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170 後味が悪くても、時間は進み、その流れで周囲は動く

 今回の騒動の事後処理は、本社、魔王軍の中央からの支援もあって仮復旧は俺が考えていたよりもずっと早く、それこそ驚異的といってもいいほど迅速に終わった。

 おかげで、テスターの企画は無事再開することができた。

 再開するにあたってテスターたちから不安の声も上がったが、多少の危険はなんのそのと思考を切り替えるのに慣れたテスターたちは、こちらの世界では騒動は当たり前と説明するだけで、日本とこちら側の治安の差を理解し且つこんなことで諦めていては先に進めないと活を入れて再度精霊の森に挑んでいった。

 トラブルはあったが、新たな出会いを求め再び精霊の森に挑んでいく姿は図太くなったのか、たくましくなったのか評価が分かれるところだろう。

 そんな後ろ姿を見送って俺はあの日からずっと同じことを考えていた。

 それは今回の企画が無事に終わるというわけではなく、あの日ムイルさんが言った言葉を考えていた。

ムイルさんの言葉、それはまだこの騒ぎが終わりではないと言っていること。

 気にはなるがいつまでも考えていても仕方ない。

 悩みで足を止めていては仕事は進まない。

 事後処理も順調に進み、企画も再開された今、本来であればここまで悩む必要はなかっただろう。

 なにせ今回の企画での俺の目的は達成できたのだから。

 

「外の世界って退屈ねぇ」

「俺の魔力をガリガリ削りながら言うことがそれか」

「仕方ないじゃない、顕現するときは契約者の魔力を使うのが私たちの常識なんだから」


 目的を達した俺は基本的に遊撃としてなにかあったとき速やかにテスターたちのサポートに入れるように、こうやって見晴らしのいい場所で待機していた。

 俺の悩みなどちっぽけなものだと言うように、満月が青白く照らす精霊の森は幻想的にその光景を魅せつける。


「ほう、これが時空の精霊ヴァルス様、なんとも力強い精霊じゃな」

「あらあら、そんなに見ないでね? 私照れちゃうわ」

「ははは!さらに親しみやすいときたか、婿殿、良い精霊と契約したの!!」


 そしてこの場にいるのは俺だけではない。

 一人は今日も若々しく、老人に見えない老人ことムイルさん。

 そしてもう一人は、蛇なしで空中に浮きながら湯呑をすする近所のおばさんと間違えそうなほど平凡な容姿の割に強力無比な能力を保持する精霊、ヴァルスさんであった。

 案内役のムイルさんは引き続き俺の補助という形でこうやって一緒にいるわけで、その際にヴァルスさんと会ってみたいと言われ、こうやって召喚したのであった。

 頭に刻み込まれた召喚手順を実施し、無事顕現。

 初め、ムイルさんは膝をつき頭を垂れ、丁寧に対応しようとしたが、湯呑片手に顕現し、必要最低限の礼儀でいいと言ったヴァルスさんに合わせ、今では茶飲み友達のような距離感で接している。

 そんな空間で現在進行形で魔力を吸われ続けているが、これも鍛錬として魔力を練りそれを供給している。

 そして。


「ねぇ、まさる~このお肉もうそろそろいいのではないでござるか?」

「もう少し待て、まだ生焼けだ。先に焼いてた玉ねぎを食え」

「ほらほら、こっちだよ~」

「行くっすよ! 取ってくるっす!」

『アミー大丈夫かい?』

「ははは、少し踊りすぎて筋肉痛になっちゃっタ」


 俺の背後では監視役を先輩に押し付けた薄情どもがBBQをしている。


「後ろの子たちもなかなか個性的ねぇ」

「うむ、婿殿の周りは賑やかだわい」

「聞いてる分にはスゲェプラスな評価なんだがなぁ、事実を知ってる身としては素直に喜べない」


 背後を振り返り、見えた光景に隣の二人が好意的な評価を下すも、観光気分で浮かれている面々を見てはその評価に対して苦笑せざるを得ない。

 もうすでにそこは定位置だと言わんばかりに、鉄板の前に陣取る勝は肉や野菜の焼き加減を正確に把握し、皿に盛り付ける。

 その姿は正しく焼肉奉行だといえる。

 時折、皿に盛り付けた果物を頭の上に運び青色のカエル、水助みずすけの口元に置くとぴょんと長い舌を伸ばしそれを食している。

 その前には鉄板にかじりつくような勢いで皿を構え、肉が焼けるのを今か今かと待ち続ける南がいる。

 顔はよだれが垂れそうなほど緩み、一枚の肉に手を伸ばすもパチンとその手を叩かれ、代わりに皿に乗せられた玉ねぎを渋々食べている。

 その頭上をふわふわと浮かび、焼肉の煙を食べるように吸い込む雲形の精霊、ユラがのんびりと過ごしている。

 そこから少し離れた場所に設置されたベンチに北宮が猫じゃらしでテーブルの上に寝っ転がる白い猫、スノウに構おうとしているが、当の雪の精霊である白い子猫は猫じゃらしを適当に前足で払っているだけでこれじゃどっちが遊ばれているのかわからない。

