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178 本番前に、冷静になれるかなれないか、それは経験の差

「田中次郎様、そろそろ準備を」

「はい」


 観戦を続け、あの圧倒的な試合から四試合が過ぎた頃、扉の前で立っていた悪魔が扉をノックし俺の出場の時間を知らせてきた。

 やつ、カーター・イスペリオの試合を見てから、他の面々には悪いが部屋の片隅でじっと目を瞑り集中力を高めていた俺はゆっくりと瞼を開け、その声に答える。

 肩に立てかけるように抱いていた鉱樹を改めて背に背負いしっかりとした足取りで出口に向かう。


「次郎さん」

「主」

「……」


 スエラが俺の名前を呼び、それに続くようにヒミクが俺を呼び、メモリアはじっと静かに俺の背を見つめた。

 振り返れば、スエラたちの後ろには海堂たちパーティーメンバーが並んでいる。

 

「ご武運を」


 そのメンバーを代表し、スエラがゆっくりと祈るように俺を送り出す。


「おう、行ってくるわ」


 参加者でもないのに、皆が皆緊張した表情であった。

 最初のお祭り騒ぎはどこに消えたのか、観客席との温度差がかなりある。

 なので、俺は気負った雰囲気を出さずシンプルに答え後ろ手で手を振り部屋から出る。

 悪魔が前後に立ち、護衛するように俺を先導するのは選手用の通路。

 選手同士が接触しないように配慮されたスケジューリングのためか、はたまたここがダンジョン内のためか歓声はここまで届かず誰ともすれ違うことなく、静かに足音だけが響く。


「前の試合が終わり次第こちらのゲートからお入りください。お暇でしたら、こちらのモニターから試合を観戦できますが?」

「いや、今は集中したいからいいよ」

「かしこまりました」


 先導されて着いたのは大広間のような扉が設けられた開けた空間。

 おそらくここの先がコロシアムにつながっているのだろう。

 照明が照らすだけの通路の脇に様々な椅子が用意されているのは、種族ごとに体格差があるからだろう。

 悪魔の護衛によって人間サイズの椅子が用意され、そこに座って待機すると、横にモニターが用意されたがそれは遠慮する。

 ガタイのいい羊顔の悪魔から敬語で話しかけられるのはなんとも言い難い感触が体を走るが、今は余計なことを考えたくないので用意された椅子に座りゆっくりと再びまぶたを閉じる。

