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176 条件がそろいすぎると、逆に覚悟が決まる時がある。

 ついにこの日が来たと、言えばいいのだろうか。

 ざわざわとひしめき合う、様々な種族。

 人間でない種族がいるのはもはや見慣れた光景ではあったが、ここまでの数が集まる光景は初めて見る。

 老若男女問わず、俺たちを見るために集まったとなれば感慨深いと思う。

 見える範囲だけでもこの人数だ。

 観客全員が社員だけというわけではないのだろう。

 観客席に座る服装から見て、一般人も混じっているだろう。

 他にも兵士や冒険者らしき格好の存在や、護衛をつけた貴族らしき姿も見える。

 これだけの盛況ぶりから、老若男女、地位問わず知れ渡ったイベントだということを実感する。

 そんな光景を見られる位置に俺はいた。

 将軍位を決める大事な催し。

 武闘競技大会。

 巨大なコロシアムの中央に並び立つ五十人の参加者。

 その一番端に俺は立つ。


『それでは、魔王様からお言葉を賜りますので静粛に願います』


 司会役である悪魔が今大会のルールなどの説明を終え、最後に開会の言葉として魔王様こと社長が壇上に立つ。

 それだけで、何千人と集まった空間がシンと静まり返る。


『さて、これだけ会場が盛り上がっているのに、私が長々と話すのは無粋だね。この場において多くの言葉は不要、だから私は君たちにこの一言を送り開会の言葉としよう』


 ニッコリと爽やかな笑みを浮かべ、壇上に立つ社長はゆっくりと選手たちを見渡した後。


『戦い、勝利してみせたまえ』


 戦えと言葉を放ち。

 ジンと胸に染み渡るような言葉を受け取ったその数瞬後、大歓声が響く。

 その反応に大いに満足した社長は壇上を後にし、護衛に挟まれながら左右に将軍を控えさせた観戦席に戻る。


『三十分後に第一試合を開始します。各選手は控え室にて待機を願います』


 社長の後を引き継いだ司会のその一言に誰もが従い、移動を開始する。

 その場から退場するために、コロシアムの出入り口まで歩いている間に感じる視線は、控えめに言っても気持ちいいものではない。

 アウェイとはこのことかと、実感できるほど敵意を向けてくる参加者。

 そしてなんでこんな場所に人間がいるのかという観客からの疑惑の視線。

 針の筵とはこのことか。

 正直、出入り口に監督官が用意してくれていた先導役を兼ねた護衛がいなければ、一人くらい喧嘩を売ってくるかと思ったが、さすがに監視があるところで問題を起こすやつはおらず、舌打ち一つ残して皆各々の部屋に戻っていった。

