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185 影響という波は、隅々まで届く。

 競技大会での襲撃。

 あれから幾日か過ぎ、大会襲撃時の騒ぎは収まった。

 表向きにはと、注釈はつくが。

 あの時のカーターが引き起こした襲撃は少なくない影響を魔王軍という組織に響かせた。

 おまけに、そのあとに起爆した反乱という爆弾も現状に多大な影響を及ぼしたのは間違いない。

 外もそうだが内部への影響も無視できない。

 辺境所属ではあったが、元は魔王軍の一員、軍内での裏切り行為は、あいつは大丈夫か? あいつなら安心できるかと、互いに疑心を産み出し、今では各地の領地だけではなく社内でも調査員があちらこちらに駆けずり回っている。

 おまけに噂に聞く限りでは、社外、魔王軍の本拠地では戦支度でだいぶ慌ただしいとか。

 だが、そんな忙しい周囲に対して


「おかげさまで俺らは、無期限の待機命令ってわけだがな」

「けど、時間は、有効、利用、っすよ」

「だなぁ」


 派閥争いとは無縁の異世界人である俺たちテスターは暇を持て余していた。

 まぁ、調査は受けたが、それもほかと比べればだいぶ軽い調査で済んでいる。


「でも、なんか申し訳ないっすねぇ、俺たちだけがこうやってのんびりしちゃっているのは」

「仕方ないだろう、今、俺たちは何もできない身なんだからよ」


 今まで攻め込む準備をしていた魔王軍であるが、逆に不意を突かれ攻め込まれてしまっている。

 イスアルに攻め込むための通路と攻め込んでいる最中の活動拠点を担えるダンジョンであったが、こうやって本土に攻め込まれてしまってはその性能を発揮することができない。

 そして、ダンジョンというのは製作費、維持費ともに莫大な資産が必要となる。

 軍を動かすというのは当然お金が必要なわけで、そうなるとどこかしらの費用を節約しないといけなくなる。

 あれもこれもと同時にやることができるのは、よほど裕福な国くらいだろう。

 だが、その裕福な国でも続ければ破綻が見えてくる。

 なので一時的な費用削減の処置として、防衛設備と通路の役割も担っているダンジョンは現在その活動を停止し、休眠状態になっている。

 結果、俺たちテスターはダンジョンに入ることかなわず、魔力を消費する施設を使用することかなわず。

 こうやってレトロなトレーニングルームで汗を流していた。

 怪我から復帰した体の鈍りを少しでも解消し、さらに能力向上を測っているが、これが意外と効果があって楽しめている。


「そういえば、聞いたか海堂」

「何を、っす、っか?」


 俺は逆立ちで足回りに重りを装着し、腕立て伏せをしながら、そして海堂は鉄棒に足でぶら下がり肩に重りを装着し腹筋をしながら会話をする。


「またテスターのバイトが、辞めたと」

「これで、五人目っすか。また、減った、っすねぇ」

「このままいけば、テスターの大半が、辞めるって見立てだとよ」

「うげ、それ、俺たちの、仕事が、増えるって、ことじゃ、ないっすか」

「そういうことだ」


 俺たちテスターは会社との契約上、戦場に立つことはない。

 いや、戦争という行為に関わる必要がないと言い換えるべきか。

 最初の契約時に、俺たちはあくまでダンジョンをテストする要員として契約するのであって、戦力として契約しているわけではないと明記してある。

 なので、こうやって魔王軍全体で戦争だなんだのと、慌てている最中でも自主的な参加でない限り、戦争に参加する必要はない。

 また、魔王軍の方でも協力の要請をしてはならない。

 なので、テスターたちはのんびりと筋トレに従事できている。

 俺自身は、参加すべきかと悩んだが、スエラやメモリア、ヒミク、終いには監督官にすら止められた。