 だが北宮自身それで満足しているのか、そっけない態度もまた可愛いと言わんばかりにその表情は普段見せないくらいに緩んでいる。

 そして体中傷だらけな海堂は、その足元に従順にお座りをして赤い炎を背に揺らめかせる柴犬のような精霊に木の枝を見せ、それをとってこいと指示している。

 二、三日前まで頭をかじられ、手をかじられ、足をかじられと、かじられた箇所がないのではと思うくらい傷を負った海堂であったが、最終的に粘り勝ち、ああやって主従関係を結べたのであった。

 そんな主従のコミュニケーションである投げた枝は空中でキャッチされたところまでは良かったが、火の精霊ハヤテが咥えたとたんに着火、燃えてしまったことに慌てて主人のところに持っていくがあえなく枝は炭化、シュンと耳を垂れ下げる精霊を海堂が撫でて慰めている。

 そして最後に元気印のアメリアといえば、北宮とは別の設置したベンチに仰向けに寝転がりその体を癒している。

 怪我をしたわけでも、病にかかったわけでもなく。

 精霊と契約できた興奮のあまり、一日どころか三日ぶっ通しで踊り、契約した精霊、リスと猫を足して二で割ったような薄緑色の毛並みを持つ小動物、ウィンと遊んでいたせいで体中筋肉痛で動けないだけだ。

 その肝心の契約精霊は、アメリアよりもタフなようで今も元気に彼女の周りを飛び回っている。

 そんな平和な光景を見て苦笑一つこぼして視線を元に戻す。

 いつもなら俺もあの光景の中に入っていくのだが、今はそんな気分になれない。


「……」

「婿殿」

 

 仕事に逃げているように思えるが、今だけはその言い訳を使わせてほしいと、遊ぶ気分でない自分の気持ちをごまかし、業務に従事する。


「? なんですか?」


 そんな俺にムイルさんは静かに、そっと俺を呼ぶ。


「先日、わしが言ったことを気にしておるのか?」

「……気にしていないといえば、嘘になりますね」


 ズバリと確信をついてきた義理の祖父に、苦笑一つこぼし今の心境をごまかすことなく吐露する。

 件の男は無事本社まで護送できたとケイリィさんから聞いている。

 そこから先は監督官が用意した専門のチームが対応するだろう。

 まずは本格的な治療と、装備の調査からかかると聞いているが、果たしてどこまで情報を得られることか。

 その過程でおそらくダンジョン内での魔剣騒動はこれで終息するだろう。

 だが、根本的な解決には至らないだろう。

 もともと今回のことで全てが解決するとは思っていなかったし、想定もしていない。

 

「……」


 問題は解決していない、だが、改善はした。

 しかし、俺の心の中にモヤっとした感触を残したままでは、これでよかったと言えない。

 自分は万能ではないし、天才でもないのも自覚している。

 それでももう少しうまくできたのではないかと思う点が今回の企画で、いや、あの狂ったように安堵した男の姿を見てそう思ってしまったのだ。

 おそらくは俺の同僚のテスター、魔剣によってその存在を忘れ去られそうになった同じ日本人。

 この感情が傲慢な同情から来るものだというのは理解できている。

 これは偽善なのかもしれない。


「……ん?」


 だが、根本的になにか違うような気もするのだ。

 そんな、何に対して不満を抱いているのか分からない感情を持て余す俺の思考から、引き上げるような感触を眉間から感じる。


「シワが眉間にできてるわよ~もう少し肩の力を抜けないもんかしらね、私の契約者さんは。ほらお茶入れてあげたから飲みなさい」


 嫌なものを見たから消し去りたいと思い、もしもの話を深く考え込みそうになったタイミングでグリグリと痛みはなく、それでも少し力強く額が押される。

 それをやった張本人は、親戚の子供の悩みを解決してやろうと世話を焼くおばさんのような態度で俺に湯呑を差し出してきた。

 それは、契約をした時に出されたのと同じものであった。

 香りからして甘く、どこか安心するようなそのお茶をそっと口に含むと、余計なことを考えていた自分があほらしいと思える余裕が生まれる。


「ほほほ、婿殿は考えすぎのきらいがあるのかの?」

「そう、かもしれませんね。何もかも背負い込む必要はないって理解はしているんですけど、つい、ね」

「それでいいじゃない? 人間なんだから」


 理性ではあれは俺の責任ではないと分かっていても、心のどこかで罪悪感を覚えていたのだ。

 俺はそれを悔やんでいるのか?


