157 責任という言葉は、社会という言葉の背中にいつも載っている
スエラに仕事を手伝うと言った手前、精霊契約によるテスター強化案を、スエラ、俺、それにケイリィさんを加えた三人で企画書にした。
監督官は魔剣使いの捜索という大任を任され、もともと多い仕事量に加えてその仕事がさらに増えた分、スケジュールがより過密になっている。
そんな中でも疲労の色など欠片も見せることもなく陣頭指揮をとっている監督官のスケジュールに鑑みて、ムイルさんが来てから一週間という時間が経過したが、その時間分の納得がいく内容の企画書に仕上がった。
誤字脱字はもちろんない。
書式もしっかりと組んで、今回の重要な案が通れば見込める効果の内容の資料付きで作り上げられた。
テスターとしての仕事よりも、前の会社でいかに上司を納得させて企画を通すかという経験が役に立った瞬間であった。
その最後の締めとして、待ちに待たせたムイルさんを引き連れ、監督官と話をしようと向かったは良かったが……
その企画を通すために爆弾処理班の気持ちが分かってしまった。
ムイルさんと監督官との面会は正しく爆弾の処理作業をするようなものだった。
意気揚々とノリと勢いで話を進めようとするムイルさんと、疲れは見せないがさすがに事件の解決の目処が一向に立たずイライラを募らせストレス過多になっている監督官。
正しく水と油、いや、火に油と言ったほうが正確か?
目が殺気立ち雰囲気も危ういが、そこは魔王軍の幹部。
表情や態度は平常そのもの、多分普通の人なら目の色にも気づかないだろう。
それほど監督官はいつもどおり振舞っていた。
普通に話せるし仕事も真面目にこなしている。
だが、そんな監督官の瞳から察せられる雰囲気を感じ取った俺とスエラは、何か不備があればきつい言葉が飛んでくるのではと緊張を解くことができなかった。
冷や汗が一筋垂れる空間で奥底の感情を感じさせず黙々と書類を読み進める監督官と、その内容に合わせて気づいているはずなのに瞳の奥の殺気なんてそよ風と一緒だと言わんばかりに自信満々にプレゼンするムイルさん。
二人の姿はむしろ見習うべきなのではと思うほど仕事人として自信満々であった。
監督官的には、内容はいいがなぜこのタイミングでもってきたのだと、時期と空気を読んでいないムイルさんを睨みつけていたが、偉いだろうと胸を張るムイルさんにはあまり効果がなかったやり取りには、普段なら苦笑の一つはこぼせただろう。
だが、そんな空気の緩みすらこの場では許されない。
結果、俺とスエラは精神をすり減らしながらも話を進めることに成功し、今回の企画は無事通すことに成功した。
ただし、しっかりと次回はタイミングも考えろと監督官から釘を刺されたのは言うまでもなかった。
そんなこんなで、精神的に疲れながらも今回の企画を無事通すことに成功した。
だが企画が通ったからといってすぐに動けるわけではなく、トラブルを起こさないためにさらに企画を細かく詰める必要があった。
なので、段取りのためにさらに一ヶ月の時間が過ぎた。
その間もダンジョンは閉鎖されたが、魔王軍の奮闘も虚しく見事に空振りを続けている。
おまけに相手の方が一枚上手だと言わんばかりに社内にも魔剣騒動の犯人は見受けられず、捜査は難航している。
そんな中でいつまでも会社の主目的であるダンジョンを閉鎖し続けるわけにもいかず、安全が確保されたと仮定しピリピリとした雰囲気を残したまま、いよいよダンジョン閉鎖も解除するかという判断がなされる会議が上層部で開かれているタイミングで、テスター強化案は実行された。
「うっひょー!! ここが異世界でござるか!? 拙者、夢にまで見た異世界に来たでござる!!」
「うるさい、少しは静かにしろ」
警戒に警戒を重ね、特殊な転移陣でダークエルフの里に直接乗り込み、丘から見下ろせるその壮大な森林の中に形成されたツリーハウスの数々に、興奮を隠せないと言わんばかりに雄叫びを上げるのが一人。
修学旅行とかの家族以外の人間関係で旅行に行くと、南のように異常にテンションの高い人間が必ず一人はいるだろう。
そしてそれを抑える役割の人物もいて大抵セットで扱われる。
どこかの著名人のごとく、一、二、三、ダァー!の掛け声で興奮を表現する南。
その姿を見て普段の引きこもり体質はいったいどこに消えたんだろうかと思う。
「まったく、子供かって言いたいわよ」
それを少し離れた位置で見ていた北宮はため息を抑えられないと言わんばかりに呆れた表情を見せる。
「ふふふふ、その分俺は大人っす、普段からダンジョンに入っているっすから、こんな光景でも驚かないっすよぉ」
