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156 時間の有効活用も社会人としての技量だ

「どうしてここに? というか、いま封鎖されているんじゃ?」


 どうやってここに来たのかという疑問は当然の如くであり、ここに来られるはずのない存在に疑問符を浮かべる。

 現在は魔剣騒動でダンジョンを含め、本国との転移陣も封鎖されているはず。

 なのでこの御仁がここにいるはずがないのだが……


「そ・れ・は!」

「私が連れてきました……」

「スエラ……大丈夫か?」

「ええ、なんとか」


 堂々と何かを宣言しようとしたムイルさんの背後から言葉を遮るようにスエラが現れた。

 だが、その表情はどことなく疲れており、じじいに見えないじいさんであるムイルさんが何かをしでかしたのは一目瞭然ということだ。


「何かあったのか?」

「ええ、まぁ、何かあったといえばありました。ええ、おじいさまが向こう側で騒ぎを起こしまして……危うく憲兵に捕まる一歩手前までいったというところでしょうか?」

「大丈夫じゃないよな、それ? 何やっているんですかムイルさん」

「い、いやぁ、ワシは悪くないしの? ワシは婿殿に吉報を持ってきただけじゃし?」


 案の定トラブルを引き起こしたことをスエラから告白されたムイルさんは言い訳がましくここに来た目的を話し、視線をあさっての方向に向ける。

 予想としては、その吉報とやらを勇み足で伝えようとしたが転移陣は閉鎖中で通れず、引き返しまたの機会として再度来ればいいだけなのだが、いてもたってもいられず子供のように駄々をこねたといったところか……


「何やっているんですか……」

「なんだその視線は! ワシがなにか悪事を働いたような視線は!」

「身重の孫娘に世話かけたでしょうに……」

「む、むう、それを言われると……婿殿もいじわるだな」

「苦労かける相手は選んでくださいってことですよ」


頭痛の種というわけではないがこうやって突拍子のないことをしでかすのは、最初の印象を裏切らずこの人らしいと思ってしまう。

 苦笑一つ、少し拗ねているムイルさんに向けてこぼし、用件を聞く。


「それで、そんな無理をしてまでここに来た用事があるんですよね?」


 無いと困るというか、スエラがキレそうだが……


「そうだ! 婿殿! 君が将軍位を決める競技大会に出ると聞いたが真か!?」

「え、ええ、本当ですけど、どこからそれを?」

「ふふふ、わしもそれなりの情報網をもっておるからな。これぐらいわけない」

「その割には封鎖されている情報は知っていなかったですけどね」

「細かいぞスエラ! 済んだことをイチイチ掘り返すな! 婿殿に細かい女だと思われるぞ!」

「私にとっては書類を作らないといけないので終わっていないんです。あとでしっかりお母さまには伝えますからね」

「そ、それは卑怯ではないか? スミラスタに言うのはちょっと」

「晩酌、何ヶ月で済めばいいですかね?」

「……ふ、そんな話をしに来たのではない!」

「ごまかしましたね」

「ごまかしてないわ!」


 親類だけあって、なかなか小気味の良いコントを見せてくれる。

 最後の方はムイルさんが終始押されているようで、締めの方には全力で話を逸らそうとしていた。

 異世界でも家庭環境での男の地位は低いようだな。

 あいにくとスエラの追撃の手からは逃げられなかったようだが。

 将来俺もああなるのか? と思いつつ話を促す。


「おほん! 婿殿が競技大会に出るということは言わば我が部族の中から将軍位を拝命するかもしれない絶好の機会。それほどの機会を掴んでくる婿殿に対して頭の固い長老会もようやく頭を縦に振りおってな。少しでも力を身につけて大会に役立ててほしいと思い、この度精霊の儀を受けさせる許可を取り付けてきたぞ!」

「……ムイルさんが来たことでなんとなく話の内容の予想はついていましたが、よく話をつけてきましたね。話が二転三転して人間に契約は無理やらやるだけ無駄だとか、そもそも伝統がとかで人間の俺にはやらせないという話でまとまっていたと思っていたんですが」


