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164 リスクを無視しリターンしか見なかった結果の末路は

 Another side


 静かだった森がざわめきと恐怖の叫び声で染まる。

 突如として現れた不死者たちに対して下級の精霊たちは我さきにと逃げ出し、数少ない中級の精霊は、あるものは下級の精霊を引き連れて応戦し、またあるものは単独で戦いを挑み、またあるものは不利を悟ってその場から姿を消した。

 それに呼応するかのように、案内役のダークエルフが駆け出し、テスターは困惑し、悪魔が用意した部隊が動き出す。


「こ、これでいいんだよな?」

「ええ、十分ですよ」


 混乱の渦中であるこの森の中に、もし仮に一体でも上級以上の精霊が存在すればまた話は変わってたであろうこの状況で、ローブを着た男が二人、混乱に満ちているダークエルフの森を見下ろしていた。

 ひときわ高い高台から現状を見て満足そうに頷く方は、深くローブを被り顔が見えないが声質から男だと判断できる。

 もう片方はフードをかぶらずあらわにしているからその顔立ちがよく見える。

 まず言えるのは若い、年齢からして二十に達していないか、或いはなった頃合か。

 黒髪の幼い顔立ちの少年から青年になりかけている男は不安そうに今回の出来事に対して確認をとっている。

 この会話だけでどちらの立場が上か明確だ。


「だったら! こいつを外す方法を教えてくれよ!!」


 ただしその関係は健全なものではなく、脅した側と脅された側という、加害者と被害者の関係。

 そして若い男の右手には鈍い灰色の籠手が装備され、その手には存在感が希薄な短剣が一つ握られていた。

 その短剣の見た目は一見どこの武器屋にでもおいていそうな簡素な短剣だ。

 それなりの熟練の鍛冶師が見ればその刀身がかなりの腕の鍛冶師によって鍛えられたものだと見抜くだろう。

 だが、それなりではそこまでだ。

 短剣の本質である存在が希薄という違和感に気づくには一流でなくてはならないのだ。

 武器というのは基本的にいくつもの感情を呼び起こすもの。

 見事な武器に対しては美しさなどによる感嘆を、鋭い刀身には恐怖を、強大な力に憧れを。

 この短剣はどの感情も呼び起こさない。

 いや、呼び起こさせない。

 見るものが見れば、だたそこに存在するだけの短剣という結果が余計に怪しさを醸し出していただろう。

 しかしそれを所持している若者はその短剣に対して恐怖心を持っていた。

 一刻どころか一秒でも早く手放したい、そう切実に目の前の光景を満足げに頷いている男に訴えるように右手を突き出していた。


「あんたに言われたことは全部やった!! 全部やったらこれを外してくれる約束だろうが!!」

「ええ、そうでしたね」


 そんな若者の叫びや事情など道端の石程度の価値しかないように、どうでもよさげに男は視線を目の前の光景からそらさず返事をする。

 その態度に若者の苛立ちが募るも、だからと言って短慮な行動をとることはなかった。

 いや、取れなかった。

 若者は理解していた。

 この男がこの忌々しい魔剣を使っても傷一つ付けられない存在だと。

 命を捨てて一矢報いることもできないほど、若者と男の実力が圧倒的に離れているということを。

 だからこうやって言われたことをこなし、自分が助かるかもしれないという可能性を秘めた約束を果たす。

 そんな形で問題を解決しようとしたのに目の間の男はその約束を果たそうとしない。


「っつ!!」


 その仕草に若者の怒りは頂点を過ぎ去り、溢れかえっている。

 それでも突き出した右手を振り上げることができなかった。

