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169 後味の悪い結末は、次の仕事に響く

 今回の企画が成功したかどうか、それを決めるのは下っ端ではなく、成果の有無を確認する上の立場の存在たちだろう。

 テスターの精霊契約企画、それは日程を残しトラブルに見舞われ、続行か中止かの間で揺れている。

 下の者はその判断を左右できる程度の情報を提示し、あとは野となれ山となれ。

 上からの判断に身を委ねる他ない。

 月夜しかないこの世界で夜中という言葉は適さないかもしれないが、この世界の住人も睡眠は取る。

 住人が寝静まる時間帯というのは確かに存在するのだ。


「なるほど、そんなことが」

「ええ、最近のトラブル体質には困りもんですよ。そんな中でムイルさんが無事で正直ほっとしていますよ」

「なに、こっちの世界は力のある精霊がゴロゴロおるからの、不死者程度即座に返り討ちじゃ」

「なんとも頼もしい限りで」


 それは精霊郷でも変わらない。

 虹色の空は今では見事な天の川を俺に魅せ、精霊たちにひと時の安らぎを与えている。

 なかにはこの時間帯が活動期の精霊もいるので決して静かではない。

 それでものんびりとした平和な風景であるのは変わりない。

 精霊の森や里では事後処理に追われるダークエルフがせっせと走り回っている中、俺は精霊郷に残っていたムイルさんを迎えに来ていた。

 ヴァルスさんに転移で今回の事件の本拠地まで送ってもらった際、何も言わずに行動してしまったため何も知らず待ちぼうけをくらっているだろうと思い、急いで来てみたものの。


『おお、婿殿思ったよりも早かったの』


 のんびりと泉に釣り糸を垂らし、夜釣りを楽しむ姿とその脇にある七輪を見て、急いでくる必要はなかったのではと思わせた。

 ため息をこらえ、現状を説明し冒頭の会話になるのであった。


「ははは、慣れるとここほど快適な空間はないからの」

「でしょうね」


 脇目に映るバケツの中には脂の乗っていそうな立派な魚が二匹ほど、精霊郷にも精霊以外の生き物がいるんだなとどうでもいいことを思いつつ、サバイバル生活を楽しむ環境を整えている目の前の御仁に対し、呆れればいいのかたくましいと思えばいいのか判断に困る。


「あとで婿殿にも馳走しよう。さて、外がそのような状況なら、ふむ、それならここでのんびりと釣り糸を垂らしている場合ではなかったか。急いで里に戻るとするかの」

「そうしてくれると助かりますね」


 そんな視線に気づいたのか、にやりと悪巧みをするような笑みをムイルさんが俺に見せたあと、クイッと酒を飲む仕草とともに魚を食べさせてくれるという。

 それに随伴する意味合いと素直に帰ってくれることを重ねて答え、片付けに入ったムイルさんを手伝う。

 男二人、しかも片方が精霊郷に居座り慣れている人物がいるとなればその場の片付けなどあっという間に終わる。

 だが、時間帯も時間帯ゆえ、移動手段の精霊をすぐに呼べるというわけでもなく、夜を明かす必要最低限の機材は残す。

 今夜はこのまま野営して、次の日の朝帰ろうというわけだ。

 互いに適当な位置に背を預け、ムイルさんが張ってくれた結界に守られ疲れた体を癒すためにもその瞼を閉じる。




 空が再び虹色に輝く少し前に目覚め、帰りはムイルさんの呼んだ鯨のようなタクシー精霊、ホーレイであっさり元の位置まで帰ってこられた。

 俺たちはその足で精霊郷の出入口を目指し、霧を越え、長老衆の館に戻り、そして里の広場へと足を運ぶ。

 もともと早朝にも人通りは多かったが、今回の騒動も重なって人の動きが慌ただしい。

 いくつかの視線を受けつつも、その人の流れに乗り軽い用事からすまそうとムイルさんと共に向かった先に見えたのは。


「ほあちゃぁ!? 水水!? きたみやちゃん!?」


 頭に火を灯す犬にかじられ暴れまわる海堂であった。


「はいはい、もう少し待ってなさい」


 そんな海堂など視界に入っていないと言わんばかりに、ゆっくりと猫じゃらしを揺らしながら白い子猫の意識をこちらに向けようと真剣な北宮の姿も見える。


「アアアアア、ワレワレハ、ウチュウジンダ~」

『アミー、精霊の力をそんな風に使うのはどうかと思うよ?』


 いったい何をやっているんだと状況を説明してくれそうなやつを探すも、リスと猫を足して二で割ったような緑色の小動物が発生させた風に向けて声を出しているアメリアは、お楽しみ中でこっちに気づいていない。


