155 仕事を振り返り確認する作業は大変であるが必要でもある
合同訓練が終わり、誰もが寝静まる時間。
「……多すぎだわ」
ようやく目を通し終わった内容に対してつい愚痴がこぼれてしまった。
パソコンと睨めっこをしていた俺は疲れた目を癒すように目をほぐしながら、ついさっきまで自分が読んでいた資料の内容を整理する。
「さすがは弱肉強食の魔王軍というべきかな? 将軍の地位を狙うってだけでゴロゴロいるわ」
気になるからという曖昧な根拠から来る調査であった。
こう、なんと言えばいいのだろうか、喉の奥に刺さった小骨が取れないといった感覚。
なにか仕事をし忘れてそれを思い出せない時の感覚。
咄嗟に口に出そうとして口に出ない言葉を思い出そうとしている時のような感覚。
あともう少しでその違和感にたどり着きそうなのにたどり着けないもどかしさを今の俺はカーターと戦ってから今まで感じていた。
そんな感覚に背を押され、最初に行なったのは忠告に従う形での定番の資料集めだった。
カーターとの戦いは俺に十分な刺激を与えてくれ、充実した訓練だったとも言える。
体的には疲れも感じ、今日はゆっくりと休みたいという気持ちもあった。
そんな訓練が終わったというのに俺はこうやってパソコンと向きあって調達した資料を見ていた。
「オーガにダークエルフ、リザードマン、蟲人、獣人、鬼……魔王軍に所属している種族の見本市かって」
スエラたちにも先に寝てもらい。
必要だと思って目を通した結果は、俺が挑もうとしている大会は俺が想像している以上に危険で、重要な行事であることが分かったということだった。
パソコンに表示されているのは今回の将軍を決めるトーナメントの参加者一覧だ。
中身を見て、競技大会に出場するにあたって、参加することに意義があるという平和ボケしたスポーツマンシップに法っての行動で、なんの資料も集めなかった自分が恨めしいと思えるほどのラインナップにため息を禁じえない。
資料にはズラッと名前やら出身やらちょっとした情報が書かれているがその情報量は積み重なり膨大な量と化している。
ライバルであるはずのカーター・イスペリオに言われた、もう少し周囲に気を配ったほうがいいという忠告からくる調査であったが、忠告通り俺は認識が甘かったと言わざるを得ない結果が晒された。
他の参加者は最初に手にするだろう資料を遅れてスエラに用意してもらい、一通り目を通しこの競技大会には各々の思惑が絡まり合い、かなり選抜して人員を用意したというのが見て取れる。
ざっと流し読んだだけでも一癖も二癖もありそうな面々だ。
と言っても参加者全員が閲覧できる情報であり、そのせいで情報自体が少ないので俺の主観が入った大雑把な感想でしかないわけだが、逆に言えばその情報だけでもこんな感想が抱けるほどの面々が揃っているとも言える。
簡易履歴書と言えるような書式で書かれた情報を今一度確認する。
「ふぅ、さてと」
深呼吸一つ、気休め程度に疲れを抜き。
簡易履歴書の中でスエラが要注意だと言った面々を再度表示する。
彼女がわざわざランキング付けまでして作ってくれたおかげで見やすくなっている。
上から順に注意すべき相手の履歴書が並べられている。
総合的に強さ、知識、地位に加えて噂という情報を確認し、スエラの手元にある情報も加えてランク付けしたものだ。
情報の確度はそれなりにあると言っていい代物だ。
別の言い方をすれば優勝候補の予想表とも言える。
「首都で近衛の副団長をしている鬼、キザン・クヨウ。性格は真面目で武人と呼べるような存在と」
その中で一番上にいるのは社長の護衛とも言える近衛騎士団の副団長だ。
名実ともに下馬評での最有力候補。
武人と聞けば戦うこと一辺倒に聞こえるが、その実力は戦うことももちろん、文武両道を地で行く内政の手腕もある。
すぐに将軍の地位を与えても問題なくこなすことができるだろうと言える存在だという評価だ。
いうなれば将軍たちと同格の実力を持っていると言える。
だが、将軍には同じ鬼であり、鬼王である教官がいる。
同種族の将軍を用立てるのは組織内バランス的に良くないと思い今まで様子見されていた存在が、満を持して出てきたという感じだろう。
キオ教官の予備として扱われてきたこの存在がどのような人物なのか気になるところだ。
「勝つ確率は絶無とは言わないが、低いのは間違いないだろうな……」
そんな情報を与えられた俺の反応は、強い相手がいるのは何を今更という割と達観した気持ちでこの情報を受け取った。
負けることも受け入れるし、重要なのはその負けを糧にすることだ。
