16 職場見学の有り難みは大人になってから分かるものだ
書き上げましたので投稿します。
田中次郎 二十八歳 独身 彼女無し
職業 ダンジョンテスター(正社員)+リクルーター
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
「あ~、すまん邪魔したな」
俺はいったい何を言っているのだろう。
最近ちょくちょく着るようになったおかげか馴染んできたスーツの感触を感じながら頭をかく。
馴染んでいるのはそれだけの数のスカウトを実行してきたことだ。
それを手のひら越しで伝わる硬質な髪質で思い出す。
仮にこれが夢ならさっさと覚めて外回りか仕事をしなければならない。
だから、俺、潔く認めろ。
残念ながらさっきの光景は夢幻ではなく、しっかりとした現実だ。
何かの気の迷いとかヤバイ薬をキメていたとかではなく、そう、強いて言うならそのスカウトが実を結ぼうとしていたせいか、俺は少し浮かれていた。
だからだろう。
ノックをしっかりしたところまでは良かったが、中の返事を聞く前に扉を開けてしまった。
言い訳をさせてもらうなら、そこは更衣室でもないし、個室でもない。
さらに言うなら普段なら使用頻度の少ない部屋であるのは確かだが会議室と名を打っている。
だから、誰が予想できる。
先日名刺を渡して、働きたいという希望を聞いて面接の段取りを整えた当日に、女性物のスーツを着た大学生くらいの女性に男子高校生の少年が押し倒されていた。
そんな現象が自分の働いている会社で起きるなんて誰が予見できるか、いや。できない。
落ち着いて状況を再確認するんだ。
女性の方は涙ぐんでいた。
そして少年を押し倒していた。
それ以外に言いようがない。
以上状況確認終了。
「あ~あ~あ~」
そこから、邪推するなと言うほど俺はそちらの方面の知識に疎くなかった。
その現場に俺は踏み込んだのだ。
これを第三者の立場で見たらだいたい状況を把握できただろう。
何かの勘違いかもしれない。
何かの拍子にあんな状況になってしまったのかもしれない。
何か事情があるのかもしれない。
だが、俺にできたことといえば空気に耐え切れず退室した。
「……聞けるか」
結論、どうしようもない。
何が悲しくて、男女の情事に何をしているんですかと踏み込んで聞くことができる。
おかしい、俺は期待を持って今回の面接に挑んだはずだ。
思い出すのは三日ほど前のことだ。
夕方頃、ダンジョンを抜け出してきた俺宛にスエラさんから念話が入った。
『次郎さんあなた宛に電話が来ています。先日のスカウトの件に関してと言っているのですが』
『本当ですか!? スエラさん!!』
『ええ、今そちらにお繋ぎしますね』
スエラさんからの念話で電話の近くに行ってくれと言われ、ダンジョン上がりであった俺は自室についていた内線を手にとった。
そこで話したのは最初に名刺を渡した少年だった。
少し緊張していたが敬語を話す大人びた少年と順調に話は進み、面接の日取りと履歴書を用意することを伝えることができた。
その日はさらに幸運で一緒にもう一人面接を受けたいと言ってきたのでさらに喜んだ記憶がある。
そこでのうっかりミス、そのもう一人の魔力適性の有無の確認は忘れない。
しっかりと確認をとり、もう一人も求人広告を読むことができなおかつ適性七と高適性をたたき出している。
電話を切った直後ガッツポーズをとったことを今も覚えている。
『面接に二人来ることになりました。今度の土曜日、午後一時にですが、受付の方に対応をお願いしていいですか?』
『ええ、問題ありませんこちらの方から話を通しておきます。良かったですね次郎さん』
『ええ、ようやく実になったのですからね』
そしてそのままの流れで会社の方に話を通した。
そこで我が事のように一緒に喜んでくれたスエラさんと共に喜んだ記憶は新しい。
面接などやったことはない。
それでもなんとかしようと少ない時間で用意できることはしたつもりだ。
そして今日、当日は気力も体力も充実していたはずなのに、たった一瞬の光景を見ただけなのに残業の疲れを残した翌朝の出勤みたいに疲れているのだ。
頭の中では、怒ればいい、注意すればいい、事情を聞けばいいと行動が指示されるが、現場に直面した俺の感情が撤退を選ばせた。
百聞は一見に如かずとはよく言ったものだ。