 思い返すのはやつの剣閃。

 見ることかなわず、気づけば惨殺された獣人。

 惨殺された獣人の立ち位置を自身に置き換え、何度もそれに抗おうとシミュレートするが、結果は変わらず。

 手も足も出ず地面に横たわる自分の姿が脳内に浮かび上がる。

 勝ったままのイメージで勝負に挑みたかったが、中々うまくいかない。


「時間、か」

「その通りです。ご準備を」


 そんな心境のまま、扉の向こうの雰囲気が変わった。

 さっきまで騒がしかった雰囲気が静かになった。

 おそらくだが、観客は優勝候補が現れるのを今か今かと待っているのだろう。

 まるで張り詰めた風船のような雰囲気、観客はその感情を爆発させるのを待っている。

 逆に俺への期待は皆無と言ってもいいだろう。

 いや、ある意味では俺にヤジを飛ばすのを待っているのかもしれない。

 ここから先は完全なアウェイ、味方だといえる存在の方が少数の舞台だが、逆に期待されていないと思えば気も楽になる。

 そんな言葉を考えられるあたり、まだ俺には余裕がある。

 いつもならこんなことを考えれば自重するように苦笑を浮かべるところであるが、体の奥底から感じる熱く深く力強い熱が俺の表情を引き締め、一定の緊張感を保っている。

 出番かと確認すれば護衛の悪魔は頷き、ゆっくりと立ち上がり扉の前に立つと、護衛の羊顔の悪魔がどこかに念話を飛ばす。

 そして目の前の扉が開き通路とはけた違いの広さを誇る空間の景色が目の前に広がる。

 最初の一歩は戸惑うかと思ったが、自分の体は思いのほか軽やかに足を踏み出し会場へと入る。


「来やがったな人間!!」

「てめぇなんて瞬殺だ瞬殺!!」

「場違いなんだよ!!」

「そのまま引っ込んでろ!!」


 扉をくぐると、俺を認識した観客が想像通りのヤジを飛ばしてくる。

 だが、そんな言葉は耳には届かず、無視ししっかりとした足取りで中央を目指す。

 雑音に気をやるのはもったいない。

 なにせ、正面から俺のヤジとは正反対の大歓声で包まれてやってくる鬼がいるのだから。

 間合いにして十メートルといったところか。

 自然と審判を挟むような形で対面する。

 キザン・クヨウ。

 キオ教官とは違う、鬼。

 黒の道着に身を包み、その手には何も持たず。

 教官と並び立てるような二メートルを超える身長を誇る鋼のような肉体を見せつけ、灰色の肉体とその強面の顔にそびえる一本の角。

 腰まで伸ばした白髪を背で無造作にまとめた鬼はこちらをゆっくりと眺めている。

 教官は激しい感情をぶつけてくる存在であったが、目の前の鬼はそれとは正反対で静かにそこに立つが、ずしりと何かをぶつけてくる感覚がある。

 教官が動の存在なら、目の前の鬼は静の存在。

 審判が何やら試合の説明をしている。

 内容は頭に入ってくるが、意識をそらすことができない。

 山が目の前にそびえ立っている、そんな錯覚を引き起こす鬼。

 こんな存在が将軍になるのだと、納得ができた。


「人間」


 そんな鬼に呼びかけられる。

 その声色は硬質だった。

 ただ静かに、ただ事務的に。


「貴様ではわれには勝てん、去れ」


 その鬼は俺に言葉をぶつけてきた。

 ズシンと腹を殴られたかのように、体が軋む。

 ただ言葉を発しただけなのに、ただそれだけなのに俺の体が悲鳴を上げた。

 目の前の存在に驕りはない。

 ただ事実を述べただけなのだろう。

 そんな格上の存在からの言葉に理性が今すぐ逃げるべきだと警告を告げるが。


「……そうだろうな、だけど、あんたと戦わずして去るなんて勿体無い」


 本能は、歓喜を表していた。

 戦う相手に敬語など使わない。

 理性の警告など、端からわかっていた。

 分かっていたことを承知でこの場に立っているんだ。

 教官仕込みの根性と肝っ玉。

 ニヤリと俺の顔は笑みを浮かべ、そっと鉱樹の柄を掴む。


「そうか」


 その覚悟、闘志が届いたのか、短い言葉を述べてその鬼は。


「なら、挑むがいい」


 その言葉のみを残して。


「っ、カハ」


 その力を解放した。

 抑えていた闘気を目の当たりにして、よく笑えたと思う。

 審判の悪魔など、その顔色を変えて一気に飛び退いてしまった。


「ああ!! 高い山ほど登りがいがあるってもんだ!!」


 気当たりでこの重圧、間違いなく教官と同じ領域の存在。

 そこに居座り、挑むのなんて慣れたものだ。

 ただ違うのは。

 これが訓練ではなく、実戦だということ。

 格上相手に手加減など、できはしない。

 最初から全力で、届かせる。

 普段では使わぬ、鉱樹との接続、鉱樹の柄から根が伸び俺の腕に絡みつき、魔力の経路が形成される。

 ゆっくりと、されどしっかりと上段に構え、呼吸を繰り返すごとに魔力を練り上げる。

 もとより劣っている身、これから俺が持ちうる限り最上限の必殺の一撃を放って勝負するほか術はない。

 互いの準備はできたと空気が語る。

 それを察したのか、審判は遠目ながらも、しっかりとした声で。


「ハジメ!!」


 この戦いの幕を切って落とした。


「っ!!」


 先手は俺だ。

 いや、俺は攻めるしかないのだ。

 守りに入ってしまったら、何もできずに圧倒されてしまう。

 それが本能的に理解できてしまっているほど実力差がある。

 攻撃をしなければ勝てない。

 それは勝負の世界では当然の行為。

 防御に回ってしまっては万が一、いや、億が一の可能性すら無くなってしまう。

 初手から全力、この攻撃が通らなかったらなどと余計なことなど一切考えず。


「キェイヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 ただ最短に、ただ最速に、ただ全力で。

 猿叫とともに一閃振り下ろす。

 最速の一歩、最速の振り下ろし。

 その一撃で生み出したのは。