勝ちたいという気持ちはなくはないが、現実は見ないといけない。
だが、決して勝つのを諦めない。
むしろ負けることを前提に動けば、勝てるものも勝てなくなるからだ。
せめて気持ちだけは負けないと戒めつつ、資料を読み進める。
すべてを覚えるのは難しいが、要点だけは押さえておこうという判断からくるものだ。
その下に連なる存在たちも、優勝候補であるキザンからは実力的に一歩二歩劣るも、それでも十分に対抗馬になり得る存在がずらりと並んでいる。
歴戦の猛者といえばいいのだろうか、そんな存在たちがはびこる中で俺が優勝する可能性など口にするのも嫌なくらい低いだろう。
「勝つ努力をするのは当然だが……問題はこっちか」
そんな存在がはびこる中で、赤く表示されている履歴書を呼び出す。
いわゆる、頭痛の種と呼ばれる類の存在たちだ。
「どこの世界にも問題児というのはいるわけか」
スエラから絶対に目を通してほしいと言われた履歴書。
彼女が知る中で最も人間に対して嫌悪感をもつ存在たちの履歴書だ。
「ランド・バサルンテ……」
その中で一番問題児だと言われる者のページを開く。
そこに写った写真は見るからに悪人面している黒い鱗を身にまとった体中に傷を持つ竜人である。
資料からその武力は折り紙つき、ただし素行は悪いという情報を見る。
野心が高く、少しでも気に入らない命令には歯向かい、その度に問題を起こしてきた。
そして、問題を起こしたといえどその問題を見逃されるほどの実力を示してきたという。
実力はあるが扱いづらいという典型例だろうな。
そして、人間は弱き生き物で価値はないと見下し、今回のテスター使用に対しても反対しているらしい。
俺と会ったらまず間違いなくトラブルが起きるだろうと言える。
「……絡まれないように注意しないとな」
そんな厄介者と言える相手と関わり合いになるのはごめんだと素直に思ってしまう。
必要になる時があるかもしれないが、今はその時じゃない。
必要最低限の礼儀を見せればいいだろうとは思うが。
その後も資料と睨めっこを続ける。
そこでふと気づく。
夜遅くまで起きているからか、少し思考が迷走しおかしなテンションで考えた推理が頭をよぎる。
「……まさか、この注意人物の中の誰かが魔剣事件を引き起こしたとか……ないよな?」
人間である俺が出場するという情報を手に入れ、栄えある将軍地位を決める大会に人間である俺が出ることを良しとしない誰かが今回の事件を起こしたと、どこかのお約束な展開を思いついてしまった。
「いや、ないな。自意識過剰すぎるだろう」
下馬評から見ても、俺の実力は万馬券とまではいかないが、優勝すれば意外だと言われる程度の位置に属する。
それこそ優勝候補であるキザンと当たれば順当に敗退するだろうと言えるほどだ。
わざわざこんな大事になるような事件を起こす意味がない。
それならもっとやりようがあるだろうと頭を振りすぐにその思考を追い出す。
「ああ、そろそろ寝ないとまずいな」
おかしな推理が頭をよぎり始めたということは、思考がまとまらなくなった証拠、休む必要があるということだ。
そろそろ寝ないと明日に響くと思いパソコンを落とし、その日は寝ることにした。
明日はもう一つ気になることを確認しないといけないからな。
「全く、顔を出したと思ったらそんなことを聞きに来たのかよ」
「少し気になってな、なにせこっちは当事者だ。少しでも安全を確保するために調べようと思ったんだよ」
「そうかい」
朝早くから商店街の方に来ていた。
だからといってメモリアに用があったわけではなく、今回は武器屋のジャイアント、ハンズに用事があったのだ。
その用事というのは。
「だからといって俺から話せることはねぇぞ。魔剣のことに関してなんてよ」
「ケチくさいこと言うなよ。俺と店長の仲だろうが」
「そこまで親しいわけでもないだろうに」
「贔屓にしてやってるだろう」
「ぬかせ、こっちが嬉しくない方面で鍛冶屋泣かせを育てているくせに、なんだよこれ。俺の弟子が鍛えたやつより遥かに上等な刀になってやがるじゃねぇか」
「あんたが作ったやつにはまだ及ばないだろうよ」
「ふん」
ジャイアントに魔剣のことを聞くためだ。
表面上の理由は武器である鉱樹の定期メンテナンスということになっている。
いくら自分で手入れをしているからといって、武器屋に来なくなるというわけではない。
どうあがいても俺が鍛冶師にでもならない限り、プロの視点と技は必要になる。
なので定期的にこうやって鉱樹の成長具合の確認とメンテナンスをやってもらっている。