知っているのと実地では対応の仕方に差が出てくる。
それを再認識した。
そしてこのまま、別の仕事に挑みたい衝動に駆られる。
「はぁ、よし、俺は何も見ていない」
だが、それを実行するわけにいかない。
ここで逃げたらせっかく実を結んだ機会を逃すことになるだろうし、何よりお互いのためにならない。
コンコンコンと三回ノックする。
そして今度はしっかりと待つ。
魔紋によって強化された耳が中でドタバタと動く音を拾ってくる。
『は、はい、どうぞ』
緊張している。
そんなことが手に取るようにわかる声室に影響されて俺も少し緊張する。
ゆっくりと落ち着くように言い聞かせながら、ゆっくりと扉を開く。
今度はしっかりと座っている二人に安心する。
だが、それもつかの間だった。
ここまで緊張するのかと面接をする側の初心者である俺には分からないが、女性の方は完全に涙目で緊張しているのはわかる。
だが、なぜ少年の方、所沢君は解脱した僧侶のようになにか悟ってしまっているのだろうか。
「……とりあえずコーヒーを飲むか?」
そんな雰囲気でいきなり面接に入るのも難しいと思い、コクリと無言で頷く二人をあの手品のような魔法が二人の緊張をほぐしてくれることを切に願う。
「あ~、所沢君は久しぶりだね、そっちの君は初対面だろうから一応自己紹介を、田中次郎、人間だ。求人内容を読んでくれていると思うけど、ここまで案内してくれた人を含めて、ここにいる存在は特殊メイクやCG、ロボットの類ではないので早めに慣れることを勧める」
「はい」コクリ
「そして、このとおり魔法が存在する空間だ」
「はい」コクリ
やりづらい、ああ、非常にやりづらい。
さっきからイエスしか返ってこない会話にこっちのほうが緊張してしまう。
もっとキャッチボールをしようよと声を大にして言いたい。
普通の面接なら一発で叩き落としてもいいような面接内容であるが、俺が面接をした時を思い出せば、『まだ』彼らの方がまともな反応なのだ。
なにせ、開幕でダークエルフ宣言だ。
こうやって念話で注文し飛んできたコーヒーを手品のトリックを暴くように凝視する程度可愛いものだ。
まぁ、最初の出会いとしてあれほど印象に残るモノもないのだが、それを口にしてしまったら。
ビクリ!!
この女性、知床 南が泣き出しそうだ。
こうやってコーヒーを飲みながら視線を合わせただけで過剰に反応してくる。
これは無理そうだな。
俺個人としては彼らには入ってほしいという気持ちは確かにある。
些かハプニングに富んだ出会いであったが、所沢君とは少し話しただけで悪人間だという印象は抱かなかった。
その彼が連れてきたのなら彼女もきっと悪い人間ではないのだろう。
だが、社会は悪い人間ではないからと採用するほど甘口ではない。
何より優先するのは仕事が続くか、コミュニケーション能力はあるかと能力性を求める。
「……」
そこまで考えて、違うと俺は思った。
「履歴書は見せてもらった」
ビクリと二人は同時に反応する。
ここはほかの会社とは違う。外の日本での常識が通用しない。
先日エヴィア監督官にも言われたではないか、上辺だけの関係で何が楽しいのかと。
そうだ、俺はなぁなぁで終わるような同僚を求めているのではない。
背中を預ける仲間を求めているのだ。
「うっし、いきなりで悪いが二人共」
なら、先に見せるのは俺の方ではないか。
「「?」」
「この会社での仕事を見せるから移動してくれ」
そこからでもきっと遅くはないだろう。
いきなり面接を切り上げたことに二人は困惑している。
申し訳ないと思うが、最初に見せていたほうが今後のためになるだろう。
それに
「ファンタジーってのを見せてやるよ」
いたずらをするのは意外と楽しいのだ。
所変わって、俺は普段の仕事着を装備して訓練施設に立っていた。
「先輩、なんで俺完全装備でこんなところにいるっすか? 今日、休みっすよね?」
となりには休日にもかかわらず叩き起した後輩が立っている。
「ああ? お前が女性の同僚がほしいって言っていたからその念願の同僚を用意してやったんだぞ。それが先輩への言い草か?」
「先輩大好きっす!! それで、どこっすか!? そのかわいこちゃんは!?」
だれも可愛いとも綺麗とも言っていないのに早合点をしている。
