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175 確認と再認識で、やり方が変わる時もある。

 教官たちとの飲み会で何かを掴みかけてから、早いもので、もう一週間。

 月は十二月に入り、世間はクリスマスや年越しといったイベントムードで盛り上がっている。

 そんな最中で、俺はといえば、訓練、訓練、訓練と暇があれば体を鍛え続けていた。

 なにせ、そんなイベントにうつつを抜かせるようなスケジュールではないからだ。


「フゥ、結構体にくるな」


 クリスマスの鐘が聞こえない、クリスマスソングとは無縁の、大自然の真っ只中で俺は荒くなった呼吸を落ち着ける。

 断崖絶壁の岩山を駆け上がり、もろい足場をうまく体重を分散させることで踏み砕くことなく立つことのできる空間に着陸した。

 競技大会まで、後一週間。

 攻撃力という面では十分とは言わずとも及第点を与えられたと思う俺であったが、その反面身体能力、特筆して足の速さといった体の移動速度のフィジカル方面での不安を抱え込んでいた。

 最近のダンジョン攻略でもそれが顕著に出始め、良い機会だと思いこうやって、自主トレに励んでいた。

 攻撃する直前の踏み込み、そこに持ち込むまでの過程をいかに速く、短縮できるかが俺の課題となった。

 だが、闇雲に前に突き進むだけの速さを鍛えていては意味はない。


「……ふぅ」


 なので、敵の構成は自然と尖った編成になる。

 こんな断崖絶壁に生息するような飛行系、鳥や飛龍、或いは虫といった機動力の高いモンスターを中心に設定した。

 おかげで、逃げ切るという行為は格段に難しくなり、自然と殲滅する方向に俺の選択肢は傾く。

 なのでついさっきまで動き回り、普段よりも体力を消耗しようやく一息つけたといったところだ。


「とりあえず一段落か」


 戦闘が落ち着けば、小休止の間に先ほどの戦闘の反省をする。

 不安定な足場、不十分な姿勢、高速で移動する相手、機動戦での障害。

 さらに体力の消費を抑えるには、受けるだけではなく相手の攻撃を最小限に回避する必要もある。

 そして回避から最短距離を進み攻撃に繋げる、そんな動作を磨かなければならないのだ。

 課題も多く、それらをすべてこなす術は一朝一夕では身につくものではない。

 流れる汗を拭いながら、そんな時間の足りなさを解消してくれる空間があることに感謝する。

 時空次元特殊訓練室、それは室内時間を外の空間より早くすることで通常よりも多い時間を過ごすことができる空間だ。

 さらに魔力体で過ごせば、老化する心配もない優れもの。

 だが、今の俺にはあまり関係ない。


「本当に無理するわね」

「ヴァルスさんか」

「あら、あなたの奥さんたちの代わりに見守っててあげてるんだから、そんなそっけない態度を取らないの。ほら、可愛い堕天使ちゃんが用意してくれた飲み物を飲みなさいな」


 時空の精霊、ヴァルス。

 俺の呼び方はヴァルスさんだが、彼女の存在のおかげで俺の今の肉体は不老となっている。

 なので魔力体にならずして生身を鍛え上げることができている。


「ああ、助かる」


 まぁ、不老になったからといって寿命に制限がなくなったというだけで、腹が減りもすれば喉も乾く。

 体を動かした分だけエネルギーは消費されるわけで、補給する必要がある。

 ヒミクが用意してくれた水筒を異空間から取り出したヴァルスさんから受け取りそれを呷る。


「ふぅ、武器を振るうのとだいぶ感覚が違うのはわかっていたが、ここまで不十分だったとはな。視界を広げるのも思ったよりも難しい」


 この空間に入って、空間内時間で二日、現実では二時間ほどが経過している。

 その間ずっと戦い続け、実戦で体を鍛え続けていた。

 今回の目的は基本的に足腰を重点的に、それに次いで目を鍛えたかった。

 そして実際にやってみた際に感じたことを口にすれば。


「当たり前よね、今のあなたが求めているのは体を素早く動かす方法、剣を振るうとじゃ、感覚がだいぶ違うし、人間慣れている感覚を変えようとするのは難しいものなの」

