163 条件提示は慎重にするのが基本である。
気怠げに、されど目に力を込めて目の前の存在に挨拶をすれば、長大な白蛇の上に座る主は呆れ半分感心半分といった表情で俺を出迎えた。
「本当に人間が突破しちゃうなんて、びっくりだわね。まぁ、完全な力押しだったけど」
頬杖をつき、気怠げな言葉の雰囲気と合わない表情で蛇の上に座る女性は語りかけてくる。
顔立ち的にはどこにでもいそうな妙齢の女性は俺に向かって敵意を向けてきてはいないが、まだ俺のことを見定めているという雰囲気を醸し出している。
そんな女性を真正面から見据える。
特徴のないのが特徴、スーパーに行けば会えそうな女性。
強いて特徴を挙げるというのなら、顔立ちに見えるふっくらとした輪郭から若干ふくよかと言える女性だと言えるだろう。
そんな女性が蛇の上に胡座をかきこちらを見下ろしている。
その格好はまたなんと言えばいいのだろうか。
白と黒のまだら模様の独特な民族衣装といえばいいのだろうか?
肌の露出を顔以外は極限まで抑え、良く言えばゆったりと悪く言えばダボったくしたゆとりのあるシンプルな服。
そしてそんな表面上の見た目に反して、存在感は圧倒的だといえる。
相対しているからこそわかる。
肌にビリビリと感じる圧。
そんな強者の気配から間違いなく俺が会おうとし、俺に試練を与えた時空の精霊ヴァルスであると確信した。
「できない試練を俺に課したのか?」
「ふふ、そんなことあるわけないじゃない。やろうと思えば子供でもできる試練よ? 私の試練は根気があれば誰でもできる簡単な試練。全千三百四十八の工程を正確に成し遂げれば三日ほどであの空間からは出られるわね。ええ、根気さえあればね」
そしてそんな時空の精霊様の放った言葉に皮肉気に質問すれば、俺の放った刺などないようにさらりと受け流し、今まで試練に挑んできた輩が不甲斐ないというようにこの試練は不可能ではないと精霊様は宣う。
そしてカラカラと快活に笑い試練の攻略方法を簡潔に伝えてきた。
精霊ヴァルスが言い放った内容は聞くだけなら確かに時間をかければできる内容、しかし簡単に言った言葉がどれほど難しい条件下で行わなければならないかを俺は気づいている。
「ノーヒントでか?」
この試練はゲームのように前情報が与えられ、少し考えれば攻略できるような代物ではない。
まっさらな白紙に問題文も記載せず、その紙のみを見て解答を導いてみせろという難題。
情報が一切ない状態でその試練をやってのけろというのはどれほどの知恵者であろうと不可能だろう。
正攻法で攻略できるとしたら、一歩進むごとに幸運が舞い降りるような豪運の持ち主か、或いは狂ったように何かを引き起こす凶運の持ち主だろう。
受けた俺が言うのもなんだが、力を貸す気があるのかと聞きたくなるような内容に俺の語気は荒くなる。
「ええ、ノーヒントでスタート位置からわずかでもずれたらその位置を探り当てるところから始めないといけないわね。だけど、それが試練というものじゃない? 超常の力を借りようと言うのならそれ相応の対価が必要、むしろ私の場合は優しい方よ? 精霊の中には一回の試練で命を刈り取る存在もいるのだから」
荒くなった俺の声など気にも止めず。
むしろこの試練で得られる力の対価の正当性を確認するかのように、違う? と問いかけてくる。
そんな精霊様に対して俺は苦笑を漏らすしかなかった。
無理無茶無謀と三拍子揃うような内容に今度はこちらが呆れを含んだ口調になってしまう。
「俺の感覚でそれは無理という言葉が当てはまる事柄だと思うが?」
そんな俺の感情など気に止めず、精霊ヴァルスは上位者の試練とはこうでなければならないと説明する。
「その過程をすべて無視して成し遂げたあなたがいうことかしら。まさかあの空間を切り裂ける者が私の試練に挑むとは思わなかった私が悪いのだけど」
そして加えるように無理無茶無謀の試練を、文字通り切って捨ててみせた俺がそのようなことを言うなと逆に指摘される。
お互い様という言葉が今この場で最も的確な言葉だと思う。
「……」
「……」
「終わったことを話してもしょうがないわね。お茶でも飲む?」
「頂こう」
それを互いに理解しているが故にこれ以上この話に触れるのを避けた。
下手に続ければまず間違いなく泥沼になり契約の話まで持っていけないからだ。
「さて、試練を越えたあなたは私と契約をする権利があるけど、どうする? 私、結構癖があるわよ?」
「あの試練と終わったあとの会話でなんとなくだが、察することができましたよ。甘いですね」
「美味しいでしょ?」
「ええ」
すっと小さな白蛇が運んできた竹のような材質の木のコップに入った黄色い液体。