「……見事、我は些か貴殿を甘く見ていたようだ」

「コハ」


 綺麗に俺の腹に決まったカウンターであった。

 鋼の拳が俺の腹をえぐり、込み上げてきたモノが口の中で広がる。

 血の味がする。

 内臓が逝ったか。

 だが、意識はしっかりとしている。

 足も、腕も全てつながっている感覚はある。

 わずか一瞬でこの結末。

 会場はつい先程までキザンの応援で溢れていたが、今は静かだった。


「あの一撃、我とてもらえばただではすまん。その磨き上げた一撃には敬意を示す」


 うっすらと鬼の頬を垂れる一筋の血。

 鋼以上の硬度を誇ると思われた鬼の肌に傷を残した。

 だが、観客の視線はそこには向いていない。

 キザンが称賛する結果が、その鬼の背後に生み出されていた。

 地割れでも起きたかのような断裂。

 コロシアムの壁の障壁を揺らした一撃。

 たった一振りの斬撃によって生み出された惨状に、会場全体が静まり返っていた。

 エボルイーターの女王と呼ぶべきあの巨体を腹の中から切り裂いた一撃、それを初手に持ってきた結果がそれだった。

 弐の太刀要らずの示現流。

 雲耀の太刀になすために全ての一撃をこの一太刀に込めた。

 その結果がこの鬼に防御を取らせず、回避とカウンターを選ばせた。

 痛みが全身を蝕み、特にひどいのは直撃を受けた胴体部だ。

 鎧は砕かれ、魔力で強化した体から腹回りの骨が何本か逝っている感触がある。

 その痛みは意識をはっきりとさせるも、激痛に苛まれてもいる。


「だが、貴様は未熟。この舞台に立つ資格は示せたことを誇りと思い。沈め」


 ゆっくりと加減された拳が引き抜かれ。

 俺の体はそのまま地面に倒れこむ。

 観客の誰もが、これで終わったと思っただろう。

 人間にしては大した一撃を放ったかと思われただろうが、所詮は人間。

 大した存在ではなかったとコロシアム中の誰もがそう思い安堵のため息を吐いているだろう。

 目の前の鬼も、俺が崩れ落ちる結末だと思い込んでいる。

 だがあいにくと俺は。


「まだ、だ」

「なに?」


 ひねくれもんなんだよ、この程度の苦境で諦められるほど、素直じゃねぇんだよ。

 俺の体は、まだ、全力を出せる。

 すう、と呼吸をするたびに体が痛みを響かせるが、問題なく動く。


「その体で動くか」

「あいにくと、そう、いう風に、鍛えられたんでな」


 観衆のため息を吹き飛ばすべく、この鬼のスカした面を歪ませるべく、地面に倒れるのを拒否する。

 崩れ落ちそうな体に活を入れ、代わりに重心移動を駆使し踏み込み足に力を込め、全身の血管に血を巡らし、筋肉繊維の一本一本を動員して、全力で攻撃に移る。

 体を軋ませて動いた甲斐はあったようだ。

 さっきのカーターの野郎みたいにあの一撃で終わらなかったのかと驚きの表情とまではいかなくても、不可解なものを見るように鉄仮面の鬼の眉毛を動かしてやった。

 下から、上への切り上げ。

 鉱樹との接続は継続され、切れ味が格段に上がった状態での一振りは鬼を後退させるだけの脅威を誇っていた。

 警戒心を相手に植え付けた。


「まだ、終わるつもりはねぇんだよ」


 そんな感情を漠然と感じながら、そっと再び上段に鉱樹を構える。

 体は万全でないにしろ、まだ全力で動かせる。

 相手が心の片隅で油断していた最初の一撃が最初にして最大のチャンスであっただろうが、そのチャンスですら針の穴から差す僅かな光明でしかなかった。


「誰が簡単に沈むか。こちとら馬鹿だ愚かだとなじられようとな、ここに立ったんだ。なら俺は、最後まで勝つのを諦めねぇんだよ」


 それでも、馬鹿だアホだと言われそうな覚悟をもってしてこの場に立ったのだ。

 負ける気でこの場に立つようなことをするのなら、そもそもこの大会に参加することを拒否していただろう。

 ゼロコンマ一パーセント以下の確率であろうと、勝機がある。

 だからこそこの場に立ち、それに全力を投資している。

 だから。


「俺を潰したかったら、全力を、出しやがれぇ!!」


 精一杯の覚悟を見せつけるように、俺は叫ぶ。

 たとえ相手からすれば、子犬が吠えている程度の威勢でしかなかったとしても。

 この道端の石ころに向けるような視線を持つ鬼を見返すために、俺は全力で立ち向かう。

 舐められたままで終われない。

 いや、勝つまでは終われない。

 そんな俺の覚悟を汲み取ったのか。

 キザンが初めて、構えを取った。


「……無礼を詫びる。貴様は戦士だ。その覚悟、その闘志に応えここからは我の全力を披露しその闘志ごと沈めよう。そして名乗れ人間、我の名はキザン・クヨウ」

「田中 次郎だ。簡単に沈むつもりもなければ、負ける気もない。そこんとこお前も覚悟しておくんだな」

「よく吠えた、その吐いた唾を後悔するなよ」


 手を抜いていた気迫が、さらに増した。

 もはや空気そのものが俺を潰しに来ているのではと錯覚するほどの気迫。

 今度はさっきみたいな甘い攻撃はやってこない。

 正真正銘全力で俺を叩き潰す拳がやってくる。

 嵐を前にして、自然災害を前にして、それでも覚悟が決まれば人間やるべきことは分かる。

 振り上げた鉱樹をしっかりと握り、余計な力を抜く。


「人間の力、見せてやるよ」


 今日の一言

 覚悟はできたか? 俺はできている。

 その目でよく見ておけ、人間の可能性を、俺の覚悟を!


今回は以上となります。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も刊行予定です。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

どうかそちらの方もよろしくお願いいたします。


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