「子供みたいに目を輝かせてたら、その言葉も説得力がないわよ。アミーを見習いなさいよ。まったく、年下の方が冷静ってどうなのよ」
そんな北宮に同調するように海堂は声をかけるも遠足気分の子供のような表情は隠せず、しっかりと北宮に指摘され、大人二人よりもしっかりしている高校生二人を見習えという始末だ。
「私の場合は、一回異世界に行ったことがあるからダヨ。多分初めてでこんな風に来れたらもっとはしゃいでいたかもネ」
「そうやって理性を利かせられるだけマシよ、そこの自称大人はその感情を隠しきれてないみたいだから」
「う、北宮ちゃん厳しいっすねぇ」
企画の名目としては自由参加の研修となっているが、ノリとしては修学旅行に近いかもしれない。
告知してから一週間で大半のテスター、それこそどうしても外せない用事を抱えているテスター以外は全員参加の今回の企画。
精霊と契約できるという話だけではなく、異世界に行けるというだけで彼らの期待値は高まったと言えるだろう。
仲のいいグループ、この場合はいつも行動を共にしているパーティーメンバーということになるだろう。
だからこうやって、ストーンサークルが設置されている広場を中心にガヤガヤと騒がしくなってしまっている。
『あー、マイクテス、マイクテスっとこの拡声魔法慣れねぇなぁ。まぁいい、全員点呼取るぞ。各班、転移失敗していないか人員の確認をしろ。班長は確認したら俺のところに報告しに来い。あと、物珍しさで森に入るなよ。普段のダンジョンと違ってここは死んだら蘇るなんて便利な機能はない。猪なんて目じゃない生物がいるかもしれないからな。森の中は危険と隣り合わせだ。おとなしくしてろよ』
周囲をムイルさんが用意してくれたダークエルフの男衆が見張っていくれているとは言え、迷子になられたら些か以上に面倒だ。
少しでも早くまとめる必要があるなと判断した俺は、ケイリィさんに教えてもらった負荷なく声を大きくできる魔法を使い人員の確認に移る。
しっかりと締める部分は締めないとグダグダになるからな。
「大変ねぇ、引率役は」
「他人事のように言いますけど、ケイリィさんも引率役ですよ」
「私はその引率役のまとめ役、言わば今回の研修のトップ、人員のまとめ役は中間管理職の次郎君におまかせよ」
俺の掛け声にもざわめきは収まらないが、各班で集まり人員の確認は行われて班長の報告が順に集まる。
名簿を確認しながら人員を確認し、最後の班が報告に来たタイミングで気楽そうにケイリィさんが俺に話しかけてきた。
そして今回のまとめ役でこの研修の責任者は俺ではなく、ケイリィさんだ。
テスター課のトップであるスエラは身重のため来られず、その生活サポートをするためヒミクもこの場にはいない。
テスターがいないならメモリアは来られるのではと思ったが、逆にテスターがいないこの機会を狙って商店街の改装を行なうということで彼女も来られなくなった。
なので今回の引率役で来たのはダークエルフの里ということで同種族であり、スエラの同僚であるケイリィさんが選ばれた。
「あら、私がいることをお忘れでなくて?」
そしてさすがに二人だけで引率するのは無理があるということで他部署から応援に来た竜人が一人いる。
「はぁ、人手不足だからってなんでよりにもよってあんたなのよ」
「私もテスターと関わりのある魔王軍の一員、当然の配置ですわ!」
それが、火澄たちのパーティーの担当をしていた竜人のカイラ・ノスタルフェルだった。
自慢の縦巻きロールの髪を揺らしながら、一昔前の高飛車なお嬢様が上げるような笑い声に辟易するケイリィさんを見つつ、俺は苦笑を浮かべるしかない。
会社の人員は魔剣捜索で修羅場状態、そんな状況で能力の高い人員を割いてくれるのは助かるが、多少人選ミスのような気がする。
「とりあえず人員点呼は完了しました。宿泊施設に移動しましょう」
監督官とムイルさんというわけではないが、スエラをライバル視しているノスタルフェルとスエラの親友であるケイリィさんの関係はどちらかといえば悪い部類に入る。
なので少し不穏な空気を感じ仕事の話題を振る。
「そうね、今日は移動するだけだし手早く済ませようか。早いところ寝床に行きたいしね」
「そうですわね。当然、私にふさわしい場所は用意されているのでしょうね?」
「なわけないでしょう。向こうから提案してきたことでもこっちは厄介になる身なのよ。向こうみたいなビジネスホテルがあるわけでもないし、エヴィア様ならともかく私たちがそんな待遇なわけないでしょう。普通の個室よ個室、むしろ個室を用意してくれただけマシと思いなさい」
