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17 想定外というのは想定していないものであって想定できるものではない?

書き上げたので投稿します!!

 田中次郎 二十八歳 独身 彼女無し 

 職業 ダンジョンテスター(正社員)+リクルーター

 魔力適性八(将軍クラス)

 役職 戦士



 突然だが、俺は困ったり悩んだりすると後頭部をかくクセがある。

 集中力を上げたり、気分転換も兼ねているのだろうが俺にとっては完全に無意識の行動だ。

「先輩、何悩んでるっすか?」

「あの二人のステータスを見て今後のパーティ方針を……な」

「それ、あの二人のステータスっすか?」

「ああ、個人情報だ。外に漏らすなよ」

 あの面接から数日、無事新たな仲間を迎え入れることに成功した俺は、最終的には二人共名前で呼べる程度の関係は築けた。

 向こうには俺のことを自由に呼んでいいと言ってあるので、なんと呼んでくれるかは楽しみにしておこう。

 そして件の二人の情報が載っている俺の手元のタブレットを見ようとする海堂の顔を押しのけて、傾けて画面を一緒に見れるようにする。

 所沢 勝 十六歳  

 職業 学生

 魔力適性 五(準副将クラス)

 役職 未定

 ステータス

 力   11    

 耐久  9    

 俊敏  9

 持久力 15

 器用  20   

 知識  48   

 直感  1   

 運   9    

 魔力  22    

 希望役職 僧侶

 魔紋によって強化していない成人男性の身体能力ステータスの平均を基準の一として比べると、知識などの潜在ステータスの平均はまちまちであるが、彼のステータスは一般よりもかなり高いことを表している。

「お~、俺の初期ステータスより高いっすねぇ」

「特に知識のところだろう」

「うぐ」

 俺のステータスはどちらかといえば肉体面向きのステータスであったが彼は支援向きのステータスをしている。

 実際希望役職も支援職を選択している。

 実に理にかなった選択だ。

 だが暗雲というものはどこにでも存在する。

「……希望理由がこれじゃなかったらな」

「……すねぇ」

 スライドして、希望理由の欄を見る。

 希望理由

 南が間違いなく問題を起こすので、そのサポートをするにあたってこの役職が一番合っていると判断し、また皆様の補佐もできると思い志願しました。

 つきましては以下略

「……あいつ本当に高校生か?」

「……俺、ここまで真面目に文章書ける自信がないっす」

 最初の下りは私事かもしれないが、それ以降の理由はどこかの有名企業に内容を変えればそのまま履歴書に書けそうな内容だ。

 大人っぽいとは思っていたが、文章にするとここまではっきりわかるものだ。

 生真面目で素直な少年だとは思っていたが、何がどうなったらあの年齢でここまで到れるのか、三流大学出身の俺には皆目見当がつかない。

「まぁ、勝はこのまま希望通りでいいだろう。回復役は必要だしな」

「そうっすねぇ、ついでに経理の方も任せるっすか?」

「お前の仕事を押し付けるな」

 いいアイデアだとは思ったが、さすがにアルバイトに経理を任せるのはどうかと思い踏みとどまる。

 少々使い難い少年だが、案外型にハマればどうにかといったところだろう。

 問題は……暗雲の奥にある闇の方だ。

「さすがにこれは想定してなかったわ」

「うわ」

 知床 南 十八歳  

 職業 学生

 魔力適性 七(準将軍クラス)

