154 さて、次の仕事はっと
「ふぅ」
優男、カーターを見送り姿が見えなくなってようやく一息といった感じだ。
肩の力を抜くように、息を吐く。
「ああ、こっちは無事だ。傷も……数は多いがほとんどがカスリ傷だ」
駆け寄ってくるスエラたちを安心させるように軽く笑みを浮かべながら手を振る。
その際、僅かに体に痛みが走るがさっき言ったとおりひどい怪我はない。
だからというわけではないが、痛みも我慢でき表情には影響は出ない。
ただ内心では、少しダメージをもらいすぎたと反省する。
肌が露出している部分は少ない装備だが、それでも防御の薄いところはある。
様々な箇所、特に鎧の下に着る厚手の着衣の袖や足回りなどダメージが蓄積している。
その傷の中には当然生身まで到達しているものもある。
カーターがこっちの機動力と攻撃力を削ごうとした形跡が見て取れる傷跡だ。
合理的だと思いつつ、体を動かしたとき汗がしみた服が擦れて痛みが出たのだろう。
戦う時は集中していて気づかなかったが、段々と全身で痛みを感じるようになってきた。
もう少しうまく立ち回るべきだと反省するには十分な材料だ。
「ったく、容赦なくズタボロにしやがって、防具の修理費だってただじゃないんだぞ。請求書送ってやろうか……」
そんな痛みも慣れたもの、あとで治療することにして気にせず装備チェックをすれば案の定、想定よりもダメージを負っていた。
「心配するところはそこですか?」
「私たちの心配に対して何かないのか? 勝手に戦い始めて」
「そうですよ」
「すまんすまん。咄嗟にな」
自分の身よりも道具の心配をして、その点を彼女たちから注意されてしまった。
自分では大丈夫だと思っても、外から見れば重傷に見えるかもしれない。
おまけに目の前で戦っていたのだ、彼女たちが心配しないわけないか。
「もう、無事だからこれ以上は言いませんけど、ああいったことは極力避けてくださいね。ほらこんなに傷ついて」
「うむ」
「ああ、善処するよ」
最近の出来事から、しないとは言えないあたり俺もこの環境に慣れてしまったのだろう。
頬にできた傷にそっと手を伸ばすスエラの手を優しく握り安心させる。
「主、治療を」
「あ~頼むわ」
そして環境に慣れたからといって、傷が痛まないわけではないし、俺は痛みを感じて喜ぶマゾというわけでもない。
治せるなら早めに治したほうがいい。
健康体が一番だ。
手早く治療を始めるヒミクに頷き、魔法で治療を開始する姿を脇目に、俺はその間立ちっぱなしになる。
「ところでスエラさっきのは」
「カリセトラ辺境伯の部下ということになりますが……名乗りだけで信用するわけには」
暇つぶしというわけではないが、戦った身としてやはり気になることはさっきいきなり襲ってきた男のことだ。
本来なら捕縛するなりすべきだったのだろうが、名乗り上げた感じから貴族或いはそれに準じる地位の存在である雰囲気はあった。
通報もなく、スエラからも捕縛せよという指示がなかったという後押しもあって見逃したが、それでも気になることは気になる。
「さすがのスエラも貴族の名前と顔は全員覚えていないか」
「私自身はダークエルフの一部族の一員ですからね。戦う力は高くても貴族的地位はありませんよ。なので、有名どころは押さえていますが、その部下となれば名前を知っているかどうかといったところです」
だが、スエラも先ほどの男のことは知らなかったようだ。
「なるほどな、ちなみにカリセトラ?辺境伯っていうのは」
「大陸の西に大領地をもつ方ですね。主な収入源は穀物の小麦にお酒ですね。当主も吸血鬼だったと思いますが、貴族の中では珍しく種族では統一せず様々な種族の部下を抱えていると聞きます」
「さっきのも、その部下の一人か」
「ええ、部下から将軍位を授かる者が出れば当然名誉なことですからね。腕の立つ者を出してきたのでしょうね」
「そうかぁ? 互いに本気ではなかったとしても、言っちゃなんだが俺と互角っていう時点で優勝候補ではないと思うぞ」
俺なりに入社当時と比べてかなり成長したと自負はあるが、だからといって教官たちと全力で戦って勝てるかと言われれば。
奇跡に奇跡を重ねて、さらに奇跡が起きれば勝てるのではと思う程度の勝率だと自負している。
もしかしたら一個くらい奇跡が抜けるくらいの過小評価かもしれないし、さらに奇跡が必要になるかもしれないくらいに過大評価かもしれないが、俺の中では妥当な評価だと思う。
そんな曖昧な程度の判断しかできないほどかの存在たちとは実力が離れているのだ。
はっきり言えば、あの存在に勝てるイメージがわかないと言ってもいいだろう。