「ヴァルスさん」

「悩みなさいな。それが人間の、有限の命を生きる者たちの務めでしょう? 立ち止まってもいい、もう一回歩こうと思えるのならそれでいいじゃない」


 またもやグリグリと額を押されたということはまた眉間に皺が寄っていたということだろうか?

 それとも言葉が示すように悩み、しっかりのみ込めということであろうか。

 年長者二人から、優しく、噛み砕くかのように、何も話していないのに、今回の事実を飲み下しやすいようにゆっくりと話を進められ、心と頭が整理される。


「すみません、助かりました」


 最近の中で一番落ち着いた雰囲気の中で、そっと感謝の言葉が俺の口から出た。


「なに、少し茶に付き合ったまでじゃよ」

「ええ、退屈な時間の暇を堪能していただけよ」


 その気持ちを受け入れつつも、世話を焼いただけだと二人は言う。

 この感覚なら、また別の視点で俺を見つめられるのではと思い。

 ゆっくりと二人に頷いた後、目を瞑れば、今でもしっかりとあの時のことを思い出すことができる。

 だが今度はその光景を一歩下がったところで見ることができた。


『外れた、外れた、外れた』


 喜びと安堵が混じり合い、それが狂ったように感情をかき乱したあの男の表情。

 その顔を思い出すたびに、罪悪感を覚えていた。

 だが、こうやって落ち着いて自分の感情を見つめ直すと罪悪感以外に感じていたものを理解した。

 それは苛立ち。


「……クカ」

「あら」

「ほぅ」


 つい、浮かんでしまった笑みであったが、となりの方々にとってその調子だと背を押されるように先を促される。


「なるほど、俺は苛立っていたのか」


 あの男は俺たちの職場を荒らすために送り込まれた尖兵。

 どんな意図があれ、あの男を俺たちの敵だと祭り上げた存在がいる。

 ああ、それすなわち。


「ああ、そうだな、こんなやり方を認めて良いわけないよな」

「どうやら婿殿、吹っ切れたようだの」

「そうみたいねぇ。そっちのほうが男らしくていいと、私は思うけど」

「どうも、ご心配をおかけしたようで」

「なに、婿殿の中で解決したのならこの老骨には問題ないの」

「そうねぇ、ほかの子のほうがもう少し手がかかるかしらね?」


 自分の縄張りを土足で踏みにじられたことと同義である。

 おまけに相手は随分と趣味がよろしいようで、自分の手は汚さず、汚す手は俺たちの中から調達しやがった。

 ああ、なるほど、なるほど。

 そういうことか。

 この感覚は覚えている。

 監督官から、奥底の感情を呼び起こされた時と同じだ。

 この感情は怒りだ。

 日本では喜怒哀楽の感情の中で、もっとも忌避され、もっとも身近にある感情。

 モヤっとした感覚はてっきりもう少しうまくできたのではと、失敗したと勝手に思っていた罪悪感から来ていたものだと思っていたが、どうやら違うようだ。

 そっと背後をもう一度見れば、平和そうに楽しむ俺の仲間がいる。

 その光景を見て俺はこの感情を確信する。


「やることがわかったっていうのは何とも気分がいいですね」


 そう、俺が宣言すると、二人はやれるだけやってみるがいいと、年齢を重ねた笑みを俺に向けてくる。


「ええ、今回しでかした相手が俺に次を与えたことを後悔させてやりますよ」


 ああ、簡単な答えだ。

 もし仮に、あの狂った笑みを浮かべていたのが、俺の仲間であったのならと思ったのだ。

 そして、被害者が仲間でなかったことに安堵した俺の未熟さを戒め、次があるということに対しての不安、さらに己の居場所を汚されれば、誰でも怒る。

 そんな感情たちが混ざり合った感情が空回りしていたのだと今理解した。

 そして、その感情の方向が定まった俺の奥のモヤは晴れた。

 ああ、どこのどいつか分からないが、落とし前を付ける日が来るのなら。


「容赦はしない」



 今日の一言

 何もなかったから、よかったなど結果論でしかない。


想定していた話より、だいぶ長い話となってしまいましたのでここで一旦区切りたいと思いますのでこの話で、今章は終了となります。

つきましては今章のタイトルを少し変更いたしました。

次回から、新章に入ります。

これからも本作をどうかよろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。

 発売日は2018年10月18日を予定しております。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 どうか書籍の方もよろしくお願いいたします。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 、三日前まで頭をかじられ、手をかじられ、足をかじられと、『かじられた箇所がないのでは』と思うくらい傷を負った海堂であったが、 いろんな所をかじられたんですから、 『かじられていない箇…
[良い点] どんどん次郎はダークエルフや吸血鬼よりも、鬼とか修羅の方が似合う性格になってきてますね
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