 役職 未定

 ステータス

 力   2    

 耐久  1    

 俊敏  2

 持久力 1

 器用  6   

 知識  98   

 直感  8   

 運   7    

 魔力  112    

 希望役職 付与術師

 これのせいで今後のパーティ方針が全く見えなくなってしまった。

「完全に固定砲台だな」

 魔紋によってステータスは強化されているはずなのに軒並み低いか尖りすぎたステータス、それを見た俺はそう評するしかなかった。

 そしてどうやってこの固定砲台を運用していけばいいか思い浮かばない。

 ノウハウ以前の問題なのだ。

「何をどうしたらこうなるっすか?」

 海堂の言葉は正しく俺が聞きたいことだ。

 運動不足にも限度というものがあるだろう。

 このステータスを見て使い道を考えろと言われたら、大魔法を撃つだけの固定砲台くらいしか思い浮かばない。

 走り回って飛び回ることを前提としているダンジョン内で、それは欠陥以外の何者でもない。

「将来性はあるんだろうがなぁ」

「ハ○トマン軍曹でもやるしかないっすかね?」

 どうにかするとしたら今ではなく将来だろう。

 魔力適性とは単純に言えば魔力との親和性によるステータスの向上幅だ。

 魔力適性が高いほど、魔力のある空間で鍛えた時の上がり幅が多い。

 それ故、魔力適性七という数値は未来性のある数値と言える。

 そして単純に魔力タンクの総量という面も確かに存在するわけなのだが、南の場合鍛えないと使えないというのが確定しているため、高い魔力は完全に宝の持ち腐れになってしまっている。

「……アルバイトという時間の縛りがなぁ」

 海堂の提案は過剰かもしれないが方法としてはありかもしれない。

 魔力はあるのだから、体力の方を徹底的に鍛え上げてやればいい。

 だが彼女たちはアルバイト、学生という俺たちとは違い学業という縛りがある時点で集中して鍛えるということが難しい。

「海堂、このステータスを見て彼女に向いている役職を思いつくか?」

「……事務職?」

 一瞬ござるござる言いながら、パソコンの前に座るスーツ姿の南の姿を思い浮かべるが、違和感しかなかったのですぐに頭の中から消した。

 最初の印象で、俺の中であいつは真面目に働くという姿は似合わないと思っている。

「ダンジョンから離れてしまっているぞ」

 そして本末転倒な海堂の答えであるが、現実問題それほど戦闘向きではないステータスなのだ。

 本人はやる気もあってか非常に前向きで、アルバイトの方も週に五日入れようとしてたが勝に止められ週に三日、可能なら四日と時間も決められている。

「勤務スタイルも変則スタイルにして、パーティールームも少し手を入れないといけないな」

「うちって残業時間ないっすよね?」

「勤務時間を選べる時点で、残業という言葉が消え去っているからな集団で行動するとなるとこういった弊害が出てくる」

 少なくとも土日休みはなくなってくるだろう。

 学生である二人からすれば土日とは限られた自由時間だ。

 そこに、アルバイトを差し込んでくるのは珍しくはない。

 根性ある奴は早朝とか深夜枠を使い休日を確保するのだが、さすがに早朝や深夜にダンジョンアタックはしたくはない。

「スケジュールを組み直す必要があるな」

「先輩無理しないほうがいいっすよ?」

「なら代わるか?」

「先輩俺応援してるっす!」

「気持ちいいくらいに綺麗な手のひら返しだな」

 ならアルバイトの時間を組み込むとしたら自然と一緒に行動する俺たちもダンジョンに挑む時間帯を調整する必要性が出てくる。

 少なくとも俺が土曜日曜に休める日はしばらく来ないだろう。

「あの二人にはしばらく研修をしてもらうのだが……海堂お前も実戦慣れしてもらうためにダンジョンに入ってもらうぞ」

「ついにあの地獄から解放っすか!?」

「地獄だったのは否定しないが、後であの有り難みがわかるぞ?」

 経験談からくる話であるが、未体験の人物にその話を聞かせても半分も伝わらないだろうから、この場では深くは言わない。

 準備するため、いろいろとリストアップする必要はある。

 そこで俺はふと気づく。

「ところで海堂、お前貯金はあるか?」

「……ないっす!!」

「お前、もうしばらく研修な」

「そんな!?」

「支給品でダンジョンにぶち込めるかアホ」

 さらにもう一つ問題が浮上した。

 アルバイト二人と海堂、この三人分の初期装備の資金だ。

 軍資金としてダンジョンに挑んで貯め込んでいる金は多少あるが、三人分となると少々心もとない。

「お前、あの会社でどうやったら金を使う時間があるんだ?」

 七十二時間働けやおらぁ!!を地で行く会社で少なくとも俺は金を使う機会などなかった。

 だからこそのあの貯金額とも言えるのだが。

 服なんて着る時間がない。

 高級レストランなんて閉まっている。

 ゲームや本などは積み木と同じ価値に成り下がっている状況で、休みの日は基本食う寝るのスタイルで趣味に費やす時間など存在しなかった俺と違って、コイツは根性出して趣味を開拓していた。

