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179 結果がわかっていても、過程によって得られるものは変わる

 ああ、分かっていたさ。

 潔く啖呵を切り、挑んでみたが勝てる可能性など皆無だったことなど。


「んぐあ」


 グキリと怪しい音が左腕から響いた。

 胴体への直撃を回避したいから防御に回した左腕が逝った感触。

 だが、まだ罅で済んでいる。

 折れてはいない。


「ああああああああああ!!」


 痛みを叫ぶことでごまかし、鉱樹を振るうもその攻撃は空振り、紙一重で躱され、空気を押しつぶすような攻撃が今度は容赦なく俺の腹をえぐる。


「ぐっ」


 腹筋に力をいれ、魔力を防御に回し、身体を強化しダメージを減らしたのにもかかわらず、内臓を押し潰されたかと勘違いするような痛みに耐えられる程度の範囲に収めるのがやっと。

 攻撃そのものの勢いを殺すことなどできず、体は吹き飛ばされ壁にぶつかり壁にめり込まされる。


「ど、ちき、しょう!!」


 悪態をつくもその場にとどまってなどいられない。

 投げ出すように身を転がしてハマった壁から早々に脱出する。

 ドゴンと背後で爆発する音が聞こえる。

 追い討ちをかけてきたキザンの攻撃が壁に突き刺さった音だ。

 本当に休んでいる暇などない。

 さっき攻撃できたのが久しぶりだと感じるくらいに、間断なく攻め立ててくる相手にもはや苦笑すらも出ない。 爆風で体が吹っ飛び、どうにか地面を転がりながら立ち上がる。


「くっそ」


 そんな動きだけでも体は悲鳴を上げる。

 だが体の軋みや痛みなど気にしている暇などない。

 今もなお、体の本能を総動員し、どこからともなく溢れ出てくる警報アラートに身を任せ、考えるよりも先に体を動かす。

 脊髄反射で鉱樹で頭を防御すれば、とんでもない衝撃が鉱樹越しに俺の体を震わす。


「……」

「……」


 防いだ際の一瞬の停滞。

 ほんのわずかな視線の交差、相手は俺を狩る獲物ではなく、敵として攻めたてている。

 そこに一分の隙もない。

 それはすなわち俺の勝機を刈り取っているに等しい。

 僅かな拮抗、後に訪れる衝撃に体を弾き飛ばされる。


「……どうにも、なぁ、まったく弱いってのは辛いねぇ」

「未だ口を利ける余裕があるとはな」


 まずいとは口にしないが、手詰まり感は否めない。

 息が切れ、体力は攻撃を重ねるごとに削られ、さっきの一撃で膝をつかなかったことが不思議なくらい体は限界を迎えそうになっている。

 拳を構え、悠然と攻撃の機会を窺うキザンに対して、俺は構えを取る体力すら億劫になっている。


「……一つ、問おう。なぜ貴様はそこまでこの戦いにこだわる」


 そんな俺を見かねたわけでもないだろうに、目の前の鬼は対話を望んできた。

 猶予を与えることは俺に体力の回復を促すことになる。

 その程度のハンデなど毛ほども気にしないのかとも思ったが、相手はその手の隙すら許さないような性格だと俺はすぐに思い直す。

 ならば、この質問はなんだという話になる。


「地位か、名誉か、金か?そこまで体を酷使し、勝てぬ戦いに身を賭す意味が貴様にはあるのか」

「……最初と比べて随分と饒舌になったな、あんた」


 だが、相手の心境の変化など気にしている余裕など俺にはない。

 力を貯める機会をくれたのならそれに便乗するだけのこと。


「戦う目的ねぇ、色々と考えれば思い浮かぶが」


 キザンの言う通り、負ける戦いに意味はあるのかという疑問は浮かぶだろう。

 万が一の可能性にかけて勝つなど端から期待などしていない。

 根気よく攻めて相手を潰すような、この手のタイプに万が一を期待するだけ無駄だ。

 二呼吸分の猶予が生まれたおかげで、鉱樹を振り上げる余裕が生まれる。


「あえて一番の理由を挙げるのなら、意地だ」