「次郎さんもだいぶ実力を伸ばしていますよ。そこまで謙遜しなくても大丈夫です」
「そうか?」
「ええ、おそらくですが、接近戦ではもう私では敵いませんよ」
「魔法込みの全力戦闘なら?」
「それならまだ負けませんね。これでも魔王軍の一員、私もいくつか切り札がありますから」
「まったく、うちの嫁さんたちは俺より強いから男として立つ瀬がない」
「それでも一年経っていない現状で、接近戦に限定したとしても追いつかれたのは驚異的と言えますよ。少し自信を無くしそうです」
「笑いながら言うセリフじゃないぞ。ったく、お袋の血に感謝だな」
「その血を活かしたのも、次郎さんの努力の結果です」
クイッと眼鏡の位置を直しながら俺の努力を肯定してくれるスエラに向けて苦笑を浮かべる。
スエラの言う努力ももちろんあるだろうが、それだけじゃないという自覚が俺の中にあった。
親が親なら子も子だとも言う。
つい先日までは知らなかったが、魔力適性十という、どこの主人公の性能だと言えるスペックを持った我が母。
俺が幼少の頃から常識を逸脱していると理解できた母親で、そんな型破りな母親の才能を受け継げたからこそ、こうやって誰よりも早く成長できているという点も大いに影響しているに違いない。
才能という平等という言葉から最も遠い言葉をこういった話をしていると理解してしまう。
顔には出さないが、内心でそう思う。
いかなプロフェッショナルでも素材が悪ければ最高の品物を作り出すことは難しいだろうしな。
素材と努力の結果だと思うことにしよう。
才能にあぐらを掻くことなく日々精進なりだ。
「主、治療が終わったぞ」
「ありがとう。さて、そろそろ現実逃避をやめるか……このままドン引きされたままではたまらないしな」
「そうですね」
軽い雑談をしている間に治療は終わったようだ。
さっきまでじわじわと痛みを訴えていた体はすっきりとした感覚に包まれている。
そして、意図的に無視していた現実と向き合うとしよう。
本当だったら、面倒なことにはタバコを吸いながら対応したいところだが、妊婦であるスエラの前だ、自重しよう。
「とりあえず、海堂と南、それと北宮はあとでシメル」
「「「なんで(っすか!? よ!? ござる!?)」」」
そりゃぁ、苦労して戦いを終えて疲れている俺に対して労りの言葉もなく、現状を見て俺を楽しそうに見ていたからだ。
教官直伝の特訓メニューを三人用で頭の中で構築しながら現状の把握に努める。
「そんなにさっきの戦闘がショックだったかねぇ?」
さて、話がそれた。
嫌々ながら向けた視線の先には、ありえないものを見たような視線を向けるテスターたちの姿があった。
ヒソヒソと仲間内で話してはいるが、その視線は度々俺の方へ飛ぶ。
その視線は決していいものではない。
大抵が不安や懐疑といったマイナス要素のものばかり。
火澄と相方である七瀬は苦笑程度で済んでいるがほかの面々はドン引きと言っても過言ではない態度を見せている。
「おそらくですが、次郎さんとの実力差が把握できていなかったのでしょうね」
「あ?今更だろ。こっちは順調にダンジョンを攻略している。向こうは停滞している。結果の段階で差が出ている」
「ええ、結果は出ています。ですが、他のテスターの方々はその差がわずかなものだと思っていたようですね。まったく」
「……ああ、そういうことか」
「そういうことです」
贔屓はいけないですがと付け加え、スエラは語る。
「あまり厳しいことを言いたくはありませんが、今回の合同訓練の目的にもありますので仕方ありません……正直に言えば次郎さんとそのパーティー以外の方々は認識が甘いとしか言いようがありません。あなたがたの歩みが亀なら、次郎さんの動きは鷹と言ったところでしょう」
俺の成長具合ってそこまで差があったんだな。
スエラの言葉に文句を言いたげな雰囲気を醸し出したテスターたちであったが、先ほどの戦闘を直に見たせいか表情に出ただけでそれ以上何かを言う奴はいなかった。
「当然です。結果を示すには何事もまずは自発的な行動からです。怠惰なんてもってのほかです。訓練用の施設を申請する書類も作成者の名前はだいたい同じですし、ダンジョンに入る時間も必要最低限ですし、魔王軍の方々と問題を起こしますし、それなのに報告書の内容は希薄、付箋で訂正箇所を指摘しても変わるのは指摘した箇所のみ……おかげで私は残業して、削りたくない時間を削って」
なんだろう、今まで見たことのないスエラがそこにいる。
話せば話すほど現実が突きつけられてテンションが下がってきている。
暗黒面といえばいいのだろうか?