「……浅草でちょっと」

 たとえ勘違いだとしても、少し感心した俺の心を裏切るにはこの一言で十分だった。

「OK、わかったそれ以上言わなくていい」

 浅草と言っても観光ではないだろう。

 いやある意味では観光か、ストレスの発散で人肌を求めたのはわかるが、限度というのをコイツに教え込まないといけないかもしれない。

 でなければ、メモリアの予言通り淫魔の餌食になりかねない。

 話を元に戻そう。

 支給品とは作りはしっかりとしているが、あくまで初期装備を揃えられない人向けの装備だ。

 能力的、材質的共に最低限の基準しか満たしておらず、下の下の装備だ。

 岩に切りかかれば剣は欠けて、ゴブリンの弓を受ければ革鎧は貫通を防げない、そんな装備に命を預けさせるわけにはいかない。

 なら、ダンジョンには入れないなら遊ばせず鍛えさせていたほうがいい。

「海堂は勝と南と一緒に研修っと」

「いやっす!! あの地獄はもう嫌っす!!」

「問答無用」

 パーティールームの机に広がっているのは今月の予定表だ。

 タブレット内にフォーマットを作ってもいいのだが、いつの時代になっても手書きというのはなくならない。

 下書きの段階である用紙にシャーペンで書き込む。

 後ろでNOと叫んでいる後輩に構うことなく予定を組んでいく。

 正社員の悲しい性、予定が組まれてしまったらよほどのことがない限りそれを実行しなければ無責任者扱いを受ける。理由も事情も聞かない問答無用加減は理不尽ではあるが社会の摂理とはそういうものだ。