現金なやつと再認識しながら、辺りを慌ただしく見回す海堂を脇目に自身の装備を再点検していく。
「先輩いないっすよ!!」
「はぁ、上だ上」
魔紋を刻んでいない人間がここにいないのは当たり前だと言いたくなるのを我慢して、上の観覧席を指差してやる。
「おお、大学生っすね、隣にいるのは弟さん?」
同じ魔紋で強化してある身体能力なら細部は無理にしても、二十メートルくらいの距離ならなんとなくの容姿くらいは捉えることができる。
一流の弓師となると地平線の爪楊枝を見つけることができるらしい。
「今回のプレゼン次第でアルバイトだがあの二人が入る予定だ」
「プレゼンって、俺、何も聞いていないっすよ? 先輩に叩き起こされて、完全装備で来いとしか言われてないっす」
「完全装備って時点でわかるだろ。戦うんだよ。実戦で」
これからやるのは俺が研修中で受けた中間審査だ。
参加者は俺と海堂。
そして今回は。
「まぁ魔王軍で作ったっていう実験空間、擬似ダンジョンのテストを兼ねているがな」
前回と違う内容での戦闘、加えて現状の海堂の実力チェックというのも含まれているが、そこは言わない。
「へぇ、ダンジョンっすか」
「対勇者用を想定しているらしいからな。油断していたら死ぬぞ」
「へ?」
「スエラさん、こっちの準備はできました」
『確認しました。擬似ダンジョン展開します。ご武運を』
「ちょ!? 先輩死ぬって!?」
慌てる海堂を他所にぐにゃりと空間が歪む。
そしてわずか数秒で現れた風景を見渡す。
「岩場か」
「え? はあああああああああああああああああああ!? ここってさっきまで訓練室だったすよ? 空があって岩山があって、ええ!?」
「うるさい黙れ」
「う、うっす」
岩と石、砂利で構成された岩山、人間が歩くことは可能だが整えられていない大地は足場が悪いといってもいい。
それに加えダンジョンの雰囲気と同じだ。
魔力と敵意が入り混じったようなまとわりつくような空気に警戒心を増し、辺りを見回すと動く影が見えた。
「呆けるな海堂! 来るぞ!!」
「ほ?」
いきなりの環境変化に海堂がついてこられてない。
そんな格好の獲物を見逃すほどダンジョンは甘くない。
「ドゥエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」
海堂の叫び声に呼び出されたのか、それとも最初から配置されていたのか岩陰から飛び出してきた全長だけなら成人男性の身長と変わらない体躯をもつ黒い鱗のトカゲ、小亜竜を上下で両断する。
ドサりと重量のあるものが落ち砂の上を滑っていく音が背後に聞こえる。
背後を確認はしない、そんなことを気にしている時間が惜しかった。
「初手で竜種かよ!! 構えろ海堂!!」
「う、うっす!!」
前回の初手はゴブリン、だが今回は種族を変えたことにより強くなっている。
いきなり竜種というランクを上げてきたことに警戒レベルを階段飛ばしで引き上げる。
そしてここが危険地帯だと遅れて理解した海堂が背中に納めていた双剣を抜剣する。
「付いてこい!! 囲まれる前に数を減らす!!」
「りょ、了解っす!!」
間を置く時間も惜しい。
俺の耳には既に包囲するために行動を起こしている群れの足音を捉えていた。
ぬめりまとわりつくような捕食者の視線もそれを裏付けている。
「イイか! 無理はするな、大体の敵は俺が惹きつける。お前は俺から離れず身を守ることを優先しろ」
「う、うっす」
「なに、安心しろ教官たちと比べたら確実に弱い」
まずいな。
一目で海堂の体が緊張で体が固くなっているのがわかる。あれでは全力を出せない。
トントンと飛ぶように移動して余裕がある俺に対して、ドサドサと全力疾走している海堂、体力のペース配分ができていない。
こっちの方で気を割く必要がある。
これは厳しい戦いになるという予感がよぎる。
エヴィア監督官、結構な無茶を振ってくれますねぇ。
ここまで持ってくるまでの経緯を考えれば妥当な対応ではあるが。
最後の嗜虐的な笑みを浮かべた監督官の顔が頭の中を過ぎる。
『プレゼンだと?』
『ええ、ただ漠然と情報を説明するだけではなく、どうせなら職場体験みたいな感じで実物を体験させてみたいのですが』
面接を後日に控え、いろいろと急いで準備をしていた時に俺は気づいた。
たとえ魔力適性があったとしても戦闘のせの字も知らない学生が本当にこの仕事についてこられるのか。
