184 何事も報告・連絡・相談が大事だが、ハプニングはそうは言ってられない。
勇者と魔王の戦いというのはゲームやアニメとか漫画とかではよく聞き、よく見て、話の内容的にはありきたりな展開だ。
だが、実際の光景を目の当たりにすれば、そんな感想は抱けない。
「笑える自分が、すげえよ」
小声でこぼれた自分の声が他人の声のように聞こえる。
それくらい、目の前の光景が現実離れしている。
光と闇の激突は、ただひたすら破壊のみをもたらし、ただひたすら、炸裂音や爆裂音といった音だけが戦場を満たす。
その爆発音で、空気自体が振動し建物自体を揺らす衝撃、に昇華されている。
そしてその衝撃を生み出している破壊の光と闇の衝突は観客を守るはずの結界を飴細工のように容易に砕き、その余波で観客を薙ぎ払おうとしたが。寸前でそれを軽減した存在がいた。
「さすが社長ってことか!? 皆無事か!?」
いつも笑顔絶やさぬ社長がその衝撃波に真っ向から立ち向かい、破壊の暴力を防ぐ。
自身で生み出した衝撃に加えて、相手の生み出した被害を戦いながら打ち消すとは、なんとも桁違いなスペックを見せられる。
「はい、大丈夫です」
「私も、平気です」
「いったいなんなのよって……私は無事よ」
「う~、頭は打ったでござるが、無事でござる」
「ゴホ、俺も無事っす」
「勝とアメリアは!?」
「ぼくは大丈夫です! ただ、アメリアがさっきから様子が変で」
「う~、頭が痛い、ヨ」
だが、決してゼロにはできていない。
軽減した余波でも相当な衝撃をもたらし、ヒミクが結界を張り、部屋の強度を上げおそらく周囲よりも現状を確認しやすい俺たちの部屋は、その場から一歩も動かずカーターのやつを迎撃する社長の姿が見えた。
もはや原型も残さない壇上に社長が佇み、右手のみが残像すら残さず忙しなく高速で動き回り、カーターの攻撃をさばいていた。
そして反対の左手でカーターの生み出す光の波動を防ごうと結界を張り直している。
いったいいくつのことを同時に処理しているのかと思わせる動作であった。
だが、その結界もヒミクが言う聖剣の光で容易に砕かれ、その衝撃は観客席を揺らし、再び来た光の波動を再度張り直した結界で防ぐといういたちごっこになっている。
そんな中、声を張り上げ点呼を取り、全員の状態を確認すると、アメリアを除いて全員の無事が確認できた。
「動けるか?」
「うん、なんとかなると、思うヨ」
アメリアは最初の衝撃でどこか頭を打ったか、それともさっきの光がなにか影響したのか左手で額を押さえ痛みをこらえるような仕草をしている。
「無理はするな、北宮、勝、アメリアのサポート」
「はい」
「わかったわ」
その姿は見るからに辛そうで、一人で動かせるのはまずいと思い仲のいい北宮と治療役の勝をそばに付ける。
「なんでもいい、南、情報を集めろ、あと周囲の警戒もだ」
「何を集めろって言うんでござろうかこの状況で……いや、やるでござるが、ユラ~出番でござるよってだめだ。魔力に怯えてきてくれないでござる」
「海堂、玄関口の護衛たちは?」
「ダメっす、最初の一撃の衝撃がモロに入ったみたいで伸びてるっす」
突如としての社長、いや魔王への攻撃。
それを無計画であの男がやるかと疑問に思い、周囲から敵が来ないか南に見張らせ並行して情報も収集させる。
ブツクサと文句を言いつつ、索敵用の魔法を展開し、精霊も召喚しようと試みているが、外の戦闘が激しすぎて精霊は怯えて出てきてくれない。
頼みの綱の護衛はカーターの問答無用の一撃の余波を浴びて気絶してしまっている。
監督官が用意してくれた護衛であったから決して弱いということはないだろうが、悪魔に光の攻撃はまさに致命的だったか。
気絶で済んでいるのはまだマシというべきか?
「あいついったい何者かって聞くのはお約束かもしれないが、ヒミクあいつはなんなんだ?」
そして、そんな攻撃を放ったあいつはいったいなんなのかという話に帰結する。
こんな戦闘の直近でうかつに行動が取れない今、必要なのは情報だ。
「勇者だ! 聖剣を使えるのは、聖剣の能力を引き出せる適性を持ったものだけ、だ!」
結界を張り、少しでも戦闘の余波を減らそうとしているヒミクには悪いが情報を集めるためにその感覚と知識を借りる。
そして返ってきた答えは考えていた答え通りであった。
「そうだよな……じゃなきゃあんな神々しい光を出せないよな。ったく、あいつ吸血鬼じゃなかったのか?」
「偽装、という可能性は低いですね。間違いなく、同族の気配を感じました」
吸血鬼が聖剣を振るう、そんなありえてはいけない光景を目の当たりにし、疑問を口にしたが、同じ吸血鬼であるメモリアがカーターは吸血鬼だと肯定する。
「ますますわからなくなってきたな……おまけに、なんで勇者が魔王軍にいるかとか、なんで気づかなかったとかを考えれば考えるほどドツボにはまりそうだ。なら、今はあいつの正体に関しては後回しだ。俺たちは俺たちでできることをやる。ヒミク、勇者相手で民間人をかばいながらだと、さすがの社長も分が悪いか?」
「ああ、いかに魔王が強大でも、勇者はそれに比肩する存在だ。守勢ではいずれほころびが出るぞ」
「となるとだ……すぐにどうこうなる話ではないが、猶予は少ないと見たほうがいいか……それなら、自然と俺たちの行動は決まってくるわけで、おし! 安全第一、命あっての物種だ! 状況はどうあがいても俺たちの手には負えない! こんな天変地異みたいな争いに関わる前に逃げるぞ!!」
余波でも相当な威力を秘めているだろうと思わせる攻撃を額に汗を垂らし懸命に防ぐヒミクの言葉に、腕の中にスエラをかばいつつ、即決で撤退を選択する。
誰が好き好んで怪獣大決戦みたいな舞台に出たがる。
一応一度だけ怪獣みたいなのは倒した経験はあるが、あれと今目の前の光景を比べれば、正しく別次元、教官ですら飛び込むのは難しいのではと思わせる戦場に、正義感なんて子供騙しにもならない代物で飛び込む愚者にはなりたくない。
攻撃の余波だけで俺の全力の攻撃に匹敵するのではと思わせる惨状はなんの冗談かと言いたい。
「賛成でござる! こんな戦い無理ゲー通り越して、ただの無理でござるよ!! と言うか、混乱しすぎてろくに情報が集まらないでござるから早めに行動したほうがいいような気がするでござる」
「社長への援護とかいいんっすか? 後で何か言われたりとかって、言ってる場合じゃないっすよねぇ……どう見ても俺たちの方が救助対象っすよね?」
「ばか! 何当たり前のこと確認してるのよ。私たちが何かできるような次元じゃないでしょ!! むしろ私たちがいるから社長が全力出せないんじゃない。逃げることが援護になるのよ!!」
「とりあえず、ぼくも南に賛成です。早めに避難しましょう。アメリアの様子もおかしいですし、大丈夫か?」
「う~、さっきから頭が痛いデス。マイクも返事がないヨ。ドウシテ?」
こっちの最大戦力であるヒミクが無事なのはいいが、俺はけが人で歩くのもしんどい、スエラは妊婦、そしてアメリアが体調不良を起こしている。
下手に動くのは得策でない状況かもしれないが、今にも勇者の攻撃が直撃しかねない爆心地に居続けるほうがリスクが高い。
こんなことになるとわかっていたら、キザンとの戦いであんな意地なんて張らなかったのにと後悔しつつ。
「スエラ、ここから一番近くで安全な場所は?」
「……社内に戻れればほかのダンジョンに逃げ込めることも可能かと。今は緊急事態です。社内も絶対に安全だと言い切れないので、鬼王様か不死王様のダンジョンに逃げ込めれば、当面の安全は確保できるかと。ただ」
動くにしても行動指針を決めねばならない。
闇雲な行動を避けるべく、可能な限り行ける範囲の安全地帯をスエラに確認するも。
「両方の責任者が今あの爆心地にいるってのが問題だよな?」
その案も、残念ながら実行できそうにない。
遠目でもわかるくらいに機敏に動いているのがわかる存在が魔王の背後にいる。
貴賓席の重鎮たちを肩に担いで衝撃波をものともせず救助作業をする鬼と、魔王の後ろに結界を張り民間人を避難させる不死者。
ほかの将軍も各々魔王の戦いの邪魔にならないように動いている。
それぞれ役割を把握しているのか、行動が早い。
阿鼻叫喚の地獄絵図にはなってはいないのは存在そのものが強大な面々が魔王を支えているからこそだろう。
だが、おかげで安全地帯の候補が一つ減ったというわけだ。
この闘技場は監督官のダンジョンを改造し作り上げた物。
闘技場と社内とは直結しているため、ここから離れても完全に社内が安全というわけではない。
「最悪、海堂たちは社外に逃がすとして」
「それだと、先輩たちはどうするんっすか!?」
「なんとか、するさ」
魔力のない社外なら、追っ手を振り切りことができるはず、なので俺以外のテスターはその方法で逃がすことができる。
問題は魔力が必要なスエラたちだ。
スエラたちを見捨てる気がないのがわかっている海堂は俺も社内に残り、避難するのだと察して、今後の方針を確認してくる。
その候補であったダンジョン。
文字通り次元を隔ててつながっているほかのダンジョンに避難できれば、入口はひとつだけなのでこの戦闘の余波も最小限で済み、最悪別の敵が来ても戦力の的に襲われる心配がない。
そう思ってのスエラの提案であったが、問題の責任者であるキオ教官とフシオ教官は最前線で活躍中なので、ダンジョンの最奥に非難するどころか、入口に入って保護してもらえるように手続きを取るのも一苦労といったところか。
「代案は?」
「……少々危険ですが、他にも方法はあります」
なので別の案を提示しようとしたスエラであったが、戦況の方が先に変化を見せた。
僅かな隙を突いたのか、魔王がカーターのやつを魔法で地面に叩きつけ、千分の一秒という刹那に近い時間でさらに魔法を並行で多数展開し、叩きつけるというよりは押し潰すような物量戦法で優勢な戦況を作り上げた。
その魔法の渦の中心でカーターは防御し耐えているように見えるが、カッと聖剣が光ってみせるとその魔法のすべてを打ち払ってみせた。
先程までの轟音と振動から一転、静寂が闘技場を満たす。
そして一時の平穏は我先にと観客たちは出口を目指す隙を与えた。
「タイミングが悪いでござるなぁ、これじゃ通路も大変なことになっているでござるよ」
周囲を警戒していた南が、通路状況を確認していたためか、真っ先に交通情報みたいに通路が観客で渋滞を起こしていると伝えてくる。
「誘導員も役に立ってないでござる。専用通路にも観客がなだれ込んで。今出たら間違いなく巻き込まれるでござるよ」
逃げ出すタイミングを逃した。
一時とは言え、まさかあんなに早く戦闘が収束するとは思わなかった俺たちはVIPルームに間接的に閉じ込められた。
部屋の外はさっきまで静かだったにもかかわらず、騒音が迫っているのがわかる。
ここで強引に武力だよりに脱出するものなら、間違いなく暴動になる。
それが分かっているが故、とりあえず海堂に悪魔の護衛たちが踏み潰されないように部屋に引き込ませ、こうなれば篭城するしかないかと頭によぎる。
「転移魔法は……使えるわけないか」
「ええ、ここは監督官の体の中のようなものですから。転移魔法は一部を除いてできなくなっています」
「八方塞がりってやつか、ヒミクもう少し耐えられるか?」
「ああ、何時間でも耐えてみせよう」
頼もしいヒミクの受け答えに心に余裕を作り。
ならば、少しでも対応できるように問題の中心を見やる。
遠目で相対し、何やら会話をしているように見えるがさすがにこの距離だと声は聞こえてこない。
だが、表情は見える。
まるで仲のいい友人が談話しているかのように、二人は笑みを浮かべ片や壇上から見下ろし、もう片方は闘技場の中心から見上げている。
まだ観客が残っているが、その周囲を将軍たちが包囲しようと動き始める。
それに対してカーターは慌てることなく、魔王との対話を重ねる。
いったいその余裕はなんだと、何を企んでいるのかと、何も起きないことを祈りつつその光景を俺たちはただじっと見ていることしかできない。
そして、ついに将軍たちが配置についた。
七人の将軍に魔王。
八対一、たとえ勇者であってもこの戦力差はまずいと俺は思うが、カーターのやつに慌てる様子はない。
むしろ、残念そうな表情すらしている。
これ以上はさすがに無理かと言っているように首を横に振り、今にも襲いかかりそうな将軍たちの殺意や逃げられるとも? と問いかけているような魔王を前にしてカーターは
「!?」
「消えた?」
すうっと聖剣を天に向け掲げ光を放つと、その場からやつの姿は消えた。
残ったのは破壊の跡を残した闘技場と、周囲を警戒した将軍たちの姿と天井を見ている社長だけであった。
部屋の中では、皆何が起こったか理解できずにいる。
突如として巻き起こった戦闘、そして突然の終息。
嵐のような暴力は、蜃気楼のようにその姿を忽然と消し去ってしまった。
「終わったっすか?」
「わからないわ、もしかしたら別の場所に転移したのかも」
「ん~、でも頭痛は収まったような、気がするヨ」
緊張していた糸が緩み、ほっと誰かが安堵するため息を吐いたのをきっかけに部屋の空気が軽くなる。
被害はでた、だが、終わった。
波乱の競技大会は、最後の最後で大問題を巻き起こしたが、終りを見せた。
だが。
「ヒミク?」
「主、まだ終わっていないかもしれない」
ただ一人、社長と同じ天井を見ていたヒミクだけは、今回の騒動はまだ終わりではないという。
事実、このあと、社内にひとつの緊急指令が通達される。
『カリセトラ辺境伯領にてダンジョンを確認、そこから天使の出現を確認、カリセトラ辺境伯を敵勢力と判断、これより魔王軍は戦時体制に入る』
俺たちテスターに、今後多大な影響を及ぼす出来事、魔王軍は戦争をすることになった。
今日の一言
マジかと、言いたいのが本音だが、現実はきちんと見ないとな。
今回は以上となります。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も刊行予定です。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
どうかそちらの方もよろしくお願いいたします。




