日は午後からダンジョンに入る予定だが、今日は昨日と同じ研修だ」
そんなファンタジーな飯でも、社会人が顔を付き合わせて一緒に昼飯を食べれば自然と会話は仕事の話に傾く。
予定の確認、準備するもの、手間を省くために休憩時間でもそういった話になってしまうのだ
「相手はスエラさんっすか?」
「予定ではな、昨日の反省点を確認してからまた模擬戦だ。最低でも今日は魔法を使わせるところまで行きたいものだな」
「うへぇ」
「勝、お前は昨日と一緒で怪我した俺たちで回復魔法の練習、それ以外は南と一緒にランニングだ」
「……拙者は?」
「ランニングだ」
「ファンタジーなのに、ファンタジーじゃないでござる」
「俺も一緒に走るからな、今日で五キロ走れるようになれば明日から魔法の練習できるから頑張ろうな」
二人が来てから何度目か、こうやって子供を励ます母親のような勝と不貞腐れる子供のような南、年齢が逆だから本来であれば違和感が出るはずなのだが、この二人だとそれが自然だと受け止めてしまっている自分がいる。
「ステータス的にも、そろそろ魔法の研修にも入っていいだろうな」
「そうっすね、護身術とか必要っすけどいきなりなんでもかんでも詰め込むのは悪手っすからね」
そんな光景を見ながら、南の方針を固める。
魔紋というのは本当にすごい。
たった数週間、出勤している時間だけを考慮すれば三日くらいなはずなのに、南は既に最初の記録を大きく上回っていた。
三キロ程度なら息を乱す程度で走りきり、五キロ手前までフラフラになる程度で完走している。
持久力のステータスも確実に伸びている。
ここまで結果が出ているのなら次のステップに入っても問題ないだろう。
残りわずかとなったチャーハンを食べるためにスプーンを動かし昼からの研修に備えるとしよう。
「スエラさんこないっすねぇ」
「そうだな」
時間は午後一時、すでに休憩時間を終えて俺達は訓練室に移動していた。
準備運動をしながら体をほぐしいつでも動けるようにしている。
「珍しいっすね」
「ああ」
ストレッチをする頃には体もだんだんと温まりほんのりと汗をかくくらいに調整する。
運動しながらであるから口数、言葉の数は少ないが確かに海堂の言うとおりだ。
スエラさんは基本時間をきっちり守る。
これがキオ教官であったら、前日の飲み会とかで五分や十分遅れてくることはざらにある。
だが、彼女がなんの連絡もなく遅刻することはない。
だから何かあったのではと不安はある。
「ん? 念話か」
その時頭に響く独特の着信音に気づく。
噂をすれば影だろうか、もしかしたらと思いストレッチを中断して念話に出る。
「はい、次郎です」
『次郎さん、すみません』
相手は予感通りスエラさんだった。
「どうしました?」
『実は急な仕事が入りまして、午後からの研修ができなくなりそうなんですよ』
やはり事情があったかと、安心半分会えなくなることに対して残念という気持ちが湧くがそれを口にすることはない。
元より、こちらがお願いして時間を空けてもらっているのだ。
別の優先度が高い仕事が入ればそちらを優先する事態にもなる。
「大変ですね、こちらは大丈夫なのでそちらを優先してください」
『本当に! 申し訳ありません!』
前の会社でも度々あったことだ、内心で納得しながら返答するが会話先のスエラさんは心底申し訳なさそうな声質だった。
しかし優先度の高い仕事はなんだろうと、疑問に思う。
スケジュールがしっかりしていると勝手ではあるが想像しているスエラさんが飛び入りの仕事でスケジュールを崩すというイメージは正直持っていなかった。
なのでかなり大変な仕事が飛び込んできたのだろうと勝手に納得するとしよう。
『それと、実験段階の魔物が研究室より複数脱走して社内を徘徊しているので、移動の際には装備をしっかりと整えてください。一応結界で社外に出られないようにはしていますが、施設内はどこにでも現れます。』
……思いのほか重要仕事の対処に追われているようだった。
「え、ええ、了解しました。でしたら寮内に避難したほうがいいですかね?」
『可能ならお願いします。それと移動の際にも装備は解かずそのままで避難してください』
心の内の驚きを表に出さないように冷静に答えたつもりであるが、表情は取り繕えていただろうか?