「っと、そろそろ逝け。教官たちの指導で遅れたらわかってるだろ?」

「字が違うっすよね!? トホホ、先輩俺が死んだらパソコンは業務用の電子レンジに入れて三十分チンしてから捨ててください」

 タブレットの時計を見れば始業十分前、移動を加味すればそろそろ行かなければまずい。

 海堂が人生を捨てたいのなら止めはしないが、そのつもりはないだろう。

 地獄の研修の頭に、真という文字がつかないうちに早めに行動しておくべきだ。

 トボトボと仕事着を装備した海堂を見送って、テーブルの上の資料とタブレットを片手に俺も立つ。

「さて、俺も行くか」

 今日はダンジョンに挑む前にやることがある。

 部屋の施錠を確認して、歩き出す。

 それなりにどころか、かなり大きい会社だ。

 社内を移動すれば社員とすれ違う。

 そのどれもがファンタジーな光景は今では慣れたものだ。

「お疲れゴブ」

「夜勤明けですか?」

「設備の点検、三日徹夜、コーヒーがカラダに染み渡る。魔力がなかったら死んでるゴブ」

「お疲れ様です」

 なので自販機前を通り過ぎたらこんな会話くらい交わす。

 ファンタジーの方が体が丈夫な分ブラックな作業が多い。

 数の多いゴブリンをまとめるゴブリンリーダーのスケゴブさんもそんな一体だ。

 安全第一と書かれた黄色いヘルメット片手にブラックコーヒーを呷るそんな姿が妙に様になっている。

 そんなおやっさんと呼びたくなるようなゴブリンと別れ着いたのは人事部だ。

「スエラさん、ちょっと相談があるのですが」

「はい、次郎さん。なんでしょうか?」

「新しく入る二人のことで少し相談が」

 手短にされど概要がわかるように相談内容を報告する。

「南さんに関しましては本人を交えて方針を決めていくしかありませんが概ね次郎さんの方針で問題ないかと、しかし教育期間、やはりそれが問題になりましたか」

「もともと問題になっていたんですか?」

 俺が相談した内容は、南の教育方針とその時に生じるアルバイトに対する不定期な研修期間。

 運動は一日休めば感覚を戻すのに三日かかると言う。

 それが戦闘に替わっても変わりはない。

「ええ、アルバイトの方は日程が取りづらい人への配慮が目的で組み込みましたが、当初は正社員のみの方針でした。理由はさきほど次郎さんが言われたとおり時間が取りにくく効率が悪い。人員の集まりが悪くなければ組み込まれませんでしたからね」

「確かに」

 スカウトしていたからこそわかる。

 この仕事環境で人員を集めるのには苦労するだろう。

 条件が厳しいのなら可能な限り範囲を広げなければならない。

「ですので、次郎さんが相談を持ちかけてくるのは想定内ですよ」

「……俺ってわかりやすいですか?」

「いえ、今回はたまたまこちらで想定していた内容だったので早めに対処ができるだけですよ。ですが、いつもこうやってすぐに対処ができるとは限らないので今後とも早めの相談をお願いしますね」