 その姿を雰囲気で感じ取っている男はなんの感情も向けることはなかった。




 男と若者の出会いはもう三ヶ月も前になる。

 若者がMao corporationの求人を受けたのは偶然であった。

 大学にもいけず就職もできず、暇を持て余し、人生に軽く絶望していた。

 そんな折にファンタジーに出会うというのは自分が特別なのではと淡い思いを抱くには十分であった。

 魔法も使え、偶然とはいえ気の合う仲間とも巡り会え。

 若者はテスターの一人として仲間と一緒にダンジョンを攻略していた。

 まさに順調なスタートを切れたと言えた。

 最初は良かった。

 研修で魔法を使う実習は若者にとっては人生を一変させる出来事だった。

 加えて魔力適性六という仲間内でも高い適性を持っていたことが、さらに若者を増長させる。

 そんな中、若者は一人の男の噂を聞いた。

 三十手前の落ちこぼれのおっさんの話を。

 研修では常にボロボロで、ろくな成果も残せない。

 そんな穀潰しのような同僚がいると仲間内から聞いた。

 それを聞いたとき若者の内心はそんな大人になりたくない、自分は違うと完全にその大人のことを見下していた。

 そうその時はまだ、自分は特別だと思っていたのだ。

 だが、研修が終わりいざ実戦となれば、自己評価をまともにできないメッキという名の淡い優越感などなんの役にも立たなかった。

 簡単に倒せたはずのゴブリンに追い掛け回され、倒したとしても大した経験値にならず。

 待っていたのはゲームのように簡単に攻略できる自分の姿ではなく、現実という名の壁に阻まれた哀れな少年が一人そこにいただけであった。

 若者は何度も思った。

 こんなはずではない。

 もっと俺はうまくできるはずだと。

 そう思い仲間と相談しようとしたが、最初は五人いた同年代の仲間がつまらないと言い残し、一人減り、二人減り、そして最後には若者一人になってしまった。

 そう、なってしまった。

 そこで諦めて彼もこの世界から立ち去れればまだ良かった。

 向いていないと割り切り、別の仕事につこうと考えていればまだ別の未来が待っていたかもしれない。

 だが、若者は特別ファンタジーを捨てることができなかった。

 日常と違う非日常から離れることを嫌った若者は苦渋の決断の下、再起を果たすために他のパーティーに身を寄せた。

 最初はどのテスターのパーティーも戦力が増えるということで快く彼を迎え入れた。

 だが、うまくいかないという理想と現実の差、挫折したという経験が浅い彼が人間関係を歪まさせるのはある意味では当然の帰結だと言えた。

 若いというのはプラスの要素になる時もあるが、マイナスの要素になる時もある。

 こっちのほうが絶対にいいと自分の意思を曲げず、周囲の意見など聞かず、我武者羅に突き進む彼の姿は他人から見ればいったいどのように映ったのだろうか。

 彼を迎え入れたパーティーは尽く若者を生意気だと評し、瞬く間に彼との距離を空けた。

 若者はその彼らの態度が理解できなかった。

 なぜだと、なぜ理解してくれないのかと。

 それでも彼は諦めなかった。

 担当の人事にも相談した。

 おかげで他のパーティーを斡旋してもらえた。

 今度こそと気合を入れて挑戦するが、結果は同じ。

 歪んだ思想を正しいと信じた若者をそのパーティーは受け入れてくれなかった。

 そして、その行動の結果を担当者にも注意された。

 若者の行いは間違っているから直せと。

 担当者を味方だと思っていた若者からすればその注意は裏切りでしかなかった。

 担当者からすれば、善意を持って能力のある若者を助けようとしたアドバイスにしか過ぎなかったのだが、彼からすれば否定を意味する言葉は裏切りの言葉にしか聞こえなかった。