ダンジョンじゃない環境でモンスターに襲われる可能性、それを考慮していなかった。
社内イコール安全、平時であったらそうなのかもしれない。
だが
背後で爆発音がする。
「スエラさん、どうやら手遅れのようですね」
『まさか!?』
現状それは薄氷の上のものであったことを理解させられた。
いきなりの爆発音、訓練室の入口は室内に吹き飛ばされて土煙に何かが映った。
『っ、無理はせず時間を稼いでください! 可能なら避難を、十五分いえ十分でそちらに向かいます!』
一方的にスエラさんの声が聞こえなくなるが、それを気にしている場合じゃない。
「南、勝を背後に、海堂を中央、前衛は俺が務める」
単純な陣形だが、今はこれが妥当だろう。
人数は四人いるが戦力となるのは実質半分、俺と海堂のみだ。
だが、いきなりのできごとに俺以外の三人は指示が聞こえていなかった
「動け! ここはもうダンジョンだ!」
怒鳴り散らすような指示であったが、仕方ない。
ダンジョンというものを体験している身では一瞬の油断が命取りとなってしまう。
そうわかっているが故の対処だ。
ビクリと反応して動き始める三人の動きは緩慢だ。
だが動いているだけマシだ。
もうじき煙の奥から敵が出てくる。
ドクドクと緊張した鼓動が俺の耳に響く。
なにせ相手は研究室から脱走した魔物、おそらく俺が対峙したことのない相手だろう。
未知の敵、それだけで俺の体は緊張してしまう。
もう少し経験を積めばと俺の心は思うが、体が強張っていないだけまだましとしよう。
いよいよ、相手の姿が見える。
「……は?」
が、一瞬で俺の緊張は緩んでしまった。
「SD戦隊ロボットでござるか?」
「着ぐるみみたいだな」
「それにしたってなんと言うか、ずいぶんシュールっすねぇ」
てっきり、いかついモンスターでも現れると思って身構えていた俺は、どこぞのゆるキャラに出てきそうな二頭身の随分可愛くなった戦隊ロボットに毒気を抜かれてしまった。
戦隊モノに合わせてなのか、胴体と四肢の色が違い何かが合体しそうないかにもヒーローが乗っていそうなロボットの姿であるが、顔は随分と可愛らしく体も丸みを帯びている。
足音もピョコピョコと軽いもの、歩いている姿も正直遅い。
こんなものに脅威を感じてしまったのかと脱力する。
スエラさんが慌てていたので、張り詰めていた緊張感はいつもの倍以上であったから脱力感は更にその倍だ。
「とりあえず、刺激しないように訓練室を――」
出るぞとは言えなかった。
ゆるキャラゴーレムの右手に現れた玩具の剣、それが現れた瞬間確かに感じた。
殺意を。
「避けろ!!!」
叫んだのは咄嗟だった。
そして回れ右と体を回すのも同時だった。
視界の端には予備動作を感じさせない、残像を残して跳躍するゆるキャラゴーレムを捉えていた。
高々と跳んでみせたゴーレムの俺を飛び越える勢いと殺意によって、奴の目的を直感的に割り出して体の力を入れ込む。
「っ!!」
ギリっと歯が軋む。
食いしばった分だけ足に力を込め、たった一歩で俺は風を突き破る勢いで駆け出す。
海堂の脇を走り抜け目的の場所は南と勝の前。
足の裏で摩擦熱を感じ、急制動をかける足に負担がかかるがこれからそれ以上の負担がかかるのだ。
そんなことに気にする時間があるなら、少しでも体の姿勢を整える思考に容量を割く。
迎撃は間に合わない。
振り抜く時間がないことはすぐにわかる。
ならばやるべきことは受け止めることだ。
「折れるなよ!」
鉱樹に願い込むように刃を上に向けて捧げるように構えると同時に、とてつもない重圧と風圧を感じる。
腕がきしみ、肩が軋み、腰がキシミ、膝が折れそうになる。
床に衝撃を逃がしたせいか、俺の両足を中心に罅が走っている。
緩そうな見た目に反してヘビー級の重量を生かした唐竹割り。
「うざいなぁ!!」
見上げてやれば、表情など変わらない可愛らしい顔が出迎えてくれたが、殺意と相まって間違っても可愛いなんて感想は抱けなかった。
押し切るように力を込めても、力が均衡、いや若干負けている。
押し切るために無言で力を込められ、徐々に鉱樹が俺の方に迫ってくる。
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「よせ!」
どうにかしようと歯を食いしばっていた時に聞こえる海堂の叫び声、そして殺意が僅かにだが逸れた。