「わかりました」

 こうやって、笑顔で対応してもらえるだけでも相談というのはしやすい。

「な~にが想定内だって言うのよ。次郎はスエラにもう少し感謝しないといけないよ~具体的に言えば夕食ディナーに誘うとか?」

 割とこの会社はフレンドリーな雰囲気ではあるが、この人ケイリィさんはそれに輪をかけてフレンドリーだ。

「け、ケイリィ何を言っているんですか!」

 ニンマリと向かいの机から声をかけてくるケイリィさんに反応して返した答えだが、指摘されたくないところを指された様子だ。

 突如前のめりに立ち上がり顔をケイリィさんに近づけると、内緒話をするように小声で話し始める。

「夕食一回」

「仕事を増やしてほしいなら言ってください。喜ばしいことに山にできそうなほど仕事はありますよ?」

 何やら俺に関係ありそうな話の種であったが、黙ってほしければと交渉に挑んだケイリィさんは一瞬のクロスカウンターで沈められてしまった。

 そんな姿を見てしまい、かつ相談を持ちかけていた手前ケイリィさんの言葉は無視できなかった。

「いや、すみません今度またケーキ買ってきますね」

「それはそれで良し、また美味しいのお願いね」

「はぁ、ケイリィこれをお昼までにやっておいてくださいね」

 雉も鳴かずば撃たれまいに。

 クロスカウンターのあとに素直にマットの上に沈んでいれば良かったのだろうが調子に乗ったのが運の尽き。

 ため息一つでスエラさんは転移魔法を起動したのか、ドサりと紙の束が現れた。

「え? お昼ってこの量を? 無理でしょ?」

 その量、とてもじゃないが午前中の時間だけで終わる量には見えなかった。

限界突破オーバードライブをすれば問題ないですよ」

 そしてそれを笑顔で押し付けるスエラさんの目は俺の立ち位置からでは覗き込めない。

「戦闘じゃないのにあんな体に負担をかけるような魔力運用したくないわよ!!」

 だが、半泣きで抗議しているケイリィさんの様子を見ればなんとなくはわかってしまう。

「ケイリィ、早く始めないと終わりませんよ?」

「う、やればいいんでしょうやれば!! チクショー!!」

 最終的には右手に魔力を纏い始めたスエラさんの怪しい笑みに強制始業させられるケイリィさんであった。

 そして何事もなく再開される会話。

「はい、それで研修期間に関してですが」

「ええ、俺としてはどうにかしたいところなんですが」

 それに素直に乗っかるしか俺に選択肢はなかった。

「対応はできています」

「できているのですか?」

「ええ、少々特殊な施設なので申請手続きが必要ですが、次郎さんたちテスター用として作られた部屋ですよ」

 そう言ってスエラさんは手元に書類を召喚した。

 転移魔法や召喚魔法の事務仕事への転用、難しい魔法だと聞いているがこうも簡単にやってみせられると俺も使いたくなる。

 今度練習するか。

 そして、それはいいとして召喚された資料はそのまま俺の手元に渡ってくる。

「時空次元特殊訓練室、長いので私たちは時元室と呼んでいますが、単純に言えば室内を室外と違う時間軸で訓練できる部屋です」

「……」

 言葉がないとはこのことだろう。

 手元の資料を読む限り最大加速時間は二十四倍、すなわち一時間で一日を体感できるというどこぞの少年誌に出てくるような設備であった。

「施設内の時間を減速あるいは加速させることで体感時間の流れを操作、これによってアルバイトの方々の練度不足を改善するため開発されました。施設の空間はダンジョンと同じ魔力濃度なので魔法の使用、魔紋の活性化ともに問題ありませんよ」

 理論とか全くわからないが、ファンタジーは現代に全く負けていないどころか、部分的には勝っている。

「あいにく、コスト的に施設自体の数は少ないので事前申請が必要となります。申請の仕方は研修後に配られた冊子に書かれているので確認をお願いしますね」

「これなら、なんとかなるかもしれませんね」

 アルバイトと正社員では実働時間の差で研修の質もダンジョンへ挑める時間も差ができてしまう。

 それを、この施設は改善してくれる。

 しかし

「でもこれって、人より先に老いるってことですよね?」

 何事も欠点というものは存在する。

 時間を加速させるということは、中にいる存在の時間も加速させるということ、寿命を削るということだ。

 一日や二日なら誤差で話を済ますことができるが、研修で使うなら月単位、今後の使用を考えるなら場合のよっては年単位の寿命の誤差が出てしまう。

 それは、無視できる問題ではない。

 人より先に老いていくのは想像するよりも怖いだろう。

「その点も問題ありません。魔力体は老いませんから」

「え?」

「魂魄石で身体的データを記録、それを魔力体に変換しているので魔紋の最適化(ステータスアップ)はできても体の成長はしません。すなわちダンジョンにいる間、魔力体でいる間は老いる心配はありませんよ」

「……気づかぬうちに俺は寿命が延びているということですか?」

「体の時間を止めているのでそうとも捉えられますね。女性にとってこれは逆にアピールポイントにもなりますよ?」

「ファンタジーってスゲェ」

「ある面ではこちらの技術より進歩していますからね。ですが、精神的には老いてしまうので一日での使用時間は三時間まで、たとえ体が平気でも精神的に負担は必ずかかっています。こちらでも上限は設けていますが少しでも変だと思ったら停止してください。何かあってからでは遅いですから」

 精神的成長と肉体的成長のギャップによる変調、こればかりは体験してみないとなんとも言えない。

「一応確認ですが、大丈夫なんですよね?」

「各種族で実験を行ってデータをとって安全を確認していますのでご安心を」

 スエラさんを疑うわけではないが、こういった未知なシロモノには一歩引いて考えてから行動を起こしたほうがいいとこの会社で学んだ。

 三時間、実質一日で三日分研修が行えるということだ。

 これは実際に考えれば、不足している時間を補えるかなり魅力的な施設と言える。

 用法用量を守って使用できればこれ以上にない訓練施設ということになる。

「……当人たちと相談してから決めたいと思います。お時間ありがとうございました」

「いえ、これも私の仕事ですから、それと二人分の魂魄石は手配してありますので共同室の方に届けておきますね」

「助かります。では」

「はい頑張ってくださいね」

「オクテ」ボソ

 結論を先伸ばしとなる結果となったが、打開策は見つかった。

 軽く挨拶を交わしてスエラさんに見送られ人事部をあとにする。

「ひぎゃぁ!?」

 扉をくぐったあたりで何やら雷光と聞き覚えのある悲鳴が聞こえた気がするが、このあともダンジョンに入って資金繰りをしないといけないのだ。

 余計なことは気にしないでおこう。



「説明を求めるでござる」

 そして、時は来た。

「なんで俺までっすか?」

「百聞は一見に如かずとは言うが、無知で挑んでいいってわけじゃないからだよ。知識ってものはあって損はないからな。それと海堂、お前はデータを全く覚えてないだろう。この際だ、二人も三人も変わらない。一緒に覚えておけ」