 そこまで、言われてしまったら我を通すことも難しい。

 何かあれば別だが、今はおとなしく体を鍛える。

 そんな俺たちテスターであったが、決して無影響というわけではなく、さっきの海堂との会話から察することができるとおり、少なくない影響は出ている。


「おまえは、いいのか? 就活しなくて」

「べつに、負けるって、決まった。わけじゃないっすから」


 それがテスターの離職だ。

 戦争と聞いて、テスターのほとんどが浮き足立っている。

 日本人、特に若い世代からすれば、戦争など歴史の一文に出てくる単語でしかない。

 過去に戦争を体験したご老人から話を聞くことや、かつての映像資料を見たりすることはあるだろうが、それを直近に感じるということはまずない。

 なので、ニュースなどで紛争情報を見ても大変だなと思う程度が関の山だろう。

 だが、今回は違う。

 所属する組織が直に戦争に関与している。

 それはすなわちいずれは自分も戦火に巻き込まれるのではという恐怖心を抱くきっかけになる。

 事実、間接的にではあるが、俺も参戦の要請をうけ、監督官がそれを止めた出来事を体験している。

 それと似た話が度々ほかの社員たちの口から出て、その事実がテスターたちに、戦争への参加という話に現実味を与えた。

 アルバイトとは言え、会社に所属する人間だ。

 たとえ、その力を貸してくれれば戦争が楽になるだろうという願望程度の話であっても、巻き込まれるかもしれないという話を聞き、一人、また一人とテスターが辞めているとスエラやケイリィさんといった人事や、メモリアなどの商店街の面々から話を聞く。

 その噂の信憑性は高い。

 事実、ここ数日仕事ができないという理由もあってか、パーティーメンバー以外のテスターとはほとんど会っていない。

 仕事はできなくてもやるべきことはあるにもかかわらずにだ。


「それも、そう、だな」

「そう、っすよ」


 体が資本であるテスターのやるべきことの一つである筋トレを黙々とこなし、汗を流す。

 俺と海堂以外はいないトレーニングルームで、少しでも体を鍛え上げようと休まずに一時間以上筋トレをしていると段々と意識的に暇になってくる。

 なので、噂話などちょうどいい話のタネになる。

 戦争に突入したと言っても、現状は天使たちを率いたカーターの軍に対して防衛戦をしているだけで、旗色が決して悪いというわけではない。

 初動こそ後れを取ったが、勇者だと仮定されているカーターの動きのみに注意していれば対処自体は容易であった。

 電撃的な行動でいくつかの町を落とされはしたが、要所は守りきったと話では聞いている。

 なので目下のところ、にらみ合いが続いていると聞く。

 いずれはダンジョンを攻略すべく、攻めに転じるのも時間の問題だ。


「ふぅ、だが、気楽に待ち構えるっていうのは意外と難しいな」

「そうっすねぇ、何もしないのがここまで辛いとは思わなかったっす」


 教官たちも今は前線に出向いていると聞いている。

 しばらくしたら、小競り合いが始まりそこから本格的な戦いが始まる。

 魔王軍はこれからが本番と言ったところだ。

 ただ、テスターの仕事が復活することを祈って体を鍛えるのに思うところがないわけではない。

 何かできること、あるいはこの選択でよかったのかと悩まない日がない。

 おまけに


「こっちは、こっちで、問題はあるんだけどな」

「ああ、うちらとしたら、そっちのほうが問題っすからねぇ。よかったんすか? あんな一方的な言い方をして」


 こっちは、こっちでも問題が浮上している。

 戦争という現実は俺たちのパーティーにもある意味で分岐路を与えていた。

 今まではダンジョンを攻略すればいいと、いい意味でゲーム的な感覚があったから続けてこられたが、今回ばかりは下手をすれば魔王軍という組織が敗北し、なくなる可能性がある。