「むぅ?」

『みゅう?』


 いつもなら騒がしいはずの南といえばわたあめみたいな生き物を見つめているが、相手が首らしき部位をかしげたら南も首をかしげ、変則的なにらめっこ状態を作り出している。

 最後の防壁に期待しようと勝を探すと。


「あ、次郎さんおかえりなさい」

「ああ、ただいま。それとすまんが、あいつら何をやっているんだ?」


 頭の上に青いカエルを乗せた勝が出迎えてくれた。

 ようやくまともに会話ができる相手が見つかりホッとするも、様々な行動を見せるパーティーの面々にどう反応すればわからない俺は素直に聞く。


「えっと、森で助けた精霊と海堂先輩と北宮さんは契約しようとしていて、南とアメリアは契約が終わったので交流って言うんですかね? 仲を深めようとしています」

「なるほどな、こんな騒動の中でもしっかりと目的を果たしているあたり、あいつららしい」


 前者が契約できていない組で、後者が契約ができた組か。

 どうにか頭から引き剥がせた海堂は再び頭付近に火を揺らす赤い犬と対峙している。

 海堂の手には干し肉らしきものが握られ、それで気をひこうとしているが、興奮している精霊の前にはあまり意味をなしていなさそうだ。

 北宮の方は、姿が猫っぽいということから猫じゃらしを使っているのだろうが相手は精霊、猫以上の知性を持っているためか目的を察しており警戒している。

 だが、その警戒心と同じくらいに困惑しているようにも見える。

 努力の方向性を間違えている二人に俺は苦笑を浮かべるしかない。


「ホホホホ、精霊には素直な心で接するのがいいんじゃよ。君とそこの彼女はできているようじゃが、大人になるとなかなか素直になれんからの。まぁ、あの二人ならしばらく様子を見れば問題ないと思うがの」


 勝はどうやって契約したかは気になるところだが、彼のことだからそつなくこなし契約したのだろう。

 生真面目な彼と同じような表情をしているカエルの精霊をみると二、三言葉を交わしただけで契約ができたような光景が目に浮かぶ。

 似た者同士とはこのことだろう。

 アメリアの場合は無邪気に接したのだろう。

 ムイルさんの言葉を真に体現し、一緒に遊ぼうという雰囲気を前面に押し出している。

 今も自分の体をアスレチック代わりにし、腕や頭、はたまたダンスの応用で逆立ちしたりして足などを精霊が飛び回っている。


「珍しいのはそこの娘じゃな。精霊の本質を見ようとしているが精霊側に不快の色はない。珍しいの。おまけに契約した相手が雲の精霊とはまた珍しい」

「南の場合は、好奇心はあるでしょうが、それ以上に精霊との触れ合いの方が重要ですからね」


 南の場合、彼女が追い求めていたファンタジーの存在がいるのだ。

 精神年齢的にも幼さを残しているフシがある南が、その存在に向けて全力で興奮しないわけがない。

 好奇心と好意が合わさった感情を精霊がどう受け止めたかはわからないが、少なくとも契約できたということはそういうことだろう。

 精神年齢の話をするのなら海堂もそうなのだが、あいつの場合は精霊と接するのではなく普通の犬と思って接していそうだから、そこで怒りを買って契約をこじらせているのだろう。

 そこさえ改善できればあっさり契約できるだろうに。

 俺の後輩はなぜまっすぐ歩いているはずなのにずれていくのだろうと思う。

 北宮の場合は、元来の真面目さが空回りしていると見たが、それがしっかりと噛み合えば問題ないだろう。

 なんだかんだと言っているが、周りのテスターたちと違いちゃっかり目的の精霊を確保している。

 その点は評価せねばならない。


「事情は監督官の部隊から聞いていたが、こんな形でまとめるとは思わなかった。それもまさかアメリアがな」

「仕方ないと、俺は思いましたが」

「安心しろ、別に責めているわけじゃない」


 こうなった経緯の説明はムイルさんを迎えに行く前に受けていた。

 だが、俺の言い方が悪かったのか、アメリアの独断専行を責めるように聞こえてしまったようだ。

 それを訂正するが、俺の表情には苦笑が浮かんでいることだろう。

 訂正した言葉には若干の呆れが含まれていたが、その呆れも無茶を押し通す姿が自分と似ていると思ってしまったからだ。

 自分が影響していると思うと、報告で聞いたアメリアの行動やそれを支援したパーティの面々を責めることはし辛い。


「とりあえずお前らが無事なのは確認できたからな、それで良しとするさ。それと、ほかのテスターたちにも伝えるが安全が確認でき次第今回の企画は再開することになっている。お前たちは目的を達成しているようだから、もしかしたら手の足りない場所の手伝いに回されるかもしれないからそのつもりで、とりあえずは二、三日ゆっくり休むようにほかのやつらにも伝えておいてくれ」