 それに安堵し、護衛のヤギ顔の悪魔に先導され俺の控え室に戻ってみると。


「うひゃぁ、すごい客の数っすね。こりゃ、一般席は地獄っすよ」

「この人ごみを見ると、夏と冬の祭典を思い出すでござる」

「なんでそんな例えなのよ。まぁ、確かに人は多いけど、もっとほかに例え方があったわよね」

「社内だけではなく、本国の方からも様々な来客がありますからね。今回の催しは、私たちからすればこちらの世界で言うオリンピックやワールドカップと同じですね」

「はぁ~、そりゃ盛り上がるわけっすね」


 俺のさっきまでの緊張はなんだったんだと笑いたくなるほど、呑気に会場を見るいつもの面々がはしゃいでいた。

 窓の向こう側に映るのは満員御礼のコロシアム。

 そして、中央の広場がよく見える。

 VIPと呼ばれるものが使われることが許される一室。

 そこの窓に張り付くようにして外を眺め、あまりの人の多さに感嘆の言葉を漏らす海堂と、人混みイコール某同人誌の祭典の様だと例える南。

 それに共感しづらいが、なんとなくは納得の色を見せる北宮。

 そんな一同に向けて今回の競技大会の規模をスエラは語る。

 ここは競技大会参加者に用意された一室、参加者である俺の関係者ということでいつものパーティーの面々とスエラ、メモリア、ヒミクを招待した。

 おかげでこれだけ賑やかな部屋になってしまったわけだ。

 まぁ、さっきまで緊張していた俺からすれば肩の力が抜けていいのだが。


「……まったく、こいつらは」

「さすがに緊張しましたか?」


 黙ってその光景を見ていたら、ゆっくりと歩み寄ってきたメモリアに話しかけられた。

 中央に進まず、入り口付近でじっとしていたことをこの後に控える試合に緊張しているのだと思われたようだ。


「メモリアか、お陰様でな。アウェイの洗礼を受けてきたよ。おかげで自分の立場が再認識できた。しばらくはあんな舞台に立ちたくないな」

「そんな冗談が言えるのなら、大丈夫そうですね」

「そう見せかけているだけかもな。いま体重計に乗ったら二、三キロは痩せたんじゃないか?」

「なら、そんな軽口を叩かず素直に頼ってほしいところですね」

「甘やかしてくれるか?」

「必要なら」


どうぞ飛び込んできてくださいと両手を広げ待ち構えるメモリアに苦笑しつつ、その好意はあとに取っておくと伝える。


「それなら必要な時に頼むわ」

「ええ、そうしましょう」

  

 メモリアに言った通り、あんな場所に立ち敵意を向けられても思った以上に緊張はしていない。

 もしかしたら緊張しすぎてその感覚が麻痺している可能性もあるが、その可能性は低いだろう、なにせ普段からあんな敵意がそよ風に感じるほどヤバイ殺気を浴びたことがあるからな。

 訓練の方がきついってのは笑っていいか分からないが。


「ですけど、緊張とは別に落ち込んでいなさそうで少々意外ですね」

「意外か?」


 そんな場所にいたにもかかわらずふっと、余裕の笑みを浮かべたことが予想外だったのか、メモリアは目を何回か瞬かせた。

 その表情が少しおかしくて、からかいの意味も含めて問い返してみると。


「ええ、なにせ初戦の相手は今大会の優勝候補ですから、開き直りが得意な次郎さんでもさすがに緊張しているか、落ち込んでいるのではと」

「言うねぇ、まぁくじを引いた時にへこみはしたが、相手が強すぎて逆に落ち着けて開き直れたってのがでかいな」


 今回の競技大会はくじ引きによるトーナメント戦。

 開会式の際、順番にくじを引いたのだ。

 引き次第では二回戦くらいまでは生き残れるかと思ったが、俺の運の低さは伊達ではなかったらしい。

 思わずその場で自分の不運を嘆きたかったが、さすがに大事な催し中に醜態を晒せばあとに何が起こるかわかったもんじゃないと自身を戒め我慢した。

 初戦の相手は今回の優勝候補と名高い、近衛部隊副団長、鬼族キザン・クヨウ。

 俺が対戦相手だとわかったとき、一瞬こちらに視線を投げかけてきたが取るに足らない存在だと思われたのか、すぐにその視線は切られた。

 教官と戦い続け、鬼との戦いに慣れている俺といえど、相手が悪すぎると思えるほど格上だ。

 その反応は当然だといえる。

 おそらくであるが、戦えば負ける確率は九割九分九厘決まりだろう。

 針の糸を通すような細い確率で勝利をつかめるかどうか、観客からすれば盛り上がるために一撃で終わらないことを祈られてるか、それともさっさと退場してほしいと願われているのか、そんな発想しか出てこないカードの組み合わせだろう。

