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174 責任と覚悟というのは、意識して身につけるものではないのかもしれない。

 仕事終わりのなんとも言えない疲労感と解放感が合わさった疲れているようで疲れていないようなこの感覚、人によっては感じ方はマチマチであろうが、俺にとっては最近では心地よく感じる。


「お疲れ、先上がるわ」

「うっす、お疲れ様っす」

「お疲れ様です」


 そんなものを感じつつ、今日の仕事は終わる。

 階層主ボスを倒したあたりで、仕事内容的に区切りもよく、加えて時間的にちょうどいいということで今日のダンジョン攻略はここまでとなった。

 時間も時間なので解散したほうがいいということで、戦利品の買い取りは明日に回した。

 そうなればあとは各々の時間となる。

 ダンジョン攻略が終わり、今日の予定が終わった俺は手早くシャワーを浴びて、私服に着替えると早足でパーティールームを後にする。

 背に海堂と勝の声を聞き、軽い足取りで道を進む。

 時折すれ違う同僚たちと挨拶を交わしながら、向かう先は自宅、ではなく地下施設の方面。

 時間帯はすでに夕方で今の時間帯ならヒミクが夕飯の支度をしているであろう。

 だが、今回は少し用事があるためスエラたちには夕食はいらないと伝えてある。

 