その意味を理解する前に叫んでいたが、重量で固定されている時点で俺には何もできない。
ぬっと重量感のある腕が裏拳の要領で背後から斬りかかった海堂を容赦なくえぐり吹き飛ばした。
「海堂!?」
魔紋によって耐久性が上がっていたとしてもあの受け方はまずい。
手加減の欠片もない全力攻撃、殺意のノった攻撃をモロに直撃した海堂は数回バウンドして離れた場所に落ちた。
そのまま動かない海堂。
「あああああああああああああああああああああああああ!!!」
腹の底から叫び片手となったゴーレムの剣を無理やりはじき飛ばし、胴体に切り込むが僅かな火花を散らし後退するだけであった。
「勝! 海堂の治療だ!!」
「え、あ、おれ」
焼け石に水なのはわかっている。
勝の治療魔法などせいぜいが擦り傷を治す程度、そんなことで何かできるなんて思ってはいない。
腰にあるポーションを渡せればまだ違うのだろうがにらみ合っている現状。それもできない。
だが、やらないよりもマシだ。
それがやらないよりもまし程度のことが今必要なんだ。
「勝、動くでござる。動かないとマズイでござる」
肩を揺するように南が勝に声をかけている。
今までの一連、殺させかけられてから海堂が吹っ飛ばされるまでの光景のせいで勝の頭はオーバーヒート手前だ。
まともな受け答えができていないが、必死に南は動こうとしている。
正直、こんな状況で南が動けるのは嬉しい誤算だ。
たとえ生存本能でも、守りながら戦える余裕などない今は少しでも離れていてほしい。
腕を引かれるように立ち上がった勝は海堂の方に向かい、ゴーレムも反応するが
「よそ見すんなァァァァァァ!!」
俺が踏み込み、やらせはしない。
切り結ぶというより全力で振り切る。
俺の鉱樹と向こうの剣が火花を散らす。
そして、ゴーレムの殺意は一番の脅威である俺に向けられた。
「すぅ、キェイヤァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
その殺意を跳ね除けるために俺は叫ぶ。
それが開戦の狼煙。
ぶつかり合うように鉱樹を振るうが相手の剣で防がれる。
明らかな格上相手、そして教官たちとは違った一切手加減のない殺意、それに晒され続けている俺に余力というものは生まれない。
「海堂さん!」
「起きるでござる! 寝たら死ぬでござるよ!」
背後には同僚がいて、現状を打開できるのは俺一人。
「カハ、負けるわけにはいかないよなぁ!!」
戦闘へのスイッチが入った。
カチリ、いやゴトンと何かがハマる感覚、エンジンに燃料を送り込むように魔紋に魔力を流し込み続ける。
血液中にある酸素という酸素を魔力で補充し、無酸素運動の限界値を叩きだそうと鉱樹を振り抜く。
正真正銘の全力で余力など一切考えない全力攻撃。
硬い。
それが手応えだった。
傷くらいはついているだろうが、それでも切り捨てるなんて想像ができない。
つばめ返しの要領で一撃目で剣を弾き二撃目で胴体に切り込むことに成功したが、ダメージはない。
着ぐるみのような柔らかそうな見た目に反して、その実特殊合金でできている装甲のように硬い。
なんの悪夢かと言いたくなるが、そんなことを言っても現状が変わらないことがわかっている俺は
「あああああああああ!!」
諦めるつもりなどない。
そんな意思を見せつけるように攻めの姿勢を貫いた。
斬撃がダメなら打撃で、打撃がダメなら刺突で、それがダメならと鉱樹が頑丈であるのと、ギリギリ相手の攻撃がさばけるからこそできる攻防だ。
「リーダー! 海堂さんが!」
集中力で持たせている均衡にわずかに揺れが入る。
強引に剣を弾き飛ばして間合いをとり、一瞬だけ声をした方を見る。
強化された目がわずかな時間で、泣きそうな南がこっちを向いて叫び、回復魔法を必死でかける勝の姿を捉えた。
間に合わない。
海堂がもらった一撃は思ったよりも深刻だった。
そんな状況を知らせるに十分な光景を見てしまった。
「勝はそのまま治療を続けろ!!」
対処しなければ。
頭を回し、鉱樹を振るい。
どうにか打開策がないか、切り結び互角に持ち込むだけの容量しかない頭に打開策を思い浮かばせようとする。
仕事を積み上げた状態の繁忙期を彷彿させるように頭を使う。
隙は作れない。
ならどうする。
このままでは海堂が危ない。
唯一助かる方法は?