いや、仕事に疲れたOLという言葉の方が的確なような気がする。
いつもなら堂々と注意する彼女が、問題箇所を指摘するたびに怒るのではなく沈んでいく。
多分、スエラなりに責任を感じているのだろう。
度々、テスターに対しての改善を試みている彼女だ。
ここに来て溜まってきたものが吐き出されているのだろう。
だが、普段はキリッとしているスエラの表情が死んでくるのは見るに堪えない。
お腹の子供にも影響が出たらまずいと思い正気に戻す。
「ほら、戻ってこい。ネガティブになるな」
「うう、こっちの世界の仕事のやり方は進んでいますが色々と細かいことが多すぎますよぉ」
人前でやるのもどうかと思ったが、このまま放置する方がまずいと判断し慰めるように優しく抱きしめて頭をなでる。
完全にダウナー系統に入ったOL姿を晒すスエラであった。
思ったよりもストレスを溜め込んでいたことを反省し、今後は適度にガス抜きしてやらないとなと思いつつ、その原因となったテスターたちに目を向ければ心あたりのある面々が次々と視線をそらし罪悪感に駆られている。
「ふむ、主よ。話をまとめれば仕事を怠け、主の強さに嫉妬し、己の怠惰を指摘されてふて腐れ、そして最後には罪悪感を覚えているのだな。向上心を持ち得ず現状に不満を持つ。うむ、自業自得ではないか」
「いや、間違ってはいないが切り捨てるように言うよな、お前は」
そんな空気を知ってか知らでか、一刀両断する堕天使がいる。
人が言わないように心がけていた言葉を何気ない顔でキッパリとヒミクは言った。
正論だ。
正しく正論だ。
ただし容赦は一切ないが。
ヒミクに気があった男テスターなど、うっと胸を押さえその場に崩れ落ちた奴が何人かいた。
ざまぁみろと内心で思う。
「うむ! 間違いは正さねばならないからな! 間違ったままで放置すれば人間は怠惰になる。最初に怠惰になってしまえば次を正すのが大変になる。終いには正せなくなり人から見捨てられる! 人間が繰り返してきた歴史だな!」
「ああ、そうかもしれないがお前はもう少しオブラートって言葉を覚えような?」
長い年月を生きて、人間を見てきた堕天使が言うと洒落に聞こえない。
いや、ヒミクからすれば経験談なのだろう。
そうか?と首を傾げるヒミクの顔に悪気は一切ない。
当然歴史上には聖人と呼ばれるような素晴らしい人物もいるはずなのに、ヒミクはなんで悪い方の話をチョイスしたかね……
「まぁ、直せばいいんだよ。うん直せば」
「うむ!」
笑顔で言うことではないと思うが、これを機にほかのテスターたちは仕事へのやる気を出してほしいものだ。
スエラを胸に抱き。
崩れ落ちたり、罪悪感に駆られるテスターたちを見て視線を脇にそらす。
その脇でウンウンと頷く海堂と南の頭を叩く北宮と勝、そしてそれを楽しそうに見るアメリア。
一抹の不安を二種類抱えることになった今回の合同訓練は、最初よりも真剣に励むようになったテスターたちが現れたことで一応の成功を収めたのであった。
代わりに精神的なダメージが与えられたようであるが……
今日の一言
失敗は悪いことではない。
失敗を活かさないことが悪いことである。
今回は以上となります。
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