 これが勝てるか勝てないか微妙なラインであったのならさらに心構えも違っただろうが、相手が格上、それも実力差がはっきりしているような格上ならもう開き直るしかない。


「無様に負けないようにだけしておくさ」


 なので勝つとは断言せず、気楽に構えることにしたわけなのだが。


「本音はどうなんですか?」


 我が嫁は、俺の心などお見通しみたいだ。

 上目遣いに俺の建前を見破り、心の奥に潜み燻っている正直な気持ちを聞いてきた。


「これで俺が勝ったら、会場がどんな反応するかスゲェ楽しみ」

「では、楽しみにしておきますね」

「おっと、ヤブヘビだった」


 なので、ニヤリと悪巧みをしているいたずら小僧のような笑みを浮かべ、どんでん返しを引き起こしたいと正直に言うと、それを期待されてしまった。


「ですが、本当に実現したら騒ぎにはなるでしょうね」

「違いない」


 魔王軍の催しに、人間が出るのは稀有だ。

 なにせ人間イコール下等種族というのが常識だからな。

 出るだけで大ブーイング、そこで優勝候補を倒したとなれば会場の空気は騒然となるのは間違いないだろう。

 そんな雰囲気をぶち壊したいという願望を胸に秘めて、ほんのりと漂い始めたうまそうな香りのもとへ視線を向ける。


「ここで砂糖を少し入れて」

「ふむ、なるほど隠し味か。その年齢でここまでの腕を持つとはさすがだな」

「いえ、そこまでのものでは」

「いや、謙遜するな。君の腕は大したものだ。我が主もそうだが、やはり人間というのは可能性に満ちているな」

「う~ん、とてもいい匂いがするネ」


 選手の中にはお抱えの料理人でも連れてくる予定でもあったのか、選手専用の部屋の中にはそれなりの設備のキッチンが備わっている。

 そこで、観戦中につまめるものと料理を作る勝とヒミク。

 その光景を、食事待ちをしている子犬のようにじっと眺めるアメリア。


「なんとも平和な光景だことで」

「そういう環境をエヴィア様が整えたんですよ」

「スエラ、あっちの解説は終わったのか?」


 試合という形式をとっていて、審判も存在するが、ヘタをすれば命を落としかねないような内容を目の前にしてなんとも平和的な光景だと思っていると、一通り解説が済んだのだろうスエラがお腹を支えながらこちらに歩いてくる。


「ええ、いまは選手プロフィールに夢中みたいで」

「なるほどな、それで、さっき言った監督官が整えたっていうのは」


 本来であれば選手控え室に、選手を固めるのが俺の考えていた光景であったが。

 こうやって選手ごとに個室が用意され、入口には監督官が用意してくれた護衛が配備されている。

 あの事件があったからこその配慮かとも思ったが。


「ええ、端的に言えばトラブル回避のためですね。種族、地位、派閥、様々な要因がトラブルのもとになりかねませんからね。護衛がしやすいという内容だけで一室にまとめるよりも、こうやって個室を与えたほうが問題が起きにくいですから」

「そんなものかね。まぁ、俺としては試合前に絡まれるのは勘弁願いたいところだから、助かるのだがな」


 それ以前の問題であったようだ。

 シンプルに仲の悪いもの同士を一室に集めるのを避ける意図があったようで、その意図に俺も含まれているだろうと思う。


「次郎さんは例外の中の例外かと思いますけどね」

「なにせ、前代未聞の人間の参加者だ。ヘタをすれば後にも先にもこの大会に出た人間は俺だけってことになるかもな」

「それは、貴重な場面に立ち会わせてもらいましたね」

「優勝すれば、さらに貴重な光景になりますよ」

「ええ、そうですね」

「うちの嫁さんたちは厳しいなぁ」


 にこやかに勝ってほしいと願う嫁さんたちに苦笑しつつ、そんな結果を残せたらいいと思う。


「お! 試合が始まるみたいっすよ!!」

「楽しみでござるな」

「相手は、ダークエルフと龍族みたいね」

「ヒミクさん、そっちのテーブルに運びましょう」

「うむ、任せるがいい」

「私も手伝うヨ!!」


 第一試合の始まり。

 戦いの宴の開幕をこんなのんびりとした空間で眺め。

 そっと拳を握り込み、胸の内に、勝利を誓う。

 相手が誰であろうと、心は負けぬと。



 今日の一言

 悪あがきも必要になる時もあるが、潔さも求められる時もある。


今回は以上となります。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。

 発売日は2018年10月18日を予定しております。

 また、同年10月31日に電子書籍版も刊行予定です。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

どうかそちらの方もよろしくお願いいたします。


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