腰にあるポーションでの延命。
一つ一つ考えながら切り結ぶ行為、綱渡りのような戦闘。
警鐘を鳴り響かせる本能、いつオーバーヒートしてもおかしくない現状、逃げ出したい気持ちを、理性で抑えつけ、その場に踏みとどまる。
そして決断する。
無理、無茶、無謀
どの言葉をとっても俺の行動には的確な言葉だっただろう。
両手でどうにか拮抗していた状態を片手でどうにかしようとしたのだから。
相手の剣を弾いた瞬間、両手で握っていた鉱樹から片手を手放し、予備の短剣を素早く抜く。
そして腰のポシェットの革紐を切る。
俺ができるのはそこまでだった。
「んぐが!?」
代償は片腕、あからさまな隙を相手は見逃してくれるはずがなかった。
そもそも向こうは片手で剣を振るって常時片手は空いているのだ、攻撃の手が緩んで隙ができて、攻撃する手段があるのだから攻撃しないわけがない。
左側から迫ってきた拳を俺は鉱樹ではなく、左腕で受ける。
骨を砕くおぞましい感覚と痛みが俺の頭に走る。
片腕を失えば攻撃力が半減するどころの話ではない。
そしてそれが致命的な選択だということもわかっている。
唯一の回復手段を手放すなんて馬鹿げている。
だが
「リーダー!?」
「南!! 走れ!!」
それでもやるしかない。
痛みを無視することには慣れている。
痛みに悶えているよりも手早く素早く思考が次に移る。
今から俺の頭の中は腰から落ちたポーションから相手を突き放すことに特化する。
南の悲鳴など聞いている余裕はない。
砕けた左腕を揺らしながら、片手で鉱樹を振るい両足を鞭のようにしならせ攻撃に使う。
威力がないなら手数を、威力が減ったなら急所を狙え。
関節、目、首とにかくもろそうな箇所を徹底的に狙い続ける。
連打、連撃、つなげて隙を無くせ。
押し返せ、攻め立てろ、相手に脅威を植え付けろ。
ゆっくりと着実に押し返し、だんだんと立ち位置が変わっていく。
そこに駆け込む足音、殺し合いの攻防の中に、そこからわずか数メートルも離れていない場所に南は飛び込もうとしている。
「南!?」
勝の叫びが他人事のように聞こえる。
「行かせるかぁ!」
わずかに南の行動に反応を見せるゴーレムにさらに回転速度を上げて攻撃を浴びせる。
雨垂れ石を穿つとは言ったものだ。
この一撃が相手を倒すことを積み重ねで願いながら体を動かし続ける。
「リーダー! もう大丈夫でござるよ!!」
そして、南の離脱に成功した。
これであとはスエラさんが来るまで持ちこたえれば
「!?」
僅かなほころびだ。
それが確かに生まれた。
ゴーレムの胸元、デフォルメされた口を開いた竜の口内の光に対する反応がわずかに遅れた。
鉱樹を盾にするも、熱と衝撃波で鉱樹は弾かれる。
そして
「リーダー!?」
「次郎さん!?」
腹に感じる熱い何か。
「ごふぉ」
そして口からあふれる赤いもの。
いや、そんなものは分かり切っている。
腹に刺さっているのはゴーレムの剣で、口から出ているのは血だ。
死んだな。
そう、わかってしまった。
魔力体ではないこの体にこのダメージは致命傷だ。
視界もぼやけ始めている。
しかし不思議だ。
死にかけているというのに、死にたくないという願望が出てこない。
それよりも
「に、げ、ろ」
僅かに残った力で剣の柄を掴み取る。
少しでも時間を稼ぐために、残った力を、入っているかどうかも分からない力を離すものかと右手に集中させる。
聞こえるわけがないかすれた声を絞り出す。
だけど、俺は確かにそう言った。
死に際でもう助からないとわかってしまったからなのか、もっと別な何か理由があったのかもしれないが、俺はあいつらを逃がす選択肢を選べた。
ゆっくりと瞼が落ちてくる。
きっと、これが最後の光景だ。
俺の選択、後悔はしなかったはずだ。
「何やっているんですか?」