 ダークエルフと別種族の結婚は少ないが、なくはない話だというのはいまさらな話だ。

 だが、ダークエルフの相手の種族が人間となるとまた希少になり、話がややこしくなる。

 魔王軍の本国にも人間はいる。

 それは奴隷階級の子孫であったり、元々大陸に住んでいた人間の子孫であったりと様々な血筋が存在する。

 しかし、総じて言えるのは魔王軍の大陸では人間の地位は低い。

 有り体に言えば迫害の対象といっていい。

 なにせ戦争をしている相手が人間なのだから、自国の民とは言え同種族の人間を敵視する輩がいて人間を迫害してもおかしくはない。

 そして、それが当たり前になるのも流れだろう。

 もちろん全ての人間が迫害を受けているわけではないだろう。

 しっかりとした地位を確立した人間もきっといることだろう。

 だが、それは少数で大多数はそこにはたどり着けないだろう。

 カーターの言う、この会社が人間に対してかなりいい環境が組まれているというのはそこら辺のことを言っていたのだろう。

 この会社で、少なくとも社員側からテスターへの偏見は少ない。

 だが、環境が変われば見方も変わる。

 事実、ちょっとした用事で大陸に渡っただけで俺はその洗礼を浴びたわけだからな。

 ここでみんな仲良くしましょうなんて、今時の小学生でも口にしない綺麗ごとなどは言わない。

 言う資格もなければ、言うつもりもさらさらない。

 所詮他人事。

 こっちの世界で言うなら、最も遠くの話で言うなら難民を、近場で言うならホームレスを救うようなものだ。

 そんなものに見向きもしなかった俺が、今更心を入れ替えて、慈愛の心を以ってそれを救うなど筋違いも甚だしい。

 言うなら、そんな地位の人間がダークエルフの神聖な儀式である精霊の儀への挑戦を、種族として拒否するのはありえない話ではなかった。

 力のない人間が逆立ちしても成し遂げることのできない儀式。

 そんな認識であるダークエルフという種族の中での常識が、いや歴史が壁とした立ちはだかった結果だろう。

 スエラと結婚するにあたって、人間である俺に好意的な存在であるスエラの両親と祖父であるムイルさんがその話を進めようとしたが、その話に対して周囲は待ったをかけたのだ。

 顔も名前も知らないどこの馬の骨かもしれない人間に結婚すら難色を示すのに、さらに神聖なる儀式を受けさせるなんて図々しい。

 好き勝手にやらせてたまるかってな。

 俺に対しての印象はあんまり良くないと思える今までの態度であったが。

 それなのに、いざ俺が魔王軍の幹部になれるかもしれないって話が出た途端にこうやって手のひらを返すあたり、ダークエルフも現金だなと思う。


「なぁに、最初はこの話をしても頑として拒んでいたが、長老たちをへべれけに酔わせて書類を作らせたのよ。なにせあいつらは頭が固いからの。書類さえ作ってしまえばこちらのもの。婿殿の競技大会出場など下っ端を納得させるだけの方便にすぎないわ」


 そう思っていたが、勘違いかもしれない。

 このじじいに見えないじいさんとんでもない食わせものかもしれない。

 本当ならそんな方法で作った書類など無効だといえる話を道理を引っ込ませて無理で押し通しやがった。


「おまけにだ。婿殿だけ連れていっても依怙贔屓えこひいきとかで婿殿の体面が悪くなるからの。婿殿の同僚の……テスター? だったかの? そいつら全員にも精霊との契約をする機会を設けたぞ。これで気兼ねなく来られるだろ!」


 きちんと俺の立場も考えて行動してくれたことに、スエラの仕事ぶりの遺伝はここから来るのだなと思わせるには十分であった。

 ただし。


「なら、もう少し穏便な方法で来てください。それと、テスターを管轄する私にその話は初耳なのですが?」

「サプライズというやつじゃ!」

「仕事にサプライズは要りません!」

「全くだ」


 この遊び心はもう少し控えめでもいいと俺は思う。

 仕事のサプライズほど許し難いものはない。


「はぁ、おじいさまの努力を無駄にするわけにもいきませんし、仕方ありませんね。エヴィア様にこの話をして、転移陣の使用許可をもらわなければ」

「大丈夫なのか? 今はかなり大事な時期だよな?」

「ええ、そうですが、テスターたちのテコ入れにも底上げにもなりますからね。この話を逃す理由はありません。今の捜索が一段落する必要があるのですぐにというのは無理ですが、計画を立てる価値はあります」