最初は興味本位でやってくれるかもしれないが、運動が苦手であったり、こういった暴力的な行為に嫌悪感を抱かれてしまっては指導する側も大変だし、早々に辞められてしまっては指導に割いた時間が無駄となってしまう。
『ふむ、篩にかけるか』
『ええ、実際に体験しないまでも、実際の戦闘を見せてやれば想像と現実のすり合わせになって魔力以外の適性も測れると思います』
『……方法は?』
『研修時代でやったソウルの召喚で実際に魔物と戦うのが妥当かと。戦うのは俺と、海堂を出します』
意外とあるものだ。理想と現実が違うというのは。
ファンタジーだからといって俺強いとか魔法撃ち放題だと勘違いされてしまっても後々面倒だ。
仕事とは妥協を繰り返し、時たま自分の理想を混ぜ込む作業だ。
ある程度の意識のすり合わせというのは必要だ
『……いいだろう、だがあれには準備に時間がかかる。スケジュール的に無理があるのでな代わりのものを用意してやろう。ちょうどいい実験台もいることだしな、スエラそこの逃げ出しそうな男を捕まえろ』
わずか数瞬の思考で損得勘定を済ませたのか、利がある道筋を立てて提案しなおかつ他の退路を絶ってきた。
『!? ……スエラさん、できればこの手を離していただければ』
『すみません、無力な私を許してください』
細く女性らしい柔らかい手に反して、ガッチリと俺の体を固定してみせるダークエルフの魔力操作に感嘆する暇もなく、監督官との会話は進み。
『なに、貴様は楽しみにしていればいい』
結局は監視の元このプレゼンは決行することになった。
だが、ここまでのものを用意されるとは思わなかった。
スエラさんから概要は聞いてはいたが、さっきまで平らであり走りやすかったタイルの床はどこへ消えたのか。
ザリッと砂を踏み鳴らす感触が足に伝わり、しっかりと踏ん張らないと足が滑ってしまう。
「キェイヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
回想している間も間断なく責め立てられ俺は戦っていた。
岩場を飛び回り撹乱し猿叫で敵をこっちに惹き付ける。
基本、先手先手と先に攻撃を仕掛けるようにして数を減らしてきているが、相手もやられっぱなしというわけではない。
背後から飛びかかってくる小亜龍を蹴り上げ、宙に浮いたところを串刺しにして、振り払う要領で鉱樹から抜き放ち集団にぶつける。
時間にして十分、常に海堂を視界の端に捉えるように立ち回り、鉱樹を振るう。
軽い、前回苦労したことが嘘のように、木刀で戦っていた時とは雲泥の差で圧倒できている。
もとより海堂がギリギリ戦えるレベルで設定されている。
それは俺という戦力込みなのか入っていないのかは分からないが、今のところ問題はない。
それも時間の問題だが。
「海堂生きているか!?」
「ぜぇぜぇ、なんとか生きてるっす」
「そろそろ種類が増えるぞ!」
もたもたし体力を消耗すれば時間差で魔王軍の本領、他種族による多目的戦術が開始され蹂躙されてしまう。
「増える種類は分からないっすか!? 先輩!」
「監督官が教えてくれるわけがないだろう!!」
「あの美人さんっすか!? なら仕方ないっすね!」
「お前ってやつァああああ!!」
悪魔だろうがなんだろうが美人にはめっぽう甘い後輩に呆れそうな自分に活を入れながら唐竹割りで小亜竜を叩き割る。
「!? 先輩!」
「うあ、ありゃぁ逃げられねぇな」
そして、うだうだと蜥蜴と戯れている間にウォーミングアップの時間は終わりらしい。
狼に騎乗した小鬼の集団がまっすぐこちらに向かっている。
出来れば呼吸を落ち着ける時間が欲しかった所だが贅沢は言ってられない。
「騎兵に弓付き、騎獣は狼。逃がしてはくれなさそうだ」
走ってよし匂いで追尾してよし間合い外から射撃してよし、前衛を小亜竜に任せた構成に辟易したものを感じる。
「なんすかあれ?」
「子鬼騎兵だよ。魔法使う準備をしておけ、温存して勝てる相手じゃない」
「うっす」
どうやら、俺の戦力込みでの戦力構成をしたらしい。
「そうなると、ここからが本番ってことか」
ここからは俺も未知の領域、海堂がいる分指揮能力が試される。
いいじゃないか、やりがいがある。
そんな仕事なら大歓迎だ。
やれるところまではやる。
いや
