172 支えられ、支える。当たり前だが意外と難しい。
さて、イベントとも言える精霊契約が済めば、直前に控えているのは将軍地位を決める競技大会だけだ。
正直言えば、仕事をしばし休業しこの行事に専念したいところだが、あいにくとそんな都合のいい展開にはならない。
他の参加者が本職をおろそかにせず、この大会に挑むのなら俺も例外にはならず、ダンジョンに挑まなければならないからだ。
「なんか、ダンジョンで飯食べるの久しぶりだな」
なので今日も通常営業、俺は仲間と共にこうやってダンジョンに来ている。
「いや、俺としては先輩が前フリもなくいきなり異空間から重箱取り出したほうがびっくりっす。いや、弁当はうまいっすけど」
「拙者としては、周囲の環境を気にせず平然と食事を取れるようになった精神面について考える必要があるような気がするでござるが、勝~そっちの玉子焼きとってほしいでござるよ~」
「それこそ何を今更って感じよね。まぁ、ゾンビとか徘徊していないだけ、まだ食欲は出るけど、あ、この肉巻き美味しい」
「ほら、卵焼きだ。こっちの汁は、隠し味が昆布か? いや、この味は」
「うーん! ヒミクさんの料理はとてもオイシイデスネ!! 特にこの炊き込みご飯のオニギリは絶品デスネ!」
『ん~、アミー越しに魂でも感じられるね、これはなかなか』
毎度お馴染み、そして精霊と契約したことで戦略の幅を広げたメンツで機王のダンジョンに挑んでいる。
そっと、アメリアが絶賛したきのこを使った炊き込みご飯のおにぎりを食べながら周囲を見渡す。
そこには同じような風景を繰り返すことで遠近感や方向感覚を狂わせることを意識したような統一され組まれたレンガの風景が広がっている。
俺からすればもはや見慣れたもの、殺風景ではあるがたしかに北宮の言うとおり不死王のダンジョンと比べれば食欲は出せる。
そんな機王のダンジョンの第四十二階層。
最高到達地点よりも幾らか後退した階層の一角で、南の張った結界で周囲を隠蔽、保護し、さらにアメリアの風の精霊によって常に周囲に警戒網がしかれている。
仮に警戒網を抜かれ、結界に気づかれ、襲撃を受けてもおそらくはこの階層にいるモンスターなら対応できる。
それだけの能力と経験を培ってきたという自負がある。
だからこそ、敵地のど真ん中でこうやってピクニックに来ているような感覚で食事が取れる。
「それで? お前ら精霊との連携は取れるようになったか?」
敵に襲撃されることなく、食後のお茶で用意された温かいほうじ茶を魔法瓶から注ぎ、隣に座る海堂に手渡しながら順番に話を聞く。
「う~ん、ハヤテはまだ威力の強い魔法が出せないから俺の補助って感じっすね。だけど俺の魔力の調整とか手伝ってくれるっすから、魔法の安定性とか威力が上がっているから助かってるっすねぇ。あ、もちろん息はピッタリっす!」
海堂は手渡した水筒のほうじ茶を飲もうとしたが、まだ熱かったらしく、あちゃと言いながら一回湯呑から口を離し息を吹きかけ冷ましながら報告してくる。
「そうね、連携は問題ないわ。まぁ、南とかアミーと違って私と海堂さんは攻撃魔法が主体、簡単には威力は上がらないわね。しばらくは、魔力の消費を抑えたり、魔法を出せる速度をあげたりすることが目標かしらね」
「俺もですね、あとは南の身体強化魔法と似たようなことが俺だけ限定になりますけどできるようになりましたね」
何やっているんだという視線を隠そうともせず、北宮はやけどしかけた海堂から魔法瓶を受け取り自分のマグカップにお茶を注ぎ勝に手渡す。
手渡された勝は自分の分より先に南とアメリアのマグカップにお茶を注ぐ。
「サンキュー! 私も大丈夫だよジロウさん! ん~、日本のお茶はイイデスネ~」
「ムフフフ、拙者とユラが開発した新魔法を楽しみにしているといいでござるよ」
アメリアの素直な態度と正反対の悪巧みするような笑みを浮かべる南に若干の不安を感じるも、概ね問題ないようだ。
「うし、それならこのあとはここの階層主と戦う。各自、報告書で上げた修正箇所以外に変更されている部分がある可能性があるのを考慮し、注意して挑むように」