 なのでスエラが孫娘としてではなく、テスター課の課長であるスエラとしての態度を取るのも無理はないだろう。

 私人としてさっきの話を受け取っていたら、俺なら怒りに任せて怒鳴り散らしているところだ。

 利益の損得勘定ができるからこそ、仕事が増えてもこの話を飲み込むことができるのだ。


「それならそうと、素直に喜べばいいのにの。だから婿殿が現れるまで浮いた話が出なかったのじゃ」

「お母様に話す内容が増えたのは、私の気のせいですかね?」

「何も言っておらん。わしは何も言っておらんぞ!」


 しかし、ムイルさんの立場から言えばスエラの態度はいい話を持ってきたのに素っ気ないという風に写るのだろう。

 だからこうやって不満の表情をチラチラと見せたがるのだろう。

 どっちの心情も察せるから、俺はこの会話に対しては苦笑しか浮かべられない。


「はぁ、集団研修という形を取ればなんとかなるでしょうか?」

「表向きの理由としては妥当だが……ケイリィさんと相談したほうがいいんじゃないか?」

「そうですね、私一人で考えるには案件が大きすぎます。正直、魔剣捜索が空振りに終わっている状況でエヴィア様にこの話を持っていくのは気が重いです」

「そこまで機嫌が悪いのか?」

「はい、そのように聞きますね。聞くところによると嫌な魔力が垂れ流しの状態だとか」

「それはまた」


 それでもしっかりと仕事をこなし、理不尽な理由では当り散らさないのはさすがだと言わざるを得ない。

 しかしタイミングが悪いなと、口にはしないが内心で思う。

 通常時なら、監督官もこの話に対して旨みがあると思い普通にゴーサインを出すだろうが、先程も思ったとおり今はタイミングが悪い。

 仕事のうまくいっていない状況、魔剣捜索がうまくいっていない状況の監督官に話しかけるのは俺も正直気が進まない。

 下っ端の苦労の中では、機嫌の悪い上司に話しかけるのは三本の指に入るほど嫌なことではないだろうか。


「なんじゃ、そんなに話を聞かないものがおるのか。それなら、そうと言えばいいじゃろうに。よし、ここは一つ可愛い孫娘のためにワシが一肌脱ごうではないか!」「「え?」」


 そんな話などは他所に、元気にこの話を進めようとする存在がここにいた。

 監督官という存在を知っているのか知らないのか、ウンウンと自分の言っていることは正しいと疑っていないムイルさんにスエラは待ったをかける。


「いえ、これは私の仕事なのでおじいさまにそこまで手間を割いていただくのは」

「なに、可愛い孫娘が苦労しているのだ。それぐらい苦労だとは思わんて、それに、この話はワシが持ってきた話。ワシが話を通すのが筋というものだ」


 連絡アポイントだけは頼むぞと快活に笑うムイルさんの言葉は確かに筋が通っているのかもしれない。

 近い話で言えば、出資や寄付金に近い申し出だろうか。

 下手に身内のスエラが話を間接的に持っていくよりも、話を持ってきた本人が直接持って言ったほうがスムーズに話は進むかもしれない。


「そうと決まれば善は急げ、エヴィア殿に面会を申し込まなければ!」


 そんなことを考えているかどうかは知らないが、少々向こう見ずな面はあるもののこの行動力は見習える部分が多いと思う。


「こうなったおじいさまは止められませんね」


 そんな姿を俺よりも長く見てきたスエラは諦めに似た笑みを浮かべ、このあとの展開を想像しているのだろう、少し開き直っているように見えた。


「俺も時間はあるし手伝うぞ?」

「助かります。おそらくですが、このあとは猫の手も借りたい展開になるでしょうから」

「久しぶりに書類仕事がメインになるわけだな」


 いつ以来かなと思いつつ。

 気合を入れているムイルさんを導きながら歩くスエラのあとに続くわけであった。

 蛇足になるが、この時魔王に挑む勇者の気持ちって、機嫌の悪い上司に報告するときの気持ちに似ているかもなと思ったのはきっと気の迷いだったのだろう。



 今日の一言

 暇を持て余した時こそ、やれることを探し、舞い込んできたらそれに乗るのも一考だろう。


今回はこれで以上となります。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いします。

これからも本作をどうかよろしくお願いします。

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