「行くぞ海堂、勝ちに行くぞ!」
「程ほどに頼むっすよ!」
どこまで行けるか試したい。
小亜竜の隙間をこじ開けるように包囲を突破し騎兵の正面に突撃を敢行する。
「先頭の勢いを殺せ!」
「本邦初公開っす! 火の矢!」
背後から飛び出してくる火でできた矢が五本、それに合わせるように俺も飛び上がる。
着弾して砂煙が舞う最中、慌てて止まろうとしている先頭の騎兵を二騎振り下ろしと返し刃で仕留める。
「切り込む!! 弓を使わせるな!」
「ヒャッハー!! 撃ちまくるっすよ!!」
初めての連携にしてはいい感じで戦闘に繋げられた。
突撃から乱戦へと持ち込めたことに口元が笑う。
「まったく、負ける気がしないな!!」
Another side
「すごいでござる!! ファンタジーでござる!! 魔法でござる!!」
「擬態しろ擬態!! 周りに見られてる!!」
勝には悪いが、今の私は興奮を抑えることができない。
この建物に入ってから私の胸は高鳴りをやめない。
いきなりダークエルフに出会えたこともそうだったが、風景そのものは現代的にもかかわらず登場人物がすべて空想上の存在ばかりであった。
こんなものがあったらいいなと願いながらも、絶対に存在しないだろうと諦めていた私にとっては、だからどうしたと鼻で笑われた気分だ。
気分爽快、俺はここにいるんだぞと漢の背中を見せつけられた気分だ。
どれくらい興奮しているかというと、ダークエルフの女性を見てそれが本物だと理解して感動しすぎて言葉にできず涙腺が崩壊した。
そして部屋に私と勝だけになった瞬間、我を忘れてこの感動を届けてくれた勝に飛びついてしまった。
『おい! 離れろ!! ここは家じゃないんだぞ!!』
『ありがとうでござる!! 勝が幼馴染で本当に良かったでござる!! お礼にキスしてあげるでござる!!』
最初に勝があの求人広告を持ってきたときは家事のしすぎで疲れてしまったのかと心配になったが、買い物帰りの出来事を真剣に話す姿は嘘には見えなかった。
前にゲームみたいな世界の仕事ならと言った手前、断りづらくズルズルと面接までの段取りを組まれ、生まれて初めて履歴書というのを書いた。
会社まで道のりなど気が重くて仕方がなかった。
帰りたい。帰りたいと何度も願った。
だけど、その黒く濁った澱のような感情はダイナマイトで消し飛ばされた。
さらにはガソリンをドバドバと付け加えられてしまったらもう止まれない。
『ま~さ~る~』
我ながら色気のあった声だと思う。
もしあのままであったら、そのままR指定に入っていたかもしれない。
それくらい気分的にやばかった。
『おい!! 本当にやめろ!! 人が来たら!!』
ガチャ
『あ~すまん邪魔をしたな』
ガチャ
うん、タイミング的には良かったのか悪かったのか判断に困るが、ただ分かるのはあの時は本当に焦った。
頭の中で失敗したと何度も繰り返した。
終わったと動画のコメントのように嵐のように流し続けた。
全身の血が頭に駆け上がるほど恥ずかしかった。
どうにかリテイクで面接をやり直してくれた田中さんは本当にいい人だと思う。
私なら写真を撮ってそのままネットへオンエアーするところだ。
それぐらいまずいことだと理解できているからだろうか。
焦りすぎてこのままこの仕事ができないと、望んでいたファンタジーから引き離されると思っていたら泣けてきて、必死に涙をこらえていたせいでろくな受け答えなどできはしなかった。
だめだ、余計なことを思い出したせいで冷静になってしまった。
そして興奮が収まったことを理解したのか同じように面接の時に終わったと悟りを開いてしまった幼馴染は押さえ込んでいた私の肩から手を離した。
でも残念、一瞬冷静に戻っただけで興奮は収まってなどいない。
『ファンタジーってのを見せてやるよ』
あの言葉にはビリっと痺れた。
その宣言をしてくれた、面接を担当していた人、田中さんは今目の前でゲームの中で見るような大剣を振り回して小さな竜を吹き飛ばしてゴブリンを狼と一緒に切り飛ばしている。
そんな光景を見ただけで体が熱くなる。
いきなり風景が変わったときはCGかと一瞬落胆したが、このガラス越しに広がる世界は間違いなく現実だとすぐにわかった。
質量感、現実味があったからだ。
そうなれば、落ちた分上がり幅は大きい。