「おっしゃる通りだな、まったく我ながら甘く見てた」


 傍にいたヴァルスさんに指摘され、まったくその通りだと思う。

 こんな訓練は本来であれば長期的に見てやる訓練だ。

 何度も反復し、体に馴染ませるべき工程だろう。

 教官たちという壁を前にして、入社したての頃に攻撃力がなければ意味がないと思い、訓練比重が攻撃の術に傾いていたツケを今感じている。

 鍛えれば鍛えるほど自身に足りていないものが見えてきて、いくらこの空間を使っても時間が足りない。

 ヴァルスさんが試練の時に使った空間も彼女の魔力の関係上でしばらくは使えない。

 加えて言うなら、競技大会の何日か前には疲れを残さないように調整しないといけないから、実質使える日はもっと少なくなるだろう。

 おそらくこの訓練の成果は付け焼刃以上には身につくだろうが、完全にモノにするのは難しいと言わざるを得ない。

 しかし焼け石に水だとは理解していても、やらないよりはマシだと思って始めた訓練は意外と成果は出ている。

 まず、下半身を強化したことで攻撃の安定性が増した。

 おかげで、鉱樹を振るうまでの動作にいくつもの選択肢を用意する余裕が生まれたのだ。

 相手に接敵するためにはどうすればいいか。

 などを考えながら訓練してきたおかげか、足腰の使い方がだいぶ変わった。

 ただ走るのではなく、次の動作につなげるにはどういった体重配分で動けばいいか、低い姿勢と高い姿勢の使い分け。

 意識していたつもりであったが、それでも見落としている部分はやはりあった。

 今回は、それを見直すいい機会になったと思う。

 その機会を少しでも無駄にしないためにそっと空を見上げ、手頃な敵が飛んでいるのを見つけ、垂れてくる汗を拭い、呼吸も整った頃を見計らい訓練を再開する。


「さて、もう少し行くか」

「程ほどにしなさいね」

「おう」


 できることをすべく俺は再び駆け出し、鉱樹の柄を握り岩山を駆け巡る。



 Another side


「さて、エヴィア、準備の方はどうだい?」

「はい、各参加者は順次集まりつつあります。このままいけば予定通り行なえるかと」


 次郎が訓練に励んでいるあいだにも、競技大会の準備は着々と進んでいる。

 舞台である場所は、この社内にある。

 いや、エヴィアが管理するダンジョン内で作り上げた闘技場で行なう。

 報告書を眺めつつ、エヴィアの報告を聞く魔王の表情は少々つまらないと言っているように不満気であった。


「何か問題点でも?」

「いや、問題はないさ」


 問題がないことは承知していても、確認を取ったエヴィアは目の前の存在が問題ないと言いつつも何かを問題視しているのを察する。


「ダンジョン内で起きた騒動を危惧しているのですか?」

「それも、あるね」

「それもというと?」


 彼女の脳裏にすぐに思い浮かぶのが、先日の魔剣騒動。

 実行犯は捕まえることはできたが、主犯が捕まっていない。

 今回の競技大会でも何かを仕掛けてくることが想定されている。

 それ自体は彼女自身考えていたことだ。

 当然、競技大会は万全の態勢で行うべく、警備も増強し、指揮系統も信頼できる部下を配置した。

 絶対という自信を持てるほど彼女自身が出来得る限りの対処をしたつもりであった。

 そんな計画内容でも、目の前の上司は不安の色を見せる。

 この状況を覆すような何かを予見しているかのように。


「なに、君の采配に間違いはないよ。ただ、そうだね。騒ぐのさ、私の血が」


 顔に出したかと、一瞬目を細めるが、それも否定するように魔王は視線を窓の外に向ける。

 そこには最近では見慣れてきた、高層ビルが乱立する街並みが見える。

 その街に何かあるのかと思うが、魔王は語らず、ただしばし眺めた後に。


「エヴィア」

「は」


 振り向くことなく、静かに彼女の名前を呼び。


「今回の競技大会で、何かが起きるよ」


 静かにされど力強く、予見ではなく、確信をもって魔王は告げる。

 その言葉は絶対。

 何かが起きるかもしれないという、IFの話ではなく。

 魔王が未来でも見てきたかのように、根拠をもって断言する。