最後に誰かの声が聞こえた気がした。
Another side
私は過去これほどまでに怒りを感じたことがあるだろうか。
そして、この怒りはどこに向かっているのだろうか。
壊された扉、そこに駆け込むように入った先に見えた光景に一瞬で私の魔力は溢れ返した。
「何しているんですか?」
魔紋が起動する。
ああ、不甲斐ない。
なぜ私はあの時別の行動が取れなかったのだ。
たとえこの訓練施設から離れていた場所にいても、たとえ逃げ出した魔物の対処をやっていたとしても、もっと早く、次郎さんが傷つく前に来られたのではないか。
ああ、理解したくない。
ああ、見たくない。
次郎さんが剣に貫かれている光景など見たくはなかった。
危険な仕事を与えたのは私だ。
ダンジョンに挑んで欲しいと頼んだのも私だ。
そして、今回の件は我々の不手際だ。
自己嫌悪に苛まれる。
それとは別に、冷たく尖った何かが私を突き動かす。
「何をしているんですかぁ!!?」
そして叫びとともに溢れ返していた魔力は激流となった。
魔紋が体の表面に浮き出る。
許さない。
「蹂躙せよ、我が眷属、救済せよ、我が眷属、破壊こそ使命、滅びこそ救いとせよ!!」
限界突破をもってして呪文とともに召喚陣を出現させる。
選ぶのは私の契約している中で最高の位の精霊、本来であったら時間と手間をかけて召喚する闇と炎を合わせ持つ百腕の巨人。
開発部からは捕縛しろと言われている。
命令から判断すれば、これはあからさまな過剰戦力だ。
しかし、そんなものは知らない。
私の心を傷つける存在に、手加減などしない。
許しを請う暇も与えない。
その人を傷つけて存在できると思うな。
「奴の身を滅ぼせ、塵も残すな」
召喚陣から放出するように、楔を解き放つように棍の先を床に叩きつける。
精霊と意思疎通できる私が精霊に向ける命令などそれで十分、こちらを振り向き対処する暇など与えない。
一つの腕だけで大の大人の頭ほどの太さがある腕が百本、その存在そのものが闇と炎そのものである。
向こうが一本の腕で迎撃しても、圧倒的な戦力で蹂躙してみせる。
それこそ、数十センチ隣にいる次郎さんを一切傷つけずにゴーレムなど溶かし消し去り、存在も残さない。
攻防は一瞬、怒りも刹那、残ったのは消えない後悔と悲しみ。
タンと軽く走り出して崩れ落ちるあの人を受け止める。
「ごめんなさい」
剣を抜き去り、あふれる血に濡れることも躊躇わず。
「ごめんな、さい」
抱きしめ全力で治療に当たる。
怪我することなど分かっていた。
もしかしたら治らない傷を負うかもしれない。
もしかしたらと最悪の予想はしていた。
理解はしていた。
「ごめん、な、さい」
だけど、こんな痛みは知らなかった。
頭の中では助けられると知っていても、助かるとわかっていても、痛みは一向に収まらなかった。
「ごめんなさい」
涙が止まらない。
彼の頬に零れ落ちる。
もはや何に対して謝っているのかもわからない。
ただ、私の腕の中にある温かさが無くなっていない。
それだけが私の救いになっていた。
そしてケイリィが来るまで私はずっと彼を抱きしめ続けた。
Another side END
スエラ・ヘンデルバーグ 二百十歳 独身 彼氏無し
職業 MAOcorporation(魔王軍) 人事部テスター課主任
魔力適性六(副官クラス)
役職 精霊魔法使い
今日の一言
すみません。
今回はちょっとシリアスです。
本当はもうちょっとコメディタッチにするつもりがこんな感じになってしまいました。
初めてのパーティ戦どころか、殲滅されかかった主人公たちでした。
なぜこうなった?
とりあえず、次回はもう少し明るめの話にしていきたいと思います。
これからも、勇者が攻略できないダンジョンを作ろう!!をよろしくお願いします。