やらせなど含まない全力での戦闘にギュッと握った手のひらが汗ばんで緩めることができない。
そして同時になんで私はあそこにいないのだろうと残念な気持ちが湧き出てくる。
久しく感じていなかった、悔しいという気持ち。
現実はクソゲーだと断じていた私に物申す。
現実とは神ゲーだ。
「おお!! 地蟲でござる!!」
今目の前で、砂塵を舞い上げ硬質な甲殻に身を包み地中より姿を現した光景が私の期待を高める。
丸呑みにしようと口を大きく開けて襲い掛かる地蟲を体格差などものともせず受け止める田中さんと魔法だろうか火のようなものを撃ち出して援護をする誰か。
「魔法でござるか! 魔法でござるよね!?」
勢いというのは怖い。
初対面と面と向かって会話のできない私が、ダークエルフの女性に話しかけている。
「ええ、初級呪文火の矢ですね」
そしてこのダークエルフは女神か、女の私から見て癒される何かを笑顔に秘めている。
「いかがですか? 実際の戦闘を見られた感想は」
「早くあそこに行きたいでござる!!」
「せ、積極的ですね?」
「もちろんでござる!! もし私に潜在的何かがあるなら今すぐ覚醒してあそこに乱入したいでござる!!」
こう、勇者パワーでも前世は魔王だった的何かでもこの際なんでも構わない。
あの中に入りたい。
「危険ですよ?」
「危険じゃないファンタジーは存在しないでござる!!」
親指を立てて、笑顔でキメ顔を作る。
基本ファンタジーは危険がつきもの。
魔法少女も今の時代首がチョンパされる作品もあれば、ノホホンとしていると思ったら一転戦争になるなんて今じゃ常識、むしろ勇者とお姫様がキャハハウフフする話の方が風化し始めている。
「落ち着け、このバカ!」
「ふぎゃ!」
興奮しすぎて反応できなかった。
この的確な脳天への平手打ちは
「まぁさぁるぅ~」
「お前が悪い。俺たちは面接に来ているんだぞ」
両手を腰に当てて説教をしているつもりだろう。
それは分かるのだけど、興奮というのは抑えるのが難しいのだ。
「クスクス、随分と仲がいいんですね?」
「えっと、一応付き合いは長いので」
「幼馴染でござるからなぁ」
こう言ってはなんだが、異性の幼馴染など二次元の生き物だと思っていたが現にこうやって存在する。
良いところも悪いところも互いに知っているからこうやって遠慮せずに付き合えるというのは気楽だ。
「いいものですね、私も付き合いの長い友人が何人かいますが異性でそこまで仲のいい方はいませんから」
「モテそうでござるが?」
「おい!」
「いえ、いいのですよ。ダークエルフというのは少々特殊な一族でして、恋愛観が普通ではないのですよ」
なのでそういった縁には恵まれなかったという事情を聞きたい気持ちもあるが、今はそれよりも気になることがある。
「働けるでござるかな?」
「……」
「勝、さすがの拙者でも無言で泣かれるのは傷つくでござるよ?」
「お前の口から働くなんて言葉が聞けるなんて、このまま大学を卒業したらニート街道まっしぐらが見えていた俺からしたら感動するしかないんだよ」
正直私も心境の変化には驚いてはいるが、泣くことはないだろう。
うん、大学に行くことと風呂以外は部屋でネット三昧、掃除に洗濯、食事の準備に全部勝任せ、大学の受講に合わせて起こしてくれるし消耗品の買い出しもしてくれる。
たまに寝癖の手入れもしてくれる。
……ごめん勝、私もそんな異性の幼馴染がいて働くって言い始めたら泣くかもしれない。
拳を握りしめて感動するかもしれない。
採用の合否の結果が出てなくても、採用されてほしいと願望をこぼしただけでも嬉しさ余って喜ぶかもしれない。
「……ごめんでござる」
「いい、お前が頑張るって言ってくれただけで俺は……」
本当になんでこんなダメ女にこんな幼馴染がいるんだろう。
私の世話をしている時間があれば好きなことだっていろいろとできただろうに。
ああだめだ……今勝に離れられたら生活できない自信があるから、せめて来年まで続けてほしい。
もし仮に勝がいなくなってしまったら、ゴミ屋敷に住む私の姿が簡単に想像できてしまった。
「「……」」
窓の向こうでファンタジーの光景が繰り広げられているのに、私と勝の間は現実的な未来が行き交っていた。
「……えっと、職業適性テストがありますがやってみますか?」
「ぜひ!!」
うん、過去より今を大事にしないといけないよね!!