それをすすめる姿は近所のおばちゃんが子供に飲み物を与えるような仕草のようで少し口元が緩む。
湯気が出ていることから温かい飲み物だというのは理解し、目の前の精霊様が迷うことなく口にしたことから有害ではないだろうと飲んでみたが、渋さや苦さよりもほのかに感じるハチミツのような甘味が印象に残る飲み物に少し驚くも、素直に美味いと思いそのまま飲む。
「それで理解の早そうな君のために早速契約の話に移るけど」
雑談を挟むことなく本題を切り込んできた精霊様に対し、俺は視線で先を促す。
さて、試練を越えたことで俺は契約をする権利までは得られた。
だが、所詮は権利を得られただけ、ここからどこまで力を借りられるかは交渉次第といったところか。
「はっきり言えば私戦いたくないから、その辺踏まえての契約でよろしくね?」
「ぶっちゃけたな。精霊の戦力目的で契約しに来た輩からすれば、試練が終わったあとにそんな話を聞いたら発狂するかもしれないぞ」
「普通ならそうかもね、でも、私は普通の精霊じゃないのよねぇ」
最初の格式張った敬語から砕けた口調に変わって気にした様子も見せず、契約するのはいいが戦うのは嫌だと宣う精霊様の言葉を考える。
俺自身、精霊の戦力を当てにしていなかったと聞かれればNOだと答える程度には期待していた部分はあるが、だからと言って必須かと聞かれれば同じくNOと言える。
俺が今回精霊に求めたのは悠久とまではいかなくても、彼女たちと共に生を歩める時間を求めたのだ。
極論、戦力にならなくても力が減衰しなければ問題ないと判断できる。
「ちなみに聞くが、戦うと強いのか?」
「さぁ? 昔、火の特級と土の特級が喧嘩を売ってきたことがあったけど」
「あったけど?」
「お菓子片手でボコボコにした記憶はあるわ」
「普通に強いんだな」
「その程度にはねぇ。でも、強いからって戦うのが好きってわけじゃないのよ。下手に戦って恨みを買うなんて冗談じゃないわ。そんなことをするくらいなら、老婆心働かせて若い子の恋バナとか聞いてたりしたほうが楽しいわね。あと、美味しい物の話ならなお良し」
戦う力がないから戦いは勘弁してほしいのかと思ったが、見た目はどこにでもいそうなおばちゃんのような姿をしていても特級精霊。
戦闘能力はかなり高いようだ。
そんな精霊様はシンプルに戦いを好まない専守防衛、言わば降りかかる火の粉は払うが火を振りまく行為は嫌うということだろう。
そこで、俺を未だ見定めている精霊ヴァルスの視線の意味がわかった。
「寿命は延ばしてくれるんだよな?」
「そうねぇ、それくらいならいいかしら。あなたが言う人とともに歩める程度にはあなたの老化を止めてあげる。おまけに成長もできるようにしてあげる」
「それができれば十分だ」
「あら、意外と無欲ね。もっと求めてくるかと思ったけど」
「身に余る力はロクでもないことが起きかねないからな。程々が一番だよ。それほど、あんたの力は強力ということだろ?」
「あら、わかっちゃった?」
「言い方が変だった。あとは視線がわざとらしかったといったところか? 挑発しすぎだ」
時空の精霊と名を冠す通り、時間や空間を操る能力を持った精霊、そんな存在が弱いわけがない。
そして、最初からこの飄々としたこの態度。
こちらを煽り、契約をご破産にするという目論見もあるだろうが、その奥には力を制御できるかどうか精神的力量を測ろうとした意図も見え隠れした。
「実際どうなんだ? あんたの力を暴力で振るったら」
「ご想像におまかせするわ。少なくともあなたの想像くらいは超えてみせるわよ?」
「なんとも腹の底が見えない精霊だ」
「伊達に長くは生きていないわよ」
俺が契約を結ぼうとしている相手はまだ完全にその力の全容を見せていない。
もし仮に俺の想像が正しいというのなら、目の前の存在は下手をすれば魔王にも比肩、いやそれ以上の力を所持していることになる。
信義を得ていないこの状況でそんな相手に無理やり力を求めるのは相手にも自分のためにもならない。
いや、おそらくは一方的に俺が殲滅される可能性の方が高い。
相手が率先して与えてくれるのならともかく、相手は力を小出しにしこちらを見定めようとしている。
力を得る機会は自身を磨けばやってくる。
その時を待てばいいだけだ。
ここで無理して求めて本来の目的すら達成できなくなってしまう方が本末転倒である。
「そうかい、なら今はこの状況で満足するさ」
「あら、あなたがいいのなら私はいいけど、本当にいいの?」
「おちょくりやがって……なら、なんでも物を収納できて取り出しが自由で中身は劣化しない。そんな空間をもらえるか?」