「お待たせしました」

「おう、遅かったな!!」

『カカカカ、主から誘いがかかるとは、珍しいのう』


 その用事の相手というのは。

 普段は拉致られるか、宴会に巻き込まれる形で飲む相手であるもはや顔なじみと言っても過言ではない教官二人である。

 もっとも、こんな道端で出くわす予定ではなかったのだが。

 二人には地下施設の店を予約し店名も伝えておいたはずなのだが、店の席ではなく堂々と地下施設の入口前に立っているため何事かと視線を集めてしまっていた。

 まぁ、この二人がいる時点で多少の騒ぎは覚悟していた。

 なので、動揺することなく、普通に挨拶を交わしそのまま先導、そして地下施設の一角、少々高めのエリアにある居酒屋の個室に二人とともに入っていった。


「プハァ!! うめぇな!!」

『貴様は、それ以外言えんのかのう?』

「うめぇもんはうめぇ!! それだけだ!!」


 乾杯という言葉すら聞く暇もなく、来店早々に酒を頼みあっと言う間もなく杯を空にするキオ教官。

 本当に駆けつけ一杯という言葉が似合う鬼だ。

 その姿を見て、呆れた様子を見せつつ、いつものことだと、こちらもこちらでグラスの中のワインを味わうように飲むフシオ教官。

 その仕草は居酒屋という席なのにもかかわらず優雅だと思う。

 そんな二人が酒を注文し、注文を取りに来る店員たちがビクビクしている様を見て苦笑しつつ、俺は俺で注文したビールに口を付ける。


「それで? 俺たちに相談したいことがあるって聞いたが、なんだよ?」

『然り然り、内容を伝えず、我らを呼び出すとは、なんとも面白いことをしてくれるのう』


 駆けつけ一杯どころか、二杯三杯と酒を飲み干し、ようやく喉が潤ったタイミングで俺が今回二人を呼び出した要件をキオ教官が聞いてきた。

 実際、フシオ教官が言ったとおり、俺は事前に相談したいことがあると伝えてあるが、詳しい内容までは伝えていなかった。

 このタイミングで二人に相談となると、この二人には大方の予想はついているだろうが、改めてその内容を口にする。


「今回の、競技大会についてですね」

「お?」

『ほう』


 コトンとジョッキを置いて用件を伝えれば、興味が出てきたと言わんばかりに酒を飲むことはやめないが、二人は視線で先を促してきている。


「やるからには、優勝を目指します」

「当然だな」

『然り』


 この二人を前にして弱気な発言をするつもりはない。

 腹の底から自分が成し得たい気持ちをぶつけつつ、不安だと思っている部分を吐露する。


「それで? そんな当たり前なことを宣言するために俺たちを呼び出したわけじゃあるめぇ」

『然様、貴様の心に負ける気がないのは明白、改めて申すことでもあるまい』


 その不安の部分を吐き出しやすいように、場を整えてくれるのは正直助かる。


「ええ、今更そんなことを言うために席を設けるくらいなら、飲みたくなったから飲みましょうっていう方がまともですよ」


 冗談を言いつつ、それでもいいと目で語る教官たちに苦笑しつつ本題を切り出す。


「俺の実力的に妄想の類になるかもしれませんが、もし仮に、優勝して将軍位を授かったら後……俺はどんな将軍になるべきか、悩んでいまして」

「ああ、授かったらか、まぁ、可能性はゼロではないわな」

『カカカカ、然り然り。絶対という言葉はこの世に存在せぬ。その可能性を掴めれば晴れて我らと同位か。なんとも奇抜な運命よな。そして、貴様が将軍位を重く考えることも不思議ではないか』


 二人からすれば机上の空論以下の確率でしかない話ではある。

 我ながら取らぬ狸の皮算用の話をしている自覚はある、だが二人は笑っているがバカにはせず、しっかりと耳を傾けてくれた。

 今回の競技大会は、将軍位を決める戦い。

 そんな中に何かの奇縁で俺はエントリーされた。

 最初は動揺、次に困惑、そして最後にはチャンスだと腹をくくることができた。

 だが、地位が上がるということは責任が伴うということ。

 俺に、その責任を背負うことができるのか、或いは俺はその地位に相応しい人間になることができるか。


「我ながら出世が早すぎると思いまして、イマイチ将軍になるという責任の意味も覚悟も漠然としたものになってしまいまして。なので、参考がてら教官たちが将軍になった時の話を聞かせてほしいんです」

「俺たちが将軍になった時の話だァ?」

『ほうほう、なんとも懐かしい話を聞きたがるものだの』


 そんな存在になるとは欠片も思っていなかった俺は、少しでも自分の理想を体現するために目の前に存在する現職の将軍に、将軍とはどういう存在かというのを聞きに来たのだ。

 俺の心情など、この二人にはお見通しなんだろう。

 要は不安なのだ。

 この背中に圧し掛かるかもしれない責任という重みを背負えるかどうか。

 俺にそこまでの力があるのかを問いたかった。

 勝つことだけを考えていた俺の思考に、勝ったあとの、この時期には不要な思考が混じってしまったのだ。

 勝つ前から勝ったあとのことを考えるなど、言語道断。

 だが、だからと言ってこの思考を捨て去るということはできなかった。

 この戦いに勝つということは、すなわち魔王軍の幹部になるということ、その席の責任はおそらく、俺が想像するよりも重いはずだ。


「ふ~ん、俺が将軍になぁ。俺は、大将と殺し合って気づいたら将軍になってたって感じだからなぁ」

「は?」

『カカカカ、次郎よ。こやつを参考にするのは少し難しかろうて、かと言ってワシの話も参考になるかどうかはわからんがの。なにせワシも似たようなものじゃからな』


 俺はどんな将軍になりたいのか、それがわかれば、目標が定まれば努力する方向性が分かる。

 せめて、そのきっかけでも得られれば精神的にモチベーションが上がるのではと思って、今回の酒の席を用意したが、最初から出鼻をくじかれるどころか出鼻を吹き飛ばされた。


「今の大将は、昔は小さな派閥でよう。そりゃあ、魔王候補ではあったが、なれる可能性は限りなく低いって言われてたんだぜ?」

『然様、そんな相手が、部下になれと言ってきた時のワシの気持ちと言ったら、ああ、今でも思い出せるほど愉快であったわ』


 そんな俺の表情など気にする様子もなく、先ほどよりは静かに、されど豪快に酒を呷ったキオ教官は懐かしむように昔語りを始め、フシオ教官もそれに合わせてきた。


「俺なんてふざけんなって怒鳴って、そこから三日三晩殴りあったんだぜ? 最初はふざけた野郎だと思って殺しにかかってたが、気づいたら夢中になってたな。思い出せるくらいに、そりゃァ楽しい喧嘩だった」