ちょっと湿っぽくなった空気を捨て去るために私は女神から差し出されたタブレットに飛びつくのであった。
Another side END
汗が額から垂れ下がる。
息も上がり、呼吸が乱れる。
もう何回振ったかわからないくらいに鉱樹を握っている感覚がない。
「おい、海堂、生きてるか?」
「…………ち、チラリズムの悪魔が……」
「……」
返事がないから心配してみれば、大の字になってゼェゼェと返事をする余裕もなく呼吸を整えていたが悪夢にうなされるように一言だけこぼした。
その意味を俺はきっちりと理解して、顔色を悪くする。
『擬似ダンジョン解除完了、戦闘を終了します。いかがでしたか次郎さん』
風景が元の訓練室に戻りようやく一息が吐ける。
緊張というのは体のあちこちに負担をかけるものだ。
筋肉のあちらこちらが張っているのを感じ少しほぐすように体を動かす。
「最後の追い打ちはきつかったですね」
『それでも、前鬼に勝つのはさすがですね』
「あれは強敵だった」
もうすでに消え去っているが、ついさっきまで俺の目の前には腰蓑一つ片手に金棒を持った原始人と見間違えるような格好の鬼が横たわっていた。
小亜竜にゴブリンライダー、地蟲と連戦を繰り広げて海堂は体力と魔力が底をつき、俺は残りカスのような体力を気力で補填して全長三メートルを超える体躯を持つ鬼に挑んだ。
幸い力は互角な上、技も何もない力任せの攻撃だったので迎撃するのは容易だった。
体力に余裕があれば簡単に倒せる相手であっただろうが、あのエヴィア監督官が考えたレベルだ。
結果的に見ればギリギリの勝利で幕を閉じる。
だが、やつの恐ろしさは恐ろしくタフな体の頑丈さでも、一撃で人間をミンチにするような力強さでもない。
俺と海堂は体験した。
世にも恐ろしいチラリズムを。
見えそうで見えないそんなロマンがそこに詰まっているはずなのに、筋骨隆々のオーガがやってみせると対男専用の決戦兵器に早変わりする。
羞恥心などかなぐり捨てたオーガの格好は、強くなってもいいからと装備をしっかり整えろと声たかだかに叫びたかった。
誰が好き好んで男の象徴を見せられそうになる事に恐怖し、見えない事に安堵しなければならないのか。
ダメージ比率で言えば物理が三、精神ダメージが七と終盤の疲労も加えて悪夢のような戦闘だった。
「……ギリギリの辛勝でしたがね。ところで、あの二人の様子はどうでした?」
身長差がゆえ絶妙な視線配置に位置するあれを思い出しそうになって頭を振ることで追い出し話題転換をはかる。
『今は職業適性のテストをしていますね。戦闘に関しては概ね現実的に受け止めた様子ですね。甘い感覚は残っているでしょうがそれは徐々に取り除けるレベルですよ』
仕事のあとの一服に火をつけながら、この戦闘を見た二人の反応を聞いてみたが思いのほか予想をいい方に裏切ってくれた。
『知床さんが思いのほかこちら側への順応するための下知識があったみたいで、危険性も含めて理解が早かったですよ』
「深層心理の方は?」
『犯罪経歴、危険思想ともに反応なし、少々性格の方が傾いていますが問題ありませんよ』
性格が傾いている?