「なんですって!? ここにも族長の館があるでしょう! そこの客室ぐらい用意できませんでしたの!?」
「竜人ってのはわがままな種族なのかしら? 嫌なら野宿でもしたら?」
こっちの世界では高層型のホテルや大人数を収容できる旅館といった施設が日本みたいに点在しているわけではなく、あるのは五、六人から泊まれる民宿のような宿屋が何軒かあるだけ。
そんな中で二十人以上の人員を宿泊させる段取りをするのはなかなか大変だった。
正直、二人だけでも個室を確保できたのはムイルさんからの善意といっていい。
この里の族長の家も種族柄木の上に存在し、ほかの家に比べれば大きいがそれでも他の家に比べればといった程度でしかない。
「二人共そこらへんで抑えてくれません? 時間も無限にあるってわけじゃありませんし、テスターをまとめる二人がそんなんじゃ成果も出ませんよ? もし仮に成果なしで帰ったら監督官に何か言われるのは俺たちですよ?」
俺も精霊と契約をしないといけないので、ずっと監督をし続けられるわけではない。
なので今回の研修は一週間というそれなりに長い期間をこの二人で監督することとなる。
テスターの精霊との契約状況を現地の住人と連携しながらその場にあったアドバイスを出し、テスターたち全員に下級でもいいので契約をなさなければならない。
もし仮に誰も契約できなかったとなればこの一週間は会社の経費を使い無駄な時間を過ごしたということになる。
なのでそこら辺の事情を知っている身としてはこの会話を聞いていれば多少どころか、普通なら不安になるのだが。
「はぁ、そうね。ここで文句を言っても仕方ないわね。ほらあんたは次郎君と一緒にテスターたちを馬車に乗せてきなさい。私は族長に挨拶してくるから」
「ふん、わかっていますわよ。タナカさん行きますわよ」
「わかりました」
監督官の名前を出してビクリと反応した二人は矛を収め仕事モードに切り替える。
この二人の相性も悪いが、仕事はしっかりとこなしてくれる分まだ安心して見ていられる。
一通り文句を言ったあとは、互いにやるべきことをやるべく行動に移る。
さっきの言い合いもどちらかといえば喧嘩というよりじゃれあいに近いだろうなと思う。
互いに気に食わない部分はあれど、互いの実力は信用しているといったところか。
「何をしていますの、早く来なさい」
「了解です」
「まったく、テスターの筆頭のあなたが模範としてしっかり行動しないといけないんですのよ。そこらへんしっかりと自覚してくださいまし」
「……」
「なにか?」
「いや、意外と評価されているんだなぁと」
「事実をねじ曲げるつもりはありませんわ。実力のある存在はしっかりと認めます。あなたは私のことをどう思っていましたの?」
最初はあまり話をしたことのないこの竜人と一緒に仕事をするのは不安があったが、この企画を進めるにあたって一緒に行動をするようになって意外と話せる人だというのを知ったのはここ最近だ。
火澄パーティーの戦力を低下させ、自身のパーティーを強化した俺を敵視しているかと思えば、分別はつく方だったらしく、それはそれこれはこれという判断基準で最初に対応してくれたときは正直、意外だと思った。
そんな彼女から、思いのほか好意的な評価を受けていて少々照れくさくなる。
「あんなことがあったので、あんまり好かれていないかなと」
「それであなたの評価を歪めると? そんなことはしませんわ。確かに過去にあなたがたと不幸なことはありましたが、それはすでに終わったこと。すべてを水に流すつもりはありませんが、消えた火をもう一度灯すほど私は愚かではありませんわ」
過去にケイリィさんはこの人を仕事はできると評価していたが、確かに口調こそ挑発的ではあるが判断基準はしっかりしている。
この性格ゆえに敵こそ多いだろうが、仕事をするにあたっては確かにやりやすい。
そんな彼女の評価を落とさぬよう、こちらも真面目に仕事をするとしよう。
ちらりと、丘の下に広がる集落に目を向ける。
そこはダークエルフの集落、会社と違い人間に好意的な存在ばかりではない場所。
そこに何が待ち受けるかは、未来を知る術を持たない俺にはわからない。
だがまぁ。
「何をしていますの、早く行きますわよ」
「了解です」
給料分の仕事はこなさないといけないとは思うが、もう一つの仕事のせいで気が重いと言わざるを得ないな。
今日の一言
任された仕事をこなせば信頼を、こなせなければその分の評価は推して知るべし。
今回はこれで以上となります。
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これからもどうか本作をよろしくお願いします。