 だからこそ、彼は担当者とも距離を取り、信じられるのは自分だけだと思った。

 そんな時、彼はふと思い出した。

 たしか落ちこぼれのおっさんが一人いたなと。

 一人でダンジョンに挑むのは心もとない。

 いや、将来的には一人でも十分だが、今は必要だと思い。

 前衛を志望していたことも思い出して、いないよりはマシだろうと判断し噂のおっさんを探した。

 会社を辞めたという噂は聞いていないから、どうせ一人でせっせと効率の悪い戦い方をしているのだろうと思って探した先にあったのは、若者の予想裏切る光景であった。

 噂のおっさんを見つけることはできた。

 ダンジョンの出口から悠然とその姿を現したのだ。

 それを見つけたとき、若者の口元は嬉しそうに笑った。

 だが、その笑いは長く続かない。

 おっさんのあとに続くようにおっさんよりも少し若い男が続き、その後ろから若者よりも年下だと思われる男女が続き、さらにその後ろには同い年くらいの女性が二人口論しながら続いて出てきた。

 そしておっさんたちを出迎えるように一人のダークエルフの女性が彼に歩み寄った。

 その女性の顔はおっさんたちいや、若者から見ればおっさんが無事帰ってきてくれたことを喜んでいた。

 その表情におっさんへの好意も見て取れた。

 和気あいあい。

 仲のいい光景。

 そんな言葉が若者の脳裏によぎった。

 嘘だと叫びたかった。

 自分がこんなに苦労しているのに、なんでお前は笑っているのだと叫びたかった。

 だが結果的に若者は何もできずにいた。

 感情が暴走し、わけがわからなくなったからだ。

 そして、その感情がわずかでも落ち着いた先に待っていたのは、もうなにも信じられないとその光景から目をそらすように感情に身を任せ全力でその場から走り去ることであった。