「うっす!」
「わかってるわよ」
「わかりました」
「OK!! マイクもお願いネ!」
『いいとも、家賃代はしっかり働かせてもらうよ』
「ふふふ、任せるでござるよ~」
いそいそと弁当箱を片付け、片付いた道具たちを俺の異空間に収納。
本気で便利だと感じつつ。
ゆっくりと鉱樹に手をかける。
「さて、腹も落ち着いたところで、仕事に取り掛かるぞお前ら」
南が俺の掛け声に反応し結界を解く。
次にアメリアが耳を澄ませ、周囲を警戒する。
この二人の警戒網がダンジョン内での俺たちの生命線。
それを守るように、俺が先頭に立ち、海堂が殿を務める。
左右に勝と北宮が位置につく。
「ん~、向こうから飛んでくるような音が聞こえるヨ。多分、こっちに気づいているネ」
「お~、さすがに気づくでござるか~空を飛んでこの魔力の感じだと、偵察用のゴーレムがやってくるでござる。リーダーどうするでござる? これ、放置すると辺りのゴーレム全部集めてしまうでござるが」
結界を解いたことで俺たちの場所を感知する存在が現れた。
最初にアメリア、次に南がそれに気づき、接近する相手を告げてくる。
「サイレン型のゴーレムか。倒して経験値を稼ぐのも有りだが、ボス戦まで体力は温存したいところだな」
「了解でござる、それなら視界に入ったらサクッとヤってしまうのがいいでござるな。北宮頼むでござるよ」
「はいはい、わかったわよ。まったく。あんたの人使いの荒さのおかげで魔法詠唱が早くなったわよ」
「いやぁ、それほどでも」
「褒めてないわよ」
サイレン型のゴーレム。
見た目は第一階層のピンボールゴーレムではあるが、こいつの役割は敵を探し、周囲のモンスターを集結させるアラーム的役割と警戒網を形成する役割を持っている。
常に一定ラインを周回し、魔力探知に優れているため、敵がきたらすぐに飛んでいき警報のような音を響かせモンスターを呼び寄せる。
厄介なことに、飛び回る速度がかなり速く、攻撃もしてこないため、なかなか倒しづらい存在だ。
一定の距離を保ち回避に専念する存在の厄介さを実感させる。
だが、対応方法はある。
一つは相手が回避できないくらいの範囲攻撃をすること。
もう一つは。
「来るヨ!」
「スリーカウント、三、二、一」
「アイスジャベリン!」
相手が行動を起こす前に、相手の速度を上回る速度で攻撃することだ。
違いがあるとすれば、前者は狙いを定める必要はないが魔力消費が多く、後者は狙いを定めるのが難しいが魔力消費が少ないといったところか。
前者、後者、ともに力技のような気がするが、下手に小ワザを使って時間をかけるよりは大分いい。
「お見事」
「当然よ」
角から飛び出てきた球体のサイレン型ゴーレム、俺たちの中での名称、アラームを正確無比に氷でできた槍で貫いた。
そんな北宮に素直な称賛を送る。
準備していたと言え、距離にして三十メートルほど、ガンマンの早打ちのように素早く形成された魔法で狙撃のような技を見せたのだ。
これくらい言ってもいいだろう。
「南ここから俺は戦闘に集中する。指揮は頼むぞ。アメリアと連携して敵の数の少ない場所を正面突破してボスのエリアまで向かってくれ。それと罠の警戒も。頼むから俺を罠にはめないでくれよ?」
「OK!」
「任せるでござるよ! リーダーの力によるゴリ押し、見せてやるでござる!」
「お前が言うな」
「アイタ!?」
アラームを倒したことにより、おそらくだが敵の警戒網が発動しただろう。
警報を鳴らされるよりは遅いが、このままここにいればさっきのアラームを倒したことが意味がなくなるくらいにモンスターが押し寄せてくる。
なので行動は迅速にすべし。
勝が南にツッコミを入れたことを境に、パーティーの思考が戦闘方面に完全に切り替わる。
こうなれば、私語は減り、効率的に動く仕事人になる。
早歩きで突き進む俺にパーティーが続く。
「右に五体、左に六体、正面が四体、でも正面はその後方に八体、右は四体いるヨ」
「距離的に遠回りでござるが、左に行くでござるよ。そっちのほうが戦闘が少ないでござる。罠の反応は、いくつかあるでござるな。北宮、凍らせてほしい箇所を指示するでござる」
「わかったわ」
「罠を無力化したら、リーダーが三体、海堂先輩と勝で手早く一体片付けるでござる。支援魔法行くでござるよ」
魔法と音響によるサーチで的確に進み、罠は北宮が凍らせることで発動させない。
ほかの敵に気づかれないように、素早く左折した先にいた、西洋鎧甲冑ゴーレムが視界に映った瞬間、俺は海堂と勝を引き連れ駆け出す。
「正面三体は俺がやる。お前らは後ろの弓使いを片付けろ」
「了解っす」
「はい!」
四体の編成内訳は、大盾持ち、タンク役のゴーレムが一体。大剣をもったアタッカー役が一体、槍を持ったサポート役が一体、その後方に火力役の魔法弓をもったゴーレムが一体。
第一層のゴーレムとは比べ物にならない性能とバランスのいい編成を見て、即座に役割を現場判断で振り各自で行動を起こす。
「セイィアアアアアアア!!!」
進路を塞ぐように大盾を構えるナイトゴーレム相手に止まるということをせず、全力で踏み込み猿叫を響かせ鉱樹を振るう。
示現流の前に防御は悪手、そんな言葉を実現させるかのように肩に背負うような構えから振り下ろし、ナイトゴーレムを大盾ごと切り捨てる。
キンっと何かを断ち切るような音をその場に響かす。
金属かどうかなんて関係ない。
切れるか切れないかの意識的問題でしかない俺の攻撃は、ゴーレムの核である魔石ごとその金属の体を一刀両断してみせる。
そして、大盾がどいたことによりできた隙間に潜り込むように海堂と勝が走り抜ける。
当然、それを妨害しようと残ったゴーレムも反応するが。
「よそ見、してる、余裕が、あると思うか?」
言葉を区切るごとに一振り。
大剣をもつ腕を切り飛ばし、槍を両断し、返す刃で片方の胴体を薙ぎ払い、残った腕を失ったナイトゴーレムに鉱樹を心臓部分に突き立てる。
その間、わずか二秒。
「今です!」
「おっしゃぁぁぁ!!」
大盾ゴーレムも含めれば四秒から五秒と言ったところ、軽く流した程度なら十分だと思える行動に満足しつつ、ちらっと魔弓持ちのゴーレムを見れば勝が囮となり海堂が止めを刺していた。
「は~い、ドロップ品を拾ったらサクサク行くでござるよ~」
上質な魔石を手早く拾い集め革袋に入れ俺の異空間に放り込み、ところどころ地面や壁が凍りついた場所を進む。
ここまでの一連の動作に淀みはない。
「南さん、ここの階層のボスってどんなのだっケ?」
「戦車を取り巻きに持つ指揮官型のゴーレムでござるね。戦略としては走り回っての各個撃破しながら指揮官を丸裸にしていくでござるよ~」
そして気負いもない。
さらに油断とは違い、慢心もない。
事前に情報を確認し、常に最適を求め、されど上限を決めない。
そんな意識を持ち、そうでなければならない環境がダンジョンなのだ。
口ではあっさり倒そうと言っていても、心では常に向上心を忘れない。
実際、俺たちも失敗して逃げて、対策をして、それでもダメでとトライアル・アンド・エラーを繰り返して積み重ねたうえでの攻略を達成している。
そうやって実績を積み重ねてきたからこその強さが俺たちにはあるのだ。
「とうちゃ~くでござる。それではリーダー、戦う前に一言頼むでござる」
「このタイミングでかよ。まぁ、いつも通り」
だからこそ。
「危なくなったら逃げる。命あっての物種。倒せるときは全力で倒す。この三つを守って気合入れていくぞ」
そんな強さに支えられるからこそ、こうやって先頭に立って戦うことができるのだ。
今日の一言
ギブアンドテイク、理想ではあるが、与えるようになるってことは難しいな。
今回は以上となります。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。
発売日は2018年10月18日を予定しております。
また、同年10月31日に電子書籍版も刊行予定です。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
どうかそちらの方もよろしくお願いいたします。