「意地だと?」


 もう一呼吸置けば、ゆっくりとだが魔力の循環が始まる。

 その魔力を慌てず、丹念に練り続ける。

 俺の答えに不満なのか、キザンは眉間に皺を寄せ、理解できないと言い表すように不機嫌な雰囲気を醸し出してきた。


「ああ、意地さ。ただ負けることが嫌なだけの、人間のちっぽけな意地だよ」

「理解できん、負ける戦になんの意味がある」

「そう思われてるからこそ、意地っていうのは張り甲斐があると思うんだがね? お前さんは違うと思うかい?」

「……」


 俺が戦う理由など、ただの負けず嫌いなだけだ。

 負けるにしても一矢報いる。

 可能なら俺が負けると思われているこいつらの思惑を外したい。

 それだけだ。

 ああ、ネズミが猫に噛み付こうとしているだけだよ。

 そんな小さな意地をこの鬼は理解できないと言い放ち、俺の問い返しにも沈黙を答えとした。


「……っく」


 その言葉と沈黙は俺に、一つの解答を導かせた。

 口元に笑みが浮かぶ。

 その笑みを不審に思った鬼に対して、さらに笑みを深めて俺は口を開く。


「ああ、なんだ。こんな時に言う言葉じゃないかもしれないが、あんたが将軍になっていない理由が、なんとなくわかったよ」

「なんだと?」


 そして、自然とこぼれたこの言葉が初めて相手の感情を揺さぶった。

 不快を感じていた雰囲気に怒りが混じった。

 ただそれだけで、俺はこの解答に確信を持つ。


「あんた、鬼にしては冷静な方のようだが、最後に戦いを楽しんだのはいつだよ?」


 この鬼は、鬼としての本質を抑え込んでいると戦いの中で感じていた。

 鬼という存在を俺はこの会社に入ってから幾度となく見てきた。

 その中で鬼というのは基本的に戦い、いや、争いを好む存在だと知った。

 売り言葉に買い言葉、些細でもきっかけがあればその場で戦い、恨みつらみはその場で精算。

 終わったら、仲良く肩を組み酒を飲み交わす。

 刹那的な生き方をしている。

 その雰囲気を目の前の鬼から感じられなかった。

 中には変わり種の鬼もいるかもしれないが、この鬼はその変わり種ではないと思う。


「あんたは確かに強い。俺じゃ逆立ちしても勝てない領域の強さだ。だが、荒さが足りない。それこそ、あの鬼と比べれば圧倒的に鬼としての本質が足りていない」


 なにせ、こいつは自分の本能を抑え込んでいるからだ。

 そして、俺をその答えにたどり着かせた存在、俺がこの鬼と比べられる存在は一つしかいない。

 キオ教官、鬼王、ライドウ。

 あの鬼の強さは天性のものかもしれない。

 それこそ、目の前の鬼のように武術を鍛え昇華させたような技術的な強さも持っているが、その本質、根本的には精神的な強さを持っている。

 芯が太いとか硬いとかではない。

 戦いを楽しむことに全神経を賭すことができる精神構造、そのためなら命すら惜しくないという狂った精神の持ち主。

 殊更、強い存在と戦うことになればなるほどその精神性は剥き出しになる。

 だからこそ怖い。

 何をしでかすかわからないということは予測がつかない。

 未知という行動をぶつけてくるからこそ、あの圧倒的な強さなのではないのか。

 鬼という本質。

 それは戦いを愛するがゆえに、未知という行動を本能で掴み取り、行動に移すということ。


「だからこそ、俺は立っていられる。俺にチャンスが巡ってくる」


 この鬼の強さは、確かに高みにあるのかもしれないが、まだ理解できる。

 言い方は悪くなるが、この鬼はまだ理不尽ではない。

 計算で動いている節があるが故、一定の枠に収まってしまっている。

 破天荒という言葉からある意味で最も遠い鬼とも言える。


「教官相手なら、俺は問答無用で沈んでいる。一撃を防ぐこともできず、この体を砕かれている。だが、あんたの攻撃を俺は防げた。どこに来るか、どんな攻撃をしてくるかおぼろげにだがわかったからだ」