 世界が全て敵だと錯覚してしまった。

 そこからの若者の行動は、特別というこの世界にすがりつくしかなかった。

 ただひたすらに一人で行動し、会社に自分の居場所を作ろうと躍起になっていた。

 だが、その行動ですら彼の精神を摩耗させていった。

 没頭するかのようにダンジョンに挑み、アルバイト代で借りた部屋には眠る時と食事するときにしか帰らず。

 まるでネットゲームに没頭している引きこもりのように、只々、ダンジョンに挑む日々を続けていた。

 一進一退、三歩進んで二歩下がる。

 若者の願望通りの攻略などできず、只々うまくいかないフラストレーションがたまり、担当者からの忠告などを無視し、強さのみを追い求めるようになったそんなある日のこと。

 いつも通りダンジョンに挑んでいた若者の前に一人の男が現れた。


「君、なかなか強いね」


 最初は別のテスターが話しかけてきたのだと思った。

 黒いローブに身を包み、その全容は窺うことができず。

 怪しいと若者は思った。

 だけど、若者は言語を話す敵とダンジョン内で会ったことがなかったので警戒はしつつ、目の前の相手がダンジョン内で偶然巡りあった同僚だと判断した。

 若者の戦う姿を見ていて、それを褒め称えたのも若者の警戒心を薄れさせた要因だったのだろう。

 それが若者と男との出会い。

 そして、若者の過ち。

 否定の言葉しか放たれていない環境で、肯定の言葉を投げかけてくれる男の存在は若者にとっての拠り所になった。

 そんな男と懇意になるのは時間の問題であった。

 今のパーティーとあまり仲が良くないと男が言った言葉に親近感を覚えた若者と男がこっそりとダンジョンで待ち合わせ、攻略を進め始めたのは出会ってから数日のこと。

 毎日ではないが週に二、三回の割合で攻略に挑めるのは若者にとって非常にありがたかった。

 加えて若者の行動にぴったりと息を合わせ、若者に花を持たせようとしてくれていた男の行動は彼にとってまさに理想の仲間であった。

 そこからは今までの不調がウソだったかのようにスムーズに攻略ができるようになった。

 今までの苦労はこの日のためだったのかと思った若者は、今までの鬱屈に染まっていた表情を一転させ、嬉々としてダンジョンに挑むようになった。

 結果を示し雰囲気を変え始めた若者に、周囲の反応も好評だった。

 担当者も今までの忠告の嵐が嘘のように収まった。

 全てが好転、まさに黄金期そんな時期が若者に訪れた。

 毎日が楽しい。

 過去のことなど水に流せるくらいに、日々を謳歌していたそんな日だった。

 男が若者にプレゼントをくれた。

 男はダンジョンに挑んだ時に宝箱で見つけた代物であると語り、接近戦が苦手な男は自分には不要だから若者にぜひ使ってほしいと語る。

 そうして差し出された灰色の籠手と一見普通の短剣。

 如何にも浅い階層で手に入りそうな代物で、安そうではあるが丈夫そうな一品に若者は接近戦もできたほうがいいかと思いそれを受け取った。

 そして男からも是非頑張ってほしいと応援され、その日から若者は籠手と短剣を装着するようになった。

 そしていいことは続くと若者は更に喜んだ。

 男が与えてくれた代物は共に魔法の武具マジックグッズだったのだ。

 籠手はその手に持った武器ごと意思一つでその姿を消し、装備したいと思えば姿を現す便利機能付き。

 さらに加えて短剣は気配を消す効果もあり、さらに見た目に反してその切れ味は若者の予想を上回るものであった。

 敵に気づかれず一方的に攻撃ができる。

 それはまさに若者にとって最高の力を得た瞬間であった。

 その力の前にはダンジョンの魔物など敵ではない。

 だから若者は気づかなかった。

 男の悪意に、そして真意に。

 おかしいと思ったのは男と別れた直後だった。

 ダンジョンから出て、いつもの道具屋にドロップ品を売り払おうとしたが、店員が若者に気づかない。

 舌打ち一つで、叫んでみるも一向に反応しない。

 せっかくのいい気分が台無しだと、若者はどんとカウンターを蹴りつけその店をあとにした。

 あの店の店員のことを報告書に書くと誓って、地下施設を歩いていると正面から過去に組んだことのあるテスターパーティーが現れた。

 さっきの店員の態度の鬱憤を、最近の武勇伝を自慢することで追い出したことを後悔させてやろうと思った若者は堂々と正面に立ちふさがり、声をかけるがテスターたちは止まらず若者とぶつかってしまった。

 この態度に若者は怒る。

 だが、その怒鳴り声もテスターたちには聞こえなかった。

 何もない空間を触り疑問符を浮かべ、勝手にこけたテスターをからかうテスターたちの目には若者は映っていない。

 無視するなと、若者は叫ぶがそれも聞こえていない。

 それどころか、おかしいと頭をひねりつつも男たちは歩き去ってしまった。

 その仕草に不自然さはない。

 あからさまに無視するという悪意も感じなかった。

 その行動に若者もおかしいと思った。

 さっきの店員といいテスターといい、おかしいと思った。

 たらりと、嫌な予感と共に冷や汗が流れ。

 若者はよぎった想像を振り払うかのように、誰彼構わず話しかけるも誰も若者を認識しなかった。

 孤独感が若者を襲う。

 誰も若者を見ようとしない。

 誰も若者の声を聞こうとしない。

 その仕草一つ一つに、若者の体温が下がる。

 そうして、若者は走り出した。

 男なら、男ならきっと自分を見てくれると思い待ち合わせもしていないのに、鬼王のダンジョンの特徴的な岩のある広場まで走った。

 そこに男はいた。

 まだいてくれたとほっとした若者は、この男も自分を認識してくれないのではと思い不安に思いつつも、その不安を押さえ込み、ゆっくりと男のもとに歩んでいく。


「やぁ、特別な力を得た感想はどうだい?」


 その不安を取り払ってくれるかのように男はあっさりと若者に気づき、話しかけてくれる。

 だが、その声は普段の穏やかな男の声ではなかった。


「間抜けな、名無しくん」


 全て手のひらの上だったと、男は若者に笑顔で全てを失った若者の呼び名を口にしたのであった。


今回は以上となります

面白いと思って頂ければ感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いします。

これからも本作をよろしくお願いします。

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