 週末になりアルバイト初日、いざ魔法ファンタジーに触れられると意気揚々と出社してきた南は、いきなりの座学研修に不満を漏らしていた。

 このまま集中しないで不真面目になられたら困るのではあるが

「詐欺でふべ!?」

「すみません続けてください」

 まぁ、ストッパーがいるからそこまで気にする必要はないだろう。

「まぁ、後で実技の方もするから安心しろ」

「俺にとってはそっちのほうが安心できないっすけど」

 確かにと海堂に同意しかけるが、それは言ってはいけないと口を固く結ぶ。

「まぁ、話を聞くだけで金をもらえるんだ。むしろラッキー程度は思っておけよ」

「それもそうでござるな、攻略本を読むだけでお金がもらえる。あれ? これってすごいことでござるな」

 元も子もない南のいいようだが的は射ている。

 攻略本とはよく言ったものだが、俺が作った資料を見ればあながち間違ってはいない。

 モンスターの特徴やダンジョン内の設備、特徴、完全攻略とはいかないが概要程度の攻略情報は載っている。

「納得できたようだし、説明はじめるぞ。その資料はお前らにやるからメモとか書き込むところは書き込んでいけよ」

 そう言って、資料を説明しながら会社から借りたホワイトボードに資料の要点を書き込んでいく。

 集団で仕事をやっていくうえで一番効率がいいのは、仕事を分担しそれぞれがその部署で特化することだ。

 人間一つのことをやり続けるほうが効果は上がるし何より慣れて習熟していく。

 だが、反面この方法は一箇所が欠けるだけで途端に効率が激減する。

 特化するが故に他の情報を把握していないからだ。

 そして俺がやろうとしているのはリスクの分配だ。

 特化するのが悪いように俺は説明しているが、特化すること自体は悪いことではない。

 要はメリットである習熟と効率化を残して、デメリットである欠如時に起きる停滞を避けられればいい。

 パーティを編成するにあたって、それぞれの役職によって役割が決まる。

 前衛なら前衛の仕事が、後衛なら後衛の仕事とそれぞれの分担があるがその情報を互いに知っておかなければならない。

 もちろん、それ以外に共通で持たなければいけない情報も存在する。

「で、これが脱出装置だ。基本周りにモンスターがいるときは使えない代物だから気をつけろよ、全力で逃げ帰っていざ脱出って時に後ろにモンスターがいたらただの行き止まりになり果てるからな」