 可能性は低くても存在するのだ。


「きついことは、ごまかさずはっきり言ったほうがいい時もあるんだよ」

「先輩らしいっすねぇ」


 垂れる汗をタオルで拭いながら思い出すのは、競技大会が終わって、開戦したと社内通知が行き渡った時のことだ。

 俺は、パーティーの面々に一つの選択を迫った。


『辞めるか、続けるか。一回、考えて答えを出せ』


 ここから先は冗談にならない。

 何事もなければいいが、もしという出来事が起きればこの会社に所属しているというだけでシャレにならないことが起きる。

 戦争というのはそういうものだ。

 俺の場合、スエラ、メモリア、ヒミクの三人がいる時点で辞めるという選択肢を選ぶつもりはない。

 だが、他の面々は違う。

 あくまで、アルバイト。

 正社員として採用されているわけでも、この職業で一生を過ごそうと覚悟を決めているわけでもない。

 きっかけは興味本位、未知を求めて、刺激を求めて、それがテスターになった理由だろう。

 俺も同じだ。

 そして、その理由を変えるのも、あいつら次第。

 俺はここでスエラに出会い、そして子供ができた。

 その変化は、この会社に入社した時の理由を変えさせ、この場所に居続けようという覚悟を決められた。

 だが、あくまでそれは俺の場合だ。

 あいつらにはあいつらの人生があるし、この仕事以外の選択もできる。

 危ない仕事を続けるには理由がいるのだ。

 続けるために、自分の心を支えるためには理由がいるのだ。

 なんとなくという感情で続けられる段階を今、この時をもって越えてしまった。

 そして、この選択肢はこの場限りの話ではない。

 続ければ、今回みたいなことがまた起きるかもしれない。

 この話はこれからも降りかかる可能性のある話ということだ。

 だから。


 『自分自身で後悔のない、選択をしてくれ。ただ言えるのは、俺は、お前らの選択を尊重する。辞めろとも残れとも言わない』


 現状を教え、あえて俺はあいつらに分岐路を見せた。

 見つめ直すために、答えが見つかるまで会社に来なくていいと言った。

 なんとなくではあるが、戦争をするためにダンジョンを作っていると聞いていた時から、いずれこんな機会が来るのではと思っていた。


「……本当なら、お前もここにはいないはずだったんだがな」

「うししし、なんだかんだで俺も染まったってことっすかね。今じゃこの場所が居心地がいいって思ってるっすから」


 いい機会、悪い出来事ではあったが、タイミングは悪くはなかった。

 理由は説明し、会社の存続に関わることで、身の危険も出てくる。

 そんな状況下であると一方的に言い放ち、選択を迫った俺はいったいどんな風に映っただろう。

 いつも騒がしい南は、その時ばかりは静かに俺の言葉を黙って聞いていたが、その表情は何かを決めようとしていた。

 きつい物言いだが、他人を思いやれる北宮は、自分の生活とこの仕事を天秤にかけると仕方ないと言って、考えるためしばらくの休暇を申し出てきた。

 普段はしっかりしている勝は、この時ばかりは年相応におどおどし、南の顔色を窺い、どう選択するべきか迷っていたので、他人に合わせず自分で選べときつい言い方をしてしまった。

 そんな状況なのにもかかわらず、この後輩はいつものいたずら小僧のような笑いを浮かべ、少し迷った後に一緒に残ると言ってくれた。

 その言葉で俺は幾分か救われた気持ちになる。

 なんだかんだ言っても、別れというのは寂しいからな。


「問題は、アメリアなんだが……」

「ああ、体調崩してるって言ってたっすね」


 そんな集まりがあった中で、アメリアだけが不参加であった。

 競技大会の翌日から体調を崩していた。

 出社日に出てこず、連絡を取ってみたものの母親から体調を崩していると答えがあり、治り次第連絡をと頼んでおいたが、未だ連絡がない。


「……ただの風邪ならいいんだが、なんか嫌な予感がするんだよな」

「やめてほしいっす、この会社に入ってからの最近の先輩の勘は当たるんっすから。マジでなんか起きるっすよ?」


 競技大会の時の聖剣の光がアメリアに何か影響を及ぼしたのか? と考えるも、ただの風邪の可能性もあるので杞憂であってほしいのだが。

 最近妙に冴える勘が、訴えてきている。


「まぁ、なるようになるしかないか……俺らができることは、そんなにないが、やれることはしておくか」

「そうっすねぇ」


 今できるのは、体を鍛えるか、今までの経験からくるダンジョンの報告書をまとめるか。

 それだけでもやれることはやっておくべきだろう。



 今日の一言

 今後の展開は読めないが、なにかしらしておかないといけないだろうな。


今回は以上となります。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も刊行予定です。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。


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