スエラさんにしては妙な表現を使うが問題がないなら俺としては構わない。
「それは良かった。このあとそっちに向かいます」
『お待ちしておりますね』
この面接もそろそろ終わる。
海堂の能力も大体わかった。
少なくとも海堂がいればダンジョンの攻略に対して個の負担が減るということは。
「悪夢にうなされるのはわかるが、そろそろ立て、それが嫌なら俺に引きずられるのがいいか?」
「……自力で歩くっす」
そうとわかったらいつまでもここに立っているわけにはいかない。
「なら根性入れろ、このあと待望の同僚とのご対面だぞ」
「気合入ったっす!!」
ダラダラと起き上がる動作からシャキンと立ち上がる海堂を見て、どこにそんな体力を隠しているのかと思う。
おまけにスキップしてエレベーターのある方角に進む姿を見れば、もう一段階くらい上のレベルでもクリアできたのではないかと思ってしまう。
「先輩早く行くっすよ!」
「わかってるよ。ったく現金なやつだな」
エレベーターの前で扉を開いて待機している後輩に促されてエレベーターに乗り込む。
そのまま階を指定して上がり始めたのにもかかわらず、そわそわ落ち着きのない姿の海堂の後頭部にチョップを振り下ろす。
「あうち!?」
「落ち着け」
段々とギャグキャラみたいな立ち位置を定着させていく海堂だが、これでも真面目な時は真面目になる。
そんなに心配はしていないが、落ち着く気配を見せなかったがゆえの処置だ。
そして、エレベーターのドアが開いた。
「ぬがーーーーーーーーーーー、決められないでござる!!」
「黙ってやれ!!」
「ござ!?」
「……ござる?」
だが一連のコントのような光景を繰り広げる二人を見て足を止めてしまう。
そしてさっきのスエラさんの言い分を理解した。
確かに傾いた性格だ。
剣道女子で理解不能言語を叫ぶのは見たことがあるが、女性でぬがーと叫ぶ姿など初めて見た。
「うあ、随分と個性的な子っすね」
ひょっこりと脇から覗き込むように知床を眺める海堂に舎弟口調のお前が言うなと言いたい。
ハリセンがあればスパンと綺麗な音がしたであろう平手打ちが知床の頭を捉えていたが、イマイチ状況が把握できない。
「スエラさん、これはいったい」
「実は、職業適性が終わったのですが、適性のある職業と彼女のやりたい職業が噛み合わなかったらしく。適性を取るか趣味を取るかで悩んでいるみたいです」
「へ? 適性? 俺やっていないっすよ」
「お前はやる前に勝手に決めただろう」
職業適性テストは、俺たち第一期生のデータをもとにいくつかの質問に答えて適性職業を探り当てる気休めのようなものだ。
少なくとも、適性が戦士だから戦士になれとは言われない。
しかし
「まだ合否も伝えていないのになぁ」
「先輩、彼女たち落とす気っすか?」
彼女たちはもうそんなこと忘れているのだろう。
ただ目の前にやりたいことが現れて、それに夢中なのだ。
「さてな」
そんな姿を見せられれば
「勝! 拙者どっちを選べばいいでござる!? ゲーマー精神では効率重視、ファンタジー脳は心に従えと!!」
「とりあえず落ち着けぇ!!」
ああやって、ドタバタコンビと一緒に仕事をしたいと思う俺がいるのは確かだろう。
「海堂、これから賑やかになるぞ」
「うっす!!」
「スエラさん、あの二人雇っていいですかね?」
「はい、書類の方用意しておきますね」
ようやく形になりそうなパーティーの姿、そんな未来の姿の雛鳥が今ここにできた。
そんな小さな達成感を胸に二人に歩み寄る。
「おう、お前らファンタジーを見た感想はどうだ?」
片方は興奮を抑えられず、もう片方はその片方の様子に頭を痛めている。
対照的だが、バランスが取れていると感じ取れる。
俺の面接もたった一言で終わったのだ、この二人の面接が
「最高でござる!!」
「常識が崩れました」
この一言で終わってもいいだろう。
田中次郎 二十八歳 独身 彼女無し
職業 ダンジョンテスター(正社員)+リクルーター(スカウト)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
ステータス
力 284 → 力 355
耐久 302 → 耐久 396
俊敏 142 → 俊敏 187
持久力 199(-5) → 持久力 238(-5)
器用 188 → 器用 222
知識 45 → 知識 50
直感 36 → 直感 51
運 5 → 運 5
魔力 157 → 魔力 207
状態
ニコチン中毒
肺汚染
今日の一言
今日の何が一番ダメージを受けたって?
ああ~ラブコメもダメージを受けたが……あれが一番だな……チラリズムだよ。
ようやく初期メンバーのパーティが完成しました。
職業は後々公開していきますが、男性三人女性一人と偏っておりますが、これはおいおい調整していくつもりです。
前衛は二人揃ってるので、あの二人はその辺考慮して職業を選びたいと思います。
ただちらっと頭の中で浮かんでいるのは、職業的にはバランスが取れているのに戦闘スタイルが・・・・・・いえ、これはやぶへびになりそうなのでまた今度ということで。
これからも、勇者が攻略できないダンジョンを作ろう!!をよろしくお願いします。