 その発言を、エヴィアは無視できない。


「警備はこのままでいいけど、将軍たちには心の準備だけしておくようにと言っておいてくれないかな?」

「かしこまりました」


 暗に最高戦力を動かせるようにしておけと述べた魔王の瞳の先には何が待っているのか。

 一礼をして部屋を出ていくエヴィアを見届けた魔王はゆっくりと街並みから視線をそらし、社長室の壁際に飾られている一本の剣に手を伸ばす。


「ふふ、血が騒ぐか。まさにその通りなんだね」


 エヴィアに言った言葉を確認するかのように口にし、本当に自己主張する自身の血に口元が緩む。

 その血の騒ぎを少しでも慰め治めるように、触れようとしたそれは歴史を感じさせるような古い剣。

 特段、装飾が施されているわけでもなく、力強い魔力を備えているわけでもない。

 ただ、実戦向きの剣が歴史を経て、重厚な気配を持った一品。

 ゆっくりと丁寧に、そんな無骨な剣を鞘越しに撫で、その感触を味わった魔王はここ数日騒ぐ自分の血に喜びに似た感情を抱いていた。


「さて、これでもまともにまとめていたつもりだけど、綺麗にまとめすぎていたかな? まったく、組織というのはなかなかまとめるのに手がかかる」


 チンと指で優しく剣の金具を弾き、今までの自分の統治の仕方を振り返る。

 魔王軍というのはもともと血の気の多い種族を束ねている。

 魔王自身としては、その血の気の多さをうまく誘導して無意味な騒動を避けていた。

 だが、今回その秩序を崩そうとしている輩がいる。

 それはエヴィアが報告してくれた内容からも察していたが、それよりも先に、魔王は感づいていた。


「ガス抜き、いや、錆落としといこうか」


 波紋、いや、もしかしたら大津波を起こし、この組織を洗い流そうとしているような出来事が起きると予見しているのにもかかわらず、魔王は楽しそうに微笑む。

 それは統治者としての絶対的自信、これから起こる程度の波乱では自分の組織は揺るがないという自信。

 むしろ、穏やかに停滞し始めている組織の活力剤にしようと企んでいる。


「遠いし隠しているようだけど、確かに感じるね。競技大会に参加する者に、私と同じ血を持つ者がいる。いやはや、楽しみだ」


 この感覚は間違いないと、自身の治める土地から見える月とは別の月を見上げながら楽しそうに魔王は笑う。


「さて、君の企みは私を楽しませるか、驚かせるか、怒らせるか」


 今は手を出さない、手を出せばするりと湖面に写った月のように、その姿を歪ませ消え去るであろう存在の起こす行動を楽しみに、魔王はその日ずっと異世界の月夜を眺めていた。



 Another side end



 訓練の最中、ふと立ち止まり、天に輝く虚像の月を見上げる。


「どうかしたかしら?」

「いや、なんでもない。気のせいだ」

「そう? 疲れて集中力が乱れてきたんじゃないのかしら?」


 大会まであと、一週間。

 嵐のまえの静けさ、そんな言葉が頭によぎる。


「そうかもしれないが、今は時間が惜しい。追い込めるところまで、追い込む」

「はいはい、私の契約者さんは働き者ね。でも程々にしなさいね」

「ああ、そうする」


 嵐を企む者。

 嵐が来るのを予見し眺める者。

 嵐が起きるかもしれないと、考える者。

 それぞれ思いが巡る中、自分にできることをしようと、余分な考えは捨て再び走り出すのであった。




 今日の一言

 やれることの中には、自分を見つめ直すということもあり、見直して気づくということもある。


今回は以上となります。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。

 2018年10月18日に発売しております。

 また、同年10月31日に電子書籍版も刊行予定です。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

どうかそちらの方もよろしくお願いいたします。


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