『ワシは数えるのも馬鹿らしくなるくらい魔法を撃ち合ったのう。気づいたらあたり一面が荒野になっておったわ』

「お前もか、俺は山を禿山にしてたぜ」

『できた穴の数なんぞ、数える気も起きんかったわ』


 ガハハハとカカカカカと鬼と不死者の笑いが個室に響く。

 表情は昔を懐かしんでいたが、内容はかなり殺伐としているようで、俺が想像しているよりもきっと被害はひどかったんだろうと理解できる。

 そんな話をゆっくりと相槌を打ちながら、この教官たちがどうやって将軍になったかを聞き続ける。


「それでどうなったんですか?」

「ああ? 負けたよ、大負けだ。全身ズタボロにされて、禿げた山の上でな、俺が大の字に倒れてな、そんな俺に大将はなんて言ったと思う?」


 この教官を圧倒するというだけで、夢みたいな話だが、当の本人が笑いながら話すのだから真実なのだろう。

 そのことを加味し、社長がどんな言葉を言ったか考えるも。


「僕が勝ったから部下になれとかですかね?」


 ありきたりな言葉しか思いつかなかった。


「それだったら断るって叫んで、死ぬまで戦ってたな!! 大将はな、喧嘩の次は宴会が鬼の流儀だろって大きな酒樽を出しやがってな!! 体中バキバキにしやがったのにそんなこと言われたら鬼としちゃ断れねぇよ!! どっちかが潰れるまで飲み明かしたぜ!」

「ちなみにどっちが勝ったんで?」

「大将だ!!」

「ダメージがあったとしても、教官に飲み比べで勝つってどんだけうわばみですか社長は」

「さぁなぁ、最後の方はほとんど樽で飲み合いしてたからなぁ。どんだけ飲んだかなんて覚えてねぇよ!! だがな、あの宴会は俺の生きてきた中でも最高に良いって言える宴だったぜ」


 そうしてこの鬼は社長の部下になったのだろう。

 あの優男のような社長が、楽しそうに昔を語る鬼ヤクザを戦いで圧倒したことも驚きだが、どういう理屈で酒の飲み比べで勝ったかも気になるところだ。


「あんときに思ったよ、負けたってな。そっからだ、大将の下でこの拳を振るおうって思ってな。なんのためとかじゃねぇ俺がそうしたいって思ったのよ」

『カカカ、魔王様は昔から変わらぬ御仁よのう。ワシのところに来た時など、生意気な小僧が来た程度の感覚で追い払おうと思ったのだが』

「だが?」

『気づいたら興が乗って魔法の撃ち合いになってたわ』

「いやおかしいです。それ」

『もちろん、殺す気で撃ち合ってたぞ?』

「余計におかしくなってますよフシオ教官」

『カカカカ、仕方なかろうて。なにせ、あの時のワシは生きるということに対して意義を感じておらんかったからの。ただ魔法の、魔導の、魔の、その真髄を追いかけるだけの存在に成り下がっておった。それを邪魔する奴は皆全て敵であった』