「えぐいでござる。このダンジョン、ゲーム化したら間違いなくクソゲー認定受けるでござる」

 その例が脱出装置だ。

 もし仮に俺しか起動方法を知らない状況でダンジョンに挑んで俺が負傷して撤退するとなったら最初の入口まで戻るしかなくなる。

 その間、負傷者を運ぶデメリットと戦力低下のデメリットを負い、危険値はうなぎ上りで上がるわけだ。

 たった一つ情報共有しないだけでここまでデメリットを出す職場環境も珍しいと思うがそういった職場だと納得して説明を続ける。

「ここまでの説明で何かわからないところはあるか?」

「魔力ってどうやって使うんですか?」

「あ~、勝の言うとおりだな。そこは口で説明するよりも実際にやってもらうほうが早いから後でな」

「う~、早く魔法を使いたいでござる」

「ならなんで付与術師なんだ? 素直に魔法使いにしておけばいいだろう? はっきり言うが地味だろうポジション的に」

 少し早いが休憩がてら気になることを今のうちに解消できる疑問は解消しておくことにする。

「ふふふふ、甘いでござる。リーダー!」

「リーダー?」

 何やら俺への呼称が勝手に決まったような気がするが、別に変な呼び方でもないので気にしないでおこう。

「こういった一見地味で不遇そうな職業こそ実は最強への近道だったりするのでござる!!」

「尽くファンタジーの常識を裏切っているっすけどねこの会社」

 ドドンと効果音が出そうな勢いでポーズを決める南に海堂は冷静に突っ込む。

「……役職として被っていないからこちらとしては問題ないが、変更するなら装備を整える前にしてくれよ。余計な出費を出せるほどうちのチームは裕福ではない」

 典型的な現実が見えず曖昧な情報で失敗するタイプの選択をする南に一応釘を刺す。

 実際問題、魔法剣士の海堂がいるから攻撃系の魔法使いよりもサポート、支援系の魔法使いの方が欲しかった。

 なので南の選択はありがたいと言えばありがたい。

「了解でござる!!」

 元気ある返事はやる気があるように見えて微笑ましく思えるが、となりの勝が頭を抱えているところを見ると独断による行動だと見て取れる。

 苦労しているのだろうと思えるのだが、プライベートまで踏み込む気はさらさらない。

「まぁ、区切りもいいし習うより慣れろとも言うしな」

 集中力も切れたところ、ちょうど一通り概要は終わったのでここいらで座学の方を終わらせよう。

 肩のコリをほぐすように纏う雰囲気を変えながら使ってた資料を片付ける。

「あ~、先輩俺わからないところが……」

「!」

 察しのいい二人が正反対の反応を示す。

 海堂は絶望を南は希望を。

 そして俺は

「お待ちかねの実技研修に移るとしよう」

 とりあえず社会の現実というものを突きつけるとしよう。

 まぁ、社会の現実を突きつけるといってもやることはそう難しいことではない。

 実技というからには運動するに適した格好をしてもらうためにこちらで用意したジャージに着替えて部屋を移動する。

 そこは時間操作できたりモンスターが出たりとかは一切しない魔力のみが充満した訓練室、そこで二人には最初の実技研修をやってもらった。

 ああ、俺が最初にやった実技研修に比べればお遊びに見えるような大したものではない。

 大したものではない、はずなんだが

「かひゅーかひゅーかひゅー」

「……まだ三キロしか走ってないぞ」

 魔紋で強化していればこの程度せいぜいが汗をかく程度で息など乱さないはず、だが現実南は倒れている。

 一応、勝の方を見ると。

「これがあればスーパーの母親たちとも互角に渡り合える」

「どんなスーパーのマダムたちっすか」

 なにやら聞き捨てならない会話を海堂と繰り広げていたが、とりあえず向こうは余裕の表情を浮かべている。

 とりあえずの原因は南にあるということが判明する。

 いきなり戦闘はまずいと思って魔力による身体能力の向上を練習してもらったのだがそれは正解だったようだ。

 勉強を本職にしている学生だけあって、感覚を教えているのにもかかわらずすぐに二人共魔力を使えるようになった。

 そしていざ身体能力テストと項目は用意していない完全に自由行動で実感してもらう。

 走ったり、跳躍したりと体には変化がないのに結果が変化することに驚きを隠せない二人、特に南に至っては

『いやっふぉーーーーーーーーーーー!!!!』

 キャラが崩れるほど喜んでいた。

『今の拙者なら風になれるでござる!!』

 走り回ってそんなことを言うので試しにランニングをしてもらったのだが、勝の方は余裕で手を握ったり開いたりと汗ひとつ掻かずに結果に満足していた。

 一歩南の方と言えば、最初は勝についていったのだが一キロ走ればすでに周回遅れ、二キロ走れば最初の速度など見る影もなく、三キロ走りきったらこうやって過呼吸を起こしそうな呼吸を繰り返して大の字になっていた。

 最初から戦闘訓練にしなくてよかったと己の判断を喜ぶべきか、戦闘訓練を盛り込むべきと一瞬考えた思考にこの会社に染まっていると嘆くべきか。

 悩むのは晩酌の時でいいと考えを置いておき、大の字で呼吸を整える南は一応運動のできるジャージに着替えてきてもらってはいたが、これで装備をつけたら活動時間はいったいどれくらいになるのやら。