そんな結論にまで至り、おとなしく身を引いたというのにこの精霊はそんな俺の態度を可愛らしいものを見るようにからかってくる。
おそらくだが、俺の態度が今回の対応として合格ラインに達したのだろう。
なので、おまけとして少しだけ力を余分に貸してやろうという気になったのだろう。
その反応を受けてこういった機会を無駄にしないほうがいいと考え、思いついたのはダンジョン攻略の際に不便だと思っていた素材の運搬方法であったり、回復アイテムの持ち運び方法であった。
魔法の鞄は高価で万が一壊れたら中身が周囲一帯にぶちまけられる代物と聞き、修理も不可能という話で買うのを見送っていたが、今回は渡りに船ということで物は試しと話を振ってみる。
「あとは、暇なときでいいからさっきの訓練空間を使わせてくれ」
「あら、そういう方向のお願いだったらいいわよ。それにしても私から申し出ておいてなんだけど、あなた変わっているわね。こんな契約を了承する契約者なんて初めてよ」
「互いの利が一致したんだ。それだけの話で、俺が変わってるわけじゃねぇよ」
ついでに求めたものまでOKサインが出るとは思わなかったが、向こうがいいというならこちらはとやかく言わない。
条件として現状こちらが求めたのは利便性、それこそ直接的な戦闘能力の向上には繋がらないが間接的には役に立つ。
おまけに将来的に契約を更新できて内容を改善できる可能性を秘めることができた。
俺としては人間の枠を外れるために力を借りたような感覚ではあるが結果としては上々だと思う。
そして、それを理解した精霊ヴァルスは契約内容に不満はないと頷く。
「それじゃ、さっそく契約と行きたいところだけど」
「……このタイミングで招かれざる客かねぇ?」
空を見上げ契約に邪魔な存在がいると言わんばかりに口をへの字に曲げる姿は、なにか問題が降り注いでくるのではと言わんばかりの雰囲気を出している。
そんな精霊様に対して問いかけると、肯定するかのように空を指差す。
「って、人間の俺に見えるわけ無いでしょうや」
「空間を切り裂けるのなら、この向こうにある存在くらい見えるでしょう?」
「立てたばっかりの子鹿に全力疾走しろって言っているようなものだぞそれ。ハードル上げすぎだっての」
だが、その指差した先に何かがあるかなんて俺にはわからなかった。
白い空が広がるその空間は何も映し出していないが、その先に何かいると言うのなら何かがいるのだろう。
鉱樹に手をかけ、その指先の方向をじっくりと凝視すると白い世界の中に米粒くらいの黒い点が見え始めた。
「はぁ、最近の子は空間を解くのではなく、空間を壊すのが流行っているのかしら。同じ日に私の空間を二度も突破されるとは思っていなかったわ。おまけに」
点は次第に大きくなり、黒い渦のような者を生み出す。
空間を壊すのでも切り裂くのでもない。
犯し侵食するようにだんだんと黒い渦を広げその空間からグシャリと何か黒い布の塊を生み出した。
次から次へと落ちてくるその姿。
「私の空間にこんなものを落としていくなんて」
「……不死者か!?」
その気配には覚えがある。
黒く、禍々しく、生者であれば誰もが嫌悪感を抱くような重々しい雰囲気。
目の前の存在が呼吸するたびに生きとし生けるもの全てが腐り落ちる。
フシオ教官が普段は押さえ込んでいる死者特有の死を感じさせる雰囲気に、その黒い布の正体を叫ぶ。
「これ、あなたのお客さんかしら?」
「不死者に知り合いはいるが、こんな敵意丸見えの奴らに知り合いはいねぇよ!」
「そうなの? どっちでもいいけど、私、ああいった時間に縛られない子たちって苦手なのよねぇ。だからあなたがなんとかしなさい。なんとかしてくれたら契約してあげるから」
不死者とは死を超えたもの。
時間という概念の鎖から解き放たれたものだ。
自然と時空を司るヴァルスにとって相性の悪い存在になってしまう。
嫌悪感丸出しにし、対処を丸投げしてくる精霊様に文句を言ってやりたいが、口喧嘩をしている暇はなさそうだ。
赤く禍々しく輝く瞳はまず間違いなく、俺の方を見る。
当初の予定通り敵は釣れたが、だからと言って好都合というわけではない。
タイミングの悪い登場に辟易しつつ、対処するために一歩前に進み乗り出すのであった。
今日の一言
横槍ほど腹立たしく、面倒だと感じるものはない。
今回はこれで以上となります。
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感想で指摘され、少し精霊との契約内容がおかしいと思い修正を加えました。
これからも本作をどうかよろしく願いします。