 酒の摘みといった感覚で次はフシオ教官の話に耳を傾けるも、こっちもこっちでまともな出会いをしていなかった。

 俺を鍛えている教官二人りが揃って殺し合いスタートなのはいささかどうかと思うが。


『まさか、ワシが魔力切れを起こす日が来るとは思いもしなかったが、終わってみれば思いのほかあっけなかったの。その時は只々、終わりが来たと思っておった』

「……社長は、フシオ教官になんと?」

『カカカカ、なに、なんの代わり映えもない普通の言葉よ。ワシに向かって。不死者であるワシに向かって、生きてみる気はないかと問うてきおった』


 こんな二人を御し切る存在なら、それもそれで仕方ないような気がしてきた。


『まこと、愉快であった。死を超えたワシに向けて生きてみる気はないかと聞いてきた』

「まぁ、普通なら聞いてこないでしょうね」

『それが、魔王様のすごいところよ』

「ま、大将ならそれくらい聞いても当たり前じゃないか?」

『抜かすの、ワシよりあとに来た主がそれを言うか?』

「ああ? お前の方があとだろうが、その空っぽな頭通りボケたか?」

『カカカカカ、あいにくと記憶力には自信があっての、そちらこそ頭の中まで筋肉で埋まって勘違いしておるのではないかの?』

「いいぜ、その喧嘩買ってやろうか?」

『気が早いというのは、いいのう。たまには主に売るのも悪くない』

「いや、俺が最初にひき肉になってしまうので、喧嘩の売り買いはどこか別の広くて被害がないところでお願いします」


 そんな御仁のいない空間で暴れられてはたまらないのでさすがに仲裁に入る。

 もっとも、本気であれば俺程度の制止の声など歯牙にもかけないだろう。


「ま、酒がまずくなるのはいただけないな。ここは次郎の顔を立ててやろうか」

『まぁ、よかろう。宴の主催者の顔に泥を塗る趣味は無いからの』


 あっさりと引いていった二人に安堵のため息を吐きつつ。

 

「それで、そのまま二人は将軍になったんですか?」

「言ったろ、大将の派閥は弱小も弱小、俺たちが加わってもそこは変わらねぇ」

『然様、そこからは喰うか喰われるかの戦場よ。敵を倒し、嵌めて、血の上に我らが派閥の土台を築いていったのよ』

「思えば一番あの頃が暴れてたな」

『然様、後にルナリアとエヴィアも加わり、ほかの将軍たちも加わった頃じゃな。我らが七将軍と呼ばれるようになったのは』

「ああ、竜王と機王のところは変わったな。まぁ、ほかは結構長くもってんじゃねぇか? 蟲王のやつはくたばっちまったが」

『カカカカ、然り然り。さて、次郎、我らはこのようにして将軍へとなったが参考になったかの?』

「まったく、なりませんでした」

「だろうよ!! 俺とお前じゃ状況がチゲぇからな!」


 改めて聞いてみたものの、群雄割拠の戦国時代のような激動を経て、今の地位にいると語られては参考にしようもない。

 結局、将軍になってからしかわからないのかと結論に至ろうとした時。


「そんな難しく考えるもんじゃねぇぜ。実力があれば自然と地位ってもんは与えられるもんよ」

『然様、次郎、今の貴様は力不足ゆえそんな悩みが浮かぶのやもしれん。されど、それは決して悪いことではないぞ? だが、今は考えるときではない。ただ結果を示す時よ』


 この二人は、的確に俺の不安を削りに来た。

 片や豪快に片や不気味に笑いつつ、何も考えず我武者羅になれと言っている。


「そういうもんですかね?」

「そういうもんだ」

『然り、なに、不安があるのならこの場はちょうどいい。不安を忘れさせられるよう、飲むのも悪くなかろうて』


 ならば、そのアドバイスに従うとしよう。

 とりあえず今は、この差し出された盃に注がれた酒を空にするとしようか。


「いただきます」


 なんとなくではあるが、この時の酒はいつもよりもうまく感じ、なんとなくではあるが、こんな存在になりたいと思った。


 今日の一言

 努力が自分を磨き、その結果が覚悟を生むのかもしれない。


今回は以上となります。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。

 発売日は2018年10月18日を予定しております。

また、同年10月31日に電子書籍版も刊行予定です。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 どうかそちらの方もよろしくお願いいたします。

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