「ま、これが現実だ」

 タバコの煙を吐き出しながらどこぞの星雲からやってきた光の巨人と同じ活動限界だったらどうしようと頭の隅で考えながらファンタジーもまた現実だと南に告げる。

「しょ、初期レベルの、弊害が、あるでござる」

「お前の場合はただの出不精なだけだろう。だからあれほど運動しろって言ったんだぞ。太らないからいいって言って自業自得だ」

 呼吸が整いかけている南に勝が追い打つようにバッサリ切り捨てる。

 こんな現実を見せられれば俺の方からも否定フォローする要素は見当たらないので便乗することにする。

「魔力っていうのは万能かもしれないが、基本がなければ話にならん。うちは戦闘が本業だからな、しばらくは基礎体力作りだ。まぁ、勝の方は魔法研修と並行していくが」

「差別でござる!!」

「残念だがこれは区別だ」

 できないことをできない状態で次の段階に行っても失敗するだけだ。

 何事も基本というのは大事ということ。

 できる奴とできない奴の仕事を分けるのは割とどこでもやっていることだ。

「最低五キロは走れるようになれるまで魔法の練習は無しだ」

「現実とは無情でござる」

「何を言うか、俺の研修時に比べればまだマシだ」

 ああ、あの研修と五キロ全力疾走しろって言われたらまず間違いなく全力疾走を選べる自信が俺にはある。

「どんな研修をやったんですか?」

「……何度か三途の川が見えるような実戦訓練を繰り返しただけだ」

 おそらく今の俺は表情が死んでいるだろう。

 タバコの煙を吐き出しながら、俺の時の研修内容を一言で言い切る。

「今の俺の研修もそんな感じっすよ?」

 そして、海堂の表情も死んだ。

「正社員じゃなくてよかったでござる」

「大丈夫か? この会社」

「まぁ、いきなりはやらせないから安心しろ」

「いずれはやるんでござるか!?」

 南の叫びに対して俺は苦笑しか返せない。

 いずれ通る道だとしても、今ぐらい現実から離れさせてやらねば。

 だが、俺の反応ワザトで二人は何かを悟ったらしく顔を真っ青にさせていく。

「コイツの社会復帰のために……犠牲はつきもの……俺はやる!! 南、俺は覚悟を決めたぞ!!」

「勝!?」

 何やら変な天秤を傾けてしまった勝と幼馴染が勝手に覚悟を決めてしまった光景に動揺する南を眺め、アルバイト二人を加えた一日はこうして過ぎていく。

 そして、マジ狩るステッキが現れるのは決定していることをこの二人に伝えるべきか伝えないべきか俺には判断できなかった。



 田中次郎 二十八歳 独身 彼女無し 

 職業 ダンジョンテスター(正社員)+リクルーター(スカウト)

 魔力適性八(将軍クラス)

 役職 戦士


 ステータス

 力   355    → 力  371

 耐久  396    → 耐久 398

 俊敏  187 → 俊敏  202

 持久力 238(-5) → 持久力 250(-5)

 器用  222    → 器用  229

 知識  50    → 知識  50

 直感  51    → 直感  56

 運   5     → 運   5

 魔力  207    → 魔力  231


 状態

 ニコチン中毒

 肺汚染



 今日の一言

 社会を知る毎に常識ってのは崩れていくものだ。

 まぁ、この会社は非常識が練り歩いているけどな。


体力のないパーティメンバーが参戦してきました。

次回は、ちょっとしたパーティ戦を盛り込んでいきたいと思います。

これからも勇者が攻略できないダンジョンを作ろう!!をよろしくお願いします!!

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― 新着の感想 ―
[一言] さすが学生というべきステータスか。南のは予想通りの偏りっぷりだわ(笑) これはしばらく、アルバイト以外でも運動しなきゃ大変だろうな〜。がんばれ勝くん。
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