そんな仕事を振った時のハンズの表情はご機嫌であったが、魔剣の話題を振った瞬間、俺の裏の目的を把握し今ではすっかり不機嫌になっている。
内容的にもあまり話したくない内容だからというのもあるかもしれない。
だからといって仕事に手を抜かないのはプロだからだろう。
真剣に刀身に目を走らせ、状態を確認する店主のハンズに向けて話を振るも、彼はこっちに視線一つ向けずに言葉を返してくる。
「……魔剣の話だったな」
仕方ない、という雰囲気を漂わせながらハンズは俺の質問に答えてくれるようだった。
「ああ、忽然と消えた魔剣の性能を教えてくれると助かる」
その厚意に甘える形になってしまうが、未だダンジョンが封鎖されている現状と昨日の資料を見てしまった段階でこの話は避けて通れないものだろう。
「……はぁ、この鉱樹の点検が終わるまでだ」
「十分だ」
「ったく、よく身内の恥を晒すようなもんを頼めるもんだな。まぁ、俺も作ったあいつから聞いた話しか知らんがいいか?」
「すまんな、助かる。なにせ情報が姿を消せて認識を消せるといった内容しかないからな。どういった用途を目的にして作られたか、知りたくてな」
「だいたい知ってるじゃねぇか。俺の知っているのも大して変わらねぇよ。そもそもあの魔剣は最初は偵察、密偵が姿を隠すために作られた魔剣だ。作ったあいつもあったら便利だなと思ったから作っただけだしな。こんな使われ方されるなんて思ってなかっただろうよ。だから……」
あまり気乗りはしないのだろう、ため息一つ、前置きをしてから世間話をするような感覚でハンズは話し始めてくれた。
ポツリポツリ、視線は鉱樹からそらさず語ってくれた内容を一言一句聞き逃さず、カウンターに背を預けながら聞いた話をまとめる。
途中途中こちらから質問をすることもあったが、それはあくまで話で不足した分を補足するような形だ。
「っと、話せるのはこれぐらいだ。ほれ、点検も終わりだ。まったく、整備しかさせないでたまには武器の一つや二つ買ったらどうなんだ? たんまり溜め込んでいるだろうに」
「あいにくと今は入用でな、おまけにダンジョンにも入れないと来た。だから無駄遣いができないんだよ」
時間にして三十分ほど、聞き手に回っていたおかげである程度話を聞くことができた。
「かぁ、早速尻に敷かれてやがるな。男としてどうなんだよ?」
「俺の知り合いからのアドバイス曰く。夫婦円満の秘訣は男は女の尻に敷かれることがいいらしいぞ?」
「俺にはわからねぇ話だなおい。女は黙って付いてこいって言うんだ!」
「世界が違うんだ。価値観も人それぞれだ。また来る」
「おう、背中のそれがポキっと折れたらいつでも来いよ」
「縁起でもないこと言うなよ」
「性分なんだよ。暇なんだ、いつでも顔出せよ。待ってるからな」
実際、競技大会が近づいているのだからその時に鉱樹がへし折られてもおかしくはない。
だが、折られたくないと思うのは当然だ。
あんな話を聞けば尚のことだ。
「あ、そうだ。おい金づる」
「金づるって……なんだ?」
「いやな、ダチが言ってたこと思い出してな」
「?」
「あの魔剣、素人が使うと一時間で存在が消滅するくらい魔力燃費が悪いらしいぞ」
「……お前らの造る魔剣はロクでもないのしかないのかよ」
「面白いからつくる。それがジャイアントだからな!」
「ったく、また来る」
「おう! 次は武器の一つは買えよ」
「考えておくよ」
商売としてそれでいいのかという疑問を挟みつつ、荒っぽい対応を受けながら店の外に出てタバコを口に咥える。
流れる仕草でライターを取り出し火をつけてめいっぱい肺に煙を送り込み、一気に吐き出す。
それだけのルーチンワークで、頭の中で組みあがった嫌な予感で生まれる不安を抑え込むことができた。
「ったく、これで競技大会でなにか起こるかもしれないって思っちまったじゃないか」
聞かなければよかったとは口が裂けても言わないが、確認作業をしたことに若干後悔しつつ俺は歩き出すのであった。
その先で。
「婿殿! 久しぶりだな!」
「ムイルさん?」
じいさんに見えない義理の祖父であるムイル・ヘンデルバーグが元気そうに手を振り俺に歩み寄ってきたのであった。
今日の一言
失敗に学び、次に活かし、業務に従事する。
そのためには前ばかり見るのではなく、時には振り返ることも必要です。
今回は以上となります。
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これからも本作をどうか、よろしくお願いします。