「わかりました」


 話を変えるように里に戻った時に長老衆の館にいた兵士の伝言をそのまま伝え、アメリアの行動に対してはこれ以上は何も言わず、こちらには見向きもしない薄情なやつらに向けて苦笑一つをこぼし、次の予定に移る。


「なかなか楽しい仲間じゃな」

「からかわないでくださいよ」


 伝言を勝に頼み歩き出した俺に対して、ムイルさんは笑いながら俺に話しかけてきた。


「本心を言ったまでよ。ああいう仲間は大事にするのじゃな」

「わかりました」

「うむ、素直でよろしい」


 照れくささもあり口にはしないが、仲間が褒められるのは嬉しい。

 そんな浮かれた気分を胸に抱き、ムイルさんと共に里の中を歩く。

 そして里の中でも奥の方にある一角、ダークエルフの兵士が警備する軍事施設にたどり着く。

 話を事前に通しているためか、俺とムイルさんの姿を確認するやいなやゆっくりと門が開かれる。

 さてと、浮かれた気分はここまでだ。

 休憩気分を追い出し、仕事用の思考に切り替える。

 施設に通されて兵士の誘導に従い、大樹の幹をくり抜いた長い階段を降りる。

 精霊によって照らされた木製の階段を下りた先は地面の底、要は地下だ。

 そこが今回の目的地である。


「お、来たわね」

「遅いですわよ」

「遅くなりました」

「待たせたの」


 ここは地下牢。

 罪人の中でも特に重い罪を犯したものを収監しておく特殊な牢だ。

 精霊を使った監視網は現代のセキュリティーを凌ぐ。

 そんな施設の一室にケイリィさんとノスタルフェルさんがいた。

 そして、鉄格子越しにいるのは、俺が捕まえたテスターだ。


「何かわかりました?」

「何も、見事に証拠という証拠を消し去ってくれてたわ」

「この人間の情報も一切なくなっていましたわ。本当に契約していたテスターなのかも怪しいところですわ」


 牢の片隅で体育座りでじっとしている男を調べたのだろう。

 それで分かったのは、身分を証明するものは何もなく目の前の男は名無しの権兵衛さんという結果だけだった。

 簡易的な調査だけだったとは言え、この結果にケイリィさんはお手上げと言わんばかりに首を横に振り、ノスタルフェルさんは目を瞑りため息を吐くしかなかった。

 おそらく、俺と監督官の部隊が帰ってきてからずっと調べていたのだろう。

 徹夜をしている彼女たちに疲労の色が見える。


「そもそも会話が成立しないのにどうしろって言うのよ」

「私たちが話しかけても何も答えず、ずっと右手を見るだけでしたわ」

「右手ってことは魔剣が関係してくるってことですよね?」

「ええ、そういうことらしいわね。壊れた魔剣と壊れた籠手が一つずつ。正直これが唯一の手がかりなのよ。だけど、その情報が入ってくるのはもうしばらく先でしょうね。と言うよりこの企画が終わるまでには間に合わないでしょうから、その報告は帰ってから受け取ることになるでしょうね」

「歯がゆいですが、それしかできないでしょう。今はエヴィア様の部下と打ち合わせ、この男を本社に護送する方向で話し合っていますわ」

「そういうこと、明日か明後日には運んじゃって、私たちの負担はおさらばってね。代わりに、帰ったらここに居る三人は報告書地獄が待ってるわ」

「覚悟しておきます」


 精霊契約の企画再開までは目の前の二人の手が空いてからということだろう。

 それまではわずかでも休暇だ。

 俺も俺で契約するのにいささか疲れた。

 ここいらで休みたいと思っていたが。


「ムイルさんなにか気になることでもあるんですか?さっきから黙って見ていますが」

「なに、今回の騒ぎを起こした男がどんな奴か見ていたところじゃ」

「評価は?」

「駒、じゃな。気をつけろ婿殿、この事件まだ終わっていないかもしれないぞ」


 ムイルさんが残した言葉が嫌に響き、耳に残り続けるのであった。



 今日の一言

 終わりが濁れば、その分不安が残る。

 完璧に仕事をこなすのは大変だと思う。


今回は以上となります。

面白いと思って頂ければ感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いします。

※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。

 発売日は2018年10月18日を予定しております。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

これからも本作をどうか、よろしくお願いします。


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