 おそらくこの戦いで俺が全力を出せるのはあと一回だろう。

 だからこそ、限界を引き出し、限界を超えて、相手の予測を覆す必要がある。

 余力は残さない。

 口では感じたことをベラベラと語っているが、体は今もなおこの稼いでいる時間を無駄にしないよう着々と準備を進めている。

 それができたのも、本当に必要最低限のダメージを軽減できていたからだ。

 最初の一撃も、それからの攻撃も、なんだかんだと言って完全に無防備に受けた攻撃は一つもない。

 どれだけ体をボロボロにされようと、蓄積した防御の結果が、俺にこの一回分の攻撃を放つ体力を残したのだ。


「言いたいことは、それだけか?」


 そんな言葉を受けた鬼に、明確な殺意が乗った。

 静かな山が動いた。


「これ以上の問答は無用、次の一撃で終わらせよう」

「ったく、ようやく俺の知る鬼らしくなったねぇ」


 軽口を叩く俺の言葉は図星を突いたのか、或いは見当違いの的はずれなことを言ったのか。

 ただ言えるのは、この後放たれる一撃は目の前の鬼にとって、最高の一撃であるはずだ。

 魔力が今までにないほど練られている。

 そして、荒ぶっているその気性からくる魔力の波動は俺の知る鬼そのものだった。

 それが肌にしっかりと感じ取れる。

 すぅと深く深呼吸をする。

 上段に掲げた鉱樹を構える俺と今にも飛びかかっても不思議ではないほど明確に魔力を練り上げた鬼。

 そして、その鬼は俺の魔力が練り上がるのを待っている。

 俺ができる最高の一撃ごと俺を潰すためだ。

 なんだ、鬼らしい本性を出せるじゃないかと思いつつ、会場は気づけば静まり返っている。

 一つの物音がまるでその戦いの終結を伝えかねないかのような緊張した空気が、このコロシアムを包み込む。

 そんな空気の中、俺はじっくりとチャンスを待つ。

 そして、時は来る。

 山が火山になる。


「っ!」


 来たと思う頃には既に目前に迫っている鬼の拳、円を描く鉱樹を振り下ろしていては間に合わない圧倒的な一撃。

 鬼の拳がそのまま俺の顔面を捉えればそれでこの戦いに終止符が打たれる。


「な、ぜ」


 そう、あくまで俺が『鉱樹』を振るうのならだ。


「俺の、読み、勝ちだ」


 だが、結果は違う。

 驚愕に目を見開かせる鬼の顔に向けて俺は口元に笑みを浮かばせる。

 耳をえぐり取られながらも鬼の拳は俺を捉えず、代わりに俺の拳は鬼の肉を穿った感触を伝えてくる。

 俺が放ったのは円を描く鉱樹の斬撃ではなく、一閃を描いた渾身の右ストレート。

 その拳は、心の臓の手前で止めている。

 そして俺がこの拳に込めている魔力を解放すればそのまま命を絶てる必殺の間合い。

 その結末に審判が駆け寄り。


「勝者、田中次郎!!」


 試合終了を告げた。

 歓声は響かない。

 代わりに出てきたのは会場を包むような戸惑いのどよめき。

 しかし、それは一つの拍手によって変わる。


「よく勝った次郎!!」


 一人の大鬼のでかい拍手とそれを褒め称える大声、それに合わせるように不死者の王もゆっくりとされど静かに響かせるように手を叩き、その二人を見た魔王も微笑みこちらも拍手を送る。

 魔王軍のトップたる面々が次々に拍手を送れば、その拍手は次第に全域に伝わり、会場全体を響かせる拍手へと変わった。

 軋み、もう、一歩も歩けない体はゆっくりと拳を抜き棒立ちになりながらもその拍手を浴びる。

 正直賭けだった。

 それも、分が悪いなんて言葉が優しく感じるほど、勝率が皆無の賭け。

 だが、皆無であって絶無ではない。

 ゼロではなくわずかでも可能性は残っていた。

 一つでも条件が揃わなければ絶対に勝てない戦いだったが、条件を揃えたがゆえ勝利を掴み取った。


「なぜだ。なぜ我が一撃を見切れた」


 そんな戦いに一番の疑問を抱いているのは当然のごとく、今回の戦いに負けた鬼であった。


「見切ってなんかいねぇよ」


 審判である悪魔に治療を受けながら、その巨体は膝をつくことなく、敗北を受け入れつつも最後の一撃を躱してみせた俺へと鋭い視線を向ける。


「信じたんだよ、真っすぐに来るだろう鬼の一撃をな」

「なんだと?」


 思えば我ながら綱渡りの戦法だ。

 俺はただ、最初にもらった相手の一撃をそのまま返しただけだ。

 この勝利を満たすための条件はいくつかあるが一番重要なのは、相手の放つ攻撃が最高の一撃であること。

 むしろ、少しでも加減されていたら俺は負けていた。

 コイツの肉体を貫ける攻撃を俺は持っていた。

 それが鉱樹とリンクし全力で振るった一撃だ。

 だが、その攻撃は大振りで、当たる確率など万に一つもない。

 ならば、別に高火力な一撃を用意する必要があるのだが、あいにくと俺にそれ以外の方法はない。

 なら俺以外の力を借りればいい、それが相手の全力の攻撃。

 踏み込みから攻撃に移るまで全力で振るった威力をそのまま相手に返せれば、理論的には相手を倒しうる一撃になる。


「鬼の攻撃ってのを俺は受け慣れているからな、おかげでなんとなくだがどこに攻撃が飛んでくるか雰囲気でわかる。あとはヤマを張って待ち受けた」


 教官から受けた攻撃の数々。

 そこからくる攻撃位置の予測も条件だ。

 鬼というのは心根が真っ直ぐな奴が多い。

 様々な鬼と交流しているうちに、大多数は力押しの真っ向勝負が好きだというのがわかった。

 だからこそ、この鬼も同じだと踏み、その一撃に虚偽を混ぜず振り抜くことを信じ当たる位置にヤマを張った。

 これが外れれば俺の拳が当たる前に、この鬼の拳が俺を貫いていた。


「ま、おかげで、俺の体はズタボロだけどな」


 そして最後に、俺の体が持つかどうかだった。

 カウンターとかっこよく言っているが、いわば俺はつっかえ棒のような役割だ。

 やったことといえば、まっすぐ高速で飛んできた物体に鋭く尖った棒を刺さる角度で置いただけ。

 相手が動き出すと直感で悟ったタイミングに従って、鉱樹を手放し、代わりに踏み込みと同時に拳を全力で鬼の心臓があるであろうポイントめがけて振り抜いた。

 結果的に言えば、その行動は成功したが、その代価も当然だが支払うことになっている。

 相手の全力攻撃の衝撃は、突きつけた右拳から支えにした左足まで突き抜け、俺の体を戦闘不能のダメージにまで追い込んだ。

 正直、立っているのも億劫だ。


「お前の体硬すぎ。本当だったら心臓を貫くつもりだったんだぞ」


 右手の指という指が全て折れ、腕の骨に罅、関節部も痛め、足回りに至っては腰から下を動かせば激痛が走る。

 筋肉と骨両方を痛めた証拠だ。

 レントゲンを取れば、ヤバいくらいにボロボロな全身の骨が見えることだろうさ。

 結果から見れば、俺の勝利など辛勝といえば聞こえのいい薄氷の勝利。

 一つでも間違いが起きれば敗者は間違いなく俺であった。


「ったく、これじゃどっちが勝ったかわからんぞ。こっちは体がズタボロなのにそっちはピンピンしてやがる」

「それでも、我は負けた」


 ギュッと何かを噛み締めるように拳を握る目の前の鬼に勝ったことが未だ信じられないが、俺は勝ったのだ。


「おう、俺は勝った」


 そう自分に言い聞かせるように、俺は痛む体にムチをうち、拳を上に掲げるのであった。

 この胸に宿る、達成感を覚えながら。


 今日の一言

 自身の行動しだいで、結果というものはいくらでも変わる。ただまぁ、こんな無茶はしばらくはしたくないね。

たとえそれが意地であっても。


今回は以上となります。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も刊行予定です。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

どうかそちらの方